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217:アイアンハンターと検証

 『蜘蛛糸の森』は糸に覆われた森の中にある山城と言った場所で、そんな場所の石垣の横に伸びた木々に覆われた小道を私達が昇っていると、中腹の曲輪(くるわ)といえるような広場に出ました。


 その先に伸びるのは建物の並ぶ中央に向かう右曲がりの登り坂と、左下に下るネチョネチョとした糸の絡む薄暗い小道で、勿論これまでも小さな分岐はいくつもあったのですが、大抵は行き止まりか途中で合流するような大筋は変わらない選択肢しかなかったのですが、ここから先は大きく別れそうな気がしますね。


(ぷぅ~い?)


(そうですね…)

 先行していた牡丹が引き返してきながら「どっちにする?」と聞いてきたのですが、私は呼吸を整えながら考えます。


 徐々に卵嚢の与えてくる刺激にも慣れて来たのか、はたまた身体が適合してきているのか、ずっと脳汁が出続けているような幸せが溢れる妙な気分なのですが、いくらランナーズハイのような変なテンションで急に笑い出したくなるような気持ち良さだといっても、流石に1時間近く歩いていると疲労も溜まります。


 まあ時間に関しては、歩いていた時間より茂みや木の陰に隠れて蜘蛛達をやり過ごしていた時間の方が長いので体より気疲れの方が大きいのですが、それでもお腹の中の『レナギリーの卵嚢』に責められながらだとただ歩く以上の疲労が溜まり、体力もジワジワと削られていきているので早く脱出した方が良いですね。


 特にこういうのに慣れていないカナエさんはちょっと大変な事になっていて、また強制終了のカウントダウンが始まっていたので、私はスタミナ回復ポーションを一本渡しておきました。


(たぶん右に曲がった登り坂が中央に向かうルートで、左側に下る糸に覆われたルートが外に出るルートだとは思いますが…どうでしょうね)

 移動時間を考えるとそろそろMAPの端だと思いたいのですが、歩いた距離だけ考えると20分から30分程度の距離しか進んでいないので、たぶん半分くらいと言ったところだと思います。


 たぶんこの辺りが真ん中辺りの分岐地点だと思うのですが、今はそんな事より右か左で、右側に伸びるのは大通りといような石畳の道に続いている緩やかな登り坂で、『蜘蛛糸の森』で一番高い場所、大木に埋もれるようにして建てられた神社のような建物の前に繋がっているようでした。

 それがこの場所の本殿(一番奥)であり、何かしらのキーアイテムかイベントが待ち構えている場所だと思うのですが、当然のようにそれを守る蜘蛛達が居るでしょうし、もしかしたらあの白いアラクネが待ち構えているのかもしれません。


 そう考えると左下の外周部に向かうルートが正解であるような気がするのですが、そこは糸にまみれたというより、もう殆ど糸そのものが張り巡らされているような有様で、中央から伸びた糸から送られてくる魔力を受けてドクンドクンと不気味に揺れています。


 どちらも罠臭いですし、私としてはイベントのありそうな右の方が気になるのですが、カナエさんの状態を考えると強行突破というのは愚策でしょう。


 とまあ色々と悩んでいる訳ですが、こんな怪しげな小道(左ルート)しか出口が無いというのも不自然なので、たぶん右のルートでも正門側に伸びた途中分岐があると思うのですが……正面から堂々と抜け出そうとした場合は蜘蛛の大群を蹴散らす必要はありそうですね。


(ぷっ!!)

 そんな事を考えていると牡丹から鋭い警告が飛び、私はカナエさんの手を引いて茂みの中に隠れようとしたのですが、考え事をしていたので反応が少し遅れました。


「え、ちょ…」

 スタミナ回復ポーションを飲みかけていたカナエさんは瓶を落とし、一緒にガサガサと茂みに入るところを蜘蛛に見られてしまい、私達はとうとう発見されてしまいます。


「Kititi…」

 如何にもただの巡回と言うような様子で右のルートからカシカシと歩いてきたのは鉄色の蜘蛛で、それがカチカチと口元を鳴らすような仕草を見せたかと思うと、空気がザワリとうねりました。


 言うなれば森全体が警戒状態に切り替わったというような感じなのですが、呑気に分析している余裕はないですね。


(ああ、本当に…)

 私は心の中で毒づきながら『ベローズソード』を構えます。


「牡丹、カナエさんを連れて先に行ってください、私が時間を稼ぎます!」

 こんな状態のカナエさんに走ってくださいと言ってもすぐに追いつかれそうですし、抱えて逃げたとしても足の速いダークスパイダーが追って来たらお終いです。


 それならいっその事私が囮として中央突破をした方が逃走確率が高そうですし、その作戦なら最低でもカナエさんは逃げる事が出来ると思います。


 勿論中央突破なんてしようとするとダークスパイダーの猛追を受けると思うのですが、カナエさんを抱き抱えながら追いかけられるよりかは勝算がありそうですし、フリーで動く事が出来れば白いアラクネが出てこなければ多少粘れる自信がありました。


 とはいえ卵嚢に侵された身体だとどこまで出来るのかはわかりませんし、身体を蝕む快楽に何度も何度ものまれる事になるとは思うのですが、その時の事を考えると……ゾクゾクしてしまいます。


「うふ、うふふふふ…」

 ピンチである筈なのに気分は【高揚】して自然と笑みがこぼれてしまい、そんな気分の向上に卵嚢が渦巻き、それだけで軽くいってしまいそうになりました。


 周囲の世界がグルグルと溶けていくような感覚と全能感、耐えた分だけお楽しみは返って来ると思いますので、今は我慢しましょう。


 足元は不確かで、身体には力が入っていなくて、頭がフワフワしていて、それでも感覚は物凄く絶好調ですね。

 これが最高にハイって奴なのかもしれませんが、精神力だけでなんとかなるなんていう甘い考えではなくて、私の勝算は新しく手に入れた『ベローズソード』です。


 この蛇腹剣は全長1.4メートルと私の背丈(155cm)に近い大きさがあるのですが【鞭】スキルと【魔力操作】があれば手を添えるだけで振るう事ができるので、力の入らない状態での戦闘にはうってつけでした。


「ぷ…ぷぃ!?」


「早く、ここは私が抑えます」


「え、ちょ、ちょっとユリエルさん!?って、何!?痛っ!え、ちょっと!?ユリエルさん!?」


「……ぷっ!ぷーうーいー!」

 牡丹は自分達だけ先に逃げる事に一瞬躊躇したようなのですが、カナエさんがここにいると私がまともに戦えないという事はわかっているようで、その背中をドスドスと押しながら左の糸の小道に入って行きました。


 私はそんな2人を横目で見送りながら、目の前の鉄色の巨大蜘蛛の前を塞ぐように剣を構えます。


「っ…んっ…」

 増援がこちらに向かってくる気配はあるのですが、まずは目の前の鉄の蜘蛛……名前はアイアンハンターでレベルは29、レベルの振れ幅での上下はあるのかもしれませんが、ダークスパイダーよりちょっと弱いくらいの蜘蛛ですね。


 体高は2メートルと蜘蛛達の中では大きい方で、その体は鈍い色をした金属パーツを組み上げた八本脚のゴーレムといった見た目で、逃げるカナエさんに視線を向けたような素振りを見せるのですが、私が武器を構え【看破】を飛ばした事で、こちらにターゲットを絞ったようでした。


 それからは急速に距離を詰めてこようと突進して来たのですが、その見るからに重そうな見た目とは裏腹にそこそこの速さがありますね。

 流石第二エリアのモンスターと言ったところなのですが、迎撃できない速さでもないですし、今のスキルで狙える最大射程範囲である5メートル圏内に入ったところで、まずは練習と牽制の意味をかねて逆袈裟(左上から右下)に剣を払います。


「GI…」

 伸ばしたベローズソードは魔力光の奇跡を残しながら、しなるようにしてアイアンハンターの表面を削るのですが、見た目通りの硬さですね。


 ただその体は本当に金属という訳ではなく、払って削れた所は硬い樹液のような感じに抉れており、少しすると削れた所は体液が滲み出るようにして塞がっていきました。


 デスサイズが糸を使って隠密性を上げていたように、アイアンハンターはその強靭さとHP回復能力が売りと言う感じなのでしょう。


 役割としてはわかりやすい壁役で、こんなのが数匹まとめて押し寄せてきたらそれだけでどうしようもなくなるのかもしれませんが、今は単体です。


(それなら)

 私は一気に距離を詰めた後に相手の攻撃を誘発させるように急停止、糸を吐くかもしれないので若干射線を逸らすように左側を占有しながら『ベローズソード』を両手持ちに切り替えます。


 案の定、距離を詰めた事で攻撃動作に入ったアイアンハンターの振り上げられたこん棒のような右第一脚の打ち下ろしに合わせて、私は脚の付け根と頭胸部の間の隙間に突き立てるようなカウンターを放ちます。


「【ダブルアタック】!」

 アイアンハンターの前足を振るう動きと巨体の重量、それに合わせるようにして大剣のままの蛇腹剣を下から突き立て一撃必殺を狙うのですが、まるで鉄の棒で突いたような変な感触がしただけで、スキルも発動しませんでした。


 単純な硬さとは違う何か変な手ごたえだったのですがで、とにかくそのまま振り下ろされた前脚を掻い潜るようにして左に跳び、8本足を器用に動かし小回りをきかせて距離を詰めてこようとしたアイアンハンターの脚を行きがけの駄賃だというように払っておきます。


「GIIx…」

 しならせた『ベローズソード』でアイアンハンターの脚を払うと今度はちゃんと表面が削れたのですが、脚のほうが脆いのか、刺突耐性でもあるのでしょうか?


(もしかして)

 よろめいたというより体勢を整えるように脚をワサワサさせていたアイアンハンターに対して、私は【翠皇竜】の乗った筋力で何とか大剣状態の蛇腹剣を片手(右手)で保持しつつ、突きを放ちます。


 これは致命傷を狙ったというよりも剣の長さを利用した一撃で、相手の攻撃の届かない範囲から放った突きなのですが、これはアイアンハンターの胴体部に刺さり、少しだけ表面を削りました。


 どうやら両手で持とうとすると【両手剣】判定になってしまい性能が発揮されないようで、先程の【ダブルアタック】もそのせいで不発したようですね。


 片手保持なら【片手剣】が乗る事はわかったのですが、流石にツーハンデッドソードを片手で振るうには筋力がたりませんし、私の場合は【鞭】として使うのがベストのようです。

 少し試してみるとパーツ(刃の部分)を1つでも外しておけば【鞭】判定になるようで、一部を分離させてプラプラさせて使う方がまだ現実的なのかもしれませんね。


「ふふふふ」

 仕様に気づくと何か可笑しかったのですが、そんな武器の検証をしている間に蜘蛛達が一体二体と集まり始めており、その中にはダークスパイダー(足の速い蜘蛛)の姿も見えました。

※少しだけ修正しました(6/10)。

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