32:フィルフェ鉱山(その1)
打ち捨てられた道具や機材が置かれた作業用の広場。削り取ったような崖に開いた幾つかの坑道口。はぐれの里から徒歩30分程度の山間に、目指す鉱山はありました。
鉱山の中は迷路のようになっており、一番奥は開けた採掘場になっているとの事でした。質のいい鉱石は奥に行くほど採掘できるという、よくある仕様の鉱山らしいですね。
作業場の前には自警団の人が立っており、モンスターに対する注意喚起を行っていたのですが、ギルドカードを提示すれば難なく通してくれました。流石にスコルさんを見た時は一瞬驚いたような表情をしたのですが、ギルドカードが本物である事を確かめた後は通してくれますね。
ちなみに、スコルさんの首輪を蔦の首紐からちゃんとした犬用の首輪に買い替えておいたのですが、よくよく考えてみると、これ、問題ないのでしょうか?犬の体と言うのがどういう感覚になっているのかはわかりませんが、いい年した男性の方が首輪をつけているという事になりますし、私は首輪を付けた四つん這いの男性を連れ歩いているという事になるのですが……いえ、この事はあまり深く考えないでおきましょう。
「どうったの?」
「いえ……その、首輪、大丈夫ですか?」
怖い想像にはいったん蓋をしておいて、スコルさんに尋ねてみます。
「快適よーいやー揺れても外れそうにないっていうのがいいわよねー」
ま、まあ、本人が良いのなら良しとしておきましょう。
とにかく、この辺りには他に鉱山がないので皆単純に「鉱山」と呼んでいるのですが、正式名称は『フィルフェ鉱山』と言い、β時代には鉱夫が作業をしており、ブレイカー達は許可された坑道で採掘を行っていたようですね。
唯一の採掘地とはいえ、β時代はあまり人気のある場所ではなかったらしく、プレイヤーの姿を見るのは稀だったらしいのですが、今はクエストを見た他のプレイヤー達がチラホラと見えますね。
私達の方を見て首をかしげたり、興味深そうに見てきたりしている人がいるのですが、ややこしくなる前にさっさと中に入ってしまいましょう。
ちなみに人気がなかった理由は、【採掘】系のスキルを持っていなかったら採掘ポイントすらわからず、他職種の金策に向いていなかった事や、レアリティの高い物を採ろうとすれば奥に潜らなければならず、潜ったら潜ったらで運び出すのに苦労したからとの事です。しかも掘り出すためには数時間の肉体労働をしなければならないと言う事で、不人気になるべくしてなったという場所だったようですね。
それでも生産勢の需要を満たす最低限の採掘は行われていたらしく、スコルさんが来ていた理由も、ドゥリンさんに頼まれてイヤイヤだったとの事です。
その頃であれば潜れる坑道は一つだけだったらしいのですが、作業をしている鉱夫達が居ない今は、入り口が多数ありますね。
「それで、どこから入ったらいいのですか?」
坑道の入り口はざっと見ただけで大小10個以上と、かなり多いですね。トロッコのレールが敷かれている大きめの坑道口ですら3か所と、情報がなければ悩む事必至のダンジョンですね。
「と言われましても、どこに行くかだけど……やっぱり一番奥が無難かね?」
「ですね」
途中に何かギミックがあるのかもしれませんが、怪しいのはやはり一番奥でしょう。
「じゃまあ、手慣れたルートで行きますか」
スコルさんが手近な大きめの坑道に入っていったので、私もその後を追いかけます。
「うっわ、暗っ!?灯り消えちゃってるのかーこりゃまいったね」
坑道の側面には等間隔でランプが付けられているのですが、燃料切れか、それともモンスターにやられたのか、所々ついていない物がありますね。まだらに真っ暗な場所があり、あちらこちらに死角が生まれてしまっています。暗い場所が一部というのなら良いのですが、どうやら奥に行けば行くほど灯りの数は減っていくようですね。
「うーん、この暗さはちょっと不味いかもねー【暗視】とった方がいいかしら?でもねー…」
スコルさんは灯りと奥を見比べて、難しい顔をしています。
「この先使う機会があるかどうか、ですよね?」
「そそ、少なからずおっさんの知る限り、他に暗くなりそうな場所はないのよねー」
ブレイクヒーローズでは夜中ですら明るいですからね。【暗視】を取ったはいいものの、使うところがないという結果になる可能性がありますし、そうなったら折角のSPが無駄になってしまいます。
「この灯りが外れたら楽なんだけど……どう、ボインちゃん、外せそう?」
スコルさんの体だと細かな作業は無理ですからね、話を振られて、私は側面の灯りを調べてみます。
「そうですね……」
原理がどうなっているのかわかりませんが、動力や電気が壁から供給されているタイプではなさそうですね。電球のあるべき部分に光る石のようなものが設置されており、どうやらそれが光っているようですね。少し魔力の流れのようなものを感じるので、もしかしてこの石は魔石か何かなのかもしれません。
「外れはしませんが……あっ」
私が手近なランプをついうっかり壊すと、灯りが消えました。振ってみるとカラカラと音が鳴るだけで光りませんね。どうやら壁から外すと安全装置が作動して消えてしまうようです。
「うっわ、ボインちゃんだいたーん、こーわしたこーわした」
「………」
外すよう提案した本人に言われると少しムッとするのですが、確かに今のは少し軽率でしたね。他の灯りも壊れていたりして光っていませんでしたからね、壊れやすい仕様だったのかもしれません。筋力増強のスキルなどもありますから、これからはちょっと気を付けた方がいいかもしれません。
「……諦めて、【暗視】とりましょうか」
外したランプも、何かしらの方法で灯りをつける事が出来るかもしれないのですが、今はその方法がわかりません。今から戻ってランプを調達してくるという事もできますが、こうなったらいっその事、スキルを取得してみるのも良いかもしれません。
必要かどうかという点ではもう少し悩むべきかもしれないのですが、なんというか、ブレイクヒーローズはバランスよく育てるよりもある程度特化させた方が良いような気がします。私の場合ですと、【魔人の証明】【看破】【魔力操作】【魔力視】【見切り】と取得スキルの大半が認識系に関するものですからね、こうなったらそっち方面に特化してみるのもいいかもしれません……決して、モンスターを発見する速度がスコルさんより遅い事を気にしているという訳ではありません。
「お、それなら行っちゃう?」
「はい、少々お待ちください……」
種族が人間の場合、【暗視】を取る場合は何かしらの条件があるのかもしれませんが、人外種だと意外と簡単に取れるようですね。私の場合ですと【暗視(弱)】というスキルが取得できるようになっています。
闇属性のアンデット系や夜に強い種族と比べると劣るのですが、多少の暗さなら問題なく見えるようになるスキルのようですね。SPを振ると、今まで暗くて見えていなかった場所の輪郭が見えるようになりました。
レベルはまだ1なので効果はそれほど高くないのですが、今まで暗くて見えなかった場所に、グレーのフレームが入ったというか、なんとなくそこにある物の輪郭が見えるようになったという感じです。
「大丈夫です、行きましょう」
「おーけい、じゃあおっさんもちょっと先頭譲るわ」
「わかりました、私が先頭を……って、なんで足元に来るんですか?」
じゃれつくように足元に来られると、今にも蹴りそうになるのでやめて欲しいです。
「いやーなんていうか…習性?スラっとしたおみ足の先に見えるお尻や胸に引き寄せられっほうっ!?」
思いっきり足が当たりましたね。変な叫び声をあげながらスコルさんがころがっていきます。
「…少しは学んでください」
転がっていった距離から考えて、結構ダメージを受けているようなのですが、スコルさんは不屈の闘志を漲らせて立ち上がります。
「なに、おっさん大丈夫よー多少蹴られたくらいで挫けないからねー」
出来ればその情熱は別のところで燃やして欲しいのですが…っと、敵ですね。坑道の奥から、ぼんやりとした枠組みがやってくるのが見えました。
「敵だな」
「敵ですね」
また少し負けました。いえ、別に勝負をしているわけではないのですが、スコルさんに負けているというのが少し悔しいですね。スコルさんもニヤニヤと笑っていますし……。
「どうするー?おっさん火力殆どないからねーボインちゃんに任せるわよー」
スコルさんの武器は爪と牙、言ってしまえば肉弾戦です。火力担当の私に合わせて戦術を変えてくれるようですね。
「では戦いましょう。相手の強さによっては引き返した方がいいかもしれません」
始まってすぐのクエストですし、それほど強いとは思えませんが、念には念を入れておきましょう。私が短剣と盾を構えながらそう言うと、スコルさんも頷きます。
「OK、じゃあ…やりますか」
角と腰翼も展開です。私達はめいめいに構えながら、坑道の奥からやってくるモンスターに備えました。
※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。




