197:意外な出会い
現時点での第二エリアの進捗なのですが、メインと言われている北西のエルフの王国へはあと一歩という所で深い谷に阻まれ頓挫中、西の森林地帯の探索もあまり進んではいないのですが、人の痕跡が見つかり始めているので人間の集落があるかもしれないという話で沸いていました。
北東の都へは毒の沼地が広がっている事や、ゴーストなどの物理的な攻撃が通じないモンスターが出てきて苦戦しており、東の港町へはそもそも途中の都にすら辿り着けていないという状況ですね。
そういうネットにあがっている進捗情報を見ながら大まかな方向性を考えていたのですが、第一エリアだとメインである王都開放に参加せず周辺攻略をしていましたし、今度は北西方面に向かいましょうか?
このルートを選んだ場合はモンスターを蹴散らしながら進む事が求められており、出てくるモンスターもフラワーラビット、キラービー、マンイーター、ブッシュゴブリン、フォレストウルフ、ストライプベアー、更に中ボスクラスの実力があるキングタイガーといった色々なモンスターが行く手を遮っており、エルフの王国に入るための道を探すのも一苦労しているようですね。
とにかくそんな調べ物をしながら私達はプレイヤー達に解放されているフリースペースにやってきたのですが、そこには先客のプレイヤー達によって色とりどりなテントや小屋が建てられていました。
野営地の中にあるちょっとフリーダムなキャンプ場とでもいうのでしょうか?借り物の土地だからか本格的な建物を建てているという人はいないのですが、結構皆さんめいめい好きなように使っているようで、中にはすでに倒壊している小屋なんかもありますね。
(ただこれは意外と…)
私の場合は魅了の事もありますし、そうでなくても女性のキャンパーは変に絡まれると聞きますし、詰所で見せてもらったMAPを参考にあまりギュウギュウ詰めにならないフリースペースの端の方を借りようかと思っていたのですが……予想より柵がボロイといいますか、頼りない即席の木柵に不安を覚えました。
というのも外のフィールドと町中を区切るのは地面に刺した二メートル程度の木の板に横板をつけただけという木の柵で、場所によっては小さな子供なら通り抜ける事が出来そうな隙間が空いていたりと、即席感が凄いですね。
これで何かしらの魔法的な防犯機能がついていたら別なのですが、試しに柵を少し揺らしてみると普通に揺れて抜けそうになりましたし、警報が鳴るといったような様子もなく、見回りの騎士達が走って来るという事もありません。
この強度なら何かの拍子でモンスターが押し寄せれば簡単に突破されるでしょうし……というよりこんな柵だからキリアちゃんが簡単に通り抜けられたのかもしれませんが、この柵に防犯能力や防御力を期待しない方が良いのかもしれませんね。
「ぷぅ~?」
「そうですね」
セントラルキャンプが発展していけばそのうち整備されていくのかもしれませんが、柵が立派になる頃には次の拠点に移動しているかもしれませんし、わざわざリスクを取る必要も無いでしょう。
私は荷物が置けたら良かったので値段の安い外周部を借りてみるつもりだったのですが、この柵の様子を見る限りでは流石にもう少し内側のスペースを借りた方が良いかもしれませんね。
そう考えを改めたのですが、他の皆さんも私と似たような事を考えたのか、ここだと思う場所には大体誰かのテントが先に建てられており、良い場所はすでに取られた後でした。
「ね、ねえ、そこの貴女、ちょっといいっ?」
もうこうなったら誰かの土地の隣でも良いかと条件を緩めて見ていると、とある角地のテントの中から顔だけ出している女性が声をかけてきました。
「どうしました?」
話しかけて来たのは肩にかかるマホガニー色の髪をした女性で、前髪は汗ばむおでこに張り付いて崩れていたのですが、多分元は七三分けというどこかで見た事があるような気がする人だったのですが……とにかくそんな人がテントから顔だけ出して、モジモジと落ち着きなく視線をさ迷わせていました。
「ぷい?」
その様子に牡丹はくにゃりと首を傾げるように傾いたのですが、その人は何とも説明しづらいというように顔を赤くして黙り込んでしまいます。
とにかくその人が潜んでいるテントの前には広めのタープが張られ、作業台と思わしき大きな机や煮炊きにも使える万能竈が備え付けられてと結構立派な作業場が整えられていたので生産勢の方なのだと思いますが、そんな人が私達を呼び止める理由がわからなくて私も牡丹同様首を傾げました。
「その…」
若干上擦ったような声で話しかけて来た女性は何故か頑なにテントから出てこようとせず、テントから頭だけ出した状態で話し続けようとしているのですが、その顔は赤く、肌は汗ばみ視線が揺れています。
そういうプレイなのかと疑ってしまう状況に私はつい目を細めかけてしまったのですが……どうやらそういう変態的なプレイという訳ではないようですね。
「もしかして……カナエ、さん、ですか?」
生産勢と髪の色、私の記憶の中にあるカナエさんより色々と乱れていてすぐには思い出せなかったのですが、確かこの人はトーチカ製造部門で一位をとっていた細工師の方だった筈です。
そんな人がなぜテントから顔だけ出して話しかけてきたのかはわからず、反射的に確認するような言葉を口にしてしまったのですが、私が驚いたようにカナエさんも自分の事を知られている事に驚いたようでした。
「え、あたしの事知って…?うわー…」
そのまま顔を真っ赤にして固まってしまったのですが、少しするとその硬直も解け、もう身バレしたから仕方がないという様に吹っ切れた様子で再度口を開きます。
「その、ごめんなさい…お願いがあるんだけど、いいかしら?」
「いいかしら?」と聞いておきながら「断られると困る」というような気の強さが滲み出た語調に何事かと身構えるのですが、内容は聞いてみないとわかりません。
「お願いの内容によりますが」
私がそう言うと、カナエさんは何か言いづらそうにモジモジしていたのですが、ポツリポツリと事情を話してくれました。
「うっ…その……服、買って来てくれない?」
「あ、あ~…」
「ぷぃ~…」
赤面して横を向いてしまったカナエさんに何があったのか大体想像出来てしまったのですが、きっと第二エリアに来て、意気揚々とフィールドに出て大変な目に合ったのでしょう。
「わかりました、適当な安い服でいいですか?」
「ありがとう、この際着れたらなんでもいいわ、流石にこんな事を男の人に頼むわけにもいかないし…」
男女比率的に男性の方が多いゲームですからね、周囲を見てみても男性プレイヤーの方が多いですし、やっと通った女性プレイヤーが私だったのでしょう。
「本当に、何てゲームを勧めてきているのよあの親は…」
やっと服の調達に目途が付き、ホッと一息をついたカナエさんはブツブツとご家族に対する不満をこぼしているのですが、確かに娘に勧めるにはちょっとアレなゲームですよね。
ただここで少しカナエさんのお父さんを弁護すると、その人は第一エリアで淡々と生産を続けている人らしく、こういう変な仕様とかはよく知らずに生産をエンジョイしているとの事でした。
「第一エリアで船を作っている、フィッチっていうキャラなんだけど…知らない?」
「ふっぅッ!?」
「ぷいー…」
カナエさんが場を繋ぐ雑談と言うていで話してくれた事実に変な声が出てしまったのですが、意外と世間は狭いといいますか、マジマジとカナエさんの事を見てしまったのですが、とにかく本当に奇妙な繋がりですね。
「その反応は知っているみたいね、ごめんなさい、リアルだとまだしっかりしているんだけど…ゲームだと羽目を外すみたいで、代わりに謝っておくわ」
「い、いえ、フィッチさんには色々とお世話になった事もありますので…」
筏を作って貰ったりと色々と手伝って貰った事もありますし、無駄にテンション高く絡まれた記憶もありますが……とにかくこの話はあまり掘り下げずに横に置いておいた方が無難でしょう。
何でもカナエさん自身は別にゲーマーという訳ではないのですが、ファンタジーな生産系というのには興味があったようで、父親が嵌っているブレイクヒーローズを勧められる形で始めてみたとの事でした。
特にプレイスキルがある訳でもないので金策の為にトーチカ製造を続けており、その作った成果物の結果を知りたくてゴルオダス戦に参加してとトントン拍子に上級ブレイカーになってしまい、そのままの流れで第二エリアにやってきたそうです。
そこで生産拠点を作れる事を知って試しに拠点を作ってみたり、一通り生産を確かめたりした後に第二エリアの新素材を目指してフィールドに出てしまい……モンスターの餌食になったそうです。
「そこからは本当に思い出したくない…」
そう言いながらも、カナエさんはどこかソワソワした様子でモジモジしていたのですが、その辺りは気付かないフリをするのがマナーかと思って私は何も言いませんでした。
とにかくマジックバッグに細かい装備品はあるものの、替えの着替えが無くて困っていたところを通りかかったのが、私達だったようですね。
そういう事情を聞いた後、私達はまたもや生成りのワンピースを買いに行ったのですが、下着がどうなっているのかは聞きそびれました。
まあ一応パンツを買って戻ると喜ばれたので、その、本当に色々と大変な目にあったみたいです。
「ほんと、貴女が通らなかったら布一枚羽織っただけで買いに行かないといけなくなるところだったわ、ありがとうね、じゃあ早速代金をと言いたいのだけど…」
私が買って来た服を受け取ったカナエさんは早速テントの中で着替え始めたのですが、カナエさんは前の服がボロボロになった時にギルドカードも紛失したそうで、今すぐ払うのは難しいとの事でした。
「また今度でいいですよ」
それほど高い物でも無いですしと言ったのですが、カナエさん的には何か許せない事のようですね。
「駄目よ、こういうのはしっかりしておかないと…すぐに再発行してくるから、それでいい?」
「それでいいですが……お金じゃなくて、技術的な相談という形で返してもらう事は可能ですか?」
ヨーコさん辺りが繋いだら聞いてみようと思っていた事があるのですが、この際カナエさんに聞いてみましょうか?
「……詳しく?」
着替え終わった後にテントから出て来たカナエさんは「どういう事?」と詳細を訊ねて来て、私はフォレストスパイダーのネバネバした糸に絡まれた時、マンイーターの蔓がその粘りをものともせずに絡みついてきた事を説明し、何か対策グッズが作れないかという事を相談してみました。
「へーそういう事もあるのね、興味深いわ」
カナエさんはフォレストスパイダーのいる南側ではなく北西側に向かったようで、まだ蜘蛛の糸を見た事がないそうです。
そのため未知の素材について考え込み、カナエさんは眼鏡を上げるような仕草をしたのですが……ゲーム内だと裸眼なのでその手は空を切り、カナエさんは恥ずかしそうに咳ばらいをしました。
「わかったわ、とにかくすぐに準備をするから、詳しい話はその時に…ああ、逃げる訳じゃないわよ?ちゃんと連絡できるようにフレンド送っておくわ」
テキパキと段取りを決めてフレンド登録を送って来たのですが、もしかしてこれは今から行ってみようという流れなのでしょうか?
「もしかして、今から行く感じですか?」
私としてはフィールドに出る前に【精神対抗(微)】のスキルを上げたかったですし、北西方向に向かおうと思っていたのですが、何かトントン拍子で南の森に向かう事になってしまっているような気がします。
「まさか、流石に準備不足よ」
カナエさんは自分が着ている布のワンピース姿を示しながら困ったように笑い、私も少しは安心したのですが……。
「それじゃあ…」
「フレンド登録もしましたし、また後日」と私は言おうとしたのですが、その言葉が出るよりも早く、カナエさんは眼鏡をクイッと上げるような動作をしながら言いました。
「すぐに用意するから待っていてちょうだい」
どうやらこのまま南の森に突撃する事になりそうなのですが、本当にどうやってカナエさんを説得しましょう?
※カナエさん滅茶苦茶せっかちで、やるべき事が終わっていないとイライラするタイプです。そのため父親から「もう少し遊び心と言うか、余裕を」という風に諭され「ブレイクヒーローズは船が作れて楽しいぞ~」とか言われていたので「じゃあ…」みたいなノリで始めました。
※あとカナエさんが最初汗ばんでいたのは、色々と思い出していたのと、この状態でどうやって服を買いに出ようとテンパっていたのと、テントの中が暑かったからです。
※因みにネットでのアウトドアはあまり普及しておらず、ユリエルの時代でも普通の娯楽として楽しまれています。
というのも風や匂いや大地などの完全再現を目指しているのがHCP社を含めて数社くらいしかない状態で、VRでのアウトドアはまだまだ未開拓の分野です。
ただ最近の機器の発達とともに、あと数十年もすればそういう体験型のバーチャルアウトドアもメジャーになるだろうと、先進性のあるアウトドアメーカー等が乗り出してきている状態です。
※ちょこちょこと修正しました(4/29)。




