30:はぐれの里
森の中にある隠れ里と言う雰囲気の、ムドエスベル山脈の裾野に沿うように広がる素朴な村、それが亜人達が住むはぐれの里でした。
家屋の殆どが木造建築の急ごしらえと言った感じの物なのは、魔王の襲来から逃げて来た亜人達が作った村という設定があるかららしいです。
そのような経緯で出来た村なので、正式な名称はありません。自嘲気味に『はぐれ者の里』が訛った『はぐれの里』という名称を使っているそうです。人が集まるにつれて山側に広がっていったらしく、村全体を見ると、登り坂になった扇状の形をしています。
周囲は森に囲まれており、薬草などの各種素材、少し山側に入った所には鉱山があり、ゲーム的にいうと、薬草、木材、鉱物などの素材が多く揃った生産勢寄りの拠点と言った感じですね。
正門を越えて真っすぐ進んだ広場には、村を束ねるエルフのお爺さんの家があり、彼がこの村でのブレイカーズギルドの役割を担っているそうです。彼の家の前には露店の並ぶ市場が出来ており、プレイヤーもそこで買い物が出来るそうですね。
村の機能として見てみると、簡単な食料や素材の売買、クエストの受注が出来るものの、WMやギルドカードの発行等、一部の機能を使う事が出来ないという仕様のようですね。受けられるクエストの内容も『村長からの頼み事』みたいな簡単な物が多く、ゲームがあまり得意でない人向けという感じらしいです。そういうレベルであるためか、チュートリアルクエストをクリアすればアルバボッシュに旅立つように言われるようですね。
そして何より、この村の一番の特徴と言えば亜人達が多く住んでいる事で、エルフやドワーフ、各種獣人系の人達と、多種多様な人達がごちゃまぜに住んでいました。
勿論アルバボッシュにも少数ながら亜人の人達はいたのですが、彼らは亜人としての特徴が薄く、人間寄りの見た目をしているのですが、こちらに住んでいるのは主に純血種の方で、種族の特徴が強く出ているので、見た目がなかなか個性的ですね。ハーフであればただ獣耳がついているだけと言った獣人達も、純血種となると造形からして違います。手足まで獣っぽい獣人達が、長いしっぽをユラユラ揺らしながら通りを歩いていく光景は、異国情緒というか、ファンタジーっぽくて少し興奮します。
「と言う感じなのよ。いやーおっさんもβ時代はここを拠点にしてた事もあるから懐かしいわー」
スコルさんの雑学ともいえる話に相槌を打ちながら、私達ははぐれの里の大通りを歩いていました。通り行く人々の顔色が暗いのは、近くの鉱山に魔物が住み着いてしまったからでしょう。反対に、プレイヤーと思わしき人達の顔色はやる気に満ち溢れていました。ちらほらと見える装備の整ったブレイカー達は、きっとクエストを受けて攻略しに来た人達ですね。
「ねえねえ、おっさんの話ちゃんと聞いてる?無視されると悲しいんだけどー?」
「聞いていますよ」
少し聞き流していましたが。
「ほんとにー?」
不満そうな顔をしているスコルさんも、別に本気で言っている訳でなく、コロコロと話題を変えていきます。途中、スコルさんがフラフラと露出度の高い猫耳獣人さんを追いかけて行ってしまったので別行動になりましたが、まあ村の中で危険はないでしょう。下手にかかわるとアルバボッシュの時みたいに巻き込まれそうだったので、ほっておきましょう。私はトラブル防止のため、村に入る前に被っていた帽子を整えてから、まずはポータルの開放をするために広場を目指します。
はぐれの里のポータルは、露店広場となっている村長の家の前の広場にありました。魔物のせいでどこか暗い雰囲気のある広場に到着すると、アナウンスが入ります。
『はぐれの里のポータルを開放しました。リスポーン地点の再設定を行いますか?<YES><NO>』
これは<YES>ですね。鉱山の攻略もありますし、死に戻った時の事を考えて拠点を移しておきましょう。一度ポータルを開放しておけば何かあった時にすぐに戻れますし、アルバボッシュに戻りたくなったら戻ればいいだけです。この辺りの事を悩む必要がないのは助かります。
用事を済ませた後、まずは露店を見て回ったのですが……簡単な露店に並ぶ商品は、食料品や生活雑貨がメインのようで、ちゃんとした武器や防具は売っていないようですね。レアリティーでいうと【UC】レベルの物までしか置いておらず、【N】レベルの物すら置いていないようでした。【N】レベルで置いてあるとすれば服くらいなものですが、こちらもアルバボッシュと比べるとかなり種類が少ないですね。
「安いよ安いよ!そこのお嬢ちゃん、はぐれの里は始めてかい?」
「はい、つい先ほど到着したところです」
見て回っていると、露店商のおばさんから話しかけられました。
「はー今の時期に来るとはついてないねーいやなにさ、今ちょっと鉱山の方に魔物が住み着いていてね、商売あがったりさ」
豪快に笑うおばさんに愛想笑いを返しながら、私は商品を確認しました。
売っている物は小物やアクセサリーと言ったところで、何かしら効果のある装備を売っているという訳でもなく、特に欲しい物はありません。ただ店名の入った立て札の端にギルドマークが入っている事から、ギルドカードが使えるお店ではあるのでしょう。
「それは、大変ですね」
「まったくだよ、アルバボッシュの方からは変なのが来るし、その、あまり大声で言いたかないけど、ブレイカーってちょっと変わっている連中が多いだろう?なんでも村長さんが暴れるドワーフを捕まえたって話だし、活気が戻るのはいいけど、騒動は勘弁だよ」
雑談なのか愚痴なのかわからない話を聞きながら、私は首を傾げます。
「暴れるドワーフ、ですか?」
何かとても嫌な予感がするのはどうしてでしょう?
「なに、何でも「鉱山に入れやがれこんちくしょう!」って暴れるドワーフがいてね、村長さんと自警団が連れて行ったんだよ。それがなんと、自称ブレイカーだって言うじゃないか」
詳しい事はわからないと言いつつ、その時の事を話してくれるおばさんの話によると、髭面の大きなリュックを背負ったドワーフの方が、閉鎖されている鉱山に入ろうとして、自警団の人に止められたそうです。ブレイカーだと名乗るのでギルドカードの提示を求めたところ持っていなかったそうで、色々と揉めたようですね。
(…ドゥリンさんって、ギルドカード持っていましたっけ?)
何か“ギルドカードを発行しようとした所で”みたいな事を言っていたような気がしますが……まさかですよね?
「怖いわよねー」というおばさんの言葉が頭に入ってこなかったのですが、いきなり横から物理的な衝撃を受けました。
「やばいよやばいよ、大変な事になっているんだけど!?」
上半身に飛びついてきたのはスコルさんですね。角を隠して認識力が普通に戻っていたので、スコルさんの接近に気づけませんでした。
「その、飛びつくのやめてもらえませんか?」
端から見るとただ大型犬にじゃれつかれているだけに見えるのですが、実際はいい年した男性に抱きつかれている訳ですし……そう考えると嫌悪感がありますね。スコルさんを睨みつけていると「ワフン?」と誤魔化されました。
「いやいや、そんな冷静に突っ込まないで!?おっさん無視されると寂しくて死んじゃう人種だからね!?」
抱きついてきて、尻尾をブンブンと盛大に振っているスコルさんには是非死んでほしいところですが、とりあえず普通に引きはがしましょう。
「そ、れ、で、どうしたんですか?」
だいたい予想がついているのですが、聞かない訳にもいかないのでしょう。
「イダダッダダッ!!頭が、頭が割れる!??嬢ちゃん力強すぎ!!?」
アイアンクローのようにスコルさんの頭を掴んで引き剥がして捨てると、スコルさんは地面をゴロゴロと転がりました。
「え、え?なんだい?喋る……犬?」
露店のおばさんはかなり驚いていたのですが、スコルさんの首から下げているギルドカードを見ると納得したような、呆れたような不思議な表情を浮かべます。
「ほんと、変なのもいるもんだねー」
との事です。
「あー……ひどい目あった。ボインちゃん本当に容赦ないんだから。おっさんの顔がスリムになったらどうするの!?それはそれで恰好いい?」
自問自答でキメ顔をするスコルさんをジト目で眺めていると、流石に冗談が過ぎたと思ったのか、咳ばらいを一つして話を戻してきます。
「そうそう、大変なのよ。おやっさんが捕まってた!」
聞きたくなかった事をスコルさんははっきりと告げてきました。
※誤字報告ありがとうございます。12/15訂正しました。




