321:毀棄都市突入
結局ゴム紐作戦は早々に諦める事になり、定期的に襲いかかって来るゴースト達を蹴散らしながら『毀棄都市ペルギィ』の攻略をする事になったのですが、正門に到着した辺りからより一層霧が濃くなり視界が悪くなっていきました。
その為詳しくはわからないのですが、ネットの情報によると比較的町並みは綺麗で……という事だったのですが、メインストリートの両端に並んでいる露店跡は霧の影響で腐って黴て朽ちていました。
そんな人気のない都市のあちこちから聞こえて来る笑い声やヒソヒソ話、時々歪に姿を変える霧の中の建物や呻き声を上げながら集まって来るゴースト達となかなか毀棄都市に相応しい姿を見せてくれるのですが……のんびりと景色を楽しんでいる余裕はありませんね。
(今のところは順調ですが…)
毀棄都市に到着してからだいたい30分くらいでしょうか?媚毒混じりの霧の中で連戦しているせいで身体が火照り無駄な体力を使わされているような気がするのですが、それでも休み休み私達は順調に攻略を進めていました。
(それでも時折奇妙な気配を感じるのですよね)
何か巧妙な罠でも張られているような感じがすると言いますか、わざと配置を薄くする事で私達を誘い込もうとしているような感じがしたので周囲を見回してみるのですが……辺り一面霧に覆われているのでよくわかりません。
因みに毀棄都市は大雑把に言うと呂を少し傾けたような形になっており、前回はお試しという事で一番近くにあった西門から入ろうとしたのですが、今回は皆と相談して一番攻略難易度が低いと言われている正門から入り東回りで貴族街を目指すというルートを取っています。
というのも東回りルートは『イースト港』へ抜ける為の通り道なので運営が手心を加えてくれているのではないかと言われているからなのですが……真偽の方は不明です。まあ確かにインフェアリーの数が少ないですしいきなり狂化ゴーストに襲われるという事がないだけ西側よりマシなのかもしれませんが、通常ゴースト達の攻撃は熾烈ですし油断はできません。
(考えるのは後にした方がいいかもしれませんね)
群がって来るゴースト達を『ベローズソード』で蹴散らしながら進んで行く事になるので気を散らすべきではないと目の前の戦闘に集中しようとしたのですが……近くで『デストロイアックス』を振るっていたまふかさんが群がるゴースト達を蹴散らしながら毒づきました。
「あーもう!うざったいわねっ!」
結局まふかさんに何か凄い作戦があったりする訳でもなくただの力押しになってしまったのですが、私のゴム紐作戦も失敗したのであまり人の事をとやかく言っている場合ではないですね。
「喋っていると無駄な体力を使いますよ?」
毀棄都市の東側に流れる大河やら北西から南東に流れている水路の中にはジェリーローパーが犇めき毒の沼地になっていますからね、下手に喋ると漂ってくる媚毒を吸い込み大変な事になってしまいます。
「わかって…ひゃんっ!?」
それでも何か言わないと気が済まなかったのでしょう、まふかさんは売り言葉に買い言葉というように言い返しながら群がるゴースト達に向けて『デストロイアックス』を振るうと、上半身と下半身が千切れたゴーストが抱き着くようにして執念深く襲い掛かり……【狂嵐】のバチバチを受けて消えていきます。
その刺激によってまふかさん自身もよろめき、汗以外の物が垂れているのが遠目からでもわかったのですが……霧に混じる媚毒を吸って身体が火照ってしまっている状態で妙な喘ぎ声をあげるのはやめて欲しいですね。
(集中しないといけないのですが)
毀棄都市に入ってからそれなりに時間が経過している事もあり媚毒に侵されてしまっているのですが、そんな状態でまふかさんの可愛らしい悲鳴を聞きながら乳首や股間がドレスに擦れるとどうしても身体が震えて力が抜けてしまいます。
「OOOoooxx!!」
「ッ…!?」
そんな一瞬の隙をつくように混ざりあった数体のゴーストが私に向かって手を伸ばして来たので『ベローズソード』で迎撃をして……そんなタイミングでゴム紐に括り付けられた『魔嘯剣』が円を描いて頭上を通過していきました。
振り回しているのは【鞭】スキル持ちの牡丹なのですが、結局お互いの体をゴム紐で括るという作戦は早々に諦めて、【片手剣】と【オーラ】を付与された牡丹が10メートルのゴム紐の先端に『魔嘯剣』を括り付けた物を必死に振り回すという方法に切り替えたのですよね。
(あれは動きづらかったですからね)
私とまふかさんがバラバラに動こうとしたら速攻でグレースさんがゴム紐に引っ張られるように絡まって、それに引っ張られるように私達も転倒してと……毀棄都市に到着する前のゴースト達にやられそうになったりとさんざんな目にあいました。
「あ、あの!2人とも頑張っ…とと」
「ぷー…い!ぷー…い!」
なのでゴム紐に括りつけた『魔嘯剣』を頭の上で振り回して周囲の霧を晴らす作戦に切り替えたのですが……高さを稼ぐために『魔嘯剣』を振り回す牡丹を頭の上に乗せたグレースさんが遠心力と戦いながら私達に声援を送っていたりと、傍から見ているだけならなかなか面白い光景ですね。
「ありがとうございます…牡丹、剣の耐久度はまだありますか?」
「ぷっ!」
との事なのですが、グレースさんの頭の上に牡丹が乗っているのは個々の戦闘力を勘案した結果であり、グレースさんの身長がほんの少しだけまふかさんより高かったからですね。
勿論狼耳を入れたらまふかさんの方が高いのですあ、まふかさんの頭の上に牡丹を乗せたら耳が塞がってしまいますからね、そう考えるとやはりグレースさんが一番の適任者となります。
まあ無理をしすぎると剣の耐久度が速攻で無くなってしまうので定期的に『魔嘯剣』を振り回して霧を吸う事しか出来ないのですが、掻い潜るように近づいてきたゴースト達を私とまふかさんで迎撃して、取りこぼしたゴーストをグレースさんが杖でペチペチ叩いてという作戦に切り替えるとそこそこ安定して戦えるようになりました。
「はぁーもう…ったく…残り少な…ぃった!?」
そんな中、巨大な戦斧に振り回されるように体を泳がせていたまふかさんは一息つくように『MP回復ポーション』を飲もうとしていたのですが、不用意に近づいて来たゴースト達は【狂嵐】でバチバチと焼かれていき……もうそのまま【狂嵐】を使って戦った方が良いような気がするのですが、それだけだとMPがすぐに枯渇してしまい、接近されすぎると色々と大変な事になるので律儀に斧を振るっているのだそうです。
「な、何よ…?」
そして急な静電気で驚いたというようなまふかさんを見ていると恥ずかしそうに唇を尖らせるのですが、何でこの人の見た目は格好良い系なのにいちいち仕草が可愛らしいのでしょう。
「いえ…疲労が溜まってきているので休憩できる場所があればいいのですが」
全方位に向けて気を張っているグレースさんも息が上がっていますし、毀棄都市に入ってからまだ30分程度とはいえ戦闘の連続となると疲労の蓄積が馬鹿になりません。
「そりゃ休める場所があったらいいけど…そんなのどこにあるのよ?」
そう言うまふかさんの肌にも戦闘と媚毒のせいで光る汗が浮かんでおり、頬を上気させながらピッチリとした服装で戦う姿はなかなかに魅力的ですね。
「…頑張るしかないですね」
本当に色々な理由で休める場所があれば良いと思うのですが、残念ながらその辺りにある住宅の中で休憩をとる訳にもいきません。
というのもゴースト達は幽霊である事を利用して壁を抜けて来るので、障害物の多い閉鎖空間に入ると基本長物を使っている私達は不意打ちに対応できなくなります。なので大通りのような見晴らしのいい場所で武器をブンブンと振り回しているのが一番効率が良くて安全という事になるのですが……そうするとどうしても連戦になるのでスタミナの消費が激しくなるというジレンマに陥っています。
(もうそろそろだと思うのですが)
それでも今のところ狂化ゴーストは現れずインフェアリーも遠巻きに見ているだけと比較的安定していますし、何度目かのラッシュをしのぎ切ったところでポーションを飲んで一息つきながら、私はMAPで現在地を確認しながら周囲を見渡しました。
ただただ町の中を徘徊するのではただの自殺志願者と変わりありませんからね、当面の目的として設定していたのは水路を渡るためにかけられた石橋であり、貴族街に通じている中門です。とはいえ簡単に渡れるのならここまで攻略が拗れていませんからね、魔王軍が攻めてきた時にその石橋や中門は壊されてしまったのですが……私の場合は飛んで越える事が出来るかもしれませんし、毀棄都市の中を当てもなく彷徨うより目的地があった方が良いでしょうという事でその付近を探索しながら抜け道を探してみようという事になっていました。
「それにしても……毀棄都市は難しいって聞いていたけど意外と何とかなるものね」
「そう…ですね」
『魔嘯剣』で定期的に霧を晴らす事によってインフェアリーを牽制して不意打ちを防ぐ、それだけでここまですんなりと通過できるものなのでしょうか?
あまりにもあっさりと進める事に対して不信感がわいて来ますし、この程度の対策で攻略できるのなら先着している他のプレイヤーが攻略しているような気がするのですが……ここから何かしらの凶悪なギミックでもあるのでしょうか?
(何事もなければ良いのですが)
そんな私の心配をよそにまふかさんは意気揚々と斧を肩に担ぎなおし、グレースさんも順調に進んでいる事に少しだけ安堵の表情を浮かべていたのですが……こうなったらもう臨機応変に対応していくしかありません。
(たしか…この辺りだと…)
そしてネットに落ちている断片的な情報を集めて纏めた結果、町の北西から南東に流れる水路の真ん中あたりに貴族街に向かうための石橋と中門があるという事なのですが……その辺りの情報はどうにも曖昧です。もしかしたら貴族街に入った上で情報を秘匿しているプレイヤーがいる可能性はあるのですが、私達が知りえない事を考えていても時間の無駄ですね。
とにかく剥がれた石畳や崩れた家屋などの戦闘の名残のような物が見えてきた辺りでジェリーローパーがグチュグチュと蠢く水路が見えてきて、その水路にかけられている横幅20メートル近い石橋と表面がグズグズに溶けたような木の根っこに覆われた奇妙で大きな中門が霧の中に浮かび上がるように見えてきました。
※若干の補足なのですが、ユリエルは毀棄都市の構造を「呂を少し傾けたような形」と言っていますが、本当は串を少し傾けたような形ですし細かな道は当然のようにあります。
ならなんで呂と言ったかという事なのですが、流石に正門(南門)から貴族街(北側)に繋がる最短距離であるメインストリート(縦線)は途中で塞がれているので通行不可になっているからです。勿論その崩れた瓦礫などの障害物を無理やり乗り越えようとした人達もいるのですが、そういう人達は何か酷い目にあったようなので飛び越えるのは最後の手段にしようと正規ルートを進んでいました。
そんな事情を長々と本文中に説明するのも蛇足かと思いユリエルは最初から「呂を少し傾けたような」と言っています。
※因みに毀棄都市に蔓延している媚毒についてですが、『魔嘯剣』をブンブン振り回して霧を凝縮していく過程で媚毒も凝縮しているので最初に来た時より多少はマシになっています。
※少し修正しました(1/18)。




