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243:陽動と突破

 何百体ものゴブリンが(ひし)めくダンジョンを2人と1匹だけで突破するとなると流石に厳しいものがあったので、私達は『ギャザニー地下水道』が今まさに攻略中のダンジョンであり、次々と人がやってくる人気の場所であるという事を利用する事にしました。


 つまり『ギャザニー地下水道』に来ている他のプレイヤーが正面から攻略を開始した隙をつくようにして奥に進む事にしたのですが、ワールドクエスト(レナギリーの暗躍)が始まっている影響で多くのプレイヤーが南側(『蜘蛛糸の森』)に流れているのが現状で『ギャザニー地下水道』にやって来るプレイヤーの数に限りがあるのが問題ですね。


 それでも色々なプレイヤーがいるのがVRMMOというもので、全員が足並み揃えて一斉に南へなんて事はないですし、接続人数が増え始める時間帯(夕食後)に差し掛かったのもプラスに働き小規模PTなら時々やって来てくれたのですが……どうやらゴブリン達の物量に押し切られる形で敗退していっているようで、PT単位で次々とダンジョンアタックしているような状況になっているのでタイミングが計りづらいですね。


(この人数は……今度はいけそうですね)

 私達はダンジョンの中間からやや奥側の地点にショートカット入場(亀裂から滑り込んだ)しており、正面の入り口からは2キロ弱くらい離れている場所にいたのですが、情報収集については【魔水晶(遠隔魔力視と意思疎通)】を中間位置まで移動させる事で解決しています。


 それだけしっかりと他のPTの動向を把握していたのは、下手なタイミングで進むと早々に入り口側のPTが全滅して敵中に孤立する可能性があったからなのですが、それ程吟味する必要も無く20人前後の大規模PTが『ギャザニー地下水道』に入って来ました。


 時折響いてくる掛け声やら戦闘時の悲鳴を聞いている限りだと女性だけのPTのようで、彼女達はその人数を頼りに入り口付近のゴブリン達を蹴散らして奥に進んできているようですね。


 それに対するゴブリン達は戦う前から彼女達を叩きのめした後にどう凌辱するかなんて事を考えているようで、つい先ほどたまたま迷い込んだ女性を慰み者にする前にうっかり殺してしまった事などはすっかり忘れてしまっている様子です。


 そんな自業自得な理由で弄ぶ獲物にありつけなかったゴブリン達はフラストレーションがたまっており、飛んで火に入る夏の虫というように女性だけの大規模PTに殺到し始めていました。


 本能剥き出しのゴブリン達より知恵の回るゴブリンシャーマンなどの上位種が口ぎたなく「GOUBGOBU!」と制止の言葉らしきものを発していたのですが、その程度でゴブリンの欲望が止まる訳がありません。


 そうしてゴブリン達が入り口に殺到したおかげで私達は動きやすくなり、しばらくすると上位種が何とかゴブリン達を纏め上げながら女性PTと戦闘を開始し、本格的な戦闘音とツルハシを振るうような採掘音が聞こえて来るようになったのですが……どうやら女性PTは敵前で採掘作業をしているようですね。


(昔は『リンニェール鉱(微光の魔石)』が採れたという話ですし、鉱床がまだ残っているのでしょうか?)

 私は途中で進行を止めて脇に逸れて行った女性PTの行動に首を傾げていたのですが、最初から採掘が目的だったのなら何となくその動きの理由がわかります。


 その辺りの情報(何が採掘できるか)は私が採掘系のスキルを持っていない事と、ゴブリン達を蹴散らしながら採掘する能力が無かったので集めていなかったのですが、わざわざ『ギャザニー地下水道』に来てまで採掘するという事は何かしらの良い鉱石が採れる場所があるのかもしれません。


『どうしたの?』


『いえ…なんでもありません、丁度いいPTが来たのでこちらも打ち合わせ通りに進みましょう』

 ここで採掘が出来るとわかったとしても私達がする事には変わりはありませんし、考えるだけ無駄ですね。


 多少人を利用しているという後ろめたさはあったのですが、入って来た女性PTと示し合わせている訳でもありませんし、私は「合理的」という便利な言葉で彼女達の健闘を祈る事にして、こちらも『ギャザニー地下水道』の突破を目指す事にしました。


(さて)

 私達のいる場所から選べるルートは大きく分けて二つ、無数に枝分かれしている遺構にもなっている水道の上に張り巡らされたゴブリン達が居る上の通路を行くか、水路脇の点検路のような水辺を歩く下の道を行くかなのですが、スニーキングミッション中の私達は下のルート一択ですね。


 そして設定的には大昔に『エルフェリア』の下水と繋がったという話だったのですが、エルフ達も海に流す前に最低限の浄化はしているようで、本当に汚水が流れている訳ではないようです。


 これは『ギャザニー地下水道』が『エルフェリア』に向かうための正規ルートであるという事が関係しているようで、大量のゴブリン達が生活しているので獣臭さとすえた生活臭のような(ゴブリン臭)はしかたないとしても、汚水まみれの臭いのせいで探索もままならないという事にはならないように配慮されているのでしょう。


 だからといってここの水路の水が綺麗かと言われるとそういう訳でもなくて、どこかサイケデリックな黄色いヘドロが混じっているようなあまり体に良いとはいえない液体が流れてきており、触れるとピリピリとしたダメージを受けて軽度の麻痺状態になるようですね。


 そしてそんな粘度の高い液体のせいで何処かが詰まってしまったのか、それとも長い年月を経た事でどこかが壊れて流れがおかしくなったのか、所々通路が水没している箇所がありました。


 下の道はそんな飛び飛びの苔むした通路の上を渡っていく事になるのですが、水中には原色に近い紫やピンク色が混じった毒々しい2メートルくらいの巨大なヒトデが浮かんでいたり、その子供なのか10センチから20センチ程度の小さなヒトデが水中を泳いでいます。


(戦力があれば上ルートの方が良いかもしれませんが…)

 こういう一見楽な道に罠を仕掛けたがるのがブレイクヒーローズでHCP社ですからね、試しに麻痺にならない程度に足をつけてみると、すぐさま怪しげなヒトデ達が群がって来たのですが【魔翼】で十数センチ浮かんでみせるとアクティブ化(襲ってくる)する条件に引っかかりづらいのか、ヒトデ達が戸惑ったような動きを見せました。


『まふかさん』


『ええ…って、ちょっと、んっ…何って!?』

 私は陸地にあがってきていた15センチ前後の小さなヒトデと戯れていたまふかさんを抱き上げると、一瞬不本意そうな顔で身体を硬くされてしまったのですが、そうする事で被害は抑えられますし、水浸しの個所を飛び越える必要があったので渋々というように抱きかかえさせてくれます。


 その照れた顔やら柔らかさが嬉しくて、落ち着かないようにピクピクしているまふかさんの頭の上にある狼耳をハムりと噛んでみたのですが、怒られてしまいました。


『すみません』

 流石にふざけあっている場合ではないですね。


 私はまふかさんを抱えたまま水没している場所を飛び越え、羽音をたてないように【魔翼】だけの水平飛行をするのですが、速度が出ない事を除けば大きな問題はありません。


 まあ流石に襲撃が0になるという事はないのですが、ヒトデ達の動きはどこか中途半端で、水中から出てくる数も少ないので簡単に対処が可能です。


 飛行できるというのは本当に物凄いアドバンテージだと思いますし、ここまで上手く事が進むと、(女性PT)の事もあり何かズルをしているような気持ちになりますね。


 とにかくそんな感じで、私達は水路(毒の沼地)を飛び越え、少数のヒトデを対処して、そして流石に何かしらの気配を感じるのか時々下の通路を見に来るゴブリンがいるのですが、そんな相手は死角からベローズソード(蛇腹剣)で足を払って水中に叩き落としてあげると、後はヒトデ達が何とかしてくれました。


「GOBBUtx!?GOBU!?」

 水に落ちたゴブリンの叫び声に他のゴブリン達も集まってくるのですが、彼等は足を滑らせた愚か者がいるとでもいうように大笑いしていて、中にはそんな仲間に石まで投げているという有様です。


『うわぁ~…エグイわね』


『…ですね』


『ぷぃ~…』

 勿論そんな騒ぎが起きる頃には私達は移動し終わっているのですが、水に落ちたゴブリンはヒトデ達に襲われて……その、ヌチョヌチョにされているのはちょっとアレですね。


 どういう需要があるのかはわかりませんが、ゴブリンが「GOBUXUUxx!!?」と無数のイボイボのついたヒトデに絡みつかれて悶える姿は単純に気持ち悪いの一言です。


 まあ私達も水に落ちたらああなるので気を付ける事にしましょうという事で、何とも言えない顔をしているまふかさんと目配せをしてから先を急ぎます。


『このままだと問題なく三の壁に到着できそうですが…』

 そこ(三の壁付近)からは陸地であり、ゴブリン達の集落です。よほどの幸運が無ければ見つからずに通過するなんて事は出来ないと思いますので、ここからは本格的な戦闘を覚悟するべきでしょう。


 そうして今まさに私達が水路から顔を出すというとタイミングで、いきなり地下水道中に響き渡るような圧力のある咆哮が聞こえてきました。


「GGBOOUUOGUGOOOOOOOOOxxtt!!!」


(これは…)

 一瞬発見されたのかとまふかさんを抱く腕に力が入ったのですが、どうやらその叫びはここのボスが出て来た事を示す合図のようで、ゴブリン達の集落から2メートルちょっとの筋骨隆々な武装をしたゴブリンがのそりと出て来ます。


 その後に続くのは10体の巨大なゴブリンと無数のゴブリン達で、それらが一斉に入り口の方向に向かっていったのですが、今の私達の目的は殲滅ではなくて『ギャザニー地下水道』の突破ですからね、気づかれないように息を潜めて見送る事にしました。


 暫くすると入り口の方から女性PTの悲痛な叫び声が聞こえてきたのですが、どうやらゴブリン相手に善戦していた女性PTもそのボスゴブリンの登場で一気に崩されてしまったようですね。


(ここからは、あまりのんびりは出来ませんね)

 何時女性PTが撤退してボスゴブリンが引き返して来るかわかりませんし、彼女達が引きつけてくれているうちにゴブリン達の集落を突破するべきでしょう。


『上陸します』

 彼女達にとっては悪夢ともいえる出来事(いきなりのボス出現)も、私達にとってはかなり幸運な出来事で、防衛部隊も先程のボスゴブリンに引き連れられていったのか、集落にはあまりゴブリンが残っていませんでした。


「GOt…!!?」

 これなら発見される確率が激減しますし、しかも集落の周囲に残されているゴブリン達は、折角の獲物を前にして置いて行かれたというような不満たらたらな様子で集中力を欠いており、水路側を全く警戒していなかったので叫ばれる前に投げナイフとベローズソードで無力化していきます。


『ここまでトントン拍子にいくものなのね』


『そうですね、かなり運が良かったと思います』

 順調に事が進みすぎていると、逆に不安になる人もいるのですが、まふかさんは急に心配になるタイプではないようで「あたしがやる事なんだから上手く行って当然よ!」みたいな自信満々の様子なままなのが心強いですね。


(配信ではここからよく曇っていましたが)

 その時の泣きそうな顔や慌てている姿が良いともっぱらの評判なのですが……折角ここまで順調に来ていますからね、変な油断はしないよう注意を払いながら、私達は見張りのゴブリン達を排除してから集落を囲むように立てられている先端を尖らせた丸太で出来た塀の近くまで寄ってみるのですが、勤勉で手先の細やかなゴブリンというのがいないのか、集落の外壁(丸太)は結構適当に立てられているので中の様子が見放題ですね。


 見た感じでは特に罠が仕掛けられている様子もなさそうですし、私は薄汚れた掘っ立て小屋のような物が並ぶ集落の中にたむろしているゴブリンの配置を確認してから、集落の向こう側を塞ぐように展開されている巨大な魔法の障壁(第4の壁)を見据えるのですが……その障壁には地下水道中に張り巡らされている『歪黒樹(わいこくじゅ)の棘』が集まり絡みついており、まるで扉をこじ開けようとしているかのように、不気味な光を放ちながら明滅していました。

※とあるPTの裏側は物凄く平和でした。


※ユリエルのスキルは魔力関連と【魔力視】と【暗視(弱)】なので【魔水晶】経由の情報はソナーみたいな魔力の跳ね返りや魔力の塊的な靄を見ているような状態で、聴力系のスキルがないので音に関しては地下水道に響く音頼みとなっています。


※少し修正しました(8/3)。

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