320:毀棄都市突入前の諸々
毀棄都市に近づく度に霧が濃くなっていくのですが、先頭に立つまふかさんは特に気にした様子なく意気揚々と進んでいき……その足取りが若干浮足立っているような気がするのは私の気のせいでしょうか?
(それほど楽しい場所でもないと思うのですが)
むしろ毀棄都市は幻覚や幻聴の多い冷静に進まないといけない場所なのですが、鼻歌を歌わんばかりのまふかさんは機嫌よく尻尾を揺らしていたりとなかなかご機嫌な様子で……。
「まふかさんって毀棄都市に行った事ってありましたっけ?動画はまだ上げていませんよね?」
若干心配になってしまいついそんな事を聞いてしまったのですが……撮るだけ撮って動画にしていないだけという可能性がありますからね、迷わず進めているのなら最低限の地理情報くらいは頭に入っているのだとは思います。
「一応情報が出た時に行ってみたけど…それがどうしたの?」
そして深く考える事なく撮影の事前調査に行っていた事を話してくれるのですが、何でもその時は霧で上手く撮れなかったので動画にはしていないとの事でした。
「いえ、なるほど…ありがとうございます」
「何よそれ、何か引っかかる言い方ね」
動画として上げられない物が撮れたという事は負けてしまったという事なのだと思いますし、曖昧に誤魔化す事にした私に対して膨れっ面を浮かべて腕を組むまふかさんなのですが……毀棄都市の危険度がわかった上でわざわざ行きたいと言うからには何か良い攻略法でも思いついたのでしょうか?
(どうなのでしょう?)
訝し気な顔をしながらもズンズン先に進もうとするまふかさんの後ろ姿を見ながら私は首を捻るのですが、そんなまふかさんとは対照的に杖をギュッと握りながら後ろをついて来るグレースさんに視線を向けました。
「大丈夫ですか?」
グレースさんは何時間か前に毀棄都市で大変な目にあっていますからね、現地に到着する前から顔を火照らせて血走った目でキョロキョロしていたのですが……これはこれで大丈夫なのでしょうか?
「だだだいっ!大丈夫です!!はい!」
そうしてカクカクと頷くグレースさんなのですが、そんないっぱいいっぱいになっているグレースさんを見てまふかさんは溜め息を吐きました。
「悪かったわね……少し急ぎすぎたわ」
まふかさんも自分がオーバーペースである事は自覚していたのか、冷静になろうとするように軽く深呼吸をすると、グレースさんに合わせて少しだけペースを落としました。そしてペースダウンした事に対してグレースさんがソワソワしているのですが、迷惑をかけてしまったという自責の念よりまふかさんが急いでいる理由を知っているからという様子で……2人きりの時に何か話し合っていたのでしょうか?
「それより……何かさっきからあんた達の距離…近くない?」
私がそんな2人のわかりあっている感に若干の疎外感を抱いていると、イライラした様子で振り返ったまふかさんがそんな事を言い出しました。
「そう…ですか?」
言われてから肩を並べて歩いている私とグレースさんはお互いの顔を見合わせるのですが……少しよろめいたら肩がぶつかる距離ではあるのですが、いつ敵が来るのかわからないので手は繋いでいませんし、何か喋りながら歩くのなら可笑しくない距離だと思うのですが……それでも距離が近いと指摘されたグレースさんはアワアワしてから、何故かギュッと私の腕に抱き着いてきました。
「だ、か、ら…離れなさいって言ってるのよ!」
そんなグレースさんの行動にまふかさんが怒鳴って【狂嵐】がパチパチするのですが、キレているというよりただ大声を出しているだけという感じで、本当に怒っている訳ではないようですね。
「ま、まふまふさんも…ユリエルさんとイチャイチャしたいのなら我慢しない方が良いと思いますっ!」
「はぁああーん?なんであたしがこいつと…その、イチャイチャしなくちゃならないのよっ!」
何故か途中どもりながら言い返すまふかさんなのですが……これが喧嘩する程仲が良いという事なのでしょうか?
(グレースさんが誰かに言い返しているというのが新鮮ですし)
本当にまふかさんがキレていたらグレースさんも怯えてしまうと思うのですが、それでも言い返せているのは2人の仲が良くなったからだと思いますし……思うのですが、途中でまふかさんも私の左腕を引っ張って来たりと、何故この2人は喧嘩をする時に私を間に挟もうとするのでしょう?
「だ、だって、まふまふさんはユリエルさんと一緒に毀棄都市に行くのを楽しみにしていましたし!!」
そうして私が考え込んでいる間に2人のやり取りはヒートアップしていくのですが、売り言葉に買い言葉というように言い返したグレースさんの言葉に対してまふかさんがおもいっきり動揺しました。
「ち、違うわよ!何適当な事を言っているのよ!!こいつといるのは面白い映像が…って!あーもう!何でこの口はそんなに軽いのよ!!」
「ひゃ、ひゃいっ!?ひぃひゃいです!!」
そうしてグレースさんのほっぺたを引っ張り無理やり黙らせるまふかさんなのですが、流石に手が出るのなら止めないと不味いですね。
「まあまあ2人とも…グレースさんも大丈夫ですか?まふかさんもやり過ぎですよ?」
【狂嵐】込みでほっぺたを摘ままれていましたからね、火傷しているのではと思ってグレースさんのほっぺたを見るのですが……赤くはなっていますが火傷はしていませんでした。
「ふん…」
頬を染めながらそっぽを向いたまふかさんが手加減していたのだと思いますし、そうやってじゃれ合える程2人が仲良くなったという事は良い事なのですが……そんな2人の間に挟まっている私としてはモヤモヤしてしまいますね。
『やめろ』
(ぷー)
休憩の時に携帯食料は食べているのですが、戦いの前に皆の結束力と万全の状態を維持するためにも3人でイチャイチャするのも……なんて事を考えていると淫さんが速攻で否定してきて牡丹も同意していたのですが、2人はこんな所で私達が始めてしまうとでも思ったのでしょうか?
(流石に今すぐというのは自重しますよ?)
帰った時にどうなるかはわかりませんが、それくらいなら良いですよね?
『色々と前科があり過ぎてお前の言う事は信用ならん』
(ぷっ!)
そして2人からは訝し気な気配が伝わってくるのですが……まあ良いでしょう。
「えっと、そういえば……こういう物を用意していたのですが」
とにかく2人の仲が良いのは悪いより良いですし、淫さんと牡丹の事は一旦横にやっておく事にしたのですが……皆仲良くくっついたまま毀棄都市に乗り込むという訳にはいきませんからね、なので話題を変えようと私は事前に準備していたアイテムを取り出します。
「紐?」
霧の中ではインフェアリーの悪戯もあって光や音が歪められたり遮断されたりしてしまいますからね、それに対抗するための用意していたアイテムの一つです。
「はい、10メートルのゴム紐です、これならまふかさんの電気も通しませんし、ある程度柔軟にお互いの体を括り付けておけるかと」
ようするに幻覚や幻聴に襲われた時にこのゴム紐を引っ張ったらその先に仲間がいるという事なのですが……どうでしょう?
「………」
私が2人の前でミョーンとゴム紐を伸ばして見せると、グレースさんは「おー」と感嘆してくれたのですが、まふかさんは「馬鹿らしい」というようにおもいっきり眉を顰めてしまいました。
「…本当に効果があるの?」
それでも頭ごなしに否定せずに目の前のゴム紐を胡散臭げに見つめるまふかさんなのですが、実際に使えるかどうかはよくわからないのですよね。
「…たぶん?まあものは試しですし」
というより私の場合は【オーラ】を放出し続ければ何とかなりますし、最悪の場合は常時展開が出来るように『MP回復ポーション』を多めに持ち込んでいるのでスキルで代用しようと思ったら出来ると思うのですが、まふかさんの【オーラ】や【狂嵐】を常時展開してというのはMPの関係上難しそうですし、グレースさんに至っては索敵できそうなスキルが無いですからね、こういう単純な事前準備で代用できたら儲けものだと思います。
「わ、私は良いと思います!」
そうしてグレースさんはグッと両手を握って肯定してくれるのですが、まふかさんは馬鹿にしたように肩を竦めました。
「いや、こいつは真面目な顔をしながら適当な事を言う時があるから…あんたも全面的に肯定していたら痛い目を見るわよ?」
そしてまふかさんがとんでもなく酷い事を言うのですが、いったい私の事をどういう風に見ているのでしょう?
「その言い方は酷くないですか?」
「事実でしょ?」
そうしてさんざん酷い事を言いながらもゴム紐をつけてくれるまふかさんなのですが、機動力的に私・グレースさん・まふかさんという10メートルのゴム紐の真ん中にグレースさんを配置した陣形となり、私が左側で全体のフォローをおこない、右側のまふかさんが火力担当という役割分担になりました。
「あの…これは…?」
そうして両方からゴム紐で引っ張られる事になるグレースさんはまともに動けなくてアワアワしていたのですが……こんがらがって転倒しなければ御の字でしょう。
「あんたの場合最悪自分自身を守れたらいいんじゃない?どうせ動けたとしても大した戦力にはならなさそうだし」
「その言い方はグレースさんに失礼だと思いますが……無理の無い範囲で頑張っていただければ」
結構バッサリとグレースさんを「戦力外」と言うまふかさんなのですが、この霧の中だとどうしても不意の遭遇戦になりますからね、魔法では迎撃しづらいので本領を発揮するのは難しいと思います。
「うっ……お、お2人の足を引っ張らないようにが…頑張ります!」
そうしてグレースさんは霧からモンスターが飛び出して来た事を想定してブツブツと言っていたのですが、どうもしっくりこないのか最終的にはビヨンビヨンとゴム紐に引っ張られながら杖と盾を構えていました。
そういう訳でそろそろ本格的な戦闘準備という事で私も休憩時には仕舞っていた『ベローズソード』と『魔嘯剣』を取り出すのですが……霧の中では『魔嘯剣』の吸い込む力が強く働いているような気がします。
「ねえ、あんたのその剣…」
「ええ」
「…え…あれ?」
まふかさんが指摘して、少し遅れてグレースさんも気づいたようなのですが……何か『魔嘯剣』が周囲の霧を吸い込んでいるような気がするのですよね。
「そんなのがあるんだったらこの紐はいらないんじゃない?」
「そうですね……いえ、そうでもないみたいです」
試しに周囲の霧を完全に消せないかと『魔嘯剣』の出力を上げてみると、吸い込む霧の量が増えて剣の耐久度が一気に削られていきます。
(それにだんだん剣が湿ってきて…何か身体がポカポカするような?)
霧を吸えば吸う程『魔嘯剣』には透明な液体がくっついていくのですが、これはもしかして霧が圧縮されて水になっているのでしょうか?
(ああ、なるほど)
たぶんこれは霧を無効化しているというより単純に『魔嘯剣』の力で吸い寄せているだけのようで……なので霧が圧縮されて滴っているのだと思いますし、その中に混じっている媚毒も集めてしまっているのだと思います。
「そうでもないって…なんで持って来ているあんたがよくわかっていないのよ」
そうして私の曖昧な言葉に対してまふかさんが訝し気な顔をするのですが、色々あってまともに性能テストをする事が出来なかったのですよね。
「ぶっつけ本番の運用となっていますので、私もこの剣がどういう性能なのかはよくわかっていないのですよね」
ここに来るまでに遭遇したモンスターは魔法を使ってこなかったですからね、吸い付くような感触がある以外はよくわかりませんでしたと私が正直に言うとまふかさんは「呆れた」みたいに息を吐きながら顔を顰めます。
「あんたねー…」
「あ、あのっ!?それ、よりっ!」
何か言いたげなまふかさんの言葉を遮り「喧嘩は良くないですよ!」というようにグレースさんが止めに入るのですが、そんな仲裁の言葉に混じってあちこちから呻き声が聞こえてきました。
「OOOoooOOOOxxx!!」
たぶん霧に紛れて奇襲をかけるつもりだったのだと思いますが、多少霧が薄くなった事もありポツリポツリと姿を現す事になったゴーストの数は5体、距離もあるので迎撃準備をする時間は十分ありますし、色々と練習するには丁度いい相手ですね。
「まあいいわ、それも魔力剣なんでしょ?」
「ええ…左は受け持ちますので右側のゴースト達はお願いします!」
毀棄都市までまだ距離があるという事でそれほど霧は濃くないですし、今のうちにゴム紐連携の練習をしようと襲ってきたゴーストに向けて私達は武器を構えました。
※ブレイクヒーローズの世界にゴム紐があるかどうかなのですが、それほど伸縮性のある素材は市販されておらず、ユリエルが手に入れたのはWM産のプレイヤー品です。妙に長いのは生産用にメートル単位で売っていたからですし、妙に伸びるのは高レベルの【鞭】スキル持ちのユリエルが一端を持っているからです。なのでまふかさんとグレースさんの2人で使用するのなら少しだけ伸縮性のある長い紐になります。




