216:蜘蛛糸の森からの脱出
卵嚢のせいでムラッときてとんでもない事をしてしまったような気がしますし、敵地だからと言う事で見張りをしてくれていた牡丹にも怒られてしまったのですが……たしかに幾らセーフエリア内だからといっても油断しすぎたと反省するしかないですね。
「ぷぅ~」
牡丹も「まったく困ったものだ」というように呆れているのですが、私が襲われている時は防ごうとするのですが、私が襲っている場合はセーフなのでしょうか?
そんなどうでもいい事を考えてしまったのですが、牡丹的には「ぷーう」という事で、それはセーフなのだそうです。
というのも牡丹にとっては私が困っているか困っていないかが重要なのだという事で……とまあ、そんな事を今考えていても仕方がないですし、冷静になると時間を無駄にしてしまったような気がするのですが、私達がスッキリした事で卵嚢も満足したのか少し落ち着いたので良しとしておきましょう。
(とはいえ)
横目で確認したカナエさんはまだ呆然自失といった様子でへたり込んでおり、頬を染めてフワフワとした表情を浮かべているのですが……どうやら一時的に魅了の効果が恐怖を上回ったようですね。
その視線がどこか熱っぽい感じがしてのちのち問題になって来そうな気がするのですが、それよりこんなに乱暴に扱っても魅了スキルのおかげで誤魔化せるのなら、色々と好き勝手に振舞えるんじゃないかなんていう暗い感情が湧き上がって来てしまうのですが、それは人として駄目なような気がします。
「ぷーぅ~いーー!!」
湧き上がる加虐心に身体がウズいたのですが、牡丹が怖い顔をして横から睨んできているので、程ほどにしておきましょう。
それよりぽよんぽよんと跳ねる牡丹が言うように、今は卵嚢の疼きが収まっているとはいえまたいつ蠢き始めるかわかりませんし、一刻も早く脱出しなければいけません。
「カナエさん…立てますか?」
「えっ、あ……」
声をかけ、正気に戻った瞬間カナエさんの顔がゆでだこのように真っ赤になりモニャモニャと口を動かしたのですが、それから自分のべちょべちょになった酷い姿を思い出したように、ハッとした表情を浮かべました。
「あっ、ちょ、ちょっと待って、ちょっと着替えを…待ってて!」
フラツキながらもバタバタと、繭の陰に隠れてバックパックから水と新しい着替えを取り出し着替え始めるカナエさんなのですが、前回ズボンを汚した時の反省を生かして着替えを用意していたようですね。
(私達も何か用意すべきでした)
翠皇竜のドレスの【修復】能力と水魔法の併用で丸洗いをする事が前提だったので、私達は替えの服や体を洗うための水なんて言う物を持ち歩いていなかったのですが、牡丹の収納量も増えた事ですし、色々な雑貨を持ち歩いてもいいのかもしれません。
というより、そろそろ『N』ランクのポーションだとMPが回復しきらなくなってきていますし、水の替わりに使う事も考えてもう少しポーションの数を増やしてもいいのかもしれませんね。
(ぷ!)
(…ありがとうございます)
そんな事を考えていると、牡丹が風呂敷代わりに持ち歩いていた布を渡してきてくれたので、少し考えてから受け取ります。
あまり人には言えない体液でべとべとになった布の再利用と言うのはどうかと思うのですが、脱出した後に買い替える事にしましょう。
「お、お待たせ」
そんな感じで軽く体を拭いていたところでカナエさんが戻ってきたのですが、ヘルメットやタクティカルジャケットは汚れを拭いた程度なのですが、下着とズボンは交換したようで、色やデザインが似た物と変わっていました。
「いえ、大丈夫です、それじゃあ……出口に見当がついているので、早速行きましょうか」
まだ出口は見つけていないのですが、ここで「実は外は蜘蛛だらけで脱出は出来そうにありません」なんて言うとカナエさんがまたパニック状態になってしまいかねませんので、嘘でもいいので大丈夫だと言っておきましょう。
なので私の言葉は半分くらいは安心させるための嘘だったのですが、外がこれだけ混乱している状況だったら隙を見て塀を越えるという事も出来ると思いますし、まあ何とかなるでしょう。
「え、もう見つけたの?」
「ええ、それと出口を探している時に武器を見つけたのですが…使いますか?」
カナエさんは流石に出口を見つけるのが速くない?と不思議そうな表情を浮かべたのですが、分かりやすい目的を提示されながら武器を渡されると、ほっとしたような表情を浮かべます。
「これは?」
流石にカナエさんも丸腰で不安だったのか、自分の武器が帰って来た事に喜色を浮かべるのですが、最後に渡したガンランスに関しては首を傾げていました。
「たぶん拉致された人へのお詫びのアイテムかと、使えるかどうかはわかりませんが」
私のスキル構成だとガンランスのギミックを発動させられなかったので効果がよくわかりませんし、そもそも今の状態でまともに戦えるとも思えません。
「ありがとう…でもいいの?」
カナエさんの言葉は自分だけ貰ってもというようなニュアンスだったのですが、私の分もあったからという様に『ベローズソード』を見せました。
「私のはこれです」
剣の状態だとただ光るギザギザ模様の入った幅広のツーハンデッドソードなのですが、それを見てカナエさんは興味深そうに鼻の付け根を押さえます。
「へー両方とも魔力を使ったギミック系の装備なのね、興味深いわ」
レアリティが『Legend』と最高クラスの武器ではありますし、『音晶石』やそれを繋ぐ糸すら未発見ではあるのですが、作ろうと思えばプレイヤーが作る事が出来る装備のようですし、そんな未知の武器の現物が目の前にあるというのは根っからの研究者気質のカナエさんの好奇心を掻き立てるようで、一瞬だけ恐怖を克服したようにギミックだらけの武器を見て目を輝かせていたのですが、のんびり確かめている余裕はありません。
「カナエさん…」
もしかしたらカナエさんに調べて貰ったら作り方も判明するのかもしれませんが、今のところは2本目3本目が欲しい訳でもありませんし、時間もないので後回しにしましょう。
「ぷっ!」
「そ、そうね、ごめんなさい…えっと…今はそれどころじゃないわね」
チラチラと外を気にする牡丹も急かしてくるのですが、カナエさんも言葉がわからないなりに急かされているという事はわかったのか、慌てて剣を返して来ました。
「それじゃあ行きましょうか」
「ええ、その……わかったわ」
私は右手に『ベローズソード』を持ち、カナエさんは結局一番使いやすかったコッキング紐を使った現代式のクロスボウを構えます。
(お願いします)
(ぷ)
私達の準備が終わったところで、【隠陰】を付与した牡丹に合図を送って先行偵察に出てもらう事にしました。
というのも、幾ら外がセントラルキャンプからやってくる他のプレイヤーの対応で混乱しているとはいえ、蜘蛛達の数は膨大で、巡視の蜘蛛が途切れる事はありません。
多少薄くはなっていますし、私達の調子が良ければ強行突破をするという事も出来たのかもしれませんが、今の状態でそんな事をしたらよろめいたところに寄ってたかって襲われるだけです。
【秘紋】のスキルレベルが低いのでそれほど高レベルの【隠陰】をつけてあげる事は出来ないのですが、黒くて小さな牡丹が茂みの中に隠れると発見しづらくなりますし、後は牡丹のP Sを信じる事にしましょう。
要はカメラを先行させて偵察させるのと同じような作戦ではあるのですが、カメラには精霊力というもが宿っていてモンスターに発見されやすくなっているようで、すぐに見つかって壊されるのですよね。
単純にズルをさせないための仕様なのでしょうけど、テイムモンスターでやるのはセーフなようで、【意思疎通】である程度離れた距離でも情報を収集する事ができました。
勿論何かあった場合はすぐにイビルストラ形態になる事を言い含めているのですが、蜘蛛達と戦った感じとしては、今の牡丹ならあの白いアラクネが出てこなければ初手で即死されるという事は無いと思います。
そしてもし、その白いアラクネがその辺りをウロウロしているとなるとまあ、もとから脱出させる気がないという事で諦めるしかないですね。
「うっわぁぁぁあ……」
カナエさんが蜘蛛の糸と和風建築の合わさった異世界情緒あふれる風景に息を飲んでいるのですが、今はのんびりと観光をしている場合ではありません。
「行きますよ」
「え、ええ」
卵嚢の疼きが収まっているとはいえいつどうなるかはわかりませんし、キョロキョロと辺りを見回すカナエさんの手を引いてまずは中央方面に向かって道なりに進むのですが、隠れずに道沿いを歩くなんてスニーキングミッションとしは下の下ですね。
ですが私はドレスと言う服装的に、カナエさんは運動能力やスキル的にスニーキングと言うのが難しかったので、先行させた牡丹の指示で蜘蛛の巡回が来るたびに茂みや木の陰に隠れてやり過ごして進む事にしました。
私としては機動力を生かした強行突破といきたいのですが、『蜘蛛糸の森』はかなりの広さがあるようで、10分や20分歩いた程度で脱出できるという広さではないようです。
それでいて蜘蛛達の哨戒網を掻い潜りながらとなると余計に時間がかかり、精神力と体力だけが削られていきました。
(ぷっ、ぷーい…ぷ?)
(わかりました)
木の上に張り巡らされた糸の上を蜘蛛達が行き来しており、敵影は3、うち2体が立ち去り残り1体をどうする?との事なのですが、少し休憩がてらに茂みの中でゆっくりしていきましょう。
「大丈夫ですか?」
囁きかけたカナエさんは緊張に震えていたのですが、何時動き出すかわからない時限爆弾をお腹に抱え、襲われたら大変な事になるのがわかり切っている巨大蜘蛛が徘徊する森の中を移動するというのはなかなか精神力を削られる苦行のようですね。
索敵技能や探知系のスキルの無いカナエさんからしたらそれこそ目暗状態で進んでいるのと変わらないようで、風に揺れる木々のざわめきにすらビクビクしている有様です。
「はっ…はっ…はっ…」
蜘蛛が近くを通るたびに緊張に身体を硬くし、定期的に蠢く卵嚢にいたぶられながら、密着しているのはレッサーリリムである私です。
「駄目です、よ」
生命の危機に対する生存本能の高まりか、状態異常による発情か、無意識に股間に手を伸ばしそうになっていたカナエさんの手を尻尾で絡めとったのですが、グリップ力の高い軍用手袋が尻尾を撫で上げるように擦れると、敏感な所を剥き上げられたような刺激があり、軽く卵嚢が疼きます。
「えっ、違っ!?ふぅあぁ…ユリ…んふふんんんっ」
「静かにしないと、見つかりますよ?」
無意識に弄りそうになっていたカナエさんは恥ずかしさに顔を真っ赤にしていたのですが、私はその口を左手で塞ぎながら、絡めた尻尾でタクティカルジャケットの上から大きく円を描くようにして胸を揺すってあげると、コリコリになった乳首がジャケットに押し潰されるようにして捏ね繰り回され、カナエさんは必至に声を押さえながら小さく痙攣します。
(ぷぅぅ~う~い~!)
無理矢理掴ませ扱き上げさせているような背徳感と充足感に襲われこちらまで軽くいきそうになるのですが、そんな事をしていると最後の1体がどこかに行ったようで、牡丹が急かしてきたのでお楽しみはまた今度ですね。
「はっ…はっ…」
生殺しの状態で手を引かれるカナエさんは涙と汗をにじませながら荒い息を吐き、その頭の中はピンク色に染まっているのかもしれませんが、これだけやっても魅了の効果が切れないというのが凄いですね。
何をやっても嫌われないのでは?という妙な全能感が溢れてくるのは例えようのない快感だったのですが、冷静さを失ってはいけません。
何を我慢するのかはよくわかりませんが、とにかく気を確かに持とうとしながら蜘蛛達の哨戒網を掻い潜る私達の前に、またしても分かれ道が現れました。
※誤字報告ありがとうございます、修正しました(8/23)。




