310:準備をしましょう
多少ピリピリしている感じは残るものの、文字通り裸の付き合いを通じて仲良くなった私達は外の騒ぎから抜け出してきた牡丹からスタミナ回復ポーションを受け取りチビチビと飲んでいました。
「それにしても…熱っついわね」
「そ、そうですねっ」
片膝を立てながらだらしなくパタパタと顔を扇いでいるまふかさんとは対照的にやや緊張した面持ちで正座をしているグレースさんという両極端な2人なのですが、まあこれくらいは性格の違いという事なのでしょう。
「だからといって窓を開ける訳にはいきませんよ?」
「わかってるわよ、それくらい!」
少なからず私とまふかさんのやり取りを見ながら「ふひひ」と笑うくらいにはグレースさんとも打ち解けたようですし、むしろ問題なのは【狂嵐】のせいでボロボロになった防具類なのですよね。
「それで、これからの事についてですが…」
私以外がほぼ全裸の状態で蒸し暑いテントの中に居たらまたまた何かが始まってしまいそうですし、ポーションを飲み終えたタイミングで私はそう切り出したのですが……まず急務なのが服の調達ではあるものの、それなりの物を一式揃えるとなるとそこそこ値が張りますし、全力の【狂嵐】には耐えられなかったとはいえまふかさんの防具に至ってはエルフェリア産装備だった事もあり、買いなおしとなるとなかなかお財布に悪いのですよね。
「別に構わないわよ?そろそろお金も貯まってきていたから買い替える予定だったし」
その辺りの懐事情が心配だったのですが、コロコロと装備を変えるまふかさんはそろそろ装備を買い替える予定だったみたいですし、ソロ活動をしながらお金を貯めていたので資金に関しても問題はないそうです。
そして物持ちの良いグレースさんに関しては毀棄都市で拾った魔石を売ったお金がありますし、流石にそろそろNランクの鎖帷子やU Cの布製ローブではきつくなってきた事もあり、これを機にちゃんとした装備を買う事になりました。
それまでは牡丹が買って着た布のローブを素肌の上に着る事になったのですが、2人とも汗だくのままローブを着る事には抵抗感を示し……裸でウロウロする訳にもいかないので渋々と着替えを受け取ります。
「2人も【水魔法】で汗を流しましょうか?サッパリしますよ?」
「それは遠慮するわ……てかあんたのその顔、もしかして洗ってもらった事があるの?」
「ええ、その……はい」
私は狭いテントの中で身体を洗い、2人の汗も流そうかとそう提案してみたのですが……まふかさんは即答で断り、一度丸洗いされた事のあるグレースさんは真っ赤な顔をしながら曖昧な笑みを浮かべて顔を見合わせていたりと、なんとなく2人の仲良くなった理由が「あなたも苦労しているのね」という連帯感みたいな感じなのはどういう事なのでしょう?
『その通りではないのか?』
「ぷー…」
と、よくわからないまま身内からも非難轟々ですし、ここは下手に反論せずに大人しく引いておく事にしました。
とにかくそういう訳で2人はこのあと宿屋のお風呂場で汗を流した後に装備を整える事になったのですが、毀棄都市の攻略を中断して戻ってきた私とグレースさんはそれでいいとして、ワールドクエストを進めていたまふかさんは急遽目的を変えても大丈夫なのでしょうか?
「問題ないわ、というより森の方は熊派の妨害が酷くてそれどころじゃなくて…あーもう!思い出したら腹が立つ!」
その辺りの事を訊ねてみると「問題ない」との事なのですが、なんでも問題の熊派……それはキリアちゃん側についたプレイヤーの総称になっているのですが、敵側に寝返ったレッドネームという事で最初から指名手配されているので運営に通報しても意味がないP K集団が暴れているらしく、まだまだ小人数ながらも何か変なオーラみたいなのを纏った人も混じっていたりと、まふかさんの話を聞く限りだと『蜘蛛糸の森』方面は混沌とした状況になっているようですね。
「あの調子なら本拠地まで乗り込みそうな勢いだけど、あの白いのはどうするのかしらね……まあその辺りをあたしが心配しても仕方がないんだけど、ってか詳しく知りたいのなら再生数稼ぎに協力しなさいよ…ってあたしの事はいいのよ、それよりあんた達は最近どうなのよ?何か面白い発見でもあったの?」
「そうですね、私とグレースさんはレベル上げをしていたくらいですが…」
グレースさんは私達の会話を聞きながらキョロキョロしたり激しく頷いたりするだけなので私がまとめて説明しておいたのですが、私達が毀棄都市に行っていた時の話をするとまふかさんは難しい顔をしました。
「…という訳で、毀棄都市に行った後に休憩していた感じですね」
そして簡単に説明し終えるとまふかさんは「また抜け駆けして!」みたいな顔をしたのですが「まあ今回はこうして話してくれている訳だし、あんたも成長したのねー」みたいな曖昧な笑みを浮かべてから、妥協したように「まあいいわ」と手を振り話を進めます。
「じゃああんた達は毀棄都市の攻略は諦めるの?」
「そういう訳ではありませんが…」
流石に無策で毀棄都市に再チャレンジというのは難しい気がするのですが『ディフォーテイク大森林』はもっと無謀だと思いますし、ハーピー達のいる渓谷も現状では難しいでしょう。
だからといって数多くのプレイヤーが参加している『レナギリーの暗躍』に今から参加するというのもなんですし、そもそも魅了の関係で参加は難しいと思います。
同様の理由でNPCとの交渉がメインとなる『エルフェリア』や『イースト港』の探索も出来ませんし、ワールドクエストを間接的に手伝うための魔石を集めつつ毀棄都市をのんびりと攻略するのが一番無難な気がしてくるのですが……つい先ほど手痛い反撃を受けて撤退して来た後ですからね、大丈夫でしょうか?
「………?」
横目でグレースさんの意思を確認するとよくわかっていなさそうな顔でキョロリとされたのですが、色々な事情を考えた結果、霧に紛れてゴーストがやってくるという事がわかっていれば対処は可能かもしれませんし、幻覚も物理的な接触に対しては効果が薄そうなので攻略方法を探りながらキリアちゃんを捜してみるというのが一番マシなのかもしれませんという結論に至りました。
「問題ないのだったらこれから毀棄都市にチャレンジしてみない?あんた達と行ったら面白い画が撮れそうだし、様子見するくらいなら問題ないでしょ?」
「私は構いませんが……グレースさんはこの後の時間は大丈夫ですか?」
「このままだと1人だけ除け者にされたみたいで嫌なのよね」という感じのまふかさんに押し切られているような気もするのですが、グレースさんはそれで大丈夫でしょうか?
「あ、あの、私も…時間は大、丈夫…です!その、私は引き……」
「では準備と休憩を挟んでから出発しましょうか」
スコルさんが言うにはグレースさんは結構な引きこもりだという事ですからね、わざわざここで「引きこもりなので時間だけはたっぷりあります」なんていう言葉を言わせる必要はないので私は言葉を被せるようにしてグレースさんの言葉を打ち消します。
「ユリエルさん…」
言いたくない事を止めてくれたみたいな感動の仕方をしているグレースさんと、それを見て不満顔をしているまふかさんは正反対の反応を示すのですが、その辺りの事情は話したくなった時においおい話す事になるのでしょう。
「はいはい、イチャイチャするのはまた今度ね……じゃあそういう事で、こっちも色々と準備をしておくから、あんた達もしっかりと準備しておきなさいよね」
軽く流す形でまふかさんは話を進めたのですが、これから毀棄都市に行くとなると攻略中に夕飯の時間を跨ぐ可能性がありますし、ポーションで回復しているとはいっても長時間活動していると精神的な疲労は積み重なっていきますからね、3人で相談した結果準備と休憩を挟んでから夕食後に改めて出発する事になりました。
「わ、わかりました、こっ…今度こそ足を引っ張らないように頑張りますからっ!」
「そうそう、頑張りなさいよー、いい画が撮れたら配信に使うから、そのつもりでしっかりと準備しておくのよ?」
「ひっ、そそそんな!?私がまふまふさんの動画にっ!?」
「大丈夫ですよ、その辺りはちゃんと編集してくれると思いますし」
とはいえまふかさんの場合は自分が格好良く映っていたらその映像は採用されると思うのでどうなるのかはわかりませんし、最悪の場合はまふかさんの格好良さを引き立てるために私やグレースさんが利用される可能性はあるのですが……その辺りはまふかさんの倫理観を信じるとして、とにかく汗を流してからまずは装備を整えようという事になり、ここからは自由行動になりました。
「あ、あの…」
そうなると人前に出れない私はテントでお留守番となり、2人はとりあえず『セントラルキャンプ』の宿屋で汗を流す事になったのですが……グレースさんはいきなり引率の先生がいなくなったというような心細げな顔をしながらアワアワと私とまふかさんの顔を見比べて、そんなグレースさんの首に腕を回して肩を組みながらまふかさんはニヤリと笑います。
「何て顔してんのよ、別にあんたを取って食おうって訳じゃないんだし…それにあんたには個別で色々と聞きたい事があるんだから、ちょっと顔貸しなさい」
「は、はひぃ!その…お、お手柔らかに…?」
そして「ピィ!?」と奇妙に裏返った声を上げて固まってしまったグレースさんはまふかさんに連れていかれたのですが、本当にいつの間にか2人は仲良くなったような気がしますね。
(少し寂しい気もしますが)
それでも喧嘩し続けているよりかは全然いいですしと納得する事にして、私も消費したスタミナポーションを買い足したり細々としたアイテムを買い込んだりしてから、休憩する為に一旦ログアウトしようかと考えていると……スコルさんから連絡が入りました。




