211:苗床の間
結局あのあと白いアラクネに襲われ、糸まみれにされているうちに『窒息』諸々で意識が飛びました。
そのおかげで身体の方はリセットされたのですが、記憶の方は……思い出すと身体がムズムズしてくるといいますか、何か変な気分になってくるのですが、ゲームでの体験という事で、犬にでも噛まれたと思って忘れる事にしましょう。
それよりあれだけ無茶苦茶にされて【高揚】が入っていたのに【ルドラの火】が発動しなかったのは何故なのでしょう?
内部処理的なものがサイレント修正されたのか、それともスキルが増えた事で【ルドラの火】の優先度が下がったのか……まあ仕様変更でMPを消費するようになりましたので、MPぎれを気にしないでよくなったのは良い事ですね。
そんな事をボンヤリと考えながら目を開けると、私は白くて生温かくて、ネチャネチャした物に包まれている事に気がつきました。
糸……というより繭でしょうか?
どことなく生臭いような煤けた臭いがして、密閉されているので空気が薄いような気がして、少し息苦しいですね。
(あのまま糸まみれになったのでしょうか?)
まだお腹の中に糸が溜まっているような感じがするくらい大量に口移しで飲まされましたし、飲み込めなかった糸が口から溢れて辺り一面糸だらけになったのは辛うじて憶えています。
(んく…っ)
その時の事を思い出しているとお腹の下辺りが奇妙な快感で疼いたのですが、よくわからない刺激に戸惑っていると、全体アナウンスが入りました。
『『サウスウッド調査隊』によって『蜘蛛糸の森』が発見されました。この発見に伴いワールドクエスト『レナギリーの暗躍』が開始されました。このクエストは進行系の特殊イベントとなりますので、各自調査を開始し、レナギリーの暗躍と破滅を阻止してください』
誰かが……というより『サウスウッド調査隊』というのは私とカナエさんのPTなので私達ですね。
どうやら意識を失っている間に新エリアに運ばれていたようで、意識を取り戻した事で新エリアに居るという判定になったのだと思いますが、繭に包まれたままだと全く状況がわかりません。
『クエスト『騎士団への報告』が追加されました。貴女達は南の森で奇妙な蜘蛛が暗躍している事実を突き止めました、この情報をセントラルキャンプに居る騎士団の隊長に報告し、調査を開始してください』
『セーブ地点が『蜘蛛糸の森』の『苗床の間』に変更されました。これに伴い『苗床の間』でのログアウトが可能になりましたが、ワールドクエスト『レナギリーの暗躍』の進行具合によって変化する場合がございますのでご了承ください』
続いてクエストの発生とセーブ位置の強制変更が行われたのですが、レナギリー……たぶんあの白いアラクネの事か、それとも蜘蛛達の集団名か、とにかく蜘蛛達が何かしている事を報告しろと言う内容ですね。
セーブ地点が『苗床の間』と言う物騒な所になったらしいのですが、クエストの内容から考えるとそんな場所からの脱出が当面の目標になるという事なのでしょう。
(それより…)
やっぱりお腹の中が疼くような奇妙な感覚に私はステータスを確認してみたのですが『レナギリーの卵嚢』というステータス異常が発生しており、このステータス異常は植え付けられた卵が時間経過で孵化するというものだったのですが……そこまで見たところで、あの大量に飲まされた糸の事を思い出して吐き気がこみ上げてきました。
(うっ、く…これは、キツイですね)
先程からお腹が疼くのはこれのせいだと思うのですが、何か定期的に子宮を内側からカリコリと刺激されているような感じで下腹部がジワリと温まり、変な気分が溜まっていきます。
(まだ解除方法が明示されているだけマシかもしれませんが…)
解除方法をノーヒントで探せとなると、引退する人が出てもおかしくないレベルの質の悪いステータス異常だと思うのですが、その辺りの諸々に多少配慮しての解除方法の明示なのでしょう。
因みにその方法と言うのは『精霊樹の葉』を飲むだけで良いそうで、『精霊樹』という単語をそのまま受け取ればアルバボッシュの事でしょうし、脱出さえできれば葉っぱを取りに行く事は出来ると思います。
まあHCP社の事なので碌でもない事を隠している可能性もありますが「急いで脱出しろ」という時間制限的なものだと考える事にして、卵嚢が孵化した時の事は考えないようにしながら、私は改めて自分を包んでいる白い繭を確認してみました。
(剣で斬れたら良いのですが…っと?)
とにかく私はさっさとこの繭の拘束を解こうと思ったのですが、そこで鋼の剣を無くしてしまっている事に気が付きました。
というより、身動ぎして何とか手が届いた太もものポーチの投げナイフも無くなっていますね。
(ぷい!)
(牡丹は無事でしたか…そっちはどうですか?)
腰の辺りに巻き付いたままだった牡丹は「ちゃんといるよ」との事だったのですが、前垂れに入れていた投げナイフも回収されてしまっているようで、これは敵に捕まった時によくある武器没収イベントを受けてしまった結果なのかもしれません。
(ぷっー)
牡丹は不服そうな声をあげているのですが、投げナイフ以外のアイテムは残っているようですし、まあそれだけでも御の字ですね。
(となると、素手でいけるとは思いますが…)
もし誰かに助けてもらわないといけない仕様の場合、他のプレイヤーが来るまでずっと待たされる事になりますからね、フルダイブVRで拘束されっぱなしという事は無いと思うので、素手で何とか出来る程度の拘束だと思うのですが……っと、腕に力を入れてみると、ちょっとずつですが糸を剥がす事は出来そうですね。
【ルドラの火】で燃やせば早いかもしれませんが、周囲の状況がわからないまま繭を燃やし、蜘蛛達に発見されて再度糸を飲まされてとなるとたまったものではないですからね、流石にあの糸責めは二度と味わいたくはありません。
そういう訳で周囲の気配を探りながらゆっくりと糸を引き剥がしていき、途中からオーラを右手に集めてナイフのようにすると楽だという事に気づいたので、糸を引き裂いて繭の外を覗けるような隙間を作ったのですが……外はよくわからない空間ですね。
広さはちょっとした体育館くらいといいますか、和風建築の中に張り巡らされた蜘蛛の糸で出来たドームといった感じの場所で、あちこちに私が捕らえられているのと同じような繭がありました。
全体的には糸まみれの木造建築といった感じで、糸の間に木材と砂壁がチラホラと見えたのですが、そう言えばあの白いアラクネも和装をしていましたし、彼女らがそういう文化を持っているのか、それともそういう文化のあった場所を根城にしているかだと思います。
そんな繭に続く糸や、壁や天井に張り付いている糸が時々脈動するように動いているのが妙に生々しいといいますか、あまり気持ちの良い物ではなかったのですが、見張りの蜘蛛の姿が無いのは僥倖ですね。
とにかく私は周囲に危険が無い事を確認してから、改めてどの辺りに居るのかと全体MAPを見てみたのですが、現在地の周囲は当然のように未踏破のままで、何も表示されていませんでした。
これは私が意識を失っている間に蜘蛛達の拠点まで連れてこられたからだと思うのですが、MAPを見た感じではセントラルキャンプにすぐに戻れるという感じでもないですし、もうそろそろ落ちる時間も考えて……と思ってリアル時間を確認してみたのですが、寝ないといけない時間まであと2時間近くありますね。
ゲーム内時間だと二倍加速で四時間近くある計算になるのですが、この体感時間のズレはゲームの仕様によるものと言いますか、アバターが気絶しているからといってプレイヤーまで気絶させる訳にもいきませんからね、意識不明による時間経過が殆ど無いからだと思います。
勿論多少のゲーム内時間は経過していたのですが、加速調整の範囲で収まっているようで、実は私達が白いアラクネに捕まってからそれほど時間はたっていません。
そういう訳でまだ時間的な余裕はありますし、状態異常のタイムリミットも気になったので、私は早速ソロリと繭を抜け出して『蜘蛛糸の森』の探索を開始する事にしました。
※時間のズレ=1時間くらい寝たと思ったら1秒しかたっていなかったみたいな感覚です。気絶していたユリエルはそれなりに時間が経過しているように感じましたが、実際は大して時間経過していませんでした。
※注釈しておくと『レナギリーの卵嚢』は男性プレイヤーでもちゃんとかかりますので安心してください。




