22:ギルドの仕様
ギルドカードを受け取りながら、私はその右上に空いているパンチ穴のようなものに首を傾げました。
「この穴は何でしょう?」
「ああ、それは…落とさないための紐を通すための穴ですね。紛失の報告が多かったので、そのような形にさせていただきました」
苦笑いを浮かべる職員さんが言うには「ポケットに入れていたら失くした」という人が一定数いるらしく、鞄に括り付けたり、ネックレスのように首から下げる事が推奨されているようです。
「ギルドカードは本人の情報が登録されており、他者が使う事は出来ませんが、紛失した場合はクエストが受注できなくなりますし、施設利用において不利益が発生しますので、お早めに最寄りのギルドにて紛失届を提出しください。再発行には所持金の30%をお支払いいただく事になりますので、心配な方は専用の紐等を使われると紛失のリスクが減って良いかと思われます」
「わかりました」
「そして残りの説明なのですが、ユリエル様の場合ですと、実際に試しながらの方がわかりやすいかもしれませんね」
「…?どういう事ですか?」
「新規の方には買取・販売カウンターの説明と、クエスト受付の説明、その他のギルド業務についての説明を行うのですが、ユリエル様の場合ですと、そのゴールドホーンラビットを処理しながらの方がわかりやすいかと思います」
つまり一つ一つ、実際に行いながら説明してくれるという事ですね。まさにチュートリアルという内容に、私は頷きました。
「よろしくお願いします」
「ではこちらへ」
ニコリと笑った女性職員は他の職員に声をかけ、そのまま他の施設の説明もしてくれるようですね。人数に余裕があるのなら引継ぎをしなくていい分その方が効率的なのでしょう。席を立つ職員の後に別の職員が来て、そのまま業務は滞りなく行われるようです。
「そのまま納品されてもよろしいのですが、必要な素材がありましたら、まず解体を依頼して、必要な分を除けた後、余った素材を買い取らせていただく事になります」
まず案内されたのは買取・販売を行っている右側のカウンターです。こちらで解体依頼も出せるようですね。カウンターの奥の部屋では素材の解体が行われているようで、エプロンを付けた男性が刃物を持って作業をしています。
「そうですね……」
生産する予定もないですし、必要な素材も何もないのですが、ギルドに売るのはちょっともったいないですね。折角のユニークモンスターですし、出来れば欲しいと言っているプレイヤーの手に渡って欲しいものです。
「解体だけお願いする事は出来ますか?」
流石にこのまま持ち運ぶのは何ですし、解体すれば『素材』扱いとなり消えなくなりますから、頼んでおきましょう。私が【解体】を取って自分でするという方法もありましたが、今から取得して【解体】するよりも、今回は依頼した方が良いでしょう。そう思ったのですが、職員さんは困ったような顔をしました。
「その場合は料金だけが発生してしまいますので、ユリエル様の場合ですと、ギルドカードを作ったばかりですので、まだ入金がなされておりません」
お金が足りないという事ですね。
「…では、こちらの素材を引き取って貰ってもいいですか?」
必要になればまた狩りにいけばいいだけですし、ナップサックの中のウルフ素材は全部売ってしまいましょう。
カウンターの上に出してみると、やはり受け身を取った時にぐちゃぐちゃになったのか、牙や爪が毛皮に突き刺さっていたり、潰れてしまっていたりする素材がいくつかありますね。
「ウルフ…ですね。少し傷んでいますが、綺麗に処理されていますし、魔石もありますね。単純な買取や委託販売に出すという事もできますが、この場合ですと、クエストの常駐依頼へ出すのが効率的かと思いますが、どういたしましょう?」
委託販売の方は所謂WMと言うやつで、クエストの方は該当するクエストがあればそれに出してくれるという事ですね。
「クエストでお願いします」
クエストの場合はギルドポイントが入ってランクも上げていけますし、納品できる物は出来るだけ納品していきましょう。
「承りました……では合計で、5万6千フランとなります。そこからゴールドホーンラビットの解体費用、千フランをお引きしてもよろしいですか?」
「お願いします。あ、あと、ギルドカードの紐と、装備品や消耗品の購入もしたいのですが、いいですか?」
「はい、勿論大丈夫なのですが、こちらにある商品は基本的に数が揃っておらず、お時間があるのでしたら、裏手の専門店で購入される事をお勧めします」
陳列できる範囲や倉庫面積の問題なのでしょう、ギルドの方で販売している物は必要最低限の、急ぎの人が買っていくような物しか置いていないとの事でした。深読みをすれば、買取と販売の場所を分ける事による混雑緩和なのでしょう。ギルドの方は買取特化のようですね。
「わかりました、では解体だけお願いします」
「承りました。では5万6千フランから解体料金の千フランを引きまして、合計5万5千フランとなります。決済を行いますので、こちらにカードをかざしてください」
職員さんは金角兎を別の職員に渡すと、非接触式のカードリーダーを差し出してきました。それにギルドカードをかざすと、ホワンという音と光が舞います。
何故かクエスト達成の効果音も鳴ったので確認してみると『(New)クエストを受注してみよう』と言うのが増えていましたね。きっとギルドカードを手に入れた後に発生したクエストなのでしょう。ウルフを納品した扱いになったようです。
「商店ではこのように取引する事が一般的ですが、ブレイカー同士の場合はギルドカードにて金銭の取引を行う事が出来ます。試しにこのカードにギルドカードをかざしてみてください」
言われるまま職員さんの差し出したカードにギルドカードをかざすと、取引金額を入力する画面が出てきましたね。
「操作が出来るのは自分のギルドカードのみで、今出ている画面に金額を入力し、お互いの金額が一致した場合に取引が成立します」
つまり桁をわざと間違えたり、片方だけが入力するという事が出来ない仕様ですね。アイテムとお金の場合も似たようなもので、その場合は相手の出している物を確認してからトレードボタンを押す事になるそうです。
「今までの説明で何か聞きたい事とかはございませんか?」
「いえ、大丈夫です」
この辺りは攻略WIKIに書かれていた仕様そのままだったので、特に問題はありません。
「では解体が行われている間に、残りの説明もさせて頂きます」
職員さんが説明してくれるのは、ブレイカーズギルドで出来る『クエストの受注』『総合案内』『有料でのスキル訓練』『解体依頼』『売買及び銀行業務』に関してですね。
どれも文字通りの意味なのですが、クエストをこなすとポイントがもらえ、一定ポイントを貯めてから昇級試験に合格すればギルドランクを上げる事ができるようになるというのが『クエストの受注』の説明です。最初のランクはFで、ランクは『F』『E』『D』『C』『B』『A』『S』の7段階ですね。ランクが上がれば受けられるクエストの範囲が広がり、住人からの信用度も上がっていきますので、ランクを上げる事が推奨されていました。
『総合案内』は文字通り案内を受けられる事と、時折運営からの通達があるとの事でした。
『有料でのスキル訓練』は一般的なスキルの取得を目的とした訓練を受けられるというものなのですが、実際に自分で行うタイプのゲームですと、戦闘や生産がまったく駄目という人もいますからね、そういう人向けの講習も行っているそうです。
『解体依頼』はそのままですね。品質C程度の【解体】を、サイズに応じた値段で行ってくれるそうです。
『売買及び銀行業務』だけが少しややこしくて、単純な素材やアイテムの買取や販売だけではなく、『アイテムの委託販売』という事も出来るようです。
これはプレイヤーが販売に出したアイテムを他のプレイヤーが買う事が出来るという機能で、設定的にはギルドが仲介して販売をしているという扱いのようですね。他の町のギルドとの間でも売買ができ、金額もプレイヤーの方で好きにつける事が出来るという事なので、金角兎の相場がわかればこれに流しておきましょう。
ちなみにギルドカードはギルドと提携しているお店ならどこでも使用可能との事でした。この金銭の管理もギルドが行ってくれるとの事で、よほどの事がなければ現金を持ち歩く必要はないようですね。これはかなり助かります。
「以上になります。わからない場合や、再度聞きたい場合などは総合受付にお越しください」
少し長かったのですが、どちらにしても解体を待つだけでしたので良しとしましょう。私は職員さんにお礼を言うと、ちょうど解体の終わった金角兎の素材を受け取ります。
素材は『ゴールドホーンラビットの角』『ゴールドホーンラビットの毛皮』『角兎の肉』の3つですね。通常種の角兎の情報になりますが、『角兎の尻尾』や『角兎の耳』等のアイテムがある筈なのですが、解体レベルの問題か、ギルドの仕様なのか、一般的な素材にしか分けてくれないようですね。
「後はそうですね、別の場所に行かれた場合や、別の場所から来られた場合は、ポータルの開放や設定などを忘れずに済ませておいてください。何かあった場合の保険になると思います」
これはポータルとリスポーンの説明ですね。アルバボッシュのリスポーン地点はギルドの目の前にありますが、壁に張り付くようにして建物に入ったり、窓からギルドに入ったりする等の特殊な行動をすれば、もしかしたらリスポーン地点を踏まずに中に入れるのかもしれません。
そんな事を普通はしないと思うかもしれませんが、オンラインだと色々な人がいますからね、念のための説明なのでしょう。
「わかりました、ありがとうございます」
私は職員さんに再度お礼を言うと、ギルドカードと金角兎の素材をナップサックに入れ直し、まずは裏手のお店で買い物を済ませようと移動を開始しました。
※誤字報告ありがとうございます(10/16)訂正しました。




