316:唐突な試合とその結果
人に見つかったら色々と面倒な事になるので割としっかり隠れていたつもりなのですが、フラッとやって来ただけのシグルドさんにあっさりと見つかり私は息を吐きました。
「その…今は修理が終わるまで外で待っている状態なのですが…」
なぜ鍛冶場横の雑木林に潜んでいるかという事を説明するのが難しかったので「暇だから外で待っていました」という風に弁明してみたのですが、本当に暇なら村の中を散歩していてもいい訳ですからね、あまりうまい誤魔化し方ではなかったのかもしれません。
「それより…それがドゥリンさんが打った刀ですか?」
なので私は話を逸らすようにシグルドさんの腰に下げているシンプルな造りの日本刀について言及してみたのですが、シグルドさんはシグルドさんできっとその刀を誰かと話したかったのでしょう、柄に手を乗せながら満面の笑みを浮かべました。
「まだまだ未完成品だけどね、剣より幾分使いやすいから助かっているよ…」
言いながらシグルドさんは何か考え込んでしまったのですが……というよりいつまでたっても木の影から出てこない私に対して「のっぴきならない状況なのかな?話を続けてもいいのかな?」とか訝しがっているような気がするのですが、どうしましょう?
(まあ普通に会話ができていますし、魅了にかかっている様子もないのですよね)
それはそれで問題があるのですが、シグルドさんは魅了耐性が強い人のようですし、このまま話しを続けるのも不自然なので大人しく木陰から出る事にしましょう。
「……精神攻撃?」
いざとなったら離れればいいと恐る恐る私が姿を現すと、シグルドさんは軽く目を見開きながらそんな事を呟いたのですが……何か色々と見定められているような気がしますね。
(これはこれで落ち着きませんね)
性的な目で見られる事は多々あるのですが、純粋に分析されて力量を測られているような視線というのもなかなか奇妙な感じです。
「面白い」
そして物騒な笑みを浮かべるシグルドさんからはいつもの柔和な雰囲気が剥がれ落ちてしまっているのですが、そんな空気を混ぜっ返すようにスコルさんがヘラヘラと笑いながら近づいてきました。
「ユリちー、おやっさんが『魔嘯剣』の最終調整を始めるんだってー、だから剣を…って、シグやん?もしかして刀の不具合?調整だけだったらユリちーの方が先約だからちょっと待ってね」
そんな気の抜けたスコルさんの言葉に対して何とも歯切れの悪い感じで力を抜こうと右手をグーパーさせているシグルドさんなのですが、チラチラと私の方を見てきたりとこちらに意識が向いている事が丸わかりですね。
「ええ、ここに来るまでは刀の研ぎなおしをお願いするだけのつもりだったんだけど…」
そしてウズウズと刀の柄に手をかけるシグルドさんに対してスコルさんは大きなため息を吐きました。
「駄目よーシグやん、ユリちーはおっさんのものなんだから…色目を使っちゃ、イヤン!」
「ものじゃありませんし、私は私のものです!!」
鼻息荒く可笑しな事を言うスコルさんの言葉を速攻で否定しておいたのですが、そんなやり取りを見ていたシグルドさんは軽く息を吐くように笑います。
「そういう意味で見ていた訳じゃないんだけど…ここまで心をかき乱されたのは久しぶりでね、こんな状態で刀を振るったらどうなるのかが純粋に気になって……そうだ、ユリエルとはそのうち勝負をしようって約束していたよね?」
「していましたが…」
お互いに武器を調整しに来ただけなのにいつの間にか真剣勝負をする流れになっているような気がするのですが……まあシグルドさんは宇宙船が飛び交いVR技術が進んだ現代になっても剣術道場を開いているような人ですからね、物腰柔らかないつもの顔よりこちらの顔の方が素に近い感じなのでしょう。
『相変わらずお前の周りには変な奴しかいないようだな』
そして淫さんがまるで私が原因であるように言ってくるのですが、何でもかんでも私のせいにするのには不服を申し立てたくなりますね。
「わかりました、約束は約束ですからね……よろしくお願いします」
まあ話の流れ的には気になるところがありますし、魅了の力が悪さをしているような気もするのですが、確かに手合わせの約束をしたままというのは気持ちが悪いですからね、シグルドさんとの勝負を受ける事にしましょう。
(ある意味渡りに船かもしれませんし)
私の右手には最終調整前とはいえ『魔嘯剣』がある訳ですし、魅了の力が対人戦の時にどういう影響を及ぼすのかも気になっていましたからね、色々と確かめるには丁度いいのかもしれません。
「ありがとう、ではさっそく…」
スラリと刀を抜くシグルドさんは右足を前に出した正眼の構えをとったので、私も『魔嘯剣』を右手に持ち左足を引きます。
当たり前の話ではあるのですが、シグルドさんの流派は桜花ちゃんと同じですからね、かなり堅実な戦い方をするタイプです。
(ゲームらしい強引な攻め方はしてこないと思うのですが、それはそれでやりづらいのですよね)
死んでもやり直しがきく事を前提としている私達とは違い、シグルドさんが想定しているのはリアルでの戦闘ですからね、かすり傷一つでも肉体的なポテンシャルが一気に下がる事を前提とした立ち回りをしてきます。その為戦いに華はないものの手堅い戦い方をしてきますし、乱戦ならともかく一対一なら無類の強さを発揮するタイプの人なのですよね。
「いざ、尋常に…」
そしてこれで心がかき乱されているらしいのですが、剣を構えた状態のシグルドさんに迷いはなく、魅了が効いている様子もないのでデバフ効果はないものと考えた方がいいでしょう。
(そして桜花ちゃんと違うところはその技量)
因みにこの時のシグルドさんは補強の入った迷彩柄の作業帽を被っており、通気性の良いシャツの上にボディーアーマーのような革鎧とタクティカルジャケット、下は迷彩柄のズボンにミリタリーブーツという……嗜好としてはカナエさんと同類の動きやすさ重視の服装ですね。
FPSも齧っている私からすると見慣れた格好ではあるのですが、ファンタジー世界が舞台であるブレイクヒーローズの世界観からはやや浮いていて……まあ私もあまり人のファッションをどうこう言えるような恰好をしている訳でもないですからね、装備についてはあまり気にしない方向でいきましょう。
(…というより!)
全体を眺めながら相手の出方を窺っていると、スルリと踏み込んで来たシグルドさんがギリギリの間合いから手首のスナップをきかして指の切断を狙ってくるのですが……それを一歩下がって回避すると自然な動作で踏み込まれ、剣筋が跳ねるようにして今度は私の首筋を狙ってきました。
正直に言うと速度自体は常識的な速さなのですが、最後の数センチが異様に伸びると言いますか、回避したと思ったらそこから更に伸びるような感じがするので回避しづらい事この上ないですね。
そして剣でガードをしようにもロックゴーレムやらゴルオダスやらを切り裂く攻撃ですからね、どんな奥の手があるのかよくわからない相手でもあるので下手にガードをする事が出来ません。というより『魔嘯剣』の強度がよくわかっていないでガードがしづらく、最悪の場合は改修後即斬り飛ばされるというシャレになっていない状況になる可能性があるので出来るだけ回避に専念する事にしましょう。
(くっ、この!)
そうして首筋を狙って斬り込んで来たシグルドさんの攻撃を後ろにのけぞるように回避しながら、【魔翼】で強引にバランスを取って左回し蹴りで右脇腹を狙い……その攻撃を読んでいたシグルドさんは刀を立ててガードの姿勢を取ります。
(まあこれくらいは予想しているでしょうね)
このまま蹴ると足を斬りつけられるのですが、その動きを予想していた私は足を引っ込めるようにしゃがみこみ、回し蹴りのために用意した回転力を利用する形でスカート翼をおもいっきり広げて足払いを狙います。
ここで初めてシグルドさんが攻撃と回避で悩むような仕草を見せたのですが、安全第一で冷静に距離を取ろうと後ろに跳びかけて……私のスカート翼が異様に伸びている事に気づき、バックステップでは回避しきれないとすかさず垂直跳びに切り替えて私の足払いを回避しました。
(かかりました!)
とはいえその行動は私の狙い通りで、スカート翼がシグルドさんの真下に来た瞬間に股間を強襲する勢いで跳ね上げたのですが……その攻撃すら布地の側面を蹴るようにして宙返りをすると、その不安定な状態のまま頭部目掛けて反撃を放ってきて……私は慌てて『魔嘯剣』でその一撃をガードします。
「ぷっ!?」
(ッ…!?)
そんな何の踏ん張りもない状態からの一撃で大きく後ろに吹き飛ばされる事になったのですが、刃が当たる瞬間シグルドさんが何かしたのか『魔嘯剣』の刀身が半分ほど切り裂かれてエネルギーの流れが可笑しくなったりと、本当に色々と規格外な人ですね。
「手強いですね」
私は一息入れるつもりでそう話しかけると、安全距離まで離れたシグルドさんは楽しそうに笑いました。
「一応これでご飯を食べている身だからね…ふふ、それにしても対人戦でここまで戦えるのは久しぶりだよ…できたらこれからも定期的に手合わせをしてくれると嬉しいのだけど」
高揚しているシグルドさんが笑ったのですが、私もこの難敵にどう挑もうと笑みを浮かべてしまいます。
「そう言ってくださるのは光栄ですが…スキルを使っていないシグルドさんに言われてもただの嫌みにしか聞こえませんよ?」
『魔嘯剣』の力をまともに引き出せていないので勝負はこれから……と言いたいのですが、先ほどの斬撃も実は本人の実力のようですし、シグルドさんはハンデのつもりなのかゲーム的なスキルを一つも使っていないのですよね。
「それはユリエルも一緒だと思うのだけど…?」
「それは、まあ…“剣”の勝負ですし、それでもパッシブ系のスキルは使っていますよ?」
機動力を生かして遠距離から【オーラ】や【ルドラの火】で攻撃をし続けるというのも何か違うような気がしますからね、多少自重しているというのはあるのですが……シグルドさんはそんな最低限のパッシブスキルすら使っている気配がありません。
「僕がこのゲームをしている理由は剣の練習の為だからね、武器スキル以外の戦闘スキルは覚えないようにしているんだ…そうしないと訓練にならないからね」
そしてさも当然のようにシグルドさんがそんな事を言うのですが、もしかしてまったく戦闘系のスキルを取得せずにゴルオダスとかに挑んでいたのでしょうか?それはなかなか凄い話ですが、それはそれで勿体ない話のような気がしますね。
「仕事熱心なのは良い事だと思うのですが…現実では体験できない事が出来るのがゲームですからね、色々な発見や感覚が広がるチャンスをふいにするのは勿体なくないですか?」
私は『搾精のリリム』という種族になった事で色々な価値観が広がったような気がしますし、新しいスキルを覚えた時のアノ感覚はなかなか癖になると思います。
「なるほど…確かにそういう考え方もあるんだね、参考になるよ」
私の言葉に多少心が惹かれたのかシグルドさんがニッコリと微笑むのですが……刀を構えたままのシグルドさんが笑っているというのは何とも不安になってくる絵面ですね。
「折角のゲームですからね、色々な事に挑戦してみるのもいいかもしれませんよ?」
「そうだね、確かにゲームでしかできない体験というのも重要かもしれないね」
そんな会話をしながら私達は剣を構えるのですが、お互いの力量は大体把握できましたし、呼吸も整ったのでこのまま第二ラウンドを開始しようと間合いを測り始め……。
「てめえら!なかなか戻って来ねえと思ったら何で俺の工房の前で喧嘩してんだ!営業妨害だぞ!!つーか俺の打った剣がさっそく折れかけてるじゃねえかっ!!」
待ちくたびれてプンスカ怒るドゥリンさんの一喝によって私達の勝負はお開きになってしまいました。
※Q:なぜシグルドさんが試合を申し込んだの?
A:魅了を受けてウキウキしたから、そして2人とも意外とノリの良い戦闘狂だからです。
※こまごまと修正しました(1/9)。




