319:準備、集合、そして各自の装備
スコルさんは毀棄都市までついて来る気満々だったようなのですが、最終調整と臨時修理に使ったぶんの素材を集める為に駆り出されてしまい泣く泣く第一エリアに引き返していきました。それを見届けてからログアウトをして、夕食と休憩を挟んでから再度ブレイクヒーローズにログインしたのですが……繋いで早々にまふかさんから連絡が入ります。
『ねえ、集合場所に誰も居ないんだけど…今どこにいるのよ?』
『セントラルキャンプ』に集合という事で何となくクランハウスに集合という感じだったのでまふかさんはそちらにいるようなのですが、今の私は『セントラルキャンプ』の北側出口から少し出た所の森の中というギリギリセーフポイントに入っている場所にいるのですよね。
『すみません、私はキャンプの外にいるのですが……魅了の事もあるのでこちらに来てもらっても良いですか?』
スコルさんの【シャドウダイブ】を使えば安全に人ごみを抜ける事ができますからね、ログアウトする前にここまで運んできてもらいました。
『あんたねー…そういう事は先に言っておきなさいよね』
『すみません』
どちらにしてもキャンプ地から徒歩で毀棄都市に向かう予定でしたし、その事を話そうとした時には2人とも落ちていたので連絡ができなかっただけなのですが……私の方が来てもらう側ですからね、再度謝罪の言葉を口にするとまふかさんは溜め息を吐きます。
『まあいいわ、それで?キャンプ地の近くよね?』
まふかさんも私の魅了の事はよくわかっていますからね、人の多い場所より少ない場所で待とうとした事には理解を示しており、あまり問い詰める気はないようです。
『はい、キャンプ地の北側へ出てすぐに茂みの中にいます』
『茂みの中って……わかったわ、あたしもそっちに行くから、ちょっと待っていなさい』
そういう訳で改めてキャンプ地の外で合流する事になったのですが、装備を買い替えたまふかさんは薄い黒色のハイネックホルターの全身タイツを身に着けており、必要最低限の布地をベルトブラやTバックで隠しているという布地があるからこそ逆にその部分が強調されているというエロティックな装いになっていました。
そして手首から肘までを覆う銀細工の手甲のような物を左腕に着けているですが……マジックアイテムっぽいその大型の腕輪は何なのでしょう?
「ああ、これ?」
私が腕輪を見ているとまふかさんは話したくて話したくて仕方がないというように「フフン」と笑い頭の上の狼耳がピクピクして尻尾が揺れるのですが、説明する代わりに腕輪に右手を添えると光る粒子が棒状に変化したかと思うと中から『デストロイアックス』が出て来て……どうやらその腕輪は一種の収納アイテムになっているようですね。
「流石に毎回毎回鞄を放り投げるのも回収が面倒でね、素材が金属だから電気にも強いし…どう?」
「凄いでしょ」と自慢気に笑うまふかさんなのですが、なんでもこの腕輪はファンの人からの貢ぎ物なのだそうです。
武器専用なので長細い物限定だったり容量も少なかったりで『デストロイアックス』を入れるだけで容量がギリギリなのですが、ポーションなどの細々とした物なら何とか収納可能と使い勝手は良さそうですね。
「凄いですね…でも大丈夫なのですか?」
金属製だと帯電してしまいますからね、その事が気になってまふかさんに訊ねてみたのですが……装備の欠点に関してはあまり話したくないのか曖昧に言葉を濁してしまいます。
「問題ないわ…とはいえ流石に耐久度が減らないっていう訳じゃないけど…」
との事で、見た感じでは肌に触れている部分の絶縁体が少し焼け焦げていたりと定期的な交換や手入れは必要になってくるようなのですが、それでも鞄をいちいち放り投げていた頃と比べると利便性は雲泥の差のようですし、これでまともに戦えるとご満悦なまふかさんに対して欠点をあげつらうのも野暮なので私も黙っておく事にしました。
「ぷーいー…」
因みに容量が少ないので拾ったアイテムはPTメンバーに持たせる事が前提のようで……その事に対して牡丹が嫌そうな顔をしていたのですが、一番積載量が多くて安定して収納できるのが牡丹なので頑張ってもらう事にしましょう。
『す、すみません…遅れっ、すぐに行きますので!』
そんな事を話しているとグレースさんからも連絡が入ったのですが、これで参加メンバーが全員が揃いましたね。そういう訳で改めて集合地点を伝えて集まる事にしたのですが……。
「遅いわよ、あたし達を待たせるなんて何様のつもり?」
まふかさんがきつめの言葉をかけてグレースさんがシュンとしたりしたのですが、集合時間まではまだまだ時間があるのですよね。
「まだ集合時間前ですし、そう責めるような時間では…むしろまふかさんが早く来すぎただけなのでは?」
「う、煩いわね!あんた達が遅いだけよっ、それで…2人とも準備は出来ているのよね?さっさと行くわよ!」
そんな私の指摘に赤くなりながら歩き出したまふかさんに苦笑いを浮かべてしまい、グレースさんはよくわかっていないような顔でアワアワしながらついて行くのですが……グレースさんの方も無事に装備の更新が終わったようですね。
(グレースさんらしい装備ですが…)
こちらはまふかさんの薄く魅惑的な装備とは対照的に分厚いローブ調で、『ブランファイバー』というエルフェリア産の特殊繊維に魔法防御の上がるブェッフェ染めをした膝丈フード付きパーカーの上に木の根で編んだような袖なしセーターを着ていて、足元は鉄糸が混ぜこまれた厚手のタイツと履き慣れたアウトドア用のミドルブーツ、武器としては魔力を込める事が出来るC型の装飾がついた杖はそのままに、盾は『アボブル』というエルフェリアの戦士達が木製装備を作る際によく使用されている硬質な木を白く染めたラウンドシールドになっていました。
「良い装備ですね、似合っていますよ」
そんな風に見ているとグレースさんが「どうでしょう?」というような不安そうな顔をしてきたので感想を述べておいたのですが、それだけでグレースさんは目をパチパチと瞬かせて、手と指をモジモジと動かして視線を外してしまいました。
「は、はひ…ありがとうございます」
赤くなってしまうグレースさんなのですが、この『アボブル』という木材はセーターにも使われているくらい『エルフェリア』ではポピュラーな素材で、軽くて魔法防御があるので一部の人達から人気の装備らしいですね。
(木製装備という事で嫌厭している人はいますが、スペック的には良い装備なのですよね)
たぶんセーターに関しては鎖帷子の代わりなのだと思いますが、そんな服装の上にボディーバッグを前付けしていて……装備を新調したというより必要に応じて買い替えたといった感じでしょうか?
まあ全部新調するにはお金が足りなかっただけなのかもしれませんが、グレースさんの場合は火力不足からくる資金不足を解決するのが今後の課題かもしれませんね。
「で…結局そのダサイタイツを買ったの?」
「ひぃう…それは……ええ、はい…」
暫くするとまふかさんが会話に入って来たのですが、ヘラリと笑おうとして奇妙な笑みになってしまっているグレースさんは私の方をチラチラと見てきていて、それを見ながらまふかさんは溜め息を吐いていて……何でもあのあと流れで一緒に買い物に行ったようで、その時まふかさんはグレースさんに生足を出すように言っていたそうです。
「だからそのモコモコしたタイツはダサいって、今からでも脱いだらどう?」
「え、えっと、その…パーカーだけだと少し動いたらパンツが見えそうですし…?」
「パンツって…」
「人が居るかもしれない場所でそんな事を口に出す方が恥ずかしくない?」みたいにまふかさんは肩を竦めてみせたのですが、本当に2人は仲良くなりましたよね。
「見られるって言っても結局はアバターよ?実際に見られる訳じゃないんだし、こんなのは出したもん勝ちよ」
言いながら自分の胸とか身体を惜しげもなく曝け出しているまふかさんがポーズを取ったりするのですが……それを見ていた私とグレースさんは何とも言えない気持ちでお互い顔を見合わせます。
「…何よ?」
「いえ……こうやって見てみると2人ともしっかりとしたコンセプトのもと装備を整えているのですね」
あまり茶化すとまふかさんが怒りそうだったので無難な話題にすり替えておいたのですが……改めて見比べるとそれぞれの考えが出ているようで面白いですね。
「まあ多少はトレンドも…って言うあんたはなかなか装備が変わらないのよね、そろそろ新調したらどうなのよ?」
「このドレスより良い装備があれば変えるのですが…」
「に、似合っていると思います!」
「そろそろ買い換えたら?」というような顔のまふかさんと、とりあえず褒めておこうというようグレースさんが鼻息荒くウンウンと大きく頷いているのですが……私の場合はコンセプトを決めた上での最強装備という性能重視で、まふかさんはトレンドと気分を取り入れた自分の事を魅せる事が出来る装備で、グレースさんがRP重視といった感じでしょうか?
「結構その人の趣味が出ているので面白いですね…と」
「何を当たり前の事を……っていう訳でもないのよね」
グレースさんはよくわかっていない顔をしているのですが、ゲームによっては覇権装備なる物があって皆同じ装備を身に着けているという事がありますからね、そういうゲームと比べるとかなり自由度が高いような気がします。
とにかくそんな雑談をしながら私達は毀棄都市に向かっているのですが、現時点で毀棄都市に向かうためのルートは三つ、一つは『イースト港』から西に向かうルートなのですが、このルートは私達が『イースト港』のポータルを開放していないので使えません。
そうなると残るルートは二つで、単純な距離というのなら『隠者の塔』から南東に進むというのが最短ではあるのですが、途中崖があったりジェリーローパーが犇めいていたりと色々と厄介な場所が多く、事前の話し合いでも『セントラルキャンプ』から北東に続いている道に沿って進むのが一番無難でしょうという事になっていました。
勿論一番無難と言っても道沿いにまで出て来るブッシュゴブリンやらフラワーラビットやら時折現れるフォレストウルフの集団を倒しながら進む事になるのですが……この辺りの雑魚敵くらいなら3人で協力すれば問題なく倒す事が出来ますね。
「そろそろね」
そうして徐々に霧が出てきた所で一度休憩を挟んでから、私達の毀棄都市攻略が本格的に始まりました。




