表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

234/527

220:幼樹と精霊樹の葉

 糸の中から転がり落ちた先はパンテオン(円形神殿)のような天井の高いドーム状の広場で、中央には1メートル程度の高さがある青白く輝く幼樹と、それに絡みつくモヤモヤした黒い茨が生えているというあからさまに何かあるのでしょうという場所でした。


「ぼたん…ッ」


「ぷっ!」

 そこには襲ってくるようなモンスターはいなかったのですが、今まさに転がり落ちて来た隙間からは私達を引き戻そうとするように糸が伸びてきており、捕まえた獲物を逃がすまいと絡みついてきていました。


(こんなエッチな糸には、負けま……負け…)

 私のお腹の中では注ぎ込まれた毒液によって卵嚢が大きく成長し常にカリカリと神経をいたぶるように蠢いており、これ以上注ぎ込まれるとどうなってしまうのか分かりません。


 それがわかっているので頭では逃げなければとわかっているのですが、糸によって散々開発されてしまった私の身体はとても弱くなっており、腕に絡まりついた糸が指の一本一本を咥え舐るようにチュプチュプされるだけで腰砕けになってしまい、武器を落としそうになってしまいます。


「はっ…はひっ…こっ、の…」


「ぷっい!ぷっい!」

 私は涙目になりながら『ベローズソード』を振って糸を斬り払い、牡丹もマンイーターの蔓を使ってぺしぺしと迎撃していたのですが、暫くすると伸びてきていた糸は動きを止めて、それから私達が見ている前でスゴスゴと引き返して行きました。


(助か、った…?)

 糸がすべて壁の中に収納されると隙間が塞がりただの繭のような壁になったのですが、どうやら彼らはこの場所では活動できないのか、それとも神聖な場所なので荒したくないのか、捕まえるのが無理だとわかると諦めてくれるようですね。


 とはいえ別にセーフエリアという訳ではないので別の何かに襲撃されるという危険性はあるのですが、とにかく目の前の脅威が去った事に私は大きな息を吐きました。


「はー~……すぅ~~…」

 それから深呼吸を数度、静謐と言っても良いような媚毒の無い清浄な空気を肺一杯に吸い込むと、その爽快感だけでいきそうになるくらい頭がクラクラしたのですが、ゆっくりと一度息を溜めてから、ゆっくりと息を吐きました。


「ぷいぃぃ~」

 牡丹も牡丹で色々と苦労したのか伸びていたのですが、私がその頭を撫でてあげると、得意げな顔をしながら嬉しそうに目を細めます。


 その顔が何かドヤ顔っぽくて小憎らしかったのですが、そんな顔をしていいほどの活躍をしていますからね、今回は許してあげましょう。


 とにかく少し気持ちを落ち着けてから、牡丹には追加のMP回復ポーションとスタミナ回復ポーションを出してもらい飲み干しておきながら、辺りを見回しました。


 蜘蛛達が来る前に移動しなければならないのですが、白縹(しろはなだ)色の青味がかった光を放つ幼樹とそれに絡まりつく黒い茨、それを囲むような何かしらの意味ありげな装飾が施された石畳と等間隔に並ぶレリーフという、どう考えても重要施設的なこの部屋の事も気になるのですよね。


 そして『蜘蛛糸の森』らしくこの場所にも糸が張り巡らされており、それらはドーム状の天井の中央に開いた穴から各地に伸びているのですが、その魔力の流れを見る限りでは張り巡らされた蜘蛛の糸にかかった獲物の魔力をこの幼樹に注ぎ込む仕組みになっているようで、魔力が流れてくるたびに阻害するように黒い茨がパチパチと弾けていました。


 単純に考えると私から吸い出した魔力や蜘蛛達が集めた魔力がこの幼樹に送られていて、黒い靄の茨がそれを妨害しているという事なのですが、どういう事なのでしょう?


 栄養も吸われているのか私達が見ている間に幼樹の葉が一枚落ちたのですが、そうして落ちたと思われる枯葉が無数に落ちており、このままだと幼樹が枯れる事は確定のようですね。


 とにかく何か情報となるヒントが無いかと周囲のレリーフや彫刻に目をやると【召喚言語】が反応して、このレリーフや彫刻に使われている文字の翻訳が可能です。


 とはいえ召喚と関係ない事だからか自動翻訳とまではいきませんし、蜘蛛の糸に覆われて見えない所もあるので単語的なものが断片的にわかる程度なのですが、それでも描かれている内容はそれ程難しくないようですし、宗教画のような何かしらの場面を表した絵もついているので、状況を知るためにも翻訳を試みてみましょう。


(えーっと…木から種が飛んで、埋まって生えて、崇め……違う、食べた?それから蜘蛛とワトウ……和唐か和東でしょうか?という人達と暮らしていて…)

 簡単に解釈すると、どこかから飛んできた種が成長して、それを食べた蜘蛛に()()()()()()()()ワトウという人間達と共に集団を形成していったというような事が描かれているようですね。


 つまりその飛んできた種が成長したのがそこにある幼樹という事で、それを食べたのがここにいる蜘蛛達……もしくはそのご先祖様達と言う事で、ワトウという人達がどこに行ったのかはわかりませんが、ここだけ和風建築ですし、名前の通りかなり独特な生活様式を築き上げていた人達なのでしょう。


 黒い茨に関する物は何処にもないのでよくわからないのですが、もしかしたらここに描き残した人達が居なくなった後に現れたのか、描き残す暇もないくらい最近生えて来たのかもしれません。


 因みに周囲の物を【看破】してみた結果なのですが、基本的な石材は音晶石(おんしょうせき)で構成されており、幼樹の方は『精霊の幼樹(ようじゅ)』と言い、黒い茨の方は『歪黒樹(わいこくじゅ)の棘』で、つい先ほど幼樹から落ちている葉っぱが『精霊樹の葉』ですね。


「………」

 何かいきなり『レナギリーの卵嚢』を治療するためのアイテム(『精霊樹の葉』)が見つかったのですが、これが本当に『精霊樹の葉』だとすると卵嚢状態で蜘蛛達の群れを突破しないと解除不可と言う頭のおかしい難易度になってしまうのですが、もしかしたら同姓同名的の違う物なのでしょうか?


 と言うのも一応これでも私は翼のある『レッサーリリム』で機動力がある種族ですし、人間プレイヤーの場合はスニーキングして近づくにも限界があるような気がするのですよね。


 それでいて本殿に近づけば糸の罠という、どう考えても治療させる気のないアイテム配置になってしまうのですが……たぶんこれは私の推測なのですが、もしかしたらアルバボッシュにある精霊樹とここの幼樹のどちらの葉っぱでもよいという事なのかもしれません。


 つまりアルバボッシュに戻って葉っぱを手に入れても良いですし、ここまで来る事が出来たら何かしらのパワーアップが出来るという事ではないでしょうか?


 そう考えると両者の関係といいますか、レリーフに描かれている種を飛ばした木というのがアルバボッシュにある精霊樹であり、その飛んできた種で芽吹いたのが幼樹という関係性の示唆にもなりますし、世界観の設定的にも、精霊樹の種がアチコチ飛んで芽吹いている方が魔王軍に占領された土地の中に人間の生息域が残っている説明にもなるので都合がいいはずです。


 ただその場合は単純に蜘蛛達が敵だと考えるのも早計と言いますか、むしろ『精霊の幼樹』を祭る白いアラクネ達が正義(精霊樹)側で、それに絡みつき阻害している『歪黒樹』が魔王側なのかもしれませんが……ややこしくなってきましたね。


 まあこれらは根拠のない推測でしかないのですが、ただ単純に襲ってくる敵だからと倒すという考えでは面倒臭い事になるような気がします。

 その謎が解けるまではこの幼樹と黒い棘には触らない方が良いと言いますか、下手に触れるとゴゴゴゴゴと辺りが揺れて強制イベントがっていうタイプのものだと思うので、絶対に触らない方が良いでしょう。


 とにかくここまで来てレリーフを確認しなければわからない事も多いですし、何かしらのキーとなる情報の断片があったとは思うのですが、ざっと調べた以上の情報はここに居てもわかりそうにないですし、あまり長居も出来ませんし、そろそろ脱出を目指した方が良いのかもしれません。


(さて)

 その前にしなくてはならないのは『レナギリーの卵嚢』の治療なのですが、本当にレリーフに描かれているように葉っぱを食べてパワーアップできるのなら、幼樹の周りに落ちている葉を全て回収してW M(ワールドマーケット)で売りさばいたら凄いお金になるような気がするのですが……落ちた葉は独特な青色の光を放たなくなるようなので、すぐに食べないといけないのかもしれませんね。


 その辺りの詳細は高レベルの【鑑定】があればわかったのかもしれませんが、【看破】で分かるのは名前くらいで、葉っぱの耐久度(H P)がわかったからといってそれほど意味はありません。


 まあ相談がてらに『精霊樹の葉』が確保できた事をカナエさん(PTメンバー)に知らせようとしたのですが……カナエさんはまた落ちてしまっているようで、接続していませんでした。


(どうしたのでしょう?)

 私も途中前後不覚になりカナエさん側の状況を把握していなかったのですが、その辺りは付き添っていた牡丹が言うには、カナエさんは『蜘蛛糸の森』を出て他のプレイヤーに助け出された辺りで落ちてしまったようですね。


「ぷぅ~うーい」

 との事で、卵嚢の状態が悪化したのか、それとも他のプレイヤーと言う人の目を意識してテンパったのか、まあ色々とあったのだと思いますが、とにかくカナエさんが落ちた事でその場に残っていても仕方が無いと牡丹は【隠陰】スキルを使い『蜘蛛糸の森』に戻り、魔力的な繋がり(【意思疎通】)を頼りに追って来たのでその後の事はよくわからないとの事でした。


「そうですか…」

 既にもうそこまで他のプレイヤーが来ている事に驚いたのですが、一つのM A P(フィールド)の移動時間の目安が1時間前後のようですし、ワールドアナウンスから3時間以上(ゲーム内時間で)経過していれば敵を倒しながらだとしてもその辺りまで来る事は容易いのでしょう。


 とにかく外はそういう状況(戦況)のようですし、何時他のプレイヤー達が雪崩れ込んできてここが戦場になるのかわかりません。

 バタバタする前にカナエさん用(治療用)の葉っぱを何枚か拾っておくとして、私の治療に関しては、今まさにハラリと落ちた光る葉っぱを掴み、すかさず口の中に入れました。


 出来ればカナエさんにもパワーアップする葉っぱを持って帰ってあげたいのですが、光が消えるまでの時間は葉が落ちてから10秒程度、流石に持って帰るのは無理ですね。

 まあどうしてもパワーアップする葉っぱを食べたいというのなら戻って来るお手伝いをしてもいいのかもしれませんが……とにかく今は卵嚢の治療をして、脱出する事にしましょう。

※迷いなくパワーアップを選ぶユリエルです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ここの運営的にまたアレな効果 追加されない? あとレッサ―リリムかられっさー取れそうですね 次の進化で [気になる点] あと母乳もスキルとして残りそう
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ