25:装備を新調しました
私は出てきた極細の紐水着を見て、目を細めました。セクハラでしょうか?いえ、こういう装備が好きな人もいるのであえて何か言おうとは思いませんが、店員さんにおすすめ装備を聞いて出てくるとは思いませんでした。確かに【ランジェリー】系の装備の耐性や補正は魅力的です。ただその、着るだけならまだしも、激しく動いたら絶対に見えてはいけないところが見えてしますよね?そういう所が見えないようにしてくれているという殊勝な会社じゃないでしょう。
「いや、ちょっと待ってくれ。めちゃくちゃ睨まれているが、まずは話を聞いてくれ。これだけを着ろと言っているんじゃない、まずはこれを着ろと言ったんだ」
ドワーフの店員さん曰く、普通にこの上に服を着ればいいとの事です。そ、そうですよね、体装備は一つだけと言う縛りがあるわけでもないですし、上に何か羽織ればいいのですよね。少しゲーム的に考えすぎていました。現に今の私も、下着の上に服を着ている状態ですし、ブレイクヒーローズだと重ね着がデフォなのでしょう。
「加護を受けたら防具は強くなるだろ?そう考えたら一番壊れて欲しくないのはどの部分だ?鎧か?服か?断然下着だろう?」
そういう理由で、ドワーフの店員さんはランジェリー装備を推しているとの事でした。確かにそれは納得できる理由です。服と下着、どちらが破れて困るかと言われれば断然下着です……が、これは絶対HCP社の罠ですよね。
安全対策のために【ランジェリー】スキルを取った場合、泥沼に引きずり込まれていくような気がします。それほど“純粋な”性能は良いのですよね。
流石にこの極細紐水着は少し躊躇ってしまいますが、レオタードアーマーくらいなら露出は普通の水着くらいですし、ファンタジー装備という括りで我慢は出来ます。我慢は出来るのですが……。
「…軽鎧で何か良いのはありますか?」
「おう、それならこっちだ。何か希望はあるか?」
ドワーフの店員さんは気まずい空気を誤魔化すように、いそいそと軽鎧コーナーに案内してくれます。
「そうですね、とりあえず腰の辺りが開いている装備がいいです」
要望を伝えた瞬間、ドワーフの店員さんは不可解そうな顔をした後、【ランジェリー】装備が並んでいる場所を一瞥したのですが、特に何も言いませんでした。
「…そうだな、そういう括りだと胸当か腹巻辺りが良さそうだが……この辺りならどうだ?」
案内された軽鎧コーナーで商品を何点か見させてもらったのですが、どれも予算がオーバーしてしまいますね。価格的には3万ちょっとからと買えなくはないのですが、その場合だと小盾や他の装備を諦めないといけなさそうです。
「わかりました。ありがとうございます。では、そうですね……」
先に必要そうな装備を買ってしまい、残った金額で考えた方がよさそうですね。
私がまず買ったのは小盾です。直径40センチくらいのラウンドシールドという物で、値段は1万2千F。金属で所々補強されてはいるのですが、値段相応の薄さしかなく、【小盾】のスキルを取得していない今の状態では、下手したら角兎の全力の攻撃を受けたら穴が空くかもしれません。それくらいの品質です。まあこれくらいの金額ならすぐに貯める事ができるでしょうし、お試しとしてはちょうどいいですね。
次に買うのは解体用の短剣です。ギルドでの解体依頼を出した結果、自分で【解体】出来るようになった方がよさそうだと判断したので購入を決定しました。スコルさんの剣を休ませたいという思惑もあり、解体と最低限の戦闘に使えるような物を選びます。
投げナイフも購入しておきましょう。投げやすさや【ルドラの火】との相性も考えないといけませんので、形状の違う物を3種類お試しで購入しておきました。後はそれらを入れるベルトポーチを一つ購入して、お値段合計1万5千Fです。
最後にギルドカードに通す紐……だと切れるかもしれないので、強度を考えてチェーンにしておきましょう。短剣を剣帯につるす紐、ラウンドシールドを持ち運ぶのに使うベルト、諸々含めて合計5千Fですね。この辺りは先ほどのセクハラ発言のお詫びなのか、かなりオマケしてくれました。
とにかく、買った物の合計は3万2千Fで、残りは1万1千Fですね。この金額だと鎧系の防具は諦めないといけなさそうです。防御力には期待できませんが、後は安物の服でも買いましょう。清算を済ませて、移動です。
「おう、それじゃあ、鉱山の件、頼んだぞ」
「お任せください」
ドワーフの店員さんと別れて、私は服屋の方に向かいます。こちらは武具屋とは趣が異なり、清潔感とレトロ感が調和した瀟洒な建物ですね。客層としては女性の方が圧倒的に多いようで、華やいだ雰囲気があります。
こちらは種類ごとと言うよりも、ブランドごとに売り場が分かれているようですね。今時自宅にいてもデジタルデータでフィッティングが出来るので、このような実店舗タイプはあまり来ることがないのですが、実際に商品を手に取る事が出来るというのはなかなか面白いですね。周りにいる女性達の目が真剣そのもので、鬼気迫るものがあるというのも見ていて興味深いです。
(さて……)
と言っても、私の場合予算内で適当な服を見繕わないといけないので、適当に物色していきましょう。その前に、既製品に手を加える場合の値段を聞いておかないといけませんね。
「すみません、お直し料についてお聞きしたいのですが」
手近な所にいた女性店員に声をかけ、背中に大きなスリットを入れる場合の費用を聞いておきます。
「スリット、ですか?どれくらいの大きさを入れるかにもよりますが……」
私が裾から肩甲骨の間までと指で示すと、店員さんは私の体型を眺めた後、少し考え込みます。
「そうですね、それですと千Fになるのですが、お客様の場合ですと…その、着心地だけではなく、シルエットにも影響がでてきますので、胸の辺りも裁断し直した方がよろしいかと思います。その場合ですと合計で4千Fのお直し料がかかってします」
つまりダボっとした形になったり、お腹が出たりしないようにするためにはプラス3千Fという事ですね。性能的には変わらないのでどちらでもいいのですが、この料金を衣類の料金に割り振ったとしてもたかがしれていますし、ここは着やすさを上げる事にしましょう。
「わかりました、ありがとうございます」
「ご利用の際は清算時に申し付けていただければ承りますので、レジカウンターにいる店員にお声かけくださいませ」
との事でした。私は店員さんにお礼を言ってから、店内を見て回る事にしました。お直し料を抜いた予算は7千Fですからね、これで上下を揃えないといけません。金額が金額ですし、もう適当に値札を見て決めてしまいましょう。
一通り見て回った結果、私が選んだのはシンプルな白い長袖ブラウスと、帽子の色に合わせたグレーのスラックスでした。どちらも生地が薄く、いつも私が着ている服よりも質がだいぶ落ちるのですが、値段相応という事でしょう。高級品を買ったとしても背中の部分を大きく切り取りますし、質を云々言っても仕方がないかもしれません。
ズボンの方も色合いとウェストで決めたのですが、既製品らしく長さが最初から調整されており、裾上げしなくても足首が出るくらいの長さであったというのが決め手になりました。
初めてのフィッティングルームという物に少しテンションが上がってしまったのですが、落ち着きましょう。頬を触ってみると少し温かいですね。深呼吸しましょう。とにかく、試しに着てみた感じでは伸縮性に問題はなく、動きにも支障がなさそうだったので、これに決めてしまいましょう。
「これでお願いします」
レジに並び、お買い上げです。
レジの店員に加工する事を伝え、背中に大きな三角形のスリットを入れてもらい、腰翼が出るようにしておいてもらいます。
「そういえば、今着ている服はどうしたらいいのですか?」
持っていても嵩張りますし、他の人はどうしているのでしょう?
「そうですね、そのまま下取りに出される方も多いですが、ブレイカーの皆様ですと、委託販売に流す方もおられますね」
中古装備とはいえ需要があるらしく、WMに出せば買う人がいるようです。男性プレイヤーの中古品は殆ど無料に近いのですが、女性プレイヤーの中古品には結構な値段がついている事に闇が見えますね。これ、何か如何わしい用途に使われたりしませんよね?
私のボロボロの初心者装備でもそれなりの値がつきそうだったのですが、そのあたりは日本人の倫理観が高い事に期待しましょう。別にWMで売らないといけないほど困窮している訳でもないので、初心者の服とスカートはそのまま下取りに出してしまいましょう。
今の私の装備は、頭にはグレーの猫耳帽子を被り、体にぴったりと合わせられた白い長袖のブラウスと9分丈のグレーのスラックスという恰好です。剣帯の左側にはスコルさんの剣を下げ、右にはベルトポーチ2つと短剣を、それを覆うような位置に来るように長さを調整した細いベルトでラウンドシールドを肩からかけているという状態です。
ちょっと剣帯に無理をさせすぎて、重量に負けそうなので、お金を稼いだら補強した方が良いかもしれませんね。下手したらズボンごと落ちそうです。
服の購入とお直し料合わせて丁度0F。見事に使い切りました。下取りで100F返ってきたのですが、このままだと食事すらまともに取れないですし、本格的にスキルを取得して、少し稼ぐとしましょう。
※残念ながら今回は紐水着は購入しませんでした。背中の開いた体に沿った肉感ある装備です。
※ユリエルがフィッティングルームに盛り上がっていましたが、これは現実世界では電脳空間におけるショッピングが主流で、ゲームでしか体験できない事であるためです。『PSYCHO-PASS』のホログラム投影のような感じでフィッティングして、注文したら自分の体型に調整された物が届きます。購入前に実物を手に取るという事もありません。これについては女性プレイヤーから「薄壁1枚隔てて下着姿になるなんてありえない!」というクレームがきたのですが、HCP社は誠意ある態度で無視しました。
※誤字報告ありがとうございます(10/17)訂正しました。




