252:再突入と救出
私は障壁を通り抜ける際に速度を調整して牡丹を拾いあげると、イビルストラ化させて身に着けておく事にしました。
そうして牡丹にベローズソードを出してもらいながら『ギャザニー地下水道』に突入すると、途端に『歪黒樹の棘』の影響を受けて体が重くなり、スキルが封印された関係で変わる感覚や体の動きを調整しながら辺りを見渡します。
(このままほっておくと不味いのかもしれませんが)
絡まりつく『歪黒樹の棘』が成長するたびにミシミシと嫌な音をたてて障壁が軋んでいるのですが、幾らリンネさん達のPTの人数が多いからといってそれだけで直ぐに破られるというものでもないと思いますし、今はあまり気にしないでおきましょう。
(そしてゴブリン達は混乱中…といったところでしょうか?)
ゴブリンジェネラルの指示を受けて西の水場に向かおうとしているゴブリン達や、気にせずそのまま女性に群がるゴブリン達、指示を無視すると後が怖いからという消極的な理由で女性を放り出したは良いものの、いきなり『エルフェリア』側からやって来た私達に対して足を止めるゴブリン達がいたりと、かなり足並みが乱れていますね。
集団としての練度の低さが垣間見えるのですが、とにかくそんな混乱に乗じる形で最初のうちに潰しておきたいのは集落の中に居座る3体のホブゴブリンでした。
流石に10体纏めて押し寄せてこられると厄介ですしという事で、手近なゴブリン達を蹴散らしながら私達はホブゴブリンの動向を探る事にしたのですが……どうやら集落内に居る3体は事前に偵察した場所から殆ど動いていないようですね。
(これなら各個撃破できますね)
まず1体目は集落の西南西にある比較的大きな掘っ立て小屋の中に籠っていたのですが、外に出てきていない事を考えるとまだ中でお楽しみ中なのでしょう。
もう1体は南東部の小屋から顔を出していたのですが、状況がわからずキョロキョロと辺りを見回している状態で、すぐさま脅威になるという状況でも無さそうです。
最後の1体は一番私達に近い位置にして、広場の真ん中でリンネさんではない方の女性プレイヤーをいたぶっていたのですが、そのホブゴブリンの頭の中は性欲で一杯なのか、ゴブリンジェネラルの指示を無視して間抜け面のまま腰を振っている最中のようですね。
明確な被害者がいるという点では広場に居るホブゴブリンの優先度が高いような気がするのですが、残念ながら勃起の力だけで身体を持ち上げられガクガクと揺すられている女性の意識は完全に飛んでいるようで、強制ログアウトのカウントダウンが始まっているようでした。
冷徹に判断するとその人は助けてもお荷物にしかならないですし、小屋の方は状況が不明で抵抗している気配もないとなれば最悪の事態を想定するべきで、そうなると私としてはまだ動けそうなリンネさんを助けに行くべきだと思うのですが……悩みますね。
『デカブツはあたしに任せて、あんたはその辺りで倒れている奴らから何とかしなさい!』
私がどうしようかと悩んでいると、少し遅れて突入して来たまふかさんが雷光を纏いながら横を駆け抜けていったのですが、これはまふかさんの回復アイテムも持っている私が女性PTの救援に向かえと言う事なのでしょう。
『わかりました!』
私は広場で盛っているホブゴブリンに向かって駆け寄るまふかさんに返事を返しながら、まずは比較的正気を保っているリンネさんから救助する事にしました。
(邪魔、です!)
まだリンネさんに纏わりつき腰を振っていたゴブリン達をベローズソードで薙ぎ払うのですが、周囲を囲まれた状況ではゆっくりと治療している余裕もないですからね、私はそのまま3種のポーションを乱暴にリンネさんにぶっかけ麻痺治しを使用します。
「大丈夫ですか?」
近くでリンネさんの体を見るとアチコチ傷だらけで、股間から溢れ出した白濁する液体は一回や二回どころではない量だったのですが……そんな状態でも必死に抵抗していた事が凄いですし、痛々しいですね。
「ーー……っ!?うっ、ぷっ…お゙っ、お゙お゙ー…うぅ…」
ポーションが気付けになったのか、水を被ったようなリンネさんの視線の焦点が合い、救助が来た事に気づくと押し込めていたものが一気にこみ上げて来たのか涙が溢れ出すのですが……ゴブリン達に散々いたぶられた記憶も蘇ってしまったのか、こみ上げる吐き気に口元を押えて蹲り、リンネさんは胃の中の物をおもいっきり吐き出そうとしていました。
まるで胃の中をぶちまけようとしているみたいにキラキラした物と涎がリンネさんの口から垂れ、私は周囲を気にしながらその背中を擦るのですが……流石のHCP社でも胃液や吐しゃ物までは再現していないようですね。
(いえ、そういう分析をしている場合じゃないですね)
出来たらゴブリン達が混乱している内にリンネさんを安全な場所まで連れていきたいのですが、リンネさん達はまだ障壁を越えるための登録を済ませていないのですよね。
(私達が入って来た横道は袋小路になっていますし、キャンプ側の入り口まで撤退しなければならないのですが…)
動けない人を連れてそこまで撤退するのはなかなか困難な事だと思います。
「もう大丈夫…ですが、動けない人を安全な場所まで連れて行く事は出来ません。なので強制的にリスポーンしてもらおうと思うのですが、いきなりだと驚かれると思いますので、もし同じPTならその旨の連絡しておいてもらってもいいですか?」
場合が場合なのでいきなり攻撃したとしても説明すればわかってくれると思いますが、リンネさんという通信手段があるのなら先に伝えておいてもらいましょう。
「わ゙…がった……おねがい、みんな゙に、づだえでみる」
問題はリンネさんがまともに動けるかどうかだったのですが、こんな絶望的な状況でも抵抗していたリンネさんは嘆き悲しんでいる場合ではないと思考を切り替えたようで、涎が垂れる口元を拭いながらPTメンバーと連絡を取り始めたのですが……このままリンネさんを『歪黒樹の棘』の影響下に留めておくのも不味いですね。
「一旦集落の外まで運びますね」
リンネさんはスキルの封印さえ無ければゴブリン達と戦えそうですし、そもそも一カ所に長居しすぎてブッシュゴブリンやゴブリンシャーマンが態勢を立て直してこちらを狙っていますからね、遮蔽物の無いこんな所にいたら良い的です。
「ああ゙…お、っと…」
私は何か言いかけたリンネさんの返事を待たずに担ぎ上げると、スカート翼を広げます。
(相変わらず視線が不快ですが…)
露出する股間と太ももにゴブリン達の視線が集まるのですが、我慢ですね我慢。
そうして私はリンネさんを肩に担いで矢や魔法を迎撃しながら広場を突っ切る形で集落の外側に向かうのですが、柵の上に飛び乗り足をかけながら、そこで一旦まふかさんは大丈夫だろうかと振り返ります。
『はぁぁあああああっっっ!!』
進化してからは初めての戦闘ですからね、少し心配していたのですが……あっさりと広場に居るホブゴブリンを倒したようですし、どうやら大丈夫なようですね。
私が振り返った時には群がるゴブリン達を蹴散らし、左右の手に手斧を持った状態でパチパチと電撃を纏いながら【狂嵐】スキルの出力を上げて小屋から顔を出し出て来ていたホブゴブリンに向かっていたのですが、そのままおもいっきり……飛び蹴りをいれていました。
(そこは蹴りなんですね)
ついそんな感想が口から零れ落ちそうになったのですが、最低限の回復アイテム以外に持っている物とすれば手斧とナイフだけですからね、加速中に安定してダメージを与える手段が肉弾戦という事なのでしょう。
しかも本当に見た目が恰好良いからと言う理由で手斧を両手に持ち、主に使っているのは右手だけと……色々と勿体ないですね。
「GOx……!!?」
まあそれでもゴブリン達を相手取るには十分ですし【狂嵐】のバフ効果は高く、人外種の種族スキルなので『歪黒樹の棘』の影響下でも普通に火力が出ていました。
【狂嵐】の出力を最大まで高めたまふかさんが駆け抜ける速さは雷光のようなスピードで、その速度から放たれる全身全霊の跳び蹴りはのそりと出てきていたホブゴブリンの頭をとらえ捩じ切っていたのですが……そのまままふかさんは砂煙と電気を撒き散らしながら着地すると、滑り込むようにして苦しげに蹲ります。
『大丈夫ですか!?』
私が気づかなかっただけで何かしらのダメージを受けたのかと思って声をかけたのですが、まふかさんはビクンビクンと身体を震わせながらも大丈夫なようですね。
『だ、だいじょ…よッ…ぎぃ…んんっ…へ、へいき…』
どう聞いても大丈夫そうに聞こえない返事なのですが、どうやら【狂嵐】の自傷ダメージを受けているようで、敵の攻撃を受けている訳でも無いのに『エルフェリア』の皮鎧がボロボロになっていますし、インナーが焼け焦げていました。
『えっと…【オーラ】で大事な所を守ってみてはどうですか?』
流石に一撃一撃入れるたびに喘いでいたら体力がもちませんからね【オーラ】を緩衝材にすれば電撃にも耐える事ができるのは実証済みですので、私はそう提案してみます。
『そうして…んきゅぅっ!!?』
そしてまふかさんは私の助言通り【オーラ】で守りたい所を覆ったようなのですが、ピンポイントで現れた電気の塊がヴンッと低い音を立てながら重点的に弱い所を責め立てると、まふかさんは雷に打たれたようにビクンビクンと身体を震わせて、色々な物を噴き出しながらその場で崩れ落ちました。
「ぷっ!」
PT会話中なのでいきなりまふかさんの喘ぎ声が耳元に響いてくる事になりドキドキしますし、ゴブリンに囲まれているまふかさんの状況も悪いのですが……私が駆けつける前に牡丹がすかさず前垂れをしならせ、遠投気味の山なりの軌道でHP回復ポーションを【投擲】して、まふかさんを回復させていました。
『ッ…ったいわね…ってぇっ!?』
戦闘中ではあったのですが、いきなり悲鳴をあげて倒れたまふかさんの動きがあまりにも珍妙すぎたのか、ゴブリン達も戸惑ったような様子でやや遅れて「GOBU、GOBU?」と戸惑いながら殺到していたので、何とかその魔の手が届く前に動けるようになったようですね。
『あんた何て事させてんのよ!死ぬかと思ったじゃない、後で絶対憶えときなさいよっ!!』
『…すみません』
何か理不尽な怒られ方をしているような気がするのですが、提案したのは私ですからね、素直に謝罪しておく事にしました。
どうも私の【オーラ】が【翠皇竜】の影響を受けて結晶化するように、まふかさんの【オーラ】は【狂嵐】の影響を受けて属性を帯びるようですね。
しかも【狂嵐】のスキルが一瞬の電撃とすれば【オーラ】の方は持続するネチネチした防御寄りの電撃のようで、与えられる刺激は天にも昇るような心地のようでした。
まあそんな風に自分のスキルで自爆するような形で膝をついているまふかさんにゴブリン達が群がっていたのですが、なんとか振り払えているようですね。
「GO!?」
色々と後が怖いような気がするのですが、私はまふかさんの安全が確保されるのを見届けてから、集落を囲む柵を飛び越え落下先に居たゴブリンを【オーラ】を込めた踵で踏み抜き、今まさにこちらに武器を向けようとしていたゴブリン達もベローズソードで薙ぎ払い、周囲の安全を確保してからリンネさんを地面に下ろしました。
まだまだ助けなければいけない人は多いですし、ゴブリンジェネラルの動向も気になるところではあるのですが、とりあえず1名救出ですね。
※吐しゃ物まで再現されていない = 排泄が無いので消化された時点で食べた物が消えてしまうのですが、食べてすぐはそのまま吐き出せたりとその時によって出てくる物はマチマチです。
※ユリエルはリンネさん達がPTなのかクランなのかわからないので、とりあえずPTと思って発言しています。
※加速中に安定してダメージを与える手段 = 初陣ですからね、高速で動いている状態でタイミングよく手斧を振るより体当たり気味に蹴った方が命中率が高いだろうと蹴る事にしました。
※牡丹の能力は封印されていませんし、その投擲距離は【鞭】と【筋力増強(微量】と【投擲】が合わさりかなり遠くまで物を投げられます。
そして2人の距離間がわかり辛かったと思うので補足しますと、ユリエル達は中央の広場を抜けてそのまま南側の柵に向かい、まふかさんは中央広場のホブゴブリンを倒したあと南東部にある小屋から出て来ていたホブゴブリンを倒したところで倒れたので、直線距離にすると意外と近い距離にいました。
※色々と修正しました(8/20)。
※誤字報告ありがとうございます、修正しました(8/21)。




