208:デスサイズ戦
フォレストスパイダーの糸とマンイーターの蔓の調査も終わり、そろそろセントラルキャンプに戻ろうかというところで見慣れない黒い蜘蛛の奇襲を受けたのですが、多少気を抜いていたと言ってもレッサーリリム化して感覚が広がっていますし、牡丹も周囲を警戒していた筈なので不意を突かれた理由がわかりません。
(どこから?)
【看破】の結果は『デスサイズ』という名前のモンスターでレベルは36、20レベル前半から30前後が多い南の森の敵より一つか二つ上のレベル帯ですね。
第一脚は名前の由来になったと思われる巨大な鎌のようになっており、体高は1.5メートル程度、全身はヌラヌラとした硬質な殻に覆われた巨大な蜘蛛で、こちらのスキルに反応するように黒い靄の様な物を全身から発していました。
最初はボス特有のプレッシャーか【オーラ】の類かと思ったのですが、どうやら体が黒い粒子状に変化しているだけのようで、空気に溶け込むように靄が揺れる度に気配が薄くなるので、きっと隠れる系統のスキルエフェクトなのでしょう。
こういう新種の蜘蛛の話はネットでも噂になっていたのですが、証拠としてあげられていた動画や画像には黒い影しか映っていなかったので眉唾物だとされていたのですが、こうして出会ってみるとカメラを欺瞞するスキルが発動していたのだろうという事がわかります。
ある意味それだけのような気がしますし、ユニークモンスターと言うより別のエリアから迷い出て来たワンダリングの類といった感じなのですが、とにかく今は目の前のモンスターですね。
今回の調査は糸と蔓だったので新種の蜘蛛とは遭遇しないルートを選んでいたのですが……たまたまルートが重なったのか、それとも私達の運が良すぎたのか、まあ一撃を受けてみた感触としてはレベルに対してそれ程強くないといった感じで、速度も第一エリアのグリフォンより遅く、だいたいウルフくらいの攻撃速度でしょうか?
カナエさんを担いで全力で逃げ出せばそれで充分逃げられる相手だとは思いますが、この強さなら下手に背中を見せるよりかは対処した方が良いのかもしれません。
「だ、大丈夫!?え、ちょっと、なに!?」
「ぷー」
そんな事を考えていると、吹き飛ばされた私に向かってカナエさんが駆け寄ろうとしていたのですが、牡丹がきっちりと止めてくれたので防衛はそのまま任せてさっさと倒す事にしましょう。
「私は大丈夫です、それより援護をお願いします」
「わ、わかった!」
初戦は散々でしたが、狩りをしている間にカナエさんの射撃の腕もあがり、制止目標ならある程度の距離があっても当てられるようになりました。
なので少しでも隙を作る事が出来ればと思ってそう指示を出したのですが、カナエさんがクロスボウをデスサイズに向けると、それが一時的な警戒モードから攻撃モードに切り替わるトリガーとなったのか、黒い蜘蛛の体が半分ほど靄となり動き始めます。
(距離感が把握しづらいですが)
私は先手必勝と投げナイフを牽制で投げてみたのですが、微かにしゃがみ込むような動きで躱され、ナイフは靄の部分を貫くようにして通り過ぎて行きました。
どうやら黒い靄の辺りは実体がないようで、ナイフの通過した部分には穴が開くだけでダメージは与えられていません。
そしてこれだけの大きさの物が動いている筈なのですが気配は希薄で、空間を滑るように移動してくるデスサイズの動きは私達を攪乱するように妙にちぐはぐで、【見切り】などの感知系のスキルにも引っかかって来ないのが少し厄介ですね。
まあ感知系のスキルは自分より上のレベルのモンスターには反応しづらい時があるので参考程度なのですが、とにかく私はカナエさんの射線に入らないようにして、斜め後ろからデスサイズを追いかける形で距離を詰めます。
「ひっ、こっの!…キャッ!?」
向かってくるデスサイズ目掛けてクロスボウを撃つカナエさんなのですが、慌てて撃った矢は躱されます。
カナエさんはそのまま勢いよく接近して来たデスサイズの勢いに押されるように尻もちをついていたのですが、首元を狙ったデスサイズの一撃は間に割り込んだ牡丹が鋼の盾で受け止めてくれました。
「ぷっ、ぅ~い!」
ただカナエさんの首元まで跳び上がっていた牡丹は振り払うように弾かれ、地面に叩きつけられポヨンと跳ねます。
そのまま追撃のように反対の鎌を振るおうとしたデスサイズに追いついた私が【ルドラの火】を発動すると、頭部についる複眼で周囲をしっかり見ているのか、靄に紛れるようにいきなりピョンと跳びあがると目の前から消えました。
単純な速度はそれ程でもないのですが、軽く飛ぶだけでも五から六メートルくらいは一気に跳びはねるようで、デスサイズはそのまま木の間を三角跳びの要領で駆け上がっていき視界から消えて行こうとします。
「牡丹、任せました」
「ぷ!」
靄の部分は貫通してしまいましたが、こちらの攻撃を躱そうとするという事は多少なりとも実体化している所には物理的な攻撃が効く筈です。
それに【ルドラの火】を警戒するという事は逆説的に魔法攻撃に耐性はないという事でしょうし、ここからは魔法攻撃主体で攻め立てていきましょう。
とはいえ燃費の良い【オーラ】はまだ私の体から遠くに飛ばせませんし、【ルドラの火】が簡単に当たる相手とも思えません。
(短期決戦ですね)
改めてカナエさんのフォロー位置にまで戻って来た牡丹を横目で確認してから、私は2本目の投げナイフを太股のポーチから取り出し鋼の剣を構え、牡丹に合図を送ります。
色々と人目が気にはなるのですが、カナエさんに関してはどうせもう色々あった後ですしと気にしない事にして、私は機動力確保のために『翠皇竜のドレス』のスカートを広げました。
「なっ…」
湿った下半身が露出されるとヒヤリとして、そんな私の姿を見てカナエさんが顔を真っ赤にして手のひらで目を隠そうとするのですが……おもいっきり指の間からこちらを凝視していますし、見られていると分かるとキュッと下腹部が締まるような変な感じがしますね。
カナエさんの位置からは糸が引いている事までは見えない筈なのですが、考えると恥ずかしくなって体がポカポカとして、頬が赤くなっていくのがわかるのですが、そんな気持ちは精神力でぐっと押さえ込みます。
(それより)
木の表面に張り付くようにして、10メートルくらいの高さからキチチと威嚇音のような軋む音を立ててデスサイズが見下ろしてきているのですが……その傍の枝葉の陰にはマンイーターがいますね。
本当に第二エリアのモンスターはこういう誘い込みまでかけてくるようになっていて、不用意に近づけば上からマンイーターが降って来る位置まで誘導しようとして来ているのですが、私はあえてその罠に乗る事にして、スカートの翼で羽ばたいてデスサイズとの距離を一気に詰めました。
(どこまで予想されているかですが)
【腰翼】で多少加速する事はデスサイズも見ていたでしょうし、単純な加速補助程度と考えているのかそれとも跳躍まで読まれているのか、私はスピード調整のために木の表面を数度蹴りながら駆け上がるのですが、この動きに対してデスサイズはどう動くのでしょう?
私を迎撃するために動くのか、それともまたカナエさんを襲うのか、ある意味どちらでもよかったのですが、デスサイズはいきなり木の幹を駆け上がって来た私より仕留めやすいと思ったカナエさんの方に向かうようで、素早く黒い靄になるとカナエさんに向かって飛び掛かかっていました。
そして私の方へはマンイーターが上から覆いかぶさるように飛び降りてきたのですが、その動きは予想していたので更に踏み込んで、核となる花の部分に一撃をお見舞いします。
地上までは8メートル、蔓や蔦の部分はともかく、本体部分の耐久度はそれ程高くないマンイーターはその一撃で倒せたのですが、中途半端に掴みかかって来ていた蔓はゾワゾワと肌を撫でて私の集中力を奪っていきました。
「【ルドラの、火】!」
防御や回避の為ではなく最後まで獲物に触手を伸ばそうとするところが本当に嫌らしいのですが、私は軽く跳ねた息を整えながら、何とか絡みつくマンイーターの蔓を振り解きながら体を捻り、カナエさんを襲撃するデスサイズ目掛けて【ルドラの火】付の投げナイフを投げるのですが……速度を落とさずにズッとブレるようにして、易々と回避されます。
こういう時に相手が複眼だと何処を見ているのかわかり辛くて厄介ですし、8本足……前足が鎌なので実質6本かもしれませんが、その機動力は侮れませんね。
「へっ?って、きゃー!!?」
地面に当たったルドラのナイフがボッ!と小爆発を起こし、デスサイズはその爆炎に紛れるようにして頭を守りアワアワしているカナエさんに一気に近づいて行くのですが、その爆炎に紛れて動いているのは別にデスサイズだけではありません。
辻斬りの様に鎌を振るおうとしたデスサイズの横からピョンと飛び出した牡丹が作戦通りその横っ面に体当たりをしかけ、踏み抜くようなカウンター気味の脚の動きを掻い潜りながら一撃を入れ、カナエさんへの攻撃を逸らします。
奇襲に奇襲で2匹の間に静かなやり取りがあり、それだけならまあ殆どダメージにはならないのですが、牡丹はそのまま体当たりした所を起点にウニョーンと体を柔軟に変化させると、デスサイズの背中にぺったりとくっ付き【ライフドレイン】を発動させました。
「ぷぅーい!!」
【ドレイン】系は密着具合が強いほど強く効力を発揮しますし、ぺったりと張り付く牡丹の【ドレイン】は結構侮れないのですよね。
そんな騎乗攻撃に、流石のデスサイズも足を止めて手足をバタつかせて背中にくっ付いたスライムを振り払おうとするのですが、そこにワンテンポ遅れた私が木の幹を蹴って降って来て……。
(牡丹!)
(ぷ!)
単純に攻撃したのなら背中にこびりついた牡丹まで一緒に貫いてしまう可能性があったのですが、そこは【意思疎通】で連携をして牡丹にはギリギリで躱してもらいます。
「【ダブルアタック】!」
火力的には【ルドラの火】を使いたかったのですが、それだと近くにいる牡丹まで巻き込んでしまいそうだったので、私は【オーラ】を切っ先に乗せた【ダブルアタック】をデスサイズの背中に叩き込みました。
この辺りのテイムモンスターへの同士討ちの処理はややこしいのですが、単純な魔力だとあまりダメージを受けませんが、それによって起きる現象だとダメージを受けると言いますか、少なからず【ルドラの火】によって起きる爆炎で牡丹は吹き飛ぶのですよね。
そういう訳で私は周囲に影響を与えない【オーラ】の方を使ったわけなのですが、切っ先に乗るのは【翠皇竜】の影響で強化されている筋力と、木の側面を蹴った【跳躍】と【羽ばたき】の勢い、後は重力やら単純な攻撃力やらの全てを合わせて乗せれば【オーラ】だろうと【ルドラの火】だろうとデスサイズ程度の耐久度だと大した違いはありません。
突き出した鋼の剣はデスサイズのヌメった外殻を突き破り、それが同時に二発命中するという【ダブルアタック】の効果が発動して胴体部分を二度貫きました。
「GIx!?」
流石のデスサイズもこれは効いた様で小さく叫び声をあげたのですが、剣が途中まで突き刺さった所で私は着地の衝撃を逃がすためにそのままに頭部方向に体重をかけて、斬り上げるようにして受け身を取ります。
「ぐっ、ッ!?」
後は途中で剣から手を離し、ホバリングするように翼を羽ばたかせて地上スレスレでバランスをとると、私は切りもみするようにして地面に着地しました。
※どちらでも → 相手を見失っていない状態での1対1なら十分勝算はあると考えており、もし自分に向かってきていたら普通に迎撃するつもりのユリエルでした。
※もしデスサイズが足を止めなかったらどうするつもりだったのか → 牡丹の【ライフドレイン】が効いてくるまで追い回すつもりでした。




