323:待ち構えていたモノ
中門がいきなり開いたかと思うと木の根っこと大量の蟲が湧き出してきて、その上で熊派の襲撃まで受けた私達は酷い目にあって……いませんでした。
正確には木の根っこに捕らえられた私と淫さんだけがそのまま中門の中に連れ込まれてしまい、黒い骸骨と戦っていた牡丹とまふかさんとグレースさんは中門の外に取り残されてしまったのですが……霧のせいで通話ができないので3人がどうなっているのかはわかりません。
(『魔嘯剣』を持っている牡丹も居ますし、逃げ出すだけなら大丈夫だとは思いますが)
安否を確認しようと振り返った時には中門が閉じかけていましたし、どうやら毀棄都市の主は私にだけ用事があるようですね。
(どういう事なのでしょう?)
こうして運ばれて行く理由がよくわからないですし、別に期待していた訳ではないのですが橋の上で濃いめの媚毒を浴びた後に何もないというのはやや欲求不満気味になるといいますか、肌を舐め回すように絡みつく根っこに身体を撫でられているとモヤモヤするといいますか……決してそういう事をして欲しいという訳ではないですし、こんなドロドロの木の根っこを出し入れされたら大変な事になると思うのですが、今までとは違う扱いに対して若干戸惑ってしまいました。
『どこかに運ぼうとはしているようだが』
そんな風にモヤモヤしていると淫さんが呆れながらも話を戻したのですが……それくらいの事しかわからないのですよね。
(毀棄都市の中心、でしょうか?)
(さあな…ただこれだけがっちりと拘束しておきながら何もないという事はないと思うが)
私達は周囲に視線を送りながら考え込むのですが、どうやらこの木の根っこは何かしらの意図があって私達を運んでいるようで、霧の中に見え隠れするゴースト達やミューカスカタピラー達が襲ってこないのですよね。
とはいえ本当に無関心という訳ではなくこちらの隙を窺うようなそぶりは見せているので油断は出来ないのですが、【オーラ】で詳しく探ろうにも拘束された状態のまま襲ってきたら一巻の終わりですからね、状況がわかるまでは大人しくしておきましょう。
(この判断が吉と出るか凶と出るか…ですが)
とにかくそんな状況なので周囲にいるモンスターを刺激しないように視線だけを動かしてみるのですが……まず霧はやや薄いながらも広がっているので視程は10メートル以下、そして中門の外は曲がりなりにも普通の街並みが広がっていたのですが、こちらは建物が二割に植物が八割という感じで、建物に寄生するように枯れた樹木が絡みついているので妙に立体的な構成をしているダンジョンのようになっていました。
そして建物に絡みつく植物がドロドロに溶けているせいなのか空気はどこか甘ったるいような腐敗臭を漂わせており、ずっとその臭いを嗅いでいると顔が火照りそうになりますね。
もしかしたらこの辺りの空気には軽い媚毒成分が含まれているのかもしれませんが、意識すると余計にムズムズしてくると言いますか、尻尾に絡みつく木の根っこがキュッと強く締め直すだけでゾクゾクとした感触が背中を伝い、身体のあちこちに食い込む木々が擦れるだけで何とも言えない気持ちになってしまうのですが……このまま運ばれるのが一番安全かつ分かりやすくボスのもとに行ける手段のような気がしますからね、強い自制心をもって我慢するしかありません。
『………』
そしてその事については淫さんが何か言いたそうだったのですが……結局何も言わずに黙り込んでしまいました。
(これはこれで)
そんなこんなでどれくらいの時間を我慢すればいいのかわからないというのは落ち着かないのですが、状況としては『ギャザニー地下水道』でデファルセントの生贄として捧げられていたマスカレイド・スターの人達が一番近いのでしょうか?
(運ばれた先に転送用の魔方陣があるのか、毀棄都市のボスがいるのか…どちらにしても準備だけは進めておいた方がいいですね)
流石にこんな所にエリアボスは居ないと思うのですが、不意の接敵があるのかもしれないという事で今更ながらに装備の確認を開始するのですが……流石に『ベローズソード』は奪われていますね。
まあ一緒に運ばれているようなので問題はないのですが、たぶんこれは私達を呼んだ何者かが大雑把な指示を出したのかそれとも木の根っこの性格が大雑把なのか、とにかく最低限の武装解除をした後に十把一絡げで纏めて運んでいるのだと思います。
なので体の自由さえ取り戻せば武器は何とかなると思いますし、他に使えそうな物としては……淫さんとまふかさんに一時的に貸し出していた太腿のポーチくらいでしょうか?中身は各種ポーションが1本ずつと投げナイフが五本、後は麻痺治しと毒消しが一個ずつですね。
これだけあれば何とかなるでしょうなんて事を考えていると、目的地に着いたのか霧が徐々に晴れていき……私達の目の前には見上げるような黒い大樹が現れました。
(これが…?)
私の身体に絡まりつく木の根っこはこの黒い大樹の根に繋がっていますし、きっとここが終着点なのでしょう。
そして大樹は妙に歪んで歪で溶けていて、それでいて毀棄都市全体に広がっているように大きくて巨大で……どこか『蜘蛛糸の森』や『ギャザニー地下水道』にあった『歪黒樹の棘』に似ているような雰囲気も醸し出していました。
違うところは表面が溶けてぐちゃぐちゃになっているところで、まるで『歪黒樹の棘』が成長して腐ったらこうなるというようなモノが目の前に現れた訳なのですが……その黒い大樹の麓にはあの骸骨頭を持つ巨大なゴーストも居て、私の視線は狂化ゴーストの手のひらの上に乗っている大きなクマのぬいぐるみを抱いている女の子に吸い寄せられました。
(ずっと誰かに招き入れられているような感じがしていましたが)
身長は130センチ程度、フリルのついた白と濃色のツートンカラーのワンピース型のセーラー服を身に纏った、肩まで伸びる若紫色の髪を大きなリボンで止めている可愛らしい女の子。
「お久しぶりです…キリアちゃんは元気にしていましたか?」
私が木の根っこによってグルグル巻きにされたままニッコリと笑うと、どこか引きつったような笑みを浮かべていたキリアちゃんは一瞬だけ泣きそうな顔をしたのですが……すぐに取り繕ったようなすまし顔を浮かべると、余裕たっぷりというような動作で頬に手を当てて呆れたように首を傾げました。
「相変わらずユリエルは呑気ね、それともどういう状況なのかわかっていないのかしら?」
出来るだけ小馬鹿にしたというような発言は話の主導権を握ろうとしているような感じですし、どこか内心焦っているようにも感じるのですが……王都襲撃イベントの時のようなプレッシャーは感じないのでいきなり叩き潰されるという事はないでしょう。
(あの時のキリアちゃんはイベント補正でもあったのでしょうか?)
今なら【輪唱】からの【ルドラの火】を叩きこめば勝ててしまうような危うさがあるのですが……とにかく今は情報が欲しいので会話を続ける事にしました。
「キリアちゃんが私を連れて来たかったという事くらいしかわかりませんが……出来ればこの拘束を解いてもらう事は出来ませんか?このままだとゆっくりとお話しする事も出来ませんし」
私は雁字搦めになっている木の根っこを示しながらそう言うのですが、キリアちゃんは肩を竦めるようにして息を吐きました。
「駄目よ、これから楽しい楽しいパーティーなんだから…ユリエルを自由にしたら全部滅茶苦茶にしてしまうでしょ?今回ばかりは絶対に邪魔はさせないわ」
キリアちゃんはよほど私の事を脅威だと感じているのか、たった1人を拘束するためにこんな大げさな事をしたようなのですが……なぜそこまで私の事を危険視するのでしょう?
「つまり、ここで戦うという事ですか?」
今更キリアちゃんと戦うというのもどうかと思いますが、挑まれるというのなら受けて立ちましょう。
「止めておくわ……だって、意味がないもの」
ただキリアちゃんは何か思い悩むように目を伏せると、そんな奇妙な事を言いました。
「どういう事ですか?」
前回戦った時にキリアちゃんを滅茶苦茶にしてしまいましたからね、その仕返しに1対1の勝負を挑まれるのかと思ったのですが……キリアちゃんは本当にただ単に私をこの場に釘付けにしたかっただけなのでしょうか?
「だって、そうでしょ?ユリエルを殺してもリスポーンするだけなのよ?そんな事をしても意味がない、だからすべてが終わるまで捕まえておくの、それならキリアの邪魔にならない、邪魔をする事が出来ない」
絞り出すようにそんな事を言うキリアちゃんの瞳は真剣で、その口から出てきた「殺してもリスポーンする」という単語には妙な違和感がありました。
(どういう事でしょう?)
勿論情報通のNPCの中にはプレイヤーの事を異世界の住人だという事を理解している人が居ますし、その特性を知っている人がいるのですが、それでもキリアちゃんの発言にはそれ以上の意味があるようで少し混乱してしまいます。
(キリアちゃんはNPC…なんですよね?そんな事があるのでしょうか?)
こうやってボスクラスのモンスターを操っているところや、前回のイベントでの力を見る限りではNPCだと思うのですが、もしかしてG Mとかが手動で動かしているタイプの中身がいるキャラなのでしょうか?
(そうは思えないのですが…じゃあ何で?)
本人に確認するのは止めておいた方が良いと私のゲーマーとしての勘が囁いているのですが、とにかくもう少しキリアちゃんとお話しをするべきですね。その為にはこの拘束を何とか解いてキリアちゃんの近くに行きたいのですが……。
「やっぱりユリエルも理解してくれないのね……だったら全部終わるまでじっとしていて欲しかったけど…お生憎様、私もこのまま大人しく消えるつもりはないの!」
混乱したまま私が木の根っこを解こうとモゾモゾしていると、それを反抗の意思有りととらえてしまったのか、キリアちゃんは悲壮ともいえるような顔をしながら叫び……身構えました。




