236:ストライプベア戦
『くらいなさいっ!』
【ルドラの火】の爆炎と木々と茂みを利用し二足歩行する3メートル弱のストライプベアに肉薄したまふかさんは、勢いそのままにその胴体に目掛けて両手で持ったバルディッシュを振るいました。
「GUXUU…!?GAAAAxx!!!」
私にヘイトを向けていたストライプベアはその接近に気づかず対応が後手に回ったようなのですが、それでもその強力な一撃は纏うブヨブヨした薄い緑色の膜のような物に阻まれ若干逸らされます。
『ってぇぇ!全然効いてないじゃない!?』
不意打ちする前に叫んでいたり動作が多少大袈裟だったりするのはどうかと思うのですが、この辺りは戦闘スタイルの違いと言いますか、配信者ならではの癖みたいなものですね。
勿論無言で淡々と狩り続けるという配信者も中にはいますが、大抵の配信者はスニーキングミッションでもなければ騒がしく戦っている人の方が多いような気がします。
それでいて「必殺技を叫んでいるみたいでダサイ」とアクティブスキルを毛嫌いしているまふかさんなのですが……まあその人の感性をとやかく言ってもしかたがないですね。
とにかくまふかさんの繰り出した渾身の一撃はストライプベアの表面の毛皮を浅く削るだけに終わり、その程度では巨大熊は怯んだ様子なく反撃してきました。
『くっ』
身長差を利用して風を巻くように唸りをあげて振り下ろされる左ストレートをまふかさんはなんとか身を捻って回避したのですが、魔法で強化された熊の一撃は筋肉の動きや関節上の限界を超えたスピードが出ているようで、目測を外したのか若干回避し損ねてレザーアーマーにザックリとした引っ掻き傷がつき、微かにホログラムが零れます。
この辺りは巨乳あるあるなのかもしれないのですが、一般人より当たり判定が大きいのでこういう時に色々と困るのですよね。
まふかさんも結構大きな方ですし、戦っているとブルンブルンと揺れてなかなか目の毒なのですが……とにかく風の魔力を纏った爪が掠った事で引きずられるようにバランスを崩しながらも何とか横に跳んで距離をとろうとしているのですが、ストライプベアは自分に手傷を負わせた不届き者を逃がすつもりは無いようで、その動きに合わせて踏み込み距離をつめていきます。
「GUUOOO!!GOOOOtt!!」
『ちょ、ちょちょっと…止まんなさいよ!この!!』
まふかさんは一度距離をとってから再度勢いをつけて攻撃するつもりだったようなのですが、意外と早い左右の連打を避けるのが精一杯のようで、途中から攻撃を諦めバルディッシュを盾にして防御に徹する事にしたようですね。
左腕のジャブを体捌きとバルディッシュで防ぎ、右腕のフックを払う様に受け流し、至近距離からの噛みつきはバックステップで躱していました。
STRの差で押し切られそうになりながら後退しているのですが、技量的にはまふかさんの方が一歩か二歩上なので、一対一ならいい勝負をしていますね。
攻め切れるかはわかりませんが、集中力を切らすか変な撮れ高に走らなければそこそこ良い勝負に持ち込めそうですし、私は今のうちに周囲のモンスターを掃討しておく事にしましょう。
(まだ少し慣れませんが)
私は【魔翼】を使いフワリと浮かび上がった後、スカート翼を羽ばたかせて木々の間を蹴ってフォレストウルフ達の頭上をとります。
残っているモンスターは今まふかさんが戦っているレベル34のストライプベアが一体と、レベル24と25のフォレストウルフが2匹、それとアチコチで蠢いているマンイーターが数体です。
文字通り脱兎のごとくストライプベアから逃げだしたフラワーラビットが2羽いたのですが、1羽は完全に戦線離脱をしており、1羽は牡丹が仕留めたそうなので私がやるべき事はフォレストウルフの殲滅とマンイーターの牽制ですね。
因みに【魔翼】による浮遊感なのですが、翼そのものがフワリと浮かび上がるような感覚なので、言ってしまえば腰の辺りで固定されているような感じでかなりバランスが悪く、力を抜くと腰を持ち上げられたように前屈みに浮かび上がってしまいます。
私の身体的特徴的に重心が前にあり、前屈みになりやすいので背筋にはかなり頑張ってもらわないといけないのですが、これはなかなか背中が攣りそうですね。
しかも今のスキルレベルだと1メートルも浮かび上がれば浮力が大幅に低下するという高度制限付きなのですが、そこはスカート翼の羽ばたきでカバーします。
「…ッ」
バサバサといった羽音をたてずに飛ぶにはかなり繊細な操作が求められますし、ドレスを力強く羽ばたかせると糸がアチコチ食い込み身体が跳ねるのですが、飛び上がるのは一瞬だけなので歯を食いしばって我慢しましょう。
そうして開幕の【ルドラの火】による小爆発に反応してしまったフォレストウルフ達は私の事を見失っているようで、必死に鼻をひくつかせてキョロキョロしていたのですが……どこかぼんやりした様子ですね。
理由まではわからないのですが、頭上の気配に気づかれる前にベローズソードの一振りで一匹目を撫で斬りにして致命傷を与えておき、少し遠い位置にいた二匹目も薙ぎ払っておきます。
「GYAN!?」
「GUruu…!?」
2匹目は仲間の死を見て慌てたように回避運動をとっていたのですが……明らかに反応が鈍いですね。
回避しようとするフォレストウルフBを追いかけるように蛇腹剣をしならせながら左前脚から胴体方面を薙ぎ払ったのですが、その一撃で問題なく動きを止めました。
(何か途中から反応が鈍かったのですが……犬系ですし、臭いによって魅了にでもかかったのでしょうか?)
私はそんな事を考えながら木を蹴るのですが、そこに牡丹からの警告が飛びます。
『ぷっ!』
その声と共にフラワーラビット退治に出ていた牡丹が茂みの中から投げナイフを【投擲】してきたのですが、そのナイフは今まさに私に向かって蔦を伸ばしてきていたマンイーターの根元に刺さりました。
『ありがとう…ございます!』
「GYAFUx!!?」
牡丹にお礼を言いながら、マンイーターの蔓から逃れた私は飛び降りた勢いを利用し【オーラ】を込めて固めたサンダルの靴底でフォレストウルフBの頭を踏み抜き、止めを刺しておきます。
『援護します!』
時間としては戦闘が始まってから10秒もたっていないのですが、立体的に激しく動くと色々揺れて息が上がりますし、まふかさんが後退しながらストライプベアの攻撃を凌いでいるので結構距離が開いてしまいました。
『大丈夫よ!!あんたはのんびり指をくわえて見ていなさい!』
『それでは勝手に援護しますね!』
『熊は任せなさい』と言った手前なのか、援護する前に声をかけたら変に強がられたのですが、別に本気で嫌がっている様子はないので気にせず援護しましょう。
それにストライプベアの攻撃を防ぐのに使っていたシルバーバルディッシュの耐久度は限界に近いようですし、まふかさんの身体にもあちこち切り傷がありました。
少しでも反応が遅れれば一撃でやられるという戦闘では小さな怪我でも致命的ですし、無駄口を叩く前に援護に入った方がいいですね。
『ああもう…好きにしなさい!』
まふかさんはストライプベアの左の打ち下ろしとジャブの中間みたいな攻撃に対して掻い潜るようにして一歩分距離を詰めると、カウンター気味にバルディッシュを振るい、当てた反動を利用して後ろに跳びます。
『はっ…』
呼吸を整えるように大きく息を吐きながら距離をとったまふかさんは、仕切り直しというように武器を構え直すのですが、その隙に準備が出来たのはストライプベアも一緒のようですね。
「GUuRUuuurr…」
私の角度からだと前屈みになり、そのまま四つん這いになったストライプベアの両手両足に魔力が溜まっていくのが見えたのですが、まふかさんの角度からだと自分の攻撃で体勢が崩れて両手をついたように見えたのか、やや無警戒に待ち構えているような気がします。
『まふかさん!』
『ッ!?』
その呼びかけで、まふかさんもストライプベアがしゃがみ込んだのは怪我の為ではなく攻撃の予備動作だと気づいたようなのですが、戦闘時におけるその判断の差はかなり大きな致命的な差となりました。
「GUGUOOOO!!!」
風魔法を全身に纏った全速力の突進攻撃。
一つの砲弾のようになったストライプベアが風の魔力を纏い唸りを上げて突進していくのですが、まあ熊だから四足歩行にもなりますよねという攻撃であり、その速さは通常の熊の5倍程度、そんな速さで軽トラ並みの質量が突っ込んでくるのは軽度の【威圧】を纏っている事もありなかなかの恐怖だと思うのですが、それでもまふかさんは冷静にストライプベアの動きを見切って突進ルートから右に逸れるようにサイドステップを踏み……。
『つぁ…ああぁああああぐっごッッ!!?』
ストライプベアは掻い潜るようにしてすり抜けようとしていたまふかさんに向かって腕を伸ばすと、ラリアット気味にその剛腕を叩きつけていました。
そうして掠っただけで人身事故のようなけたたましい音を立てながら錐揉み状態で吹き飛ばされたまふかさんは、地面に激突してワンバウンドした後に近くにあった大樹に激突して止まります。
バルディッシュを立てて直撃だけは防いだようなのですが、防御に使った斧は壊れてしまいましたし、支えていた腕も変な方向に曲がり『出血』や『骨折』によるスリップダメージが入って今にも死にそうです。
『牡丹!』
『ぷぅーい!』
負傷し倒れたまふかさんは牡丹に任せる事にして、私は今まさにまふかさんに止めを刺そうと近寄るストライプベアを狙って投げナイフを構えます。
(させませんっ!)
ストライプベアとはそこそこ距離が離れているので手投げだと少し厳しく、私は【ルドラの火】を纏わせた投げナイフをしっかりとした遠投のフォームで投げつけました。
「GUOUx!?…UOOoOOOOoo!!」
その足元で爆発した投げナイフにストライプベアは一瞬バランスを崩しかけるのですが、すぐさまそれが目くらましだと看破したようで、立ち上がりながら纏っていた風魔法を周囲に放つ事でその爆炎を吹き飛ばします。
ただ流石に決め技である突進攻撃をした後では出力が出ないのか、ストライプベアの周囲1~2メートル範囲の爆炎が吹き飛ばされただけで、即座に無効化という訳にはいかないようですね。
(これで!)
「GUU!?」
爆炎と爆風が舞う一瞬の視界不良を利用して一気に距離を詰めると、私は軽く潜ませながらストライプベアの左側を駆け抜けます。
そしてその際に立ち上がっていたストライプベアの首にベローズソードを引っ掛け、スカート翼を使いながら視界から外れるように全速力で後ろに駆け込み、そのまま首に引っ掛けたベローズソードを支点にして急角度で反対側に回り込みます。
ぐるりと一周、風魔法を纏ったストライプベアの毛皮は薄いゴムに金具を引っかけているような独特な感触で、首をギリギリと絞めつけているというのに窒息判定などは入っていないようですね。
刃を立てても何かが遮っているような感じで、ストライプベアが苛立たし気に自分の首に巻かれたベローズソードを引き千切りにかかったのですが、流石に色々なSTR補正が入っているとはいえ、熊と力比べはしたくありません。
なのでストライプベアの意識がベローズソードに向いたタイミングで、こっそりと煙に紛れるように残しておいた【魔水晶】をストライプベアの鼻先に向かわせると、内包しているMPを全消費した魔力波を放たせます。
「GUOUx!?」
たかだかMPの1割分とはいえ、いきなり目の前で発生した衝撃波は風の膜を貫通したようで、その攻撃に怯んだストライプベアの力が緩み、私はそのタイミングで刃を立てたベローズソードをおもいっきり引きました。
【剣舞】
互い違いの三角刃による連続斬りによる補正が入り、風の膜を磨り潰したベローズソードがストライプベアの首にギチギチとめり込んでいきます。
「OoOOOOOxtーーーー」
そうしてめり込んだ刃がブツンと巨大熊の首を断ち切ると、盛大なホログラムを噴き上げながらストライプベアの頭がゴトリと落ちました。




