28:スコルさんと合流します
スコルさんを待ちながらスキルレベルを上げていると、【腰翼】のレベルが3になりました。出来る事は一度羽ばたく事が出来る程度で、まだまだ“飛ぶ”というよりも“跳ぶ”という感じです。使った時の疲労も相当なものなのですが、バランスを崩しかけた時の立て直しや、移動時の加速等、応用が利くようになってきました。
移動に関しては私の足が遅いのもあってなかなか新鮮で、調子に乗ってフィールドを走りまわってしまいました。はしゃいでいる姿を他のプレイヤーに目撃されていた事に後から気づいて、頬が熱くなります。突然しゃがみこんでしまった男性プレイヤーの方達は、私が浮かれている姿を見て笑いをこらえていたのかもしれません。
とにかく、横移動に関しては使い方しだいといった所なのですが、縦方向への動きは少し注意が必要です。【腰翼】を使えばだいたい2メートルくらいの高さまでジャンプできるのですが……本当にジャンプできるようになるだけでした。着地は何のアシストもありません。
タイミングよく再度羽ばたけば激突ダメージを緩和できるのですが、タイミングがシビアで、はしゃぎすぎて油断していた事もあり、地面に叩きつけられて結構いいダメージを受けました。
図らずとも回復薬の効果を試す事になったのですが、だいたいポーション1本でHPの5分の2くらいが回復するようです。
後どうしても【腰翼】を使い続けていると脳が混乱するようで、認識がぼやけるというか、無理やり他の神経を腰に回しているような、別の場所が疎かになるような感じがします。もともと人体にない器官ですからね、変な感じになるのは仕方がないのでしょう。この感覚にはゆっくりと慣れていくしかなさそうです。
そしてどうやら、スタミナの消費は満腹度の減少にも影響が出ていますね。スタミナを消費すれば消費するほど、満腹度の減りが速いような気がします。まあ運動したらお腹が減るのは当たり前ですからね、そういう仕様なのでしょう。
【腰翼】についての検証はそれくらいで、他に上がったスキルというと、【魔人の証明】【魔力操作】【片手剣】【解体】のレベルが2になり、少し効果が上がったような気がします。
【解体】が上がりやすいのは、必須に近い基本スキルだからでしょう。途中から100体1000体解体しないといけないようになったり、色々な種類を解体しないといけなくなったりするのでしょうが、今のところの伸びは一番いいですね。
逆に一番伸びていないのが【ルドラの火】です。【腰翼】のスタミナ消費による疲労もあったので、今回は使用していなかったというのもあるのですが、それでもまだレベル1の30%にも届いていません。まあ言ってもユニークスキルですからね、伸びづらいのでしょう。
そんな感じで角兎を追いかけ回していると、スコルさんから連絡がありました。だいたい3時間くらいでしょうか?かなりゆっくりと移動してきたようですね。
『ほいほーい。もうちょっとでおっさんアルバボッシュに到着するわよ~待ち合わせはギルド前でねーそんな感じでよろしく!』
との事です。辺りを見回してもスコルさんの姿は見えませんから、遠くからアルバボッシュが見えてきたという距離なのでしょう。私は『わかりました』と返事を返しておき、アイテムの補充の事もありますので、町の中に戻る事にしました。
角兎を清算し、途中食べていた携帯用食料を追加で買い込み、ポーションを1本買い直しておきます。一通り準備を終わらせてギルド前の噴水広場に戻ってくると、ちょうど東門の方角からスコルさんが歩いてくるところでした。
門番に止められた形跡もなく、傍から見るとどこからどう見てもただの大きな犬ですね。スコルさんの事を知らなければ私でもただの犬と思ってしまいそうになるくらい自然な動きで……女性プレイヤーに近づいて行きました。わざわざ近づくのはパンツを見るためでしょうね、もの凄くだらしない顔をしています。
見られている女性プレイヤーは、犬の中身が人間である事を知りませんからね「きゃー可愛いー大きい犬ー」とかのんきに撫でていたりするのですが、事情を知っている私の目は細められます。
「人を待たせておいてそれですか?」
お腹を出してワシャワシャと撫でられているスコルさんが一向にこちらに来る気配がなかったので、こちらから話しかけに行きました。スコルさんを撫でていた女性プレイヤーが「え、何この子?」みたいな、いきなり話しかけてきた人を見るような目をしたのですが、そちらは一旦無視して、スコルさんを睨みます。
「喋れますよね?」
スコルさんが工房から移動して来た時間を考えれば、途中でレベル上げをする余裕があった筈です。何だかんだ私と喋っていましたし、【人語】スキルを取得する条件は達成できている筈です。
フレンド申請を介してでも人と話そうとしていたスコルさんですからね、そういうスキルがあれば真っ先に取得するでしょう。
「おっさん今いいところなのよね、後にしてちょーだい」
案の定【人語】スキルを取っていたスコルさんが流暢な日本語で返してきました。どこか憎めなさそうな、胡散臭い顔をしているスコルさんはともかく、女性プレイヤーの方は「ひっ!?」と小さい悲鳴をあげて後ずさりします。
まあ今まで自分が撫でていた大型犬からいきなり胡散臭い男性の声が聞こえてきた訳ですからね、それは驚くでしょう。
「あ、お姉ーさん、もうちょっとこう、下の方を…ってぐぼぉぉおお!!?」
女性プレイヤーの甲高い叫び声とともに、スコルさんの柔らかいお腹に体重の乗った拳がめり込みました。叫び声を聞きつけた人がなんだなんだとこちらを向いて、辺りが俄かに騒がしくなりますね。
「ま、待って、おっさんが悪いの?今のおっさんのせい?」
「そうですね」
故意でしょうし、わざと犬のフリをしていた訳ですし。
「いやーでもこんなチャンスめったにないのよ?犬最高だわ……ってヤバ、衛兵!?」
私にはまだわからないのですが、スコルさんが耳と鼻を動かしていたかと思うと、慌てたようにブレイカーズギルドの中に駆け込んでいきました。きっと治外法権か何かがあるのでしょう、ギルドの中にいればセーフとかそういう仕様なのかもしれません。
「どうした?悲鳴が聞こえたが、何かあったのか?」
程なくして、兵士がガシャガシャと鎧の音をたてながら駆けつけてきたのですが、この騒動は私のせいではありませんし、スコルさんと同類に見られるのも嫌なので他人のフリをしておきましょう。
パンツを見られていた女性プレイヤーが率先して事情を説明してくれているようなので、彼女に任せてしまいましょう。下手に話しかけたら共犯扱いされるか、平手の1発でも入れられそうだったので、私も一旦ギルドの中に避難させてもらう事にしました。
ただの野次馬と、騒ぎを確認しに出てくるギルド職員の流れに逆らって中に入り、スコルさんを探します。
「綺麗なお嬢さん、ギルドカードの発券を一つ」
騒ぎの張本人は、何故かシレっと受付でクエストを進めていますね。いきなり犬に話しかけられた受付の職員さんが驚いたような顔をしたのですが、そこは人外の相手もしているブレイカーズギルドの職員らしく、数瞬の驚きの後に、営業スマイルを貼り付けます。
「では確認を行いますので、こちらの石板にお手をおのせください」
淡々と処理される様子を見ていると、先ほどの女性プレイヤーと兵士の人が荒々しい足音を立てて入ってきました。兵士の方はあまりブレイカーズギルドと関わり合いになりたくなさそうな顔をしていますが、女性プレイヤーにしっかりと手を掴まれてしまっていますね。
「あの人、あの人痴漢です!私のパンツ覗いてきて!」
何かもう、しっちゃかめっちゃかですね。今まで表の騒動に気づいていなかった人達でさえ「痴漢」や「パンツ」という言葉にザワリと揺れます。
「あ、あー……あの人、ですか?人というより、犬?」
連れてこられたのは、ゲーム的には治安維持用のNPCなのでしょう。スコルさんが人間か何かであればそのまましょっ引かれる流れなのかもしれませんが、見た目はただの大きな犬ですからね、戸惑ったようにスコルさんと女性の顔を見比べていました。
「そうです、早く捕まえてください!」
叫ぶ女性と、首を傾げる兵士と、何食わぬ顔で「へっへっへ」と舌を出しているスコルさん。演技派ですね。
どういう風に落とし前を付けるのかと見ていると、スコルさんはスタスタと女性に近づき、ただ一言、こう言いました。
「ワン!」
どこからどう聞いてもまさに犬という一言に、周囲の空気が「なんだ犬か」みたいになりました。「女性の勘違い」そんな空気になりかけている事に、女性が慌てたように周囲を見回し、私を見つけると近づいてきました。
「……ねえ貴女、この犬が喋ったところ見たでしょ!?」
できれば巻き込むのは止めて欲しいのですが、そうも言っていられませんね。
何故か周囲の人達も私の言葉を待っているような有様で、スコルさんは皆の死角になるような角度でウィンクして合図を送ってきています。誤魔化せという事でしょう。
「女の敵ですね、早く捕まえてください」
変態行為を擁護する事はできません。ちょうどギルドカードも完成したようで、スコルさんは見事ブレイカーであるという事が証明され、兵士に抱えられるように連れていかれました。
※ブレイカーの扱いに関してですが、治外法権とまではいきませんが、特例処置が出ています。と言うのもそういうのがなければ民間人の家に入っただけで不法侵入で逮捕とかされかねませんからね、明確な危険がある場合や、何かしら(NPC含む)通報があった場合憲兵が動くという仕様です。ただしこれは憲兵のAIの種類によって変わりますので、大雑把な目安ではあります。




