281:2つ目の像
ハーピーの卵を植え付けられていたシノさんの治療を終え、ついでにコッソリと精気を頂いたりしながら私は大きく息を吐いたのですが、その様子見ていた牡丹は「ぷぅー」という何とも言えないような顔をしていました。
まあそんな表情をしている事には気がついていないフリをする事にしたのですが、ビクンビクンと白目を剥いて痙攣しているシノさんや呼吸が落ち着いてきたまふかさんもそのうち目覚めると思いますし、待っている間にルドラの像でも探しておく事にしましょう。
(上ですか)
何となくルドラの気配がそちらにあるような気がして、私達は1階にある部屋をザっと見てから2階に上がってみたのですが……階段を上った先にあったのは広い物置で、それらしい像はありませんでした。
正確には塔の外観と同じくらいの大きさの大部屋があり雑多な物が詰め込まれていたのですが、ガラス張りでもない大き目の窓から入って来た蔦やら風雨やらに晒された室内はボロボロで、木箱やら壺の残骸の中に干からびた食料だった物やボロボロの布切れとかが残っているだけで、目ぼしいアイテムはありません。
(見た感じ像はありませんし、使えそうな物も……ありませんね)
まあ何かあれば先着しているジョンさん辺りが回収しているでしょうし、残っている物はゴミと言って差し支えない物ばかりですね。
そして少なからず第一エリアと同じなら2メートルくらいの男性の石像がある筈なのですが、それを見逃す程ごちゃっとしている感じでも無いですし、見当たらないという事はさらに上の階にあるのでしょうか?
(とはいえ、上に登る為の階段がないのですよね)
外観的には3階建てくらいの高さがあるのですが、実際に登ってみると2階建てで、だからといって天井が高い訳でもないのですよね。
「ぷー」
「…そうですね」
牡丹が開けっ放しの窓を示していたので、私は窓から上半身を乗り出して3階のあるべき場所を見てみたのですが……やっぱり2階の上には1階分くらいの空間がありました。
これは何かしらの隠し階段がありそうな雰囲気なのですが、2階で何かしたら階段が出て来るタイプか、それとも屋上側に入り口があるのか……まあ老朽化した石造りの外壁には隙間が沢山ありますし、塔に絡まる蔦もそれなりの耐久度がありそうなのでまずはよじ登ってみる事にしましょう。
まあ私の場合は【魔翼】を使って登って行くだけですし、3階部分に入れるような窓や隙間が無かったのでそのまま屋上まで登ると……そこは青白く光る蔦がびっしりと生い茂った、一目で何かあるという雰囲気の場所になっていました。
(これは……斬れ、ませんね)
魔力の流れは下から、つまり3階からルドラの気配を感じるのですが……光る蔦が隙間なく生えているのでよくわかりません。
なので手っ取り早く【オーラ】を固めたナイフで青白く光る蔦を切ろうとしてみたのですが、ガギンと鈍い金属のような感触がして弾かれてしまいます。
「ぷい」
続いて牡丹が『ベローズソード』を手渡してきたのですが結果は同じで、物理的な攻撃で排除できるタイプの物では無いようですね。
(そうなると…)
【ルドラの火】自体がUniqueスキルですからね、他の人が簡単に入れないような造りになっているのだと思いますが……つまり【ルドラの火】を授けられた人だけが入れる条件があるのでは?と言う事で、私は蔦を掴んで【ルドラの火】を発動させてみたのですが……。
「当たりですね」
「ぷ」
強固な蔦も【ルドラの火】を流すと一瞬で燃え上がり、爆発するように膨張した空気に煽られるように青白い火の粉が舞うのですが……落ち着いた後に見えてくるのは内壁に沿うような形で設置されている螺旋階段で、ここから塔の内部に入る事が出来そうです。
「行きましょうか」
「ぷっ」
特に何かの妨害がある訳でも無くサクサクと進んでいるのですが、ここからは何が起きるかわからないので注意して進むとしましょう。
そうして蔦の下から出て来た階段を降りると徐々に水底に降りていくような感じがして、まるで外界と隔絶していくような感覚と静寂が訪れます。
(敵は……いませんね)
3階部分には2階と同じような大部屋が広がっていたのですが、違いを探すとすれば部屋の中心に探していた黄金の装身具を身にまとった筋肉質な男性の像がある事と、床が青白い燐光を放ち淡く光っている事でした。
『プルジャの工房』にあった井戸の中と似たような感覚と言いますか、ある種の神聖な空気すら感じさせるような静謐がある場所であり、そんな淡い燐光を放つような床に足をつけると中央にあった像に生命の息吹が吹き込まれ、動き始めます。
『久しいな……と言う程でもないが、大きく様変わりしたようだな、小さき者よ。翠皇竜達の因子を取り込んだか』
相変わらず喋るだけで空間が揺れ、その言葉は直接脳内に響いて来るような不思議な音色ですね。
少し圧迫感を覚えるような圧力に押されながらも、私は青白い炎のように燃え上がるルドラの神に言葉を返します。
「すみません、不都合がありましたか?」
このルドラさんの言う事を信じるのなら古き神の一柱という事で、いわば神様サイドの人物なのですよね。
あまり魔族寄りになりすぎると力を授けてくれなくなるのかと心配したのですが、そんな私の考えを読んだのか、ルドラさんは若干小馬鹿にしたように笑います。
『その事は我にとって問題ではない、汝が世界に抗おうという意思がある事が肝要であり、さすれば我も手を貸そう』
やや回りくどい言い方なのですが、私が挫けずゲームをプレイし続けている間は力を貸そうという事ですね。
「それを聞いて安心しました」
最近は通じない事が増えてきたとはいえ貴重なダメージソースですからね、これで『魔族に力は貸せん』とか言われて【ルドラの火】が没収されたら火力が大幅ダウンしてしまうところでした。
『ふむ…』
そんな事を考えていると、ルドラさんが『我が力が通じないだと?』といった難しい顔をしたのですが……これは本格的に頭の中を読まれているのかもしれませんね。
『まあいい、それについては後で話そう。それより汝は力を求めてきたのだと思うが…』
そこで改めてルドラさんは私の全身を眺めるのですが、これに関しては満足いかなかったというような残念そうな表情を浮かべました。
まあ【ルドラの火】のスキルレベルは2と、まだまだ使いこなせているとは言えない状態ですからね、残念がられるのも無理はありません。
『汝の習熟度だと、もう一カ所くらいに加護を授けるのが精一杯か……まあよい、好きな部位を言うがよい』
「ありがとうございます……それでは…」
スキルレベルが低いので雑談して終わりかと思ったのですが、一応力は授けてくれるようですね。
というより必要経験値的にスキルレベルがMAXになるまでにかなりの時間がかかりそうですし、1エリア1レベルか2レベル、像もその度にという感じなのでしょう。
そうしてスキルレベルがMAXになったら最終的に本体の元へ行き、最後の力を授けてもらうという感じなのかもしれません。
とまあそれより今は何処に力を授けてもらうかなのですが、ここは無難に消去法で選ぶ事にしました。
「尻尾…というのは可能ですか?」
神の力を宿すには五体に該当する部位が必要なのですが、今の尻尾なら十分な大きさがあるような気がしますし、戦闘中に燃えていても問題ない場所のような気がします。
『可能だ……が、てっきり次は右腕を選ぶと思っていたのだがな』
ルドラさんは私の選択が面白いというように笑うのですが、尻尾を選んだのはただの消去法です。
「私も最初は右手を考えていたのですが…」
左手と右手で別々に発動させる事が出来れば問題ないですし便利なのですが、同時発動のみだと耐久度の関係で普通の武器が使えなくなってしまう可能性がありますからね、だからといって足を選択するというのもバランスが悪そうですし、そうなると消去法で戦闘中に燃えていても問題ない部位として「尻尾」と言ったつもりなのですが……ルドラさんは何かその選択がツボに入ったというように笑い続けていました。
『いや、すまぬ、人間は色々な事を考えるものだと思っていただけだ、それでは汝の尻尾に我が加護を授けよう』
そう言うとルドラさんから青白い光がゆっくりと伸びて来て、尻尾の先にある蕾に灯りが燈るように収束してきます。
「ん…」
ゾクリとするような感覚の後、無事に力の譲渡が終わったようなのです……スキル欄の説明的には大きな違いはありませんね。
「【ルドラの火】」
試しにスキルを発動させると左手と尻尾の蕾に青白い炎が宿ったのですが、常に同時発動で切り替えは不可、MPの消費は変わらずで……試しに投げナイフで様子を見た感じでは、左手や尻尾単体では今まで通り、2つの火を合わせた場合の威力と耐久度の減りが2倍という感じでしょうか?
純粋なパワーアップに満足してスキルを解除し、残った燐光のような火を払うように尻尾を振りながら私はお礼を言おうとしたのですが……ルドラさんはどこか挑戦的ともいえる獰猛な笑みを浮かべます。
『さて、汝には我の力を授けている訳だが…ここから先の敵は更に強大となり、いかに我の力を持ってしても小さき者の力では対抗するのが難しくなっていくのだろう……なので、新たな力を授ける事にした』
そしてその口ぶりからは神の矜持を傷つけられた事への怒りが滲み出ていたのですが……どうやらつい先ほど私が【ルドラの火】が敵に通じなくなっていると考えていた事が気に障ったようで、何か別の力を授けてあげようとか言い出しました。




