331:連絡通路の異変
ミューカストレントに支配された毀棄都市を迂回して『隠者の塔』に向かうその途中、私達は休み休みゆっくりと進んでいたのですが……。
「どうしたの?」
今まさに襲い掛かって来ていたフォレストウルフに『デストロイアックス』を叩きこんでいたまふかさんが息を弾ませながら振り返ると、不意に立ち止まっていた私に対して疑問をぶつけてきました。
「今…地面が揺れませんでしたか?」
聳え立つ断崖絶壁にポッカリと開いた通路の出入り口が見えてきた辺りで微かに地面が揺れたような気がしたのですが……気のせいでしょうか?
「そう?気のせいじゃない?てか、あんたの頭の上でスライムが揺れているからその影響なんじゃないの?」
肩で息をしているまふかさんは先程の揺れを感じなかったのかそんな事を言うのですが、イビルストラ形態のまま私の頭の上に乗って『魔嘯剣』を振り回している牡丹は「ぷー?」と不思議そうに首を傾げました。
「そう…でしょうか?」
よくわからないというようにヘニャリと頭の上にへばりつく牡丹なのですが、毀棄都市で別行動になった事がトラウマになったのか、用事がある時以外はなかなか離れてくれないのですよね。
(そういう揺れでも無かった気がするのですが)
毀棄都市から程近い場所に居ますからね、もしかしたらミューカストレントが急成長した時の地殻変動がまだ続いているのかもしれません。
「ていうか嫌みよ嫌み!何であたし達はヘロヘロだっていうのにあんたはスライム乗っけたままでも平気なのよ!?あーもう!腹が立つ~…ちょっと、あんたも何か言いなさいよ!」
「え?あっ…そ、そうですね…でも、えーっと…?少し…怖い、ですね?」
イチャイチャしすぎて精神的な疲労が溜まってきているまふかさんに凄まれてワタワタするグレースさんなのですが、怖いというのは私の事がという事なのでしょうか?
「あ、いえ、その…悪口とかじゃないんですけど、その…気持ち良くて腰砕けになりますけど、だんだんと嫌じゃなくなっている自分がいるといいますか…」
受け入れつつあるグレースさんは照れながらほっぺたを押さえているのですが、その様子を見ていたまふかさんは物凄く嫌そうな顔をしていて……確かに皆でイチャイチャする事が普通になってきているような気はしますね。
「あー…はいはい、そうよね、あんたはユリエル寄りよね!」
味方をしてくれなかったグレースさんに対して「フン!」鼻息荒くそっぽを向くまふかさんなのですが、三度目の休憩の時は「やられっぱなしは癪なのよ!」と攻めに転じて来てきていて、結構まふかさんも楽しんでいたような気がします。
『ノーコメントだ』
(ぷー…)
そんな不思議な会話について淫さんと牡丹が呆れているようなのですが、とにかくそんな会話をしながら毀棄都市と『隠者の塔』を繋ぐ通路がある場所までやって来ました。
「でも流石に盛りすぎなのよ、あたし達の身体の事も少しは気にして欲しいんだけど?」
ポーションで回復していますし休憩も挟んでいるのですが、媚毒混じりの靄が漂っているのでどうしても火照ってしまっているまふかさんがプリプリと怒っていて、確かに2人が受け入れてくれるからと言って少し甘えすぎたかもしれませんね。
「そうですね、気を付けます」
今のところ『HP回復ポーション』は消費していないのですが、『MP回復ポーション』は6本、『スタミナ回復ポーション』は7本も消費しているというのは確かにペースが速すぎますからね、残念ですがもう少し空腹を我慢しなければいけないのかもしれません。
「はぁ…まあいいわ、その、まあ…悪くないし……それより!ここ、なのよね?」
自省する私を見ながらまふかさんは「仕方ないわねー」と優しく溜め息を吐き、話題を目の前の通路に戻しました。
「はい、前はもう少し入り口が隠れていたらしいのですが……どうやら地形変化の影響で入り口が露出したようですね」
まふかさんの言葉には「流石にこれだけ堂々と入り口があるのにまだ見つかっていなかったのね」みたいな驚きが滲んでいたのですが、その言葉通り私達の目の前にはそそり立つ岩肌があり、ポッカリと開いた高さ5メートル、横幅10メートルの石造りの人工物がありました。
(スコルさんの話では岩肌に隠れているという事でしたが…)
運ばれている間は気絶していたのであまりはっきりと憶えていないのですが、それでも下側の出入り口で戦っていたスコルさんが言うには岩陰に隠れるように入り口があったと言っていましたし、きっと地形変化によって出入口が露呈してきたのでしょう。
(理想としては崖が崩れていて、外から登れるようになっていたら楽だったのですが…流石にそんなに甘くはないようですね)
近場にあった水場が地割れに飲み込まれて干上がってしまっているようですし、あれだけ居たジェリーローパー達が居ないという事も気になるのですが……地面の一部が隆起していたり地割れが走っていたりとミューカストレントの根っこが伸びてきた影響を受けて地形が変化していますし、この辺りに生息していたジェリーローパーの分布も変わってしまったのでしょう。
(理由もなくモンスターが消える事はないと思うのですが…)
水場があった時も避難所として使われていましたからね、霧が薄くなり水場が干上がったとなると通路の中に逃げ込んで通過しようとするプレイヤーを待ち構えているのかもしれません。
そんな事を考えながら辺りを見回していたのですが、通路の中を覗き込んでいたまふかさんが顔を顰めながら振り向きました。
「じゃあここが正規ルート…って事でいいのかしら?」
ワールドクエストが始まると入り口が露呈するようになっていた訳ですからね、まふかさんの言う通り何かしらの意図が隠されていると判断した方が良いのかもしれません。
「そのぶん何かありそうですが……とりあえず偵察を送り込んでみますね」
流石にワールドクエストに合わせて出てきた通路に何も仕掛けが無いとは思えませんし、内部が崩落していないか確かめる必要があったので【魔水晶】を偵察目的で送り込む事にしましょう。
「それで中を探るんですねー」
「相変わらず便利よね、そのスキル」
グレースさんはわかっているのかわかっていないのかよくわからない顔で浮かんでいる水晶玉を覗き込んでいたのですが、【魔水晶】による探索は『ギャザニー地下水道』でゴブリンを警戒する時にも使いましたからね、まふかさんは少し羨ましそうに肩を竦めます。
「遠距離偵察だと操作に神経を使うので日常使いは出来ませんが、こういう時くらいなら…偵察中の警戒はお願いしてもいいですか?」
本格的に探るとなるとそれなりに神経を使いますからね、周囲の警戒は牡丹達に任せる事にしましょう。
「あ、は、はいっ、任せてください!」
「早くしなさいよ、ここもいつまで安全かわからないんだから」
「ぷっ!」
そして各々の反応を確かめてから【魔水晶】を通路の中に送り込み通路の中を探ってみるのですが……思っていたより内部にも亀裂が入っていますね。
(亀裂の隙間にジェリーローパー達が犇めいていますし…中に入ったプレイヤーを不意打ちするつもりだったのでしょうか?)
まるで触手部屋のようになっている通路を通過するとなると結構大変な事になってしまうと思うのですが、とにかくもう少し調べようと降りかかる媚毒と伸びて来る触手を回避しながら【魔水晶】を奥に進ませようとしたところで……今度は気のせいとは言えないレベルで地面が揺れました。
「え、え?」
「ちょっと、アレ!」
「ぷい!?」
そして周囲の警戒をしてくれていた3人からそれぞれの反応が返って来たのですが、その声に促されるように【魔水晶】は一旦自壊させておき、皆が示す先を見てみるのですが……何でしょうね、あれは?
(通路から一直線に伸びて来る地割れ…じゃ、ないですね!)
『下からくるぞっ!!』
ボコボコと地面を隆起させながら一直線に伸びて来る地割れを避けるように私達は散開したのですが、ゴバッと大量の土砂を巻き上げながら地上に姿を合したのは大量のジェリーローパーが絡まりついている巨大でドロドロした触手……じゃなくて、巨大な木の根っこですね。
(ミューカストレント!?)
「こんな所に!?」という驚きがあるのですが、鎌首をもたげるように地上に姿を現した根っこの根本側は毀棄都市の方に向かっているようですし、これはむしろ木の根っこが張り巡らされている上に私達がやって来たという方が正解なのでしょう。
(この先は『リュミエーギィニー』がありますからね、ここから先には進めなかったという事なのだと思いますが…)
そしてまごまごしている内にエネルギー不足を補うために地割れの隙間から入って来た大量のジェリーローパーがくっついてしまい、一旦活動を休止していたところにノコノコと私達がやって来たという事なのかもしれません。
(たぶんこれを倒したら通路が通れるようになるのだと思いますが)
伸ばしていた木の根っこを引き抜くように先端を持ち上げただけなので通路自体は無事なので通行は可能ですし、エネルギー源となる物が無くなればジェリーローパー達も別の場所に移動しなければいけなくなります。
もしかしたら根っこを張り巡らせていた出入口付近は崩れているかもしれませんが、地上に出てきたミューカストレントの一部は全長20メートル程度で太さは5メートルの先細りです。その大きさ考えるとそれほど奥の方まで伸びていなかったと思いますので、通路の崩落は最小限でしょう。
「KYUURURURURU!!」
そんな事を考えている内に根っこ絡まりついていたジェリーローパーが媚毒をまき散らしながら飛びかかるように落下してくるのですが……迎撃するしかありませんね。
「ユ、ユリエルさん!?」
状況としてはクラーケンとかの足の多いボスと戦う前の前哨戦、取り巻きの触腕と戦うという感じでしょうか?
「これを倒せば通路が使える筈です……蹴散らしましょう!」
根っこすら倒せないとなると本体であるミューカストレントが討伐不可能という事になってしまいますからね、これくらいなら退けさせる事が出来る筈です。
(私達の火力が通じるかは別問題かもしれませんが)
プレイヤーの火力は人それぞれですからね、現時点での私達の火力が通じるかはわかりません。それでも媚毒を撒き散らしている範囲から飛びのき、落下してくるジェリーローパーを『ベローズソード』で薙ぎ払いながらまふかさんとグレースさんの様子を見てみるのですが……ビチャビチャと媚毒を浴びてジェリーローパーに絡まりつかれているグレースさんはともかく、まふかさんは【狂嵐】を強めて上手くガードしているようですね。
「結局樵の真似事をする事になりましたね」
蠢いているミューカストレントの根っこはそれなりの大きさがありますし、これなら浮橋を作るために木を伐採しているのとそう変わりはありません。
「うっさいわね、そんな冗談言う暇があったら少しでも数を減らしなさいよッ!!」
「KYURARARAAAAxx!!!」
そんなまったりとした会話をする私達を叩き潰すように地上に出てきているミューカストレントの根がしなり、ジェリーローパー達から媚毒と触手が伸びてきました。




