31:囚われのドワーフ
「だ、か、ら~出せって言ってるだろうが!俺はブレイカーで!鉱山を見に行っただけだって!!」
ここははぐれの里の自警団の詰所、そこに併設されている牢屋がある建物ですね。ドゥリンさんが元気だという事がわかる叫び声が辺りに響いており、自警団の人が呆れたように肩をすくめています。
「で、本当にお前達はアレの知り合いか?」
ずっとこんな調子なのでしょう、どこか疲れたような顔をしたエルフの青年に案内されて、私とスコルさんはとりあえずドゥリンさんと面会する事にしました。
最初は「何しに来た?」みたいに胡散臭がられていたのですが、身分証明書代わりのギルドカードを提示すると、とりあえずの面会は可能との事でした。ただしアイテムの受け渡しは禁止され、見張りとして自警団の青年が3人ほど付き添って来るそうです。
「いやー知り合いって言うか、腐れ縁?まーそんな感じなんよ」
「その知り合いの知り合いみたいなものです」
罪状は禁止エリアへの無断侵入程度で、罰則としては厳重注意レベルの問題だったらしいのですが、取り押さえる時に自警団の青年を殴ってしまったらしく、頭を冷やす意味合いを込めて牢屋に入れられたようですね。期間は丸1日。ゲームから出ておけば6時間ですね。そういうレベルの処罰という事なのでしょう。
ちなみに投獄されるとレッドネーム扱いになり、罰則期間が過ぎればレッドネームは解除されます。万が一脱獄した場合は永続的なレッドネームの仲間入りですね。そうなれば衛兵やら自警団やら色々な人に追いかけられる事となり、酷い場合は懸賞金がかけられるそうです。
「そうか、では改めて言うが、くれぐれも不審な動きはしないように。罪状を重ねるだけだからな」
案内されたのは、木造建築の、どちらかと言うと座敷牢とかに近い場所ですね。私の手のひらより分厚い木で組まれた格子が張られた牢屋が見えてきます……何か頑張れば脱獄できそうな材質で出来ているのは、HCP社としては脱獄を前提にしているのでしょうか?私からするとそのルートは茨の道だと思うのですが、たぶんそういうロールプレイも出来るよという事なのでしょう。
「おお!エイジ!ピンク髪のねーちゃんも。お前らからも言ってくれよ、さっさとここから出せってな!」
「おやっさん、だからその名前はこっちじゃ呼ばないでって何度も言ってるでしょーが!今はスコル、スコルだから!!そこんとこよろしく!」
「は?エイジはエイジだろ?お前の事をエイジって呼ばなかったらなんて呼ぶんだよ!竹な……」
「だーー!!本名、禁止!これ、ゲームだから!!」
本名を堂々と使っている私に言われたくはないのかもしれませんが、エイジって呼び名、本名だったんですね。
「あーもう、だからおやっさん案件には……ん、ちょっと待って?えーっと……だ、か、ら、目の前にいるのに電話かけてこないで!?こっちだとフレンドリストから連絡とりあえるから!あぁー?わからない?もう、説明書渡したでしょ!?」
「うるせーぞ、あんな細かな字ー読めるかってんだ!!ん、何だ?これを<了承>したらいいのか?」
「そう、そうして、で、ステータス開いて、フレンド欄から音声の連絡を選んだらいいから、わかる?」
「馬鹿にするんじゃねぇぞ!!すてーたすお~ぷん、だっけか?あと、えっと、こうして、こうだろ…?」
「………」
何か2人でやり取りを始めてしまいましたね。裏でやり取りもしているようなのですが、端から見ているだけだとよくわかりませんね。こちら側とリアル側がちょっと混線している感じで、所々リアル事情が聞き取れるのですが、聞き耳を立てているのも何か悪いですね。
「ではこちらはスコルさんに任せて、私は先に素材でも売っておきますので」
流れでドゥリンさんの様子を見に来たのですが、元気である事は確かめられましたし、これ以上私がここにいる理由もないので、後はスコルさんに任せてしまいましょう。
「おーけい、おやっさんの方は何とか説得しとくから、清算よろしく!」
PTを解散させようにも、道すがらモンスターを倒して素材を剥いでいますからね、ここで解散して私がどこかに行ってしまうと、素材を持ち逃げした事になってしまいます。我謝さんの時のようにアイテムを分ければよかったのかもしれませんが、流石にこの状況でアイテムの受け渡しは色々と不味いでしょう。
自警団の人達は変なやり取りを始めた私達を胡散臭そうに見てきていますが、私は肩をすくめるだけにとどめておきました。
私は案内してくれていた自警団の人に一言言って、一足先に外に出させてもらいました。3人の見張りのうち1人と一緒に引き返し、そのまま何事もなく無事に建物を出ます。
ついでに自警団の人に素材はどこで売ったらいいか聞いたのですが、ギルドマークの入っているお店だとどこでも良いようですね。各店で買い取った商品は最終的に纏められて最寄りのブレイカーズギルドに送られるそうです。ただお店によって手数料というか、買取価格が少しずつ違うようで、そのあたりは【値切り】関係のスキルを持っているかや、NPCとの好感度の違いが値段の違いになるようですね。
「ありがとうございます」
私は説明してくれた自警団の方にお礼を言ってから、とりあえず先ほどの、アクセサリーを売っていたおばさんにウルフの素材を売る事にしました。
「あら、いい毛皮ーでもいいの?今はちょっと鉱山のごたごたがあるから買取価格渋いわよ?」
「はい、少しでも足しにしてください」
買いたたかれたとしても、素材の量的にそれほどの値段にはならないでしょうし、ここはNPCの好感度を稼いだという事にしておきましょう。
「悪いわね、それじゃあ遠慮なく」
お値段は合計1万2千400Fになりました。店ごとの誤差はあるのでしょうが、アルバボッシュでの買取価格とくらべると、2~3割減と言ったところですね。鉱山の問題で頭を抱えている人の前で笑顔になるのは不謹慎かもしれませんが、イベントがこうやって村の方に影響しているのはちょっと良いですね。
そのままおばさんと雑談をしていると、やつれたスコルさんが戻ってきました。
「あーボインちゃんお疲れーもうおやっさんここから出せーって五月蠅いのなんの、出たら脱獄だって言ってるのにねー」
それでも何とか説得する事に成功したそうで、代わりに鉱山の様子を見てくる事になったそうです。
「それは、お疲れ様です」
「あ、褒めてくれるの?それじゃあおっさんお腹撫でて撫でてーほらほらー……って、そんな冷たい目で見つめちゃ、いやん!」
ゴロリと寝転がるスコルさんを見下ろしていると、一人芝居をうたれましたね。
「素材は1万2千400Fになりましたので、半額の6千200Fをスコルさんのギルドカードに入れておきますね」
「あーはいはい、ボインちゃん冷たいわー…おっさん凍えそう。まあそれはそれで良いのだけど、そのうちデレる事に期待してるわ」
私がスコルさんにデレる事はないと思うのですが、とにかく、ギルドカードをかざして金額を入力しておきます。
「これで首輪買い替えますか?」
「そうねーそうしようかしら。おやっさんに頼まれて鉱山見てくるーって言っちゃったしねー動くのなら付け替えた方が良いでしょ。ボインちゃんはこれからどうするの?」
「そうですね……鉱山の様子を見てきたら、それから晩御飯にしようかと」
それなりに良い時間ですからね、夏休みの宿題とかもありますし、一度落ちてしまいましょう。
「お、ボインちゃんも鉱山行くの?ラッキー!どうせならこのまま一緒に行かない?おっさんこう見えても色々とお得よ?」
胡散臭いところがありますが、ここに来るまでの間にスコルさんの有能さはわかっているので、願ったりかなったりです。
「では、夕食までよろしくお願いします」
「OKーまあ様子見だし、とりあえずこのまま行っちゃう?場所はおっさん知っているから」
何でもドゥリンさんの手伝いで鉱山に潜っていた事もあるそうで、大きな変化がなければ内部構造もある程度わかっているとの事です。
「それは心強いですね」
これで胡散臭くなければ頼れる人なのですがと見ていると、スコルさんはたぶん自分ではニヒルに笑っているつもりなのでしょう、何かよくわからない半笑いの表情を浮かべていました。




