205:待ち合わせと出発準備
ドゥリンさんに魔光剣の修理依頼を出して鍛冶場を離れた後、丁度ログインして来たグレースさんにスコルさんから頼まれていた試乗会の話をしました。
「少しでも渋ったり、スコルさんが言っている事が嘘だった場合はお断りさせてもらいます」と言っておいたのですが、グレースさんには食い気味に喜ばれ、結局そのまま次の日曜日に会う約束をして、一緒に宇宙港に行く事になりました。
物凄くはしゃいでいましたし、本当にグレースさんが引きこもりなのだろうかとか、若干避けられ気味だったというのが嘘のようなトントン拍子の決定だったのですが、これだけ喜ばれると今更「やっぱり無しで」とは言いづらいですし、悪い人ではないと思うので良しとしておきましょう。
その後はセントラルライドで適当な鋼の剣を買ったり、空腹度の回復をしたりと細かな用事を終えてから私達は第二エリアに移動したのですが、そんなタイミングでワールドアナウンスが入りました。
『『ジョン・ドゥ』によって『毀棄都市ペルギィ』が発見されました。地理情報が更新されましたので、詳細を知りたい方はブレイカーズギルドにてご確認ください』
との事で、調べてみた感じではセントラルキャンプ北東部にある旧都エリアの発見報告ですね。
その辺りはゴースト系のモンスターが徘徊する毒の沼地があるエリアで、魔王軍の放ったミューカストレントというドロドロに溶けた大木の様なモンスターによって町が滅ぼされ、すっかりダンジョン化してしまっているようでした。
勿論そんな状態なので生き残りの人間というのはおらず、ミューカストレントの襲撃を生き延びた町の住人達は散り散りとなり、大多数の人達はエルフェリアに逃げ延びて行ったそうです。
ネットではそんな新エリアの情報に対してちょっとしたお祭り騒ぎで「くそ、先を越された!?」とか「そこから新エリアだったのかよ、もう少しで入れたのに!」とか悲観こもごもの声が多数あるなか、中には「発見はされたが踏破するのは俺が先だ!」というように意気込みを語る人もいますね。
とはいえ流石に新エリアからは敵の強さが変わるようで、探索は進んでいないのかそれ以上の核心的な新情報が出てくる事はなく、そちらについてはのんびりと続報を待ちましょうという感じです。
そういう訳で、新エリア発見にザワつくセントラルキャンプに戻って来た私達なのですが、早速ホームとして借りていた土地にテントを張ろうと作業を始めました。
「ぷい」
まずは牡丹が運んでいたテントを出してもらい、最初にロッジタイプのテントを建てて、その中に収まるようにドーム型のテントを設営します。
今時の物はワンタッチで開くものが殆どなので、一瞬で設営作業は終わりますし、細かな位置だけ気を付けてペグで固定すればそれで完了ですね。
(大丈夫そうですね)
念のために牡丹に中に入ってもらい、私は外から見て透けていないかをチェックした後、セーブ位置をテントの中に移しておきました。
これで私の方の準備は完了で、後は『レッサーリリム』になるかどうかという問題はあったのですが……不審者探しをしているセントラルキャンプ内で人外化するのもまた危険かもしれませんし、キャンプ地の外に出てから【展開】する事にしましょう。
まあそれはそれでドレスに魔力が吸われる時に近くに人が居る事になり、今からドキドキしてしまうのですが、【ポーカーフェイス】が上手く機能してくれる事に期待です。
とにかく途中で色々ありましたが、私達は待ち合わせの10分前くらいに合流地点に到着したのですが……待ち合わせ場所には軍服っぽい姿をしたカナエさんが、万全の状態で仁王立ちをしていました。
「すみません、お待たせしました」
「大丈夫よ、まだ約束の時間じゃないから、それより準備は良い?」
「はい」
時間としては待ち合わせの前だったのですが、待たせてしまっていたようなので一応謝罪の言葉を口にすると、カナエさんは特に気にした様子なく淡々と話を進めます。
「ぷぅ~?」
それ自体はまあいいのですが、カナエさんの装備が少し独特すぎると言いますか、私達はその姿をマジマジと見てしまい、牡丹なんかは初めて見る服装に興味津々と言うように目を輝かせていました。
「どうしたの?」
「いえ……なんでもありません」
「凄い装備ですね」と言ったらカナエさんが傷つきそうだったので誤魔化したのですが、その服装というのが長袖のアーミーグリーンのタクティカルジャケットに軍用手袋、下は黒い長ズボンとジャングルブーツという、いかにもFPSとか他のゲームの方が似合うような世界観を無視した恰好をしていました。
それだけならまあ動きやすそうな格好ですねで済みますし、上半身を覆うようなハードレザーの軽鎧と、同系統の革製品で纏められた各部のサポーターによって何とかギリギリファンタジー寄りの見た目にはなっているのですが、カナエさんは肩にかかっていた髪が邪魔にならないように後ろできつく縛り、O D色のヘルメットを目深に被っていてと、トータルするとそっち方面のコスプレのような可笑しな恰好になっているのですが、伊達や酔狂でヘルメットを被っているのではない事を示す様に、顎紐は固く止められていました。
背負っているのは当然のように30リットル前後のミリタリー仕様のバックパックで、武器は腰から下げた巻き上げ式のクロスボウのようなのですが、防具も防具で特徴的な恰好なのですが、クロスボウをメイン武器にしているというのも結構珍しい気がします。
というのもクロスボウの威力は申し分なく、取り回しにも優れ、有効射程距離も20~30メートル前後と十分な武器ではあるのですが、射撃速度は1分間に1発か2発が限界と、その攻撃回数が絶望的でした。
勿論その連射速度は巻き上げ機構やスキルによって改善できるのかもしれませんし、私としても開幕の一撃には良いような気もするのですが、乱戦になりやすいブレイクヒーローズではいまいち主流になれない不遇な武器扱いされており、クロスボウ使いは弓勢に押されているのですよね。
まあ弓との競合に関しては日本のクロスボウ協会とアーチェリー協会の競技人口の比率といいますか、弓道も含めれば圧倒的に弓に触った事があるという人の方が多いからかもしれません。
更にクロスボウが……というより遠距離武器が不遇な点としては、中ボス以上となると遠距離攻撃の対策をしているモンスターが多く、弓ならまだ連射して牽制するという事も出来るのですが、クロスボウはそういう小技には使えませんし、一撃必殺を狙うようなロマン火力として運用法する場合は、もういっその事魔法を使った方が良いとまで言われていました。
カナエさんの装備がそういう独特な服装や不遇武器だったから私は内心驚いていたのですが、とにかく改めてPTを組んだ後、お互いに何が出来るかという話しになりました。
勿論手の内を曝け出さない程度の内容なのですが、カナエのサブウェポンは全長2.7メートルの穂先の広い槍だそうで、これもまた渋いチョイスですね。
自分の運動神経を考えた上での武器の選択だという事なのですが、こういう大型の武器もマジックバッグが普及するにつれてある程度広まって来ていますし、そういう収納道具を作るのはカナエさんの得意分野で、色々仕込んでいるのだそうです。
「ただあまり戦闘には期待しないでね、あくまで生産職の自衛手段だから」
との事で、事実最初に第二エリアに来た時は散々だったようで、前回の敗因を踏まえてお手軽火力のクロスボウを用意したとの事でした。
「それじゃあ改めて目的を確認するけど、今回の目的は南の森で蜘蛛の糸とマンイーターの関係を調査する事ね」
それからカナエさんの今回南の森に行く理由や、調査したい内容、後はこの調査が上手くいけば糸に対する防具を作れるようになって一攫千金が狙えると言った意義を話してくれました。
「あと気になるのは、セントラルキャンプのクエストに人探しの物が増えている事ね、ネット掲示板でも新種の蜘蛛の報告が上がっているから何かあるかもしれないわ」
「ここ」と「ここ」というように、カナエさんが手書きしたと思われる簡単な紙の地図の上には印が入れられており、被害者や目撃情報などの補足が横に細かく書き込まれていました。
単純に『人探し』というとキャンプ地の『不審者』と混同してしまいそうになるのですが、精査してみると何人かが消息を絶っているようで、どうにもユニークモンスターらしきモンスターが悪さをしているのではという話でした。
「色々と調べられたのですね」
まるでミーティングのようになってきた会話に、サッと行ってサッと帰って来るつもりだった私は感心してしまったのですが、カナエさんは「当然よ」という様子で鼻の付け根を指で押さえました。
「情報を制する者は世界を制すよ、事前準備をしっかりしないと痛い目に合うっていうのは前回経験しましたから」
「すみません…」
「ぷぅ…」
結構行き当たりばったりでフラフラしている私達にとっては耳の痛い話で、提供できる情報を何も収集していなかった私は反射的に謝ってしまったのですが、とにかく私達とカナエさんは色々と話し合い、新種の蜘蛛の目撃情報などを考慮してルートを算出し、Go/NoGoの判断基準を幾つか決めてから、南の森に出発する事になりました。
※サラッと流されたグレースさんですが、日にちをまたぐ話なのでたぶんそのうちグレースさん視点で何話か挟む予定です。




