315:魔嘯剣
「いやーごめんねー何かおやっさんがいきなり引きこもっちゃって、とにかくコレが改修したユリちーの新しい剣ね」
私達はやっとの思いで『はぐれの里』までやって来たのですが、ドゥリンさんが思いのほか魅了に弱いタイプだったのか鍛冶場の奥に引っ込んでしまい、状況の説明に少し時間がかかってしまいました。
「ありがとうございます…それにしても剣の形状がかなり変わったようでが」
そしてヘラヘラと笑うスコルさんが私の剣を咥えて戻って来たのですが、魔光剣は二回りほど大きくなっていたりとかなり形状が変わっており……というより咥えて持って来られるとベッタリと涎がついてしまうのですが、まあお礼を言ってから【水魔法】で洗い流しておきましょう。
「そうでしょ?だからおやっさんは最終調整前にユリちーに色々聞きたかったみたいなのよ…てー事なんだけど、まずはごめんね、おやっさんにユリちーのスキルの事を説明したんだけど…」
目の前で水洗いされているのを見ながら話を続けるスコルさんなのですが、喜んでいるようにも見える何とも言えない胡散臭い表情ですね。
「それはまあ…仕方がない事かと」
人のスキルを本人の了承なく他人に教えるというのはあまり褒められた行為ではないのですが、この場合は魅了について説明しないと話が進みませんからね、スキルの内容をバラすのも仕方がない事なのだと思います。
「いやー本当にそのとおり、事後報告でも許してくれるユリちー大好き!」
「はいはい」
私はスコルさんの冗談を軽くあしらいながら洗い終わった剣を見てみるのですが……女性にも使いやすいように軽量化されていた細身の刀身から二回りほど大型化していますし、剣を持った瞬間吸い付くような感触があったりと不思議な感じがしますね。
(魔石が大量に使われているようですし、魔剣寄りに調整されたのでしょうか?)
改良前も魔法の力で攻撃力をUPするタイプの剣ではあったのですが、何かそれとは違うベクトルの力が働いているような気がしますし、これはもうまったく別の剣だと考えて運用した方が良いのかもしれません。
(それにしても…)
いつもなら鬱陶しいくらいに擦り寄ってくるスコルさんなのですが、今は一定の距離を保ったまま大人しく舌を出しながら胡散臭い笑みを浮かべているだけという……それでいて雰囲気としては柔らくて見守っているような感じがするという奇妙な感じで、牡丹に至ってはあまりにもいつもと様子が違いすぎて警戒していますし、淫さんについては呆れながらもエネルギー補充が出来たからまあいいかというスタンスのようですね。
(まあ考えても仕方がないですね)
その事は一旦横に置いておく事にして、今は改良と修理をしてくれたという剣に集中する事にしましょう。
「じゃあユリちーのスキルを暴露した事への謝罪も終わった事だし、おやっさんが説明はどうなっているんだーって煩いからサクっと剣の情報を伝えていくわね」
「はい、お願いします」
私の声には魅了の力が乗っていますからね、ドゥリンさんとは直接やり取りできないのでこのままスコルさんを間に挟んで会話をする事になったのですが……正直に言うとイチャイチャする目的でこのゲームをしている人がいるくらいなので魅了云々くらいどうという事はないと思うのですが、ドゥリンさん曰く「そういうイチャついた考えの奴もいるにはいるんだろうが、下手に手を出しちまったら嫁さんに悪いからな」との事でした。
(私の両親も結構仲が良いと思うのですが、ドゥリンさんもなかなかの愛妻家なんですね)
そう思ったのですが、スコルさんに言わせると「あれは尻に敷かれているだけよ」という事になるようですね。
「ままそんな事より、説明を続けるわね」
そうヘラヘラ笑うスコルさんはつい先ほど魅了の力で発情してしまいましたからね、なかなか皮肉がきいている対比のような気がするのですが……まあ良しとしておきましょう。
とにかくこうしてスコルさん経由で説明が始まったのですが、まずこの剣の名前は『魔嘯剣』という名前に変わったようで、レアリティは『S R』で品質が『C』と、レアリティが一つ上がって品質が一つ下がったようですね。
それに応じて……という訳ではないと思うのですが、大型化した刃の部分にはザラついた質感の青みがかった『海嘯石』が埋め込まれており、その刀身に合わせて魔力伝達能力の高い魔石を混ぜ込んだ柄も大型化、一応片手剣として使う事を前提にしつつも両手でも使えるバスタードソードに近い形になっていました。
「結構重量配分が独特だから大丈夫かーっておやっさんが聞いてきているんだけど…どう?問題なく使えそう?」
今のところ無難で均一的な重量配分にしているのですが、それでも結構癖のある感じに仕上がっているようで……試しに軽く振ってみた感じでは刀身が空気を吸っているような感覚があったりとなかなか不思議な振り心地ですし、相変わらずスキル込みの私の腕力に対して剣が軽すぎる気がしますね。
「そうですね……もう少し重くして、先端に重量が来るように出来ませんか?このままだと私の腕力に対して剣が軽すぎますので」
多分これは私の種族値の補正やスキルの強化値がドゥリンさんの予想を越えているからなのだと思いますが、現在の補正込みの筋力を考えるともう少し重くしてもらった方が使い勝手が良いのかもしれません。
「OKーおやっさんにはそう伝えてみるわ」
そう言ってからドゥリンさんとの会話を始めたスコルさんを尻目に私は何度か剣を振ってみるのですが、どうやら刃の部分に使われている『海嘯石』の性質である引き寄せ蓄える力がそのまま引き継がれているからなのか『魔嘯剣』は魔力剣の効果を残したまま周囲の魔力を吸収する事が出来るようになったみたいですね。
(デメリット効果もあるみたいですが、これはなかなか面白い効果ですね)
試す環境がなかったのでドゥリンさんも詳しい事はわからないらしいのですが、吸収効果のおかげで魔法攻撃も多少なら吸収できるかもしれないとの事で、それが本当ならかなり戦闘が楽になりそうです。
というのも第二エリアになってからは魔法防御をしてくる敵も多くなってきていますからね、それを打ち破れるのなら攻撃を通しやすくなるのですが……試しに自分の【オーラ】に対して剣を向けてみると、触れた瞬間『魔嘯剣』に力が吸われるような感じがして、そのまま斬り進む事ができそうでした。
(後は吸収効果に対するデメリットをどこまで許容できるかですが)
多少の出力調整は出来るものの基本常時吸収しているので自分の遠距離攻撃魔法まで吸ってしまうというデメリットがありますし、吸収できる限界というのもあると思うのですが、それでも近接での一撃必殺という場面ではかなりの活躍をしてくれそうですね。
「っと、そういえば…そろそろ見てもらいたい剣があるのですが」
そうして手持ちの装備とスキルの組み合わせを考えていると、不意に『ベローズソード』の耐久度の事を思い出したのですが……出来るだけ大事に使っていますし、魔力で覆っているという性質上耐久度の減りもそこまでではないのですが、どれだけ大事に使っているといっても徐々に耐久度は減っていきますからね、そろそろ修理しないといけないのでスコルさんに聞いてもらう事にしたのですが……。
「んー修理自体は出来ると思うけど……ちょっち待ってね」
スコルさんは口の中でゴニョゴニョと呟くようにしてドゥリンさんと言葉を交わし、何度か頷き尻尾を一度振ってから私の方に向き直りました。
「実物を見てみないと断言はできないけど、おやっさんも色々と仕事を受け持っているからすぐには難しいかもって…修理するっていうのはあの鞭みたいな剣よね?」
「ええ、これですが」
「ちょっと預かってもいい?」
「どうぞ」
私が『ベローズソード』を渡すとスコルさんは剣を咥えたままトテトテとドゥリンさんが引きこもっている鍛冶場の中に入っていき……そのまま何事か話し合いをしてからフレンド経由で通話が入ります。
『今おやっさんに見てもらっているんだけど、出来なくもないけど本格的な修理は難しいかなーって、なんでも主原料となる『音晶石』がなかなか手に入らないからっていう理由なんだけど……ユリちー『音晶石』を持っていたりしない?持っているのなら今すぐ直してやるっておやっさんが息巻いているんだけど』
スコルさんが言うには『ベローズソード』も魔法剣の一種なので魔石を使えば最低限の修理は出来るのですが、本格的な修理となると基礎となっている『音晶石』が必要なようで……というよりスコルさんの口ぶりから『音晶石』を手に入れる事が出来るみたいな言い方なのですが、その辺りはどうなのでしょう?
『すみません、持っていません……というより『音晶石』って採掘できる場所が発見されたんですか?』
『ん、ああ…まだ出所は不明のままだけど、最近見つかったみたいよ?おっさんもまだ実物は見た事ないけど、たまーにW Mに流れているんだって』
ネットのまとめサイトにもまだ情報がないという事は発見した人が情報を伏せているのだと思いますが、発見されていたんですね。
『そうですか…すみません、鉱石までは確認していませんでした』
【錬金術】に使えるような薬剤系の素材なら多少確認していましたが、鉱石類に関しては完全にノーマークでした。というより最近は牡丹に買い物を任せっきりでしたからね、その辺りの情報更新が多少おざなりになっていたのかもしれません。
『出品数も限られていて結構面白い特性も持っているからなのか高値でも即時完売なのよねーてー事で、魔石の修理の方が現実的なんだって、そうなると最低限の修理くらいはできるけどって事らしいけど…どうする?』
本格的な刃こぼれや罅割れには対応できないという事なのですが、それでよければ修理を請け負ってもいいとの事でした。
『といっても、おやっさんも何個か仕事を請け負っているみたいだからその間間でって事になるんだけど、それでも良い?』
『ええ、『魔嘯剣』が戻って来るのならそれで事足りとる思いますし、修理をお願いしてもいいですか?』
製造依頼で忙しいのは仕方がない事ですし『魔嘯剣』の最終調整もすぐに終わるという事なのでこのまま修理してもらう事にしましょう。
『OKーそんじゃちゃちゃっと修理してもらいますんで、完了したらおっさん経由で渡しに行きますわ』
『ありがとうございます』
一応スコルさんの知り合いという事で早めに修理してくれるとの事ですし、今回は簡単な修理作業なので『魔嘯剣』の最終調整と合わせてササっとやってくれるという事なのですが、そこそこ売れっ子鍛冶師のドゥリンさんのもとには当然のように他のプレイヤーもやって来る訳で、そんな話をしている最中にもドゥリンさんの所に来たと思われる人が鍛冶場の中に入って行こうとしていたのですが……。
「そこに居るのは……ユリエルだよね?どうしたの、中に入らないのかい?」
腰に刀を差した金髪碧眼好青年、シグルドさんが目ざとく木陰に隠れている私を発見して声をかけてきました。




