311:最終調整の話と移動方法
休憩を挟みつつまふかさん達と毀棄都市に再チャレンジする事になったのですが、その準備を終えて一旦落ちようとしたところでスコルさんから連絡が入りました。
『やっほーユリちー、今大丈夫?』
そんな気軽な口調でスコルさんが話しかけてきたのですが、これから休憩しようと思っていたタイミングなのでやや間が悪いですし、そもそも世間一般的な会社員の人からすると終業時間前だと思うのですがお仕事の方は大丈夫なのでしょうか?
『あ、ちなみにおっさんは今日早引けね、そんで折角だしゲームでもするかーって思ったらおやっさんに捕まってねー…それでまあほら、色々あったのよ』
『そうですか』
相変わらずよくわからない読心術を発揮して話を進めるスコルさんなのですが、ログインしたところをドゥリンさんに捕まり色々と用事を仰せつかった結果、私に連絡をしてきたとの事でした。
『もしかして修理の件ですか?』
『そそ、おやっさんがユリちーから貰った魔石で色々試してね、それで最後の調整前に幾つか聞きたい事があるから都合の良い日に一度顔を出してーって事なんだけど……もしかして都合が悪かった?』
『それは…丁度今から落ちようと思っていたところですし…それにスコルさんも知っての通り私は人の多い所にいけないのですが……ドゥリンさんはまだ第一エリアですよね?」
そろそろ休憩しようと思っていたところなのでどうしても歯切れが悪くなってしまうのですが、ドゥリンさんが繋いでいる時間が不定期なのでこのタイミングを逃すと次はいつになるのかわからないのですよね。
だからと言って何の準備もなく行列ができているエリア間のポータルを通って第一エリアに行くというのも難しいような気がしますし、下手に騒ぎを起こしてポータルが閉鎖とかになると第二エリアに戻って来れなくなる可能性があったりと色々と問題しかありません。
『その辺りの心配は無用よー、なんたっておっさんがちょーっと頑張って準備していたんだから、ユリちーは大船に乗ったつもりでドーンと構えていてくれたら良いの』
『…どういう事ですか?』
スコルさんが言うからにはたぶん大丈夫なんだろうとは思いますが、どうしても胡散臭さが抜けませんし何かしらのペテンにかけられているような気がするのですよね。
『へっへっへー、そりゃー後のお楽しみってやつですわ』
『………』
舌なめずりをするような口調で話すスコルさんとの通話を速攻で切りたくなるのですが、ここで通話をきったら魔光剣の修理が始まらなくなってしまいますからね、私は渋々というように息を吐きます。
『おっと、今のは冗談よじょーだん、町の中に入れないユリちーにも朗報の筈だから、おっさんを信じなさいって』
『そうですか…』
「それがいまいち信じられないのですが」という言葉は飲み込み私は相槌を打つのですが、待ち合わせ時間まではまだまだ時間がありますし、サッと用事を終わらせてサッと帰ってくれば問題ないでしょうと自分を納得させて、私達は一旦『セントラルキャンプ』で待ち合わせする事になりました。
『んーおっさんはそれでもいいんだけど……キャンプ地って言うと今はワールドクエストとかで人がごったがえしているのよね、ユリちーは大丈夫なの?』
『搾精のリリム』の力を心配しているスコルさんなのですが、ドゥリンさんのいる第一エリアに移動するにはどうしてもキャンプ地を経由しなければいけませんからね、ペアルックで出て行ったまふかさんとグレースさんに野次馬の大半はついていきましたし、わざわざクランホームから移動するのも面倒なのでキャンプ地集合で問題ないでしょう。
『ええ、第一エリアに移動するのならキャンプ地で集合した方が効率的ですし』
『OK~ユリちーが良いのならおっさんも問題ないわ』
との事でスコルさんがクランホームにやって来る事になったのですが、私がホームを持っている事を知るとスコルさんは純真無垢な犬のフリをしながら目をキラキラ輝かせて尻尾を振りました。
「わーユリちーホーム持っているんだ…って事はクラン作っているのよね、ねえねえ、おっさん今ド・フリーなんだけど、ここらで一つ便利なおっさんを拾ってみない?」
そうして「くぅーん」と犬のフリをするスコルさんがすり寄ってこようとするのですが、つい先ほどクランメンバーの加入で揉めたばかりですからね、その辺りは皆と相談してからの方が良いですね。
「加入の件はクランメンバーに相談してみないとなんともいえませんが…」
「えーおっさん便利よー一家に一台あったら便利なおっさんよー…って、痛い!痛い!?おっさんの顔を見た瞬間にポコポコ叩かないで!おっさんの背が縮んじゃうから!!」
「ぷーい、ぷっ!ぷっ!!」
ごねるスコルさんは牡丹がポカポカ叩いてくれましたし、クランの件は一旦横に置いておき話を進める事にしましょう。
「それよりエリア間移動が出来るという事ですが、どういう事ですか?」
「もう!おっさんにとっては結構大事な事のような気がするんだけどー…まあいいわ、ユリちーのそういうクールなところも嫌いじゃないし」
とか言いながら、立ち話という訳にもいかないので「ちょっと失礼して」と言いながらスコルさんがテントの中に入って来たのですが……テントの中で大人しく腰を下ろしたスコルさんが鼻の下を伸ばして無言で尻尾をパタパタと振っていたりするのが何か癪に障りますね。
ただこの状況で変な事を言ったら牡丹に叩かれるという事は理解しているようで、スコルさんは空気を読んで無言でスンスンとテントの中の匂いを嗅いでいるだけと……やっぱり叩き出しましょうか?
「それで、どういう事ですか?」
「ああ、えっと…おっさんに【シャドウダイブ】ってスキルがある事は前に話してたでしょ?」
私が再度問い詰めるとやや呆けていたスコルさんは改めて胡散臭い笑顔を浮かべたのですが、今までのやり取りの間に何かぼんやりする事があったのでしょうか?
「たしか…影の中に潜るスキルですよね?」
気になりはしたものの、とにかく話を進めようと私は聞かれた事に答えたのですが、確か人外種だと入りづらい町の中に入る時に使うスキルだと言っていたような気がします。
「そうそう、それでジェリーローパーと戦っていた時にスキルレベルが上がったり色々なスキルを取って統合された結果なんだけど、なんと!他の人と一緒に影の中に入れるようになったのよ!」
「それは…」
つまり私の【神隠し】のようにステルス能力を付与する事が出来るようになったという事で、しかもスキルは特定の条件下や学習で習得可能になりますし、何度か一緒に使用しているうちに私も【シャドウダイブ】を習得可能になる可能性があるという事でしょうか?
「まあその辺りは百聞は一見に如かずっていう事で、試してみた方が早いかもしれないわね」
「そうですね、わかりました……それで、私は何をすればいいのですか?」
そんな朗報に気持ちが上向いたのですが、もしかしたら昨日私達がログアウトした後にスコルさんが頑張っていたのはこのスキルを上げる為だったのかもしれません。
「んーユリちーは特に何もしなくて大丈夫よ、あくまで同行者が増えるだけのおっさんのスキルだから、まあ敢えていうと…ちょっとこっちに背中を見せてもらってもいいかしら?」
「こうですか?」
少しだけスコルさんを見直しながら言われたとおりに背中を見せると、いきなり1.3メートルの黒い狼が「よいしょ」とおぶさって来たのですが、その油でベタベタになったような硬い毛とお腹の部分にある柔らかい毛と生き物特有の高めの体温にゾワゾワして息を止めてしまいました。
「ぷぃーーー!!!」
「ふべはぁあぁああああ!!?」
そんな反射的に湧き上がる嫌悪感にも近い感情に反応して牡丹が全力の左ショートアッパーを放ち、淫さんが静かにスカート翼で払うとスコルさんはゴロゴロとテントの外に転がっていきます。
「酷い!?確かにおっさん説明不足だったけど!このスキルは接触して使うんだからいきなり殴るのは酷いんじゃないっ!?」
「それならそうと…いえ、先に言っていたとしても殴っていたかもしれませんが…」
鳥肌を抑えるように軽く腕をさすりながら喚くスコルさんにツッコミをいれるのですが、触れていないと使えないというスキル条件に何か一気にやる気が失せてしまいますね。
「ほらほら、もう一回行くわよ」
「………」
そうしてこれもスキルの習得のためだと我慢する事にしたのですが、もう一度おぶさってきたスコルさんの毛の感触と体温に不快感がこみあげてきますし、いくら生理現象とはいえ硬くなったナニかがスカート翼ごしに押し付けられてというのはいくら相手がスコルさんだからといっても不快感がわいてきます。
「…あの、スコルさん?」
もちろんいきなりスコルさんが変な気を起こして襲い掛かってくるとは思っていませんが、それでも気持ち悪い事には変わりはありませんし、身長差で肩の上に顎を乗せているスコルさんに非難の言葉を送りました。
「いや、違うのよ!?ユリちーが余りにも柔らかくて良い匂いがしてね!?ほら、あれよあれ、おっさんも自分の身体がこんなに元気だなんて思っていなくてね!」
何故かセクハラしている本人の方が焦っているのですが、口ではそう言いながらも大きくなった男性器を押し付けたままで、何かこちらまで頬と下腹部が熱くなってきてしまいそうです。
「わかりましたから、早くスキルを使ってみてください」
一度使えば習得可能スキルになるかもしれませんし、このまま騒いでいても仕方がないので嫌な事はさっさと済ませる事にしましょう。
「そ、そうね…それじゃあユリちーも一旦息を止めて……【シャドウダイブ】!」
気を取り直してというようにスコルさんが息を吸い、私もよくわからないまま一緒に空気を吸い込んだのですが……スコルさんが水に飛び込む前のように息を止めたので同じように息を止めると、それを確認したスコルさんがスキルを発動して私達の身体はトプンと地面の中に沈み込んでしまいました。
※ポータルについての補足ですが、町から町へ移動する通常の物はある程度の広さがある範囲に入ったら移動先の確認が出ます。それと比べるとエリア間を移動するポータルは特定の建物であり、現時点(第一エリアと第二エリア間)では重要施設なので見張りの兵士達が守っていたりします。
実はどちらも人数制限とかはないのですが、日本人の性なのか妙に規則正しく並んでいる人が多く、場所や人数によっては順番に乗るのがマナーみたいになっています。
因みに移動先の確認用のウィンドウを一度閉じた場合や、クランホームなどの特定の場所ではステータス画面を開いたら再度移動確認用の画面がポップアップしてきて、それから改めて移動先を選べば良い仕様となっております。
※少し修正しました(12/30)。




