255:救出作戦開始
西の水場に居るゴブリンジェネラル達に動きは無く、ホブゴブリンの数は変わらず7体で、ゴブリンは200体前後とかなりの数ですね。
動くなら集落で倒したゴブリンがリポップする前に動くべきだと思うのですが、いくらまふかさんが進化したと言っても4人と1匹だけでボスが率いる集団と正面からぶつかれば物量に押し切られてしまう事でしょう。
しかもゴブリンジェネラル達がいる祭壇のような石畳の台座の周りには遮蔽物が無く、その周りも一時的に水路の水を溜めておくような溜め池になっているので見晴らしが良すぎて小細工がし辛いのが問題ですね。
そういう立地である為、中央の祭壇に近づくだけでもかなり苦労しそうではあるのですが、一応水の流れを整えるためというような足場となる飛び石が点々と配置されていたり、ゴブリン達が渡る為の幅2メートル程の木の橋が集落側からかけられていたりと、道だけは用意されれていました。
(分かりやすい決戦フィールドと言う感じですが)
ただどのルートからも遮蔽物が無いという事には変わりはなく、水の中にでも潜らないと隠れられる場所はないのですが……そのルートは嫌な予感がするのですよね。
水が濁っていて水深や水中の様子がよくわからないというのもあるのですが、何か禍々しい気配が蠢いているような気がしますし『歪黒樹の棘』が浸かっている所からは黄色く光る怪しげな液体が広がっていたりと、麻痺毒の事も考えると水の中に入るのは不味いでしょう。
(一番有効な戦術は弓矢による遠距離攻撃で数を減らす事だと思うのですが、私達の中に弓使いは居ないのでそれも難しいのですよね)
5人から10人くらいで遠距離攻撃をしていれば200体ちょっとのゴブリンなら崩せそうな気がするのですが……居ない弓使いの事を考えても仕方がないですね。
そもそも私達の目的はあくまで人質の救出であって敵の殲滅ではありませんからね、一方的な攻撃をすれば良いという訳ではありませんし、魔法でドカンというのも『歪黒樹の棘』があるので難しいでしょう。
因みにゴブリンに捕まっている人質は合計14人で、そのうちの1人が今まさに『歪黒樹の棘』にヌチャヌチャとやられているのですが、そんなものを近くで見せつけられている彼女達の表情は暗いです。
次は自分の番だという様に青ざめている人や泣いている人、逆に顔を赤くしてモジモジと落ち着かなさそうな人と色々な反応を示しているところ心苦しいのですが、こちらの突入するタイミングに合わせて一斉に蜂起してもらえないかとリンネさん達に相談してみたのですが、どうにも通話が繋がらないとの事で裏側から意思疎通する事は出来ないようでした。
たぶん連れていかれた人達は隔離イベント中みたいな扱いで外部との通話が制限されている状態なのだと思いますが、捕まっている人達の間では連絡出来るのか、ゴブリン達に気づかれないようにPT通話やクラン通話でお互いを励ましあっている様子が見て取れました。
そしてそんな顔色の悪い怯えた人質を取り囲むのは欲望にギラついた大量のゴブリン達で、捕まっている人達からするとかなりの恐怖体験だと思うのですが『歪黒樹の棘』に捧げられる生贄には手を出してはいけないという決まりでもあるのか、お預けを食らっているゴブリン達のイライラが募っているようですね。
そんなフラストレーションの溜まったゴブリン達をゴブリンジェネラルが睨みつけ監視していたのですが、とうとう我慢できなくなったゴブリンが1人の女性に襲い掛かり、小さな悲鳴が上がります。
(牡…っ!?)
流石に見過ごせないと牡丹に合図を送って突入しようと思ったのですが、手近な女性に襲い掛かり服を破ったところで、そのゴブリンは屋根から伸びてきた『歪黒樹の棘』に頭を貫かれて絶命しました。
「きゃぁぁあああああ!!!」
少し遅れてやってくる大きな悲鳴とゴブリン達の動揺が対岸まで伝わってきたのですが、ゴブリンジェネラルは忌々しいというように手に持っていた両手斧を軽く振るうと、そのゴブリンの上半身が吹き飛びました。
(な!?)
刎ねたのではなく綺麗サッパリ消えた上半身に驚いたのですが、リンネさんもゴブリンジェネラルとの戦いで剣を壊されたと言っていましたし、あの両手斧にはブレイク効果でもあるのかもしれません。
「GOBUGOx!!」
暴走しかけるゴブリンと人質たちを威嚇するように、ゴブリンジェネラルは苛立たし気に両手斧の石突をドスンと石畳に叩きつけていたのですが、どうやら力関係的にはゴブリンより『歪黒樹の棘』の方が上のようで、忌々しそうな顔をしながらも伸びてきていた黒い茨に軽く頭を下げていました。
そういう扱い方をされている『歪黒樹の棘』の正体がなんなのかがとても気になるのですが、目の前の問題としてはそういう対応が出来るゴブリンジェネラルに変な知能がありそうなのが厄介ですね。
集落側のゴブリン達を蹴散らしたのでそろそろ乱入者が居る事には気づいているとは思うのですが、粗暴な見た目の割に理知的なようですし、ゴブリン達を纏め上げている手腕も侮れません。
これで何も考えずに「見つけ次第連れてこい!」みたいな戦力の逐次投入をしてくれたら一番楽だったのですが、まるで暴れている人数が少数だからあえて放置しているみたいな不気味さがあり、ここまで防御を固められると攻めづらい事この上ないです。
まあリンネさんとルシアーノさんの話だと集落に取り残されていたのは大人しく捕まっているタイプではない人か、その反対にとても気の弱い人、そしてごく一部の扱いづらい人だったと言う事ですし、ゴブリンジェネラルからすると厄介払いする意味合いで、最悪そちらは切り捨ててもよいと判断したのかもしれません。
『ユリエル、こっちの陣地構成が終わったみたい、何時でもOKよ』
そんなタイミングでまふかさんから連絡が入ったのですが、どうやらルシアーノさんの簡易陣地構築が終わったようですね。
『わかりました、これからも牽制を開始します』
リンネさんの掛け声で作戦を開始したのはいいのですが、ただの窪地に潜んでいるだけでは退路の確保や後方支援をするルシアーノさんの安全が確保できませんからね、橋側から突入するまふかさん達は近場にあった水路の建造物とアイテムで簡易バリケードを作り1発2発の魔法攻撃なら耐えられるような簡易な拠点を造っていたのですが、どうやらその準備が終わったようです。
(それじゃあ、行きましょうか)
(ぷっ)
【意思疎通】で牡丹に話しかけると、私達は東側から突入するまふかさん達を援護するために水場しかない南側から攻撃を開始したのですが、【魔翼】とスカート翼を使い水上に躍り出るとスキルの封印がかかり、身体が重くなります。
「GOx!?GYAGYA!!」
そうして早速私の事を発見したゴブリンがこちらを指をさしながら仲間のゴブリン達に知らせているのですが、その伝達が終わる前に距離を詰めた私は投げナイフの投擲動作に入りました。
(狙うは、頭からっ!)
やや遠いのですが、ヘイトをこちらに向けるのが目的ですからね、まずはゴブリンジェネラルの頭部目掛けて投げナイフを【投擲】したのですが……やはり【ルドラの火】は発動せず、ただの投擲になり簡単に斧で弾かれてしまいます。
(やはり、破壊性能付きですね)
弾かれた投げナイフが消滅するように塵になったのを見て武器の性能に当たりをつけるのですが、細かく考察する前に反撃に備えて立ち位置を調整しましょう。
南側には人が渡れるような橋は無く、飛び石のような足場を渡っていくルートが幾つかあるのですが、翼のある私にはあまり関係がありませんからね、一撃だけ入れたら飛び石の無い場所まで移動しつつ、つかず離れずの距離をキープしながらゴブリン達を牽制します。
「GOBU!」「GO!」「GOBUU!!」
今まで散々お預けをくらっていたからでしょう、ゴブリンジェネラルの指揮から外れたブッシュゴブリン達から無数の矢が飛び、ゴブリンシャーマンが魔法の準備に入り、中にはこちらに近づくために飛び石を渡って来るゴブリンまで居ました。
その数は徐々に増えていったのですが、私が居るのは一番近い飛び石からの3メートル程度の距離で、こちらのベローズソードの攻撃は届き、相手の近距離武器は届かないという距離ですからね、近づいてきたゴブリンは撫で切りにして数を減らしておきます。
単純な弓矢なら牡丹が盾で弾いてくれますし、魔法もこれだけ逃げ回れるスペースがあれば回避は簡単ですね。
これが前後左右から絶え間なくというのなら苦戦したかもしれませんが、飛んでくる方向はだいたい正面からで、たまに思い出したかのように別方向から飛んでくる程度と、殆ど真正面からしかボールが飛んでこないドッチボールのようなものですからね、種族補正が入っていればそう簡単に当たるようなものでもありません。
「GOBUUUU!!?」
それでもまぐれ当たりしないように大きめに回避をしているとギラギラとした視線を感じるのですが、ゴブリン達からすると回避する度に胸が弾んでいるのが目の前にぶら下げられたニンジンが揺れているように見えるようですね。
回避され続けているという苛立ちもあり、欲望に濁った眼でいきり立つゴブリン達は隊列も何も無く猛攻を仕掛けてくるのですが、ゴブリンジェネラルはそんなてんでバラバラに動き始めてしまったゴブリン達の手綱を引き締めに躍起になっているのですが、散々焦らされていたゴブリン達の前に現れた魅了持ち、そして『歪黒樹の棘』に捧げられる生贄ではないという襲い掛かっても問題ない獲物がやって来た事に大興奮してしまい、制止しようがありません。
中には「GOBU!」と元気よく水の中に跳び込みそのまま浮いてこないというゴブリンまでいる有様で、そんな大混乱にゴブリンジェネラルは八つ当たり気味に近くのゴブリンに斧を振るってでも止めようとしていたのですが、ボスとはいえゴブリンはゴブリンですからね、理性的とはいえもう一度ヘイトを稼ぐために投げナイフを【投擲】すると、チョロチョロと動く私やままならないゴブリン達に対して堪忍袋の緒が切れたようですね。
「GAAAAAUUUUUxxxxttt!!!」
ゴブリンジェネラルは咆哮で近場に居たゴブリン達をなぎ倒すと、ドスドスと大きな足音を立ててゴブリン達を蹴り飛ばしながら私の方に突進し、大股で飛び石を渡ってくると……両手斧を振りかぶりながらおもいっきりジャンプしました。
(そんな破れかぶれの攻撃なんかには当たりませんよ!)
攻撃を入れたいのですが、ベローズソードが砕かれたら飛んでくる矢や魔法を叩き落とすのに支障が出てしまいますからね、サッと身を翻してゴブリンジェネラルのジャンプ攻撃を回避し広がる水飛沫も回避します。
『ユリエル!?』
『問題ありません、むしろ好都合です!』
角度的に私が攻撃に巻き込まれたのかどうなのかわからなかったようで、まふかさんが焦ったような声を上げたのですが、一番の障害であったゴブリンジェネラルまでこちらに向かって来てくれた事や、そのまま水没していってくれた事は作戦全体から見ればかなりのプラス要素ですね。
(敵にも動揺が走っていますし)
リーダー不在のゴブリン達や、そんな騒動に今まで泣いていた人達も何事だと顔をあげて救援が来た事に戸惑うような様子を見せていたのですが……まあ彼女達目線では助けに来たプレイヤーがたった1人だけですからね、それでも中には「天使ちゃん?」と私の事を知っているプレイヤーがいるのかざわめきが起きています。
『ッ…わかったわよ、それじゃあこっちもそろそろ動くから、あんたもやられるんじゃないわよ!』
『ええ、まふかさんも気を付けて!』
ゴブリンジェネラルが沈み、南側の飛び石エリアに3分の2くらいのゴブリン達が押しかけたタイミングで、本命であるまふかさんとリンネさんが木の板で出来た橋の上を駆け抜け、祭壇前に突入しました。
※少し修正しました(8/26)。




