256:救出成功と見せかけて
【狂嵐】を纏い一気に橋の上を駆け抜けたまふかさんは一番手前に居たホブゴブリンに飛び蹴りを入れ、その後ろから人質になった人達に配る装備やアイテムが入った大きなリュックを背負ったリンネさんが続きます。
スキルの封印や荷物のせいでリンネさんが戦えるのか少し心配だったのですが、どうやら自信があると言った剣の腕はなかなかのもので、シグルドさんには届かないものの確実に私や桜花ちゃんよりかは上のようですね。
ただその剣技はどこか剣道チックと言いますか、集団戦はあまり得意ではなさそうなのですが、そこは上手く正面に敵が来るように立ち回りまふかさんが切り崩したゴブリン達を上手く斬り伏せていました。
そして突撃してきた2人にゴブリン達が反撃を開始し『歪黒樹の棘』がザワザワと蠢き始めたのですが、本格的な反撃が返ってくる前にルシアーノさんが動きます。
「行くよ~!!」
何処か呑気そうな声をあげながらルシアーノさんがバラまいたのは大量の煙玉で、それが橋のたもとを含めた広範囲で炸裂すると、その音と煙に今まさに反撃に移ろうとしていたゴブリン達の足が止まりました。
炸裂した場所は水辺を挟んだこちら側と、ゴブリン達からすると遠く離れた場所なので直接的な支援にはならないのですが、それでも煙が邪魔をして対岸の様子が見えなくなると突撃してくるかもしれない第二陣を警戒して動揺が走り、その煙の中に誰かが潜んでいるのではと疑心暗鬼になったゴブリン達が無駄玉を放ち、私達への弾幕が少しだけ薄くなります。
この煙幕にはそういう地味な攪乱効果や退路を確保するという意味合いがあったのですが、もう一つの理由は煙玉のバラ撒いた場所を見れば『歪黒樹の棘』の無効化範囲が詳しくわかるのではないかと思ったのですが……。
(やはり水場に入った所で無効化範囲が区切られているようですね、それに…)
どうやら『歪黒樹の棘』が起こす封印は一度発生した現象を止める事は出来ないようで、煙が地下水道内に流れる微かな風によって溜め池の上にも流れていっている事が確認できました。
その現象が何かに利用できると思ったのでしょう、ルシアーノさんは一度陣地内に引っ込んで何か別のアイテムを用意しているようなのですが、私の居る場所からは何をしようとしているのかはわかりません。
因みにこういう細かな情報の伝達を円滑にするために私達のPTを統合しようという話も出たのですが、通話制限の関係でリンネさん達のPTメンバーには確認が取れていませんし、途中で下手に編成を弄ってもトラブルの元だろうという事で私達は今も別々のPTのままです。
「ッ……はああああぁぁぁぁああ!!!」
そういう訳でやや行き当たりばったり感は拭えないのですが、とにかくまふかさんはゴブリン達の群れに突撃し、人質救出時に障害となるホブゴブリンから蹴散らしていきます。
ゴブリン達はそんなまふかさんを取り囲み屁っ放り腰での攻撃をしかけているのですが、まふかさんは速度差を活かして上手く立ち回り、その攻撃を回避するか受け流しているようですね。
それでもこれだけ囲まれていればまぐれ当たりのように攻撃が命中する事があるのですが、踏ん張りのきいていない一撃では【狂嵐】の膜は突破できないようで、バチリと逆に電撃を受けてゴブリン達が痺れていくようでした。
まあその弾いたダメージが別の形でまふかさんを襲っているようで、足元がふらつき息が上がっているようなのですが、剣や槍が直撃するよりかは良いですね。
そして攻撃すると自分達の方がダメージを受けるという事態にゴブリン達は訳が分からなくなっているようで、手をこまねいている動揺に付け入るようにまふかさんが勢いにまかせて暴れているようで、向こう側は何とかなりそうですね。
(そしてこちらはこちらで誘導を続けたいのですが)
まふかさん達が突撃した事で引き返し始めたゴブリンもいますし、出来れば救出が終わるまで南側の飛び石エリアにゴブリン達を引きつけておきたいのですが、牽制するのがやっとですね、というのも……。
「GUUUOOOOOoo!!!」
沈んだかと思ったゴブリンジェネラルが溜め池の中から顔を出してバシャバシャと暴れていたからです。
どうやら沈んだと思ったのは着地時の衝撃を逃がすために屈んでいただけのようで、ゴブリンジェネラルが立ち上がると水面から頭が出る程度の深さしかありません。
そのまま麻痺毒によって痺れてくれれば楽だったのですが、流石にこんな所に住んでいるからか耐性持ちのようで、多少鈍ってはいるものの動けなくなる程ではないようです。
「GUAAAAAAAxxttt!!!」
そうして悉く自分の思った通りにならない事に怒り狂ったゴブリンジェネラルが水を跳ね上げながら襲い掛かって来ていたのですが、私はもう少し深い場所に沈められないかと誘導を試みて……時折ゴブリンジェネラルは水底のヘドロに滑りバランスを崩す事はあるのですが、どうやら水深は一定のようでそれ以上沈む様子がありません。
(ぷい!)
(それは分かっているのですが)
牡丹が「普通に倒そう」と言うのですが、水面に出ているのが頭だけとなると相手も守れば良い場所がわかっていますからね、私が攻撃しようとすると大盾を頭上に掲げて守りに入られます。
(そうですね)
それでもこのまま睨み合いを続けても仕方が無いですからね、私はゴブリンジェネラルが右手に持っている両手斧に気をつけながらベローズソードを数度振ってみたのですが、左手に持つ大盾によって簡単に弾かれてしまいます。
しかもただ防いでいるだけではなくこちらの攻撃に合わせて受け流したり弾いてきたりするので、連続攻撃で盾を削り取ったり絡め取ったりという事も難しそうです。
「っと」
「GOOOAAAAAxxtt!!」
ある程度距離をとって攻撃していると、ゴブリンジェネラルは水の抵抗を受けながらもおもいっきり両手斧を横薙ぎに振るい、私はその刃先と飛び散る麻痺毒を含んだ水を大きく後ろに跳んで回避します。
ゴブリンジェネラルからするとまず私の動きを鈍らせてからという考えで、その試みが上手くいかずに腹をたてて唸り声をあげていたのですが、その粗暴な振る舞いとは裏腹に何か作戦を考えているようなギラギラした目で周囲の様子を窺い力を溜めているようでした。
(仕方がありません、ゴブリンジェネラルを釘付けに出来ているだけでも良しとしましょう)
私達の目的は人質の救出ですし、大人しくゴブリンジェネラルの牽制に努めようと一定の距離をとりながら祭壇前の様子を窺うのですが、どうやらまふかさんは人質の近くに居た3体目のホブゴブリンを蹴り倒したようで、その勢いに押されるように周囲のゴブリンが引いたところにリンネさんが突っ込み、2人は人質となっている人達の元へ辿り着きます。
その頃には突っ込んできたのは2人だけであり、煙幕の中から増援が来る気配もないとゴブリン達も気付いた様子で、人質のもとに辿り着いた2人にゴブリン達が押し寄せていました。
まあゴブリン達からしたら折角捕らえた獲物が横から掻っ攫われるかの瀬戸際ですからね「GOBUGOBU」と叫びながら欲望に滾った目をギラつかせて殺到しているのですが、ブッシュゴブリン程度ならまふかさんに触れる事すら出来ずに【狂嵐】の前に倒れていきます。
ただこんな時でも欲望に忠実なゴブリンがいるようで、まふかさんのたわわなおっぱいやお尻に跳びつき感電していくゴブリンがいたのですが、電撃がそんな弱い所に集中したせいかまふかさんは小さく可愛らしい悲鳴を上げながら膝をつきました。
そんなややピンチな状況の中、リンネさんはリンネさんで人質になっていた女性プレイヤーと涙を流しながら抱き合っていたりと、向こうは向こうでなかなか大変な様子ですね。
「何やっているのよ、さっさと助け出しなさい!!」
離れた位置にいるまふかさんの怒鳴り声が聞こえてくるのですが、まあ確かに感動の再開より先に拘束を解いて装備を配って欲しいですね。
そんなまふかさんの怒鳴り声にリンネさんとリンネさんと抱き合っていた方も慌てて状況を思い出したようなのですが、人質を縛っていた紐を切断し、背負っていたリュックから装備とポーションを渡していくと急速に反撃の態勢が整っていきました。
流石に鎧まで持って行く余裕はなかったのですが、剣と盾を持つだけでも精神的にはかなり楽になりますし、まだ青い顔をして震えている人もいるのですが、ここにいるのは現時点で第二エリアに来れるだけの実力がある最前線組ですからね、スキルが無いのも言ってしまえばブレイクヒーローズを始めた頃に戻っただけで、落ち着いて対処すればゴブリン程度なら何とかなりそうです。
そして私がそんな祭壇付近の様子を見ている間にも、ゴブリンジェネラルが水面下から両手斧を突き上げてきたり水をかけようとあがいていたのですが、いかにゴブリンジェネラルといってもドロドロの水に浸かったままではあまり激しく動けないようで、このまま時間を稼ぐ事は十分に可能でしょう。
因みにその時ルシアーノさんが何をしていたかなのですが、集落側や祭壇以外の場所から断続的にゴブリン達が殺到しているようで、小規模ながら戦闘をくり広げているようでした。
1人で退路とアイテムの確保をしてもらっているのですが、襲い掛かって来るゴブリンの数が少ない事もあり、即席の障害物と爆弾を使って上手く凌いでいるようですね。
消費アイテムの大盤振る舞いに弾切れが心配になるのですが、時折光が弾けたように輝いているのは『リンニェール鉱』の効果のようで、威力はそれ程でもないものの、ゴブリン相手の目くらましには丁度良い威力のようでした。
(これなら何とかなりそうですね)
ゴブリンジェネラルはこちら側に、ホブゴブリンはまふかさんが対処してくれていますし、折角の獲物に逃げられると殺到するゴブリン達も態勢を立て直したリンネさんのクランメンバーさんが対処してくれています。
後は密集して抗戦していると魔法攻撃が厄介なのですが、ゴブリンシャーマンには投げナイフを投げて妨害しておけば勝手に自爆してくれますし、多少の怪我人は出るかもしれませんが無事に撤退できるでしょう。
そんな事を考えていると『歪黒樹の棘』の輝きが変わりました。
今まで散々いたぶっていた獲物から黒い茨を放すと、餌食になっていた人はホログラムとなりリスポーンしていったのですが、それでやっとフリーハンドになったというように禍々しい気配が辺りに満ち始めます。
(これは…)
撤退成功と見せかけたところからの第二ラウンドといった感じでしょうか?今まで大した動きの無かった『歪黒樹の棘』が怪しく光り蠢くと、それに呼応するように溜め池の水が輝き始めました。
「GO…GO…」
水面にさざ波が立ち始めると、何とかギリギリ水面から顔を出していたゴブリンジェネラルが水を被りながらアップアップしていたのですが、今はそんな事より水面の下で蠢く奇妙な魔力の流れの方が問題ですね。
そうしてヌメリとした何か嫌な予感がする魔力が一カ所に集まっていったかと思うと、水底から姿を現したのは嫌らしく触手をうねらせる……どことなくヒトデの形をした巨大なモンスターでした。
(そういえばヒトデの事を忘れていましたね)
いったい今まで何処に隠れていたのかと言うような大きさなのですが『歪黒樹の棘』の様子を考えると今まさに呼び出されたのかもしれません。
とにかくその巨大なヒトデっぽいモンスター……エトワーデメーというらしいのですが、レベルは42で、水面に出ている大きさだけでも5メートル以上とかなりの大きさですね。
巨大化しすぎて原形を留めていない巨腕が5本あるので何となくヒトデっぽく見えるのですが、その姿は殆ど触手の塊といってもいいような巨大な軟体生物のようで、巨腕の内側にはウネウネと大小さまざまな触手が蠢き、獲物を前にして涎を垂らすようにトロトロとした怪しげな黄色い液体が分泌されていました。
そしてそんなエトワーデメーの近くに集まって来るのは水中を泳いでいたティベロスターという2メートル級のヒトデと無数の手のひらサイズのヒトデ達で、そんな新手の出現にアチコチから悲鳴が上がります。
「退避!、水辺から離れ…ッ!!」
リンネさん達は慌てて水辺から離れようとしたのですが『歪黒樹の棘』の影響下だとヒトデ達は地上でも活動できるのか、エトワーデメー達はよっこらしょというように地上に這い上がって来ると、今まさに撤退を開始しようとしていたまふかさんやリンネさん達に襲い掛かりました。
※PT編成について補足ですが、経験値やアイテムの分配の問題もあるのですが、そもそもリンネさん達のPTはクラン編成となっていて人数が10人以上となっており、このPTにユリエル達を加えた場合どうなるかわかりません。下手したらいきなりPTが解除される可能性もありましたので、その案は却下されています。
では逆にリンネさん達がユリエル達のPTに入ればと思うのですが、PTの中心人物であったリンネさんが何も言わずにPTから抜ける事による動揺や士気の低下を考えてこのまま行こうと判断されました。
この辺りの事を長々と説明してもなんでしたので「トラブルの元だろう」と纏めています。
※次回、ゴブリンジェネラル&触手戦の開始です。




