196:麻痺治しクエスト完了の報告
色々あってほぼ全裸のシノさんの為に適当なワンピースを買って戻ると、シノさんは葛藤の末にその服を着てから「これで勝ったと思うなよー」という捨て台詞と共に泣きながらどこかに走り去ってしまいました。
その姿を見て牡丹は何故か勝ち誇った顔をしていたのですが、まあこのまま何もせずテントの中に残っていても仕方がないので、私達は私達で『ピリリ草』の納品を済ませて『麻痺治し』のクエストを完了させておく事にしましょう。
「いやー助かったよ、そろそろ在庫が危なくてね、ひのふのみ…うん、確かに10個だね」
場所はセントラルキャンプの中央付近にある、ブレイカーズギルドの代わりの騎士達の詰め所……と言っても大き目の木製の机が置かれ、横広のタープを張っただけの場所なのですが、ここがセントラルキャンプでのクエスト受注場所ですね。
その周囲にはどこか顔色の優れないプレイヤー達がゾンビのようにたむろしており、その姿は大体ボロボロで、第二エリアの手強さが如実に表れたような一種異様な空気に包まれていました。
「これで材料を取って来てくれた君には『麻痺治し』を売る事が出来るけど、出来たら定期的に『ピリリ草』を納品してくれると助かるかな、勿論『ピリリ草』じゃなくて『麻痺治し』を直接納品してくれても高価買取するよ」
「『麻痺治し』を、ですか?」
『麻痺治し』を購入するためのクエストで『麻痺治し』の納品を求められたので私は聞き返してしまったのですが、努めて明るい声を上げている受付の騎士の人はさも当然というように頷きます。
「作ろうと思えば薬師や錬金術師でも作れる物だからね、作れそうな人には声をかけておけって上からのお達しでね、何ならレシピもあるけど、見るかい?」
との事なのですが、きっとこれは私が【錬金術】スキルを持っているからで、そういうプレイヤーには声をかけるようにしているのでしょう。
「作るかどうかはわかりませんが、一応レシピを見せて貰ってもいいですか?」
『ピリリ草』を納品したら教えてくれるような内容ですし、情報のキーとなっているのも【薬師】や【錬金術】を覚えているかどうかという比較的ゆるい条件の割に、ネットの【錬金術】レシピにはまだ『麻痺治し』の情報は載っていません。
情報が広まるまでのタイムラグは最前線攻略をしていたら仕方がない事ですし、先行逃げ切り販売を考えている人が多く情報を伏せているのかもしれませんが、無理して森に出た身としては少しだけモヤっとしてしまいますね。
これならもうすぐ流れるW Mのプレイヤー品で間に合わせておいて、そのうち普通に販売されるようになる市販品を購入してという手順でもよかったのですが……今すぐ市販品の『麻痺治し』が購入出来るという、当初の目的は達成出来たと自分を納得させておく事にしましょう。
「OK、薬師用と錬金術仕様があるが、どっちが見たい?」
「【錬金術】の方でお願いします」
今なら「プレイヤーにも作って欲しいから」という理由で無料でレシピの確認も出来るようですし、私も見せてもらう事にしました。
「わかった、じゃあこれだね」
見せてもらった『麻痺治し』を作るのに必要な材料は『ピリリ草』+『水』+『(薬属性)』とそれ程難しい物でもないようなので、これなら私でも作る事ができそうですね。
後この『(薬属性)』というのは薬草系の総称のような物で、キャンプ地の騎士達は『ホーリーリーフ』で代用しているという事なのですが、その組み合わせだとあまり効果は上がらず、他の市販品のポーションや回復アイテムの品質が『C』なのに対して、『麻痺治し』は『D』と分かりやすくワンランク下になっており、これはキャンプ地の開発具合がまだ足りないという事が関係してきているようでした。
因みに一般的にレシピと呼ばれている物に載っているのは材料や手順で、『ピリリ草』の刻み方や溶かすタイミング、魔力の流し方などが載っているのですが、この通りに作っても現在の市販品である『D』品質の『麻痺治し』にしかなりません。
この品質では微レベルの麻痺、若しくは弱レベルの麻痺が軽減される程度の効果しかありませんのでここからの改良が必須となるのですが、生産ランクが上がっていくと試行錯誤しないといけない範囲が増えていき、本格的な生産勢の人は今必死に色々な調合を試しているのでしょう。
「品質の良い物だったら特に高価買取しているからね、納品してくれると助かるよ」
「わかりました、余裕があれば作ってみようと思いますが…そのための場所について聞きたいのですが…」
今のところセントラルキャンプに生産広場のような設備が揃っている場所はないようですし、私はセーブ広場のテントを買い取って作業場に出来ないかと聞いてみたのですが、騎士の人には渋い顔をされてしまいました。
「そっちは公共施設だから貸し出しはしていないんだよ、代りにフリースペースならあるから、ブレイカー達はそっちにテントを立てて何かやっているみたいだね」
との事で、キャンプ地の西から北西にかけての更地になっている場所を貸し出しているとの事でした。
まあよく考えたらセーブ広場がすべて買い取られて他のプレイヤーが復活できないとなっても困りますし、そういう別の場所があるのでしょう。
あとセントラルキャンプ自体が仮の拠点と言う扱いだからか土地の買取という事は出来ず、場所は全てレンタルという扱いのようですね。
場所代としては1日ごとの清算で、支払えなくなるか返却を申し出たら契約は解除、それまでは自動更新となるそうです。
広さは大体七平方メートルを一区画として、料金は5千Fから1万F、値段の差は立地条件のようで、セントラルキャンプでは安全で他の施設も近い中央ほど高く、外側程値段が安くなるというのが相場のようでした。
試しに現在貸し出されている区画のMAPを見せてもらうと、プレイヤーが借りているのは中央から扇状に広がった範囲で、柵の傍ともいえる外周部は殆ど空白ですね。
まあその場所も騎士達が巡回する町の中という判定であるのですが、2メートル程度の柵の外側には普通にモンスターが闊歩していますからね、何かあった時に真っ先に襲われるような場所なので土地代がかなり安く設定されているのでしょう。
(どうしましょう?)
ホームに指定しておけばその場所を復帰地点にする事も可能なようですし、幾ら収容量を増やしたと言っても錬金釜を持ち歩いているのは邪魔だと思っていましたし、試しに安い場所を借りて使い勝手を確かめてみるというのも有りかもしれません。
因みにこういうホームについての注意点としては、防犯はプレイヤー自身の手に委ねられているという点で、テントの場合は構造上破って中に入られるという可能性がある事です。
まあもしそんな事をされたらギルドや騎士達に報告して押し入って来たプレイヤーをレッドネームに出来るのですが、そういう攻略とは全然関係がない面倒ごとに巻き込まれるのはごめんですね。
「わかりました、ありがとうございます」
とにかく借りる借りないにしても一度現場を見てみようと、私はそろそろ騎士団の詰め所をお暇する事にしました。
「また何かあればお気軽に、今は奇妙な侵入者の件もありますので、ブレイカーの皆さんも気を付けてください」
「はい、あ、それと…」
帰り際に消費したポーションと投げナイフを補充して、それに『麻痺治し』を6本、これも牡丹に5本と右太もものポーチに1本詰め込んで、私達は騎士達の詰所を後にします。
「ぷぃ~?」
麻痺治しは他のポーションより少し粘度が高いクリーム色で、飲んでも患部に塗っても効果がある物ですね。
味は見た目そのままの何とも言えないクリームっぽい味らしいのですが、牡丹はそんな『麻痺治し』をしげしげと見ながら揺らしていたのですが、そのうち飽きたのかパクリと収納していました。
「さて…」
私達はギルドの詰め所を後にして、貸出しているというフリースペースの様子を見に行ったのですが、歩いている間に考えるのはこれからの事です。
南は実益を考えて定期的に『ピリリ草』を採取しに行く程度で良いとして、まずはどちらに向かうか決めないといけませんし、当面的には『レッサーリリム』状態になれるように【精神対抗(微)】を鍛えないといけません。
とはいえぬちゃぬちゃにされたい訳ではないので気軽に第二エリアのフィールドでスキル上げというのは厳しいですし、だからといって町中でというのも人の目があって困りものです。
そもそもその辺りで売っているただの市販品の鋼の剣で第二エリアを攻略するのは色々と厳しいものがありますし、早めに魔光剣を修理に出したいのですが……スコルさんからの連絡はまだないですし、ドゥリンさんも繋いでいないようなのですよね。
まあそれは平日の昼過ぎという時間帯なので仕方がないのですが、そういえば【召喚言語】も上げたいですし、第一エリアに居るかもしれないキリアちゃんの行方も調べたいですし、麻痺治しも一度作ってみたいとやる事を考え始めると止め処なく出てきますね。
「どうしましょう?」
「ぷぅ~…?」
呑気そうに跳ねる牡丹のを見ながら、私はこれからの方針に頭を悩ませました。




