276:クヴェルクル山脈
思いの他エルフ達の反応が早かった事や柵が動いた事には驚いたのですが、とにかく私達は無事に『エルフェリア』の北方に広がる岩山に移動する事が出来ました。
まあ強行突破する必要があったのかはよくわかりませんが【狂嵐】の影響で全裸になっているまふかさんと、魅了の力が漏れ出ている私達が検問所をそのまま通行しようとしたら人外種云々以前の問題で拘束されていたかもしれませんからね、突破した後に悩んでいても仕方がないのでこれで良かったのだという事にしておきましょう。
「さて、それでは……どうしましょう?」
「ぷー?」
装備の検証と金策の目途をつけたら一旦お昼ご飯にする予定でしたからね、引き返せなくなった以上どこか別のログアウト地点を見つけなければなりません。
そういう訳で、私達はログアウト可能なセーフポイントとなっていそうなランドマークが無いかを探してみたのですが……見える範囲にそれらしい造形物はありませんでした。
とはいえ引き返す事が出来ないので進む事しか出来ませんし、そうなると選べるルートは大きく分けて三つ、一つ目はモンスターの気配が一番強く襲撃が予想されている山頂を目指すルートで、そこからなら辺りを見渡す事も出来ると思うので金策も含めた一番無難なルートですね。
二つ目が裾野に沿って東に向かうルートなのですが、現時点のMAP情報から考えると色々と噂の絶えない『毀棄都市ペルギィ』に到着すると思います。
もしかしたらそのまま毀棄都市を越えて東の港町まで行ける可能性もありますが、方角から見て十中八九毀棄都市行きだと思いますね。
そして三つ目が裾野に沿って西に向かうルートなのですが、こちらは森の中に続いていて……よくわかりません。
西側は情報も殆ど無いので何か新しい発見をする可能性はありますが、まずはセーフポイントを探さないといけない私達が向かうには少し勇気がいりますね。
とまあ選べる選択肢としてはこんなところで、この辺りにはすぐに襲ってくるようなモンスターの気配も無かったので私達は戦闘に備えつつ考えこむ事になったのですが、数は少ないだけでちゃんと敵は居るようで、山頂の辺りには羽の生えた人影が舞っていたりと……あれはハーピーでしょうか?とにかく全く居ないという訳でもないので警戒を怠る事は出来ません。
「そうね…って言っても、まずはアレを倒しに行くって事で良いんじゃない?あそこまで登れば見晴らしも良さそうだし」
まふかさんは牡丹から渡されたスタミナ回復ポーションを飲みながら「アレ」と言うのですが、私達はそもそも金策の為にここまで来ている訳ですから、見つけた敵目掛けて進めば良いというのが確かに一番単純でわかりやすいですね。
「そうですね、それじゃあそうしましょうか」
「って、ちょっと待ちなさい…っと、これで……何よ?」
まふかさんは【狂嵐】で破けていた毛皮のブラと腰巻を性懲りもなく付け直すと、毛皮で一括りにしておいた手斧と回復アイテムが一式入ったポシェットを肩からかけて『デストロイアックス』を手に持ちます。
どうやら小物類に関しては【狂嵐】の被害を受けないように戦闘毎に手放す事にしたようで、そんな様子をまじまじ見ていると軽く睨まれる事になったのですが、私は何でもないという様に首を振ります。
「いえ…ただ、折角の綺麗な身体を隠してしまわれるのは勿体ないと思いまして」
毛皮を巻いただけの恰好は野性味ある美人と言う感じで美しくはありますし、装備品の扱いについても文句はないのですが……正直に言いますと、戦闘になったらすぐに焼き切れるのですから衣類に関してはあまり整えても意味が無いと思います。
「あたしはあんたと違って露出狂の変態じゃないの!隠す所は隠すわよ!!」
「なっ!?私も別に好きでこういう恰好をしている訳ではありませんよ!?」
そう思い歪曲的に伝えると何か凄く酷い事を言われたような気がするのですが、とにかくまふかさんとはそんな言い合いをしながら山を登る事になり、意識しすぎるとまた【淫装】が蠢いてモンモンとしてきました。
ここが強敵の居る場所でなければまふかさんを押し倒して露出狂の変態と言った件について問い詰めるところなのですが、流石にこんな所で始めるのは色々と不味いでしょうと、私は冷静になろうと一度大きく深呼吸をしました。
(それにしても…)
この岩山に密生している1メートルから2メートルくらいの樹高を持つ植物は『リュミエーギィニー』と言い、硬い針のような針葉樹の根元にはオリーブのような実をつけ強い光属性を迸らせていたのですが……何か濃縮された光属性の気配がチクチクと刺さって来るような感じがして、確かにこれはモンスターにとっては苦手な場所なのかもしれませんね。
「牡丹とまふかさんは大丈夫ですか?」
「まあ、平気だけど…」
聞いてみるとまふかさんは「大丈夫」という事なのですが、属性的には大丈夫といってもチクチクとした魔力が当たるたびに【狂嵐】が反応しているようで、その度に電気と風が弾けて肌が粟立ち歩きづらそうにしていました。
「ぷー…」
牡丹も何処かおっかなびっくりと言う感じのようで【淫装】も何かピクピクしていますし、人外化が進んで行くというのも少し考えものですね。
「ああもう、弱音を吐かない!サクサクと昇るわよ!」
「はい」
そうしてある意味言い出しっぺともいえるまふかさんを先頭にして私達がチクチクする山を登っていると、いきなり通知が出てきました。
『『ユリまふ』によって『クヴェルクル山脈』が発見されました。この情報を共有しますか?<YES><NO> 現在の発見者:5』
その通知によればどうやら『クヴェルクル山脈』と言う場所に入ったみたいで、発見者が5人……そのうち2人は私とまふかさんでしょうし、私達以外に先行している人が3人いるようですね。
それでも全体へのアナウンスが出ていないという事は、その3人は後続が来るまでこの場所を独占できないかと情報を伏せる事にしたのでしょう。
「…私は情報共有をしても良いと思いますが?」
後続する私達からすると、先行する人が既にいる状態なので情報を伏せる理由はあまり無いと思うのですが……自己顕示欲の強いまふかさんが悩む素振りを見せていていました。
「そっちはまあ、あたしも<YES>で良いんだけど……『ユリまふ』ってPT名はどうにかならなかったのかしら?今からもっとこう…格好良いPT名で発見しなおせない?」
どうやらまふかさんはどうでもいい事に引っ掛かりを感じていたみたいですね。
「わかりやすくて良い名前だと思いますが?」
「お互いの名前の頭文字2つずつとかダサいのよ…っていうより今更だけど何であんたの名前の方が先なの?」
「それは私がPTを作ったからで…」
何かまふかさん的に譲れないところがあるようなのですが、何か本当に今更な話題ですし、平行線になりそうな感じがしたのですが……。
「では一度解体してまふかさんがPTを…」
そんな無駄な事に時間を使っていると空気が動いたような感じがして、私は空を見上げました。
『『ユリまふ』によって『クヴェルクル山脈』が発見されました。地理情報が更新されましたので、詳細を知りたい方はブレイカーズギルドにてご確認ください』
「ちょ、あんた!?」
「ぷっ!!」
「敵襲です!」
空からの襲撃に気づいた私が無断で<YES>を押すとまふかさんが声を上げたのですが、その言葉にすぐに表情を変えてまふかさんも空を見上げます。
『ねえ、さっきの通知だけど…』
『もしかしてだけど、さっきの通知ってユリユリの事だったりしない?』
私が『ベローズソード』を取り出して戦闘準備をしている間に、PT名から当たりをつけたナタリアさんとウィルチェさんから連絡が来たのですが、今は返事を返している余裕がありませんね。
『すみません、今は戦闘中で……落ち着いたら連絡します!』
2人にはそう返しておいたのですが、私より交友関係の広いまふかさんの方にはもっと色々な人から通話が来ているようで……そうしてバタバタと戦闘準備をしている私たち目掛けて、つい先ほど山の頂上付近を飛んでいたハゲワシの羽と鷲の爪を持つ上半身が裸の女性型のモンスターが3体、上空から襲い掛かって来ました。
※追記:この時点ではリンネさん別動隊(拉致された人達)の情報はまだ出ていないので西側の情報は殆どありません。その情報が出るのはもう少し後で、現在の彼女達は文字通り裸一貫状態なので臨時セーフポイントを拠点に装備を整えている最中で、夕方以降に(皆がログインできる時間から)木の槍や石の斧、そして木の盾を握り締めた絶望的な脱出作戦が決行される予定です。
※町・ダンジョン・土地の発見についてですが、ユリエルが繋いでいない間に流れている場合もありますし『蜘蛛糸の森』が確認なく告知されたのはワールドクエスト絡みの件があったからと、その時々で若干仕様が違ったりします。
そしてユリエルが勝手に<YES>を押したのは戦闘時に視界の端にウィンドウがポップアップされているのが邪魔だと感じたからで、特に深い意味はありません。




