29:はぐれの里へ出発します
「ねえボインちゃん、流石にさっきのは酷いんじゃない?おっさんいきなり犯罪者になるところだったんだけどー?」
「セクハラは立派な犯罪ですよ?」
「何を言っているんですか?」みたいな意味を込めて言い返すと、スコルさんは「あちゃー」みたいな顔をしました。
結局スコルさんは、厳重注意とプレイヤーであるという事がわかるようにギルドカードを身に着けるよう指導が入っただけで、戻ってきました。
そこまで強い罰則でなかったのは、犬の姿だとパンツが見えてしまうのは仕方がないという事で、実際に触ったりペロペロしたりしていなかったのでセーフとの事でした。
まあそういう行為がどうしても許可できない場合、システム的に出来ないようにすればいいわけですし、HCP社としては想定内の行動と言ったところなのでしょう。今回は被害を受けたという女性がいたから対応したという感じですね。
「えーボインちゃんまっじめぇ、体はそんなに如何わしいのにって、たんまたんま!今の無し!通報はやめて!?流石にレッドカード受けちゃう!?」
「ならふざけないでください」
「へいへーい、おっさん馬車馬のように足を動かしますよっと」
遠くに見えるムドエスベル山脈の麓に広がる森の中に、目的地である亜人達の住むはぐれの里がありました。私達はそこを目指して、街道を歩いています。
ここは初心者がまず通る道ですからね、道中は雑談が出来るほど緩く、地形も平坦です。
攻略情報によれば、街道から大きく外れると逸れウルフやゴブリンが出るらしいのですが、今は街道を一直線に進んでいるので今のところ遭遇はしていません。
「おっさんの事庇ってくれなかったのはいいけど、これはもうちょっとどうにかならない?絶妙に締まっているんだけど」
スコルさんが鬱陶しそうに前足で掻くのは、首輪のように付けられたギルドカードですね。提示義務があるのですが、ずっと咥えている訳にもいかないので、首輪のように首から下げる事になりました。
「つけておかないと、次セクハラした時、問答無用でレッドネームになるのですよね?」
「それはそーだけど、せめて普通の紐にしてくれない?流石にそのあたりに生えていた蔦はないんじゃない蔦わ。痒いし、緩んでくるし、何時ちぎれるかヒヤヒヤなんだけど?」
「そういわれましても……」
スコルさんは素材の持ち運びができないので、お金を持っていないのですよね。仕方なく適当にそのあたりに生えていた蔦で代用したのですが、確かにまあ、流石にそれはちょっとやりすぎたかもしれません。
「紐くらいならはぐれの里に到着したら……」
「買いましょうか?」と提案しようと振り返ると……スコルさんは蝶々を追いかけて「ワフワフ」言っていました。
「ん、なになに?ボインちゃんも蝶々好き?おっさん頑張って捕まえちゃうからね!」
「……急ぎますよ。ドゥリンさんを待たせてしまっていますし」
大方スコルさんのせいで遅れているような気がします。
「んーいいんじゃない?おやっさんの場合約束した事すら忘れて一人で鉱山に突撃しているわよ、きっと」
「そういうものですか?」
まあドゥリンさんの事をよく知るスコルさんが言うのなら、そうなのかもしれませんが……。
「そうそう、急いでも遅れても怒られるんだから、まあゆっくり行きましょうや」
「だからといって泥だらけになるのは…って、なんで擦りつけようとしているんですか?!」
泥の中に飛び込んだ後、私のズボンで拭こうとするのはやめてください!
「いやーおっさん犬だから、背中に手が届かなくてねーちょっと足を拝しゃっくー-ってぇっ!!?」
流石に蹴っていいですよね?いえ、蹴りました。人を殴ったり蹴ったりするのは悪い事ですが、スコルさんなら許されるような気がします。
「さ、流石にちょっと強烈すぎない?おっさん地味に死にかけよ?なんていうかこう、どうにも体がむず痒くてね、ボインちゃんもそういうの無い?」
私も人外だからでしょう、スコルさんが同意を求めるように振ってきたのですが、半眼で見返すにとどめます。
確かに私も落ち着かない気分になる事はありますが、それを認めたらスコルさんが調子に乗る未来が見えましたから、返事は差し控えさせてもらいます。
「とにかく、ズボンに擦りつけるのはやめてください。あーもう……」
べったりと泥がついてしまいました。乾いたらしっかりと叩いておきましょう。私は別にスカートではないのですが、何故かスコルさんはよく足元にやってくるのですよね。「これはこれでいい」とスコルさんは言っており「見上げて見える絶景に意味がある」という事らしいですね。ちょっと意味がよくわかりません。ただやはり、スコルさんに手加減は必要ないのかもしれません。
始終こんな感じで遅れてしまっており、ドゥリンさんに伝言の一つでも送りたいのですが、フレンド登録をしていないと連絡は送れないのですよね。まあ登録もなしで送れるようになったらなったらで、知らない人から「ねえ、下着はどんなの履いているの?(ハァハァ)」みたいなのが来るようになるので面倒なのですが、別れる前に何かしらの連絡手段を決めておけばよかったかもしれません。
「フレンド登録しておいた方が良かったでしょうか?」
ドゥリンさんとフレンド登録したら何か面倒な事になりそうな予感がしたのですが、こうなるのでしたら、しておいた方が良かったかもしれません。
「いやいや、おやっさんの場合登録しないのが正解よ?あの人保険か何かで連絡手段確保しようとしたら「俺の事が信用できねぇのか!!」って怒り出すタイプだからねー偏屈頑固なおやっさんだから」
つまり嬉しくない事に、私の行動は図らずとも正解を引いていたようですね。
「そうですか」
「そうそう、しかも登録したらしたらでこれやれーあれやれーって五月蠅いし。おやっさんの方は待っている感覚もないだろうし、ゆっくりでいいんじゃない?」
「そうは言っても、あまり待たせても悪いですよ」
スコルさんはゆっくりでいいと言いますが、それでも限度はあるような気がします。私がそう言うと、スコルさんは「真面目だねぇ」みたいな事を言いたそうな顔をしましたが、表情を改めて、少しキリッとした表情を作ります。
「ま、ボインちゃんがそこまで言うのなら、急ぎますか」
「最初から急いでください」
「アレーおっさんボインちゃんに合わせたんだけどなぁ、何か責められてない?まっ、急ぐのはいいとして……アレ、どうすんの?」
「あれ?」
スコルさんがスッと鼻先を向ける先にはただ草原が広がって……いえ、ウルフが一匹隠れていますね。街道付近は出ないという情報でしたが、どこにも例外はあるものです。それにしても、やはり発見に関してはスコルさんの方が上ですね。犬と比べても仕方がないのかもしれませんが、少し悔しいです。
「倒していきましょう」
ウルフの素材と経験値はまだまだ美味しいですし、近くにいるのなら狙いましょう。
「OK、追い立てるわ」
スコルさんにPT申請をしようとしたら、スコルさんの方からPT申請が飛んできたので、了承しておきます。了承と同時にスコルさんは動き、右側から大きく迂回してウルフの後方を遮断するように急襲しました。
こちら側からだとスコルさんの動きは丸見えなのですが、ウルフは急に現れたような驚き方をしていますね。ウルフも私達を見張っていた筈ですが、それでも急襲になったのは、気配や視線など色々な要因が絡んできているのでしょう。スコルさんはそういうのを予想して動くのがとても上手いのだと思います。というよりスコルさん、PSかなり高くないですか?今の襲撃も運よく奇襲になったという訳ではなく、ちゃんとわかってやっていますよね?運が良かっただけにも見える鮮やかさに、ちょっとしたペテンを見せられたような気分になりました。
「あらよーっと!」
「GAU!?」
後ろ足に引っ掛けるように、爪で一閃。それでいてヘイトを稼いで振り返らせるのではなく、自然と前に動くように攻撃していますね。前、つまり私の方向ですね。
剣はドゥリンさんに預けたままなので、私は解体用の短剣と盾を構えて、草むらから飛び出してきたウルフに一撃を入れます。ウルフは後ろからいきなり攻撃してきた何かを確かめるように振り返っていたので、簡単に攻撃が当たりました。
スコルさんの剣より攻撃力が落ちているので2撃目が必要かと思いましたが、【筋力増強(微)】のおかげか、一発で仕留める事ができました。短い叫び声の後、ウルフは倒れ伏します。
「おーボインちゃん鮮やかーおっさん何もする暇なかったわー……え、なに?なんでおっさん睨まれてるの?」
あれだけ鮮やかに誘導されると、スコルさんの胡散臭い笑顔が更に胡散臭く見えますね。スコルさんの方はスコルさんの方で、私がそういうのをちゃんとわかっているという事を理解しているのか、勝ち誇るようにニヤニヤと笑っています。
「…解体するので少し待っていてください。必要なアイテムがあれば買取で、残りを清算して半分ずつ、それでいいですか?」
「OKよ~じゃあおっさんその辺りでじゃれているから、終わったら教えてね~」
また蝶々を追いかけ始めたスコルさんを見送ってから、やっぱりよくわからない人だなと私は息を吐きました。
※Q「なんでスコルさんは蝶々を追いかけているの?」
A「そこに蝶々がいるからさ」




