231:クランの結成
追ってきていたプレイヤー達を振り切り、人気のない薄暗い路地裏にある木箱の陰まで逃げて来た私達なのですが、その間もズボンの中に潜り込んでいた牡丹によってまふかさんは生殺しの状態になっていたようで、かなり苦しそうに悶えていたので一度スッキリしてもらう事にしました。
「ッひ!!?」
よほどのへまをしなければ誰かに見つかるという事の無い場所ですし、まふかさんはこういう人に見られるかもしれないという状況である事や、無理矢理に襲われているという状況の方が感じやすくなるようで、拍子抜けするくらいあっさりといってしまっていたのですが、惚けていた表情が戻るとおもいっきり睨まれ怒られてしまいました。
「……だから…こういう事をいきなりするのはっ…せめて、雰囲気を大事にしなさいよ!」
「嫌ですか?」
望まれているのならこのまま2回戦目に突入してもよかったのですが、まふかさんはこれから館を売り払ったお金を渡しに行かなければいけませんし、これ以上は残念ですが一旦お預けですね。
私があっさりと引くとまふかさんは一瞬意外そうな、それでいてどこか物足りなさそうな顔をしたのですが……すぐにそんな表情を引っ込めて「なんでもないわよ!」と声を荒げてそっぽを向いてしまいました。
「ああ、もう、邪魔よ、どきなさい!」
「ぷ~?ぷーぃぷー」
流石に汚れたまま元クランメンバーの前には出られないとの事で、まふかさんは寝椅子を収納していたマジックバッグから新しい着替えを取り出したのですが、幾ら人目を遮る木箱があるといっても野外でバスタオルを一枚を巻いただけの状態で着替えるのは羞恥心があるようですね。
その足元に纏わりつくように牡丹が邪魔をしていたりと騒々しく着替えているのですが、ある程度まふかさんを苛めた事で牡丹的には溜飲が下がったようで、私としてはこのまま2人が仲良くなってくれたら言う事は無いのですが……どうでしょうね?
「それで、これから第二エリアに行くんでしょ?その前にまずはお金を渡してきて良い?」
「分かりました、私も準備がありますのでお互いの用事が終わったら合流しましょう…となると、PTを作っておいた方が良いかもしれませんね」
私がそのお金の受け渡しについて行っても仕方がないですし、まふかさんのファンの人に「何で天使ちゃんがいるの?」と聞かれても返答に窮してしまいます。
しかもお金の受け渡しだけで済むのならまだいいのですが、お別れ会的なファンサービスなどもあるとすれば、その間に消費したスタミナポーションを補充しておいた方が合理的でしょう。
そういう訳で、どちらにしてもこれからPTを組みますし、PTを組んでいればMAP上にマーカーが表示されるので合流するにしても便利だろうと先にPTを組んでおく事を提案してみたのですが、まふかさんは少し考えるような表情をしてから、ポツリとこんな事を聞いてきました。
「そういやあんたって、クランとかは立ち上げないの?」
「ええ、今のところは…復帰用にホームは立てておきましたが、ソロでいる予定でしたので」
私がそう答えると、まふかさんは「ふーん、そう」と何とも言えない顔をしていたのですが、これから第二エリアの攻略という“長期間”一緒に活動をするのなら作っておいた方が良いという前フリ的なものなのでしょうか?
「まー…そうなんだけどさ、これからは、違う訳でしょ?」
これは一緒のクランに入りたいけど、自分の方からから「一緒のクランになろうね!」なんて言い出せないでいるまふかさんなりの妙なプライドの表れなのかもしれませんが、まあホームは建ててある訳ですし、申請すればクランの設立はそれほど問題なく出来るので、これを機に立ち上げてみるのも良いかもしれませんね。
「まふかさんはもう一度作らないのですか?……小規模のを」
つい先ほど、ファンの人達を中心とした大規模クランを解体したばかりですし、すぐさま同程度の規模のクランを作ったとなると色々と問題が起きるかもしれないので「小規模」と付け足して聞いてみたのですが、まふかさんは何とも言えない顔で肩をすくめてみせました。
「あー…あたしはパス、作ったら作ったらで面倒な事が起きそうだし」
「まあ…そうですね」
たぶんまふかさんが“新しく”クランを作ったとなれば入りたいという人が殺到すると思うので、確かに面倒ごとが増えるかもしれませんね。
「そう素直に頷かれると何か納得いかないんだけど……まあいいわ、ほんと、あんたって調子が狂うわね」
「すみません?」
よくわからないので首を傾げると、まふかさんはどこか呆れたような表情をしていたのですが、どちらにしてもクランを抜けてすぐは別のクランに加入できませんし、とにかく今はPTを作って加入申請を飛ばしておきます。
「じゃあこっちの用事が終わったら連絡するわ、それまでにちゃんと準備しときなさいよ?」
との事で、館を売却したお金を皆に配りに行くまふかさんとは一旦別れたのですが、いきなりクランの話を振ってきたのはそういう事だと思いますし、まあ作っていて損は無いので良しとしましょう。
ブレイクヒーローズの場合は他のゲームと仕様が大きく異なるのではっきりとは言えないのですが、どのゲームでも一定数は異性との出会いの場と考えている人がいますからね、クラン未所属の女性となるとナンパ目的で誘われたりする事もあるので、まふかさんが加入するしないは関係なくそろそろクランを作って自衛しておいた方が良いかもしれませんね。
と言うのも、今のところクランを作る条件を満たしているのが第二エリアに到達している最前線組だけで、そういう人達は私の実力を知っているからか意外と絡んでくる事はないのですよね。
むしろ私の事をよく知らない人の方がしつこく絡んできて面倒なのですが、そういう人達がゴルオダスクエストをクリアして、クランを作れるようになる前に話しかけてくる口実を一つでも潰しておいた方が良いでしょう。
それに私の気の回しすぎだった場合でも、クランに所属していれば特別なクエストを受けられるようになるので少なからず結成しておく意味がある筈です。
(それほど手間でもないですし、試しに作ってみましょうか)
という訳で早速作ってみる事にしたのですが、新しいクランを結成する場合は面倒な手続きが必要という訳でもなく、ブレイカーズギルドに行って受付に提出書類を出すだけです。
一度クランホームと指定した場所から移す場合も簡単な移転の手続きをすれば良いだけですし、その場合も事前に新しいホームを購入しておかなければならないという事もなく、古いホームを処分してから新しい拠点を探しても問題なく受理されるという、一度クランを結成してしまえば結構柔軟に対応してくれるようでした。
そういう動かしやすい仕様になっているという事は、裏を返せば一時的にホームが無くなる事もありうるという事なのですが、この辺りは第二エリアのセントラルキャンプのホームがわかりやすい例ですね。
現在進行中のワールドクエストである『レナギリーの暗躍』の推移によっては『蜘蛛糸の森』から大量の蜘蛛達が押し寄せてくるという可能性もありますし、そうなればセントラルキャンプにある拠点は壊滅で、キャンプ地が潰れた瞬間に即クランが解体というのも色々と不味いからという時間的猶予なのでしょう。
と言っても、長時間ホーム無しでいるとクランの申請が取り消されてしまうらしいので、解散してしまう前に新しくホームの設定をし直す事が推奨されています。
まあクラン成立に関する注意点と言うのはそれくらいで、どこかしらにホームを持っている状態で『上級ブレイカー』の称号を持っていれば、10万Fという手数料を払って誰でも気軽にクランを結成する事ができました。
そしてそういうハードルの低いクランを私が結成していなかったのは、単純にソロだと大した恩恵を受けられないからですね。
結成する利点とすればクラン間でのグループ通話が可能になる事と、PT編成時にクランメンバー限定で10人制限が緩和される事、クラン用の銀行口座が開設出来て共同での資産運用が可能になる事、後は役職の設定が出来て、クランマスターもしくは役職持ちの人が憶えている広範囲スキルの恩恵を受けやすくなるなどのメリットがあるのですが、この辺りはソロだと何の意味もありません。
まだ多少なりともソロでも関係してくるのは、クラン専用のクエストが受注可能になる事や、功績ポイントによるクランのランクアップ、クラン管理用のNPCが雇用出来るようになる辺りなのですが、クランの功績というのは数十人のプレイヤーがコツコツ溜めてランクアップさせる事を前提にしているレートであり、クラン用のクエストというのも最も難易度の低い物でも4~5人前後の人数が居る事を前提にしたものばかりという、大人数を前提としたものが大半です。
そのためソロだとクランの恩恵をあまり受ける事は無く、NPCを雇うというハウジング要素が追加されるくらいでそれ程興味はなかったのですが……まあこれも良い機会でしょう。
(後はクランの名をどうするかですが…)
私としては『タクティカルユニット』とか『ユニオン』とかわかりやすい名称でも良いような気がするのですが、流石に直球すぎるでしょうか?
まあ他に良い案もないので、それで手続きをしようと私達はセントラルライドのブレイカーズギルドに向かったのですが……。
「すみません、お調べした結果、そのクラン名は使用されておりまして…」
「そうですか」
流石に単純な一般名詞だとすでに利用されているようで、ブレイカーズギルド受付のお姉さんに拒否されてしまったのですが、どうしましょう?
『まふかさん、クラン名に悩んでいるのですが、何か良いアイデアはありませんか?』
『は?そんなの何でもいいんじゃない?あんたらしい名前にしたら…こっちはちょっと今バタバタしているからまた後でね』
私は暫定?クランメンバーであるまふかさんに相談してみる事にしたのですが、その意見は特に参考になりませんでしたし、忙しいようですぐに通話は終了してしまいます。
「それで、どういたしましょう?」
ニッコリと次の申請用紙を差し出して来る受付の女性の笑顔を見ながらペンを手に持ち、少し考えるのですが……ネーミングセンスが無いのは今に始まった事ではないですからね、こういうのは適当につけてしまいましょう。
「では…ユリエルユニオンで」
これならよほどの事がなければ名前被りもしないでしょうし、私のクランという事がわかっていいのかもしれませんね。
ホームの拠点はセントラルキャンプのテントであり、最大人数は4人までと言う最小に近い規模だったのですが、とにかく私は自分のクランを立ち上げ、クランマスターとなりました。
※まふかさんは意外と目に見える形でのチームに拘るタイプであり、ユリエルは何か流れでクランを結成する事になりました。
※少し修正しました(7/8)。




