194:シノさんの怒り
「嫌いだから」と言い放ったシノさんはへらりとした緩い笑みを浮かべていたのですが、フォレストスパイダー達が迫る中でのんびり聞き返している余裕はありませんね。
「嫌いでも良いので、今は協力して迎撃しませんか?」
茂みや木々が蜘蛛の糸を防いでくれていますが、そろそろ戦うか逃げるかの決断をしないと二進も三進もいかなくなってしまいそうです。
「んーそういう良い子良い子しているところなんだけど…A B Oの準決勝の時もそう、ヴォールニック陣営を率いていた私を淡々と蹂躙していった時に抉られた古傷が…」
「ABOの…?」
「ヨヨヨと…」泣きマネをしているのはまあ冗談の類だとして、シノさんのいうABOというのは『Artist Battle Organization』というゲームの略称で、SF系のストラテジーゲームの一つですね。
広大な宇宙空間を舞台に幾つかの陣営に別れて戦うゲームで、ゲームバランスはお世辞にも良いとは言えなかったのですが、企業とタイアップして全国大会が開催されるくらいには人気を博していたゲームです。
私はB L Oの知り合いに誘われてちょっと齧った程度だったのですが、たまたま運よく日本決勝戦まで勝ち進み……そういえば準決勝で『シノ』と言う名前の人が居たような気がしますね。
「ああ、あの時の…?」
なんとなく漠然と思い出してきたという感じではあるのですが、大人数で戦うゲームなので1人1人の印象は薄く、正直に言うと「そういう人もいましたね」という感じなのは許して欲しいです。
「BLOでもボコボコにされて…」
BLOとは『Battle LEGENDIA Online』ですね、こちらは結構やり込んだのでボコボコにされてといわれてもどの人かわからないのですが、ボコボコにされたというのならボコボコにしたのでしょう。
「こっちは寝る間も惜しんでやり込んでいるのに、まるでエンジョイ勢ですっていう顔で蹂躙し尊厳を踏みにじってくるピンクの悪魔!」
まるで命を賭けて頑張っているのに、それを楽々と越えていく人間がいる事に腹を立てているというようにシノさんが吠えるのですが、少し勘違いしているところがあるような気がします。
「エンジョイ勢ですっていう顔もなにも…私はゲーマーではあると思いますが、正真正銘のエンジョイ勢なのですが?」
「むかつく」と言われても動画配信までしているガチ勢のシノさんとはプレイ方針が違うといいますか、畑違いなのでそこまで気にするようなものではないような気がします。
「ユリエルみたいなエンジョイ勢が居てたまるかー!!何それ、それが事実なら余計に恐ろしいよ!?」
「そう言われても困るのですが…」
結構普通にプレイしているだけですし、何か特別な事をしている訳ではないのですよね。
「しかもなに!?シレっとまふまふと共演して人気者になっていたりして、私の動画の最高視聴回数を数日でぶっちったんだよ!?悔しくて悔しくてもうこっちは夜しか眠れないんだから!!」
「それはまふかさんが凄いのであって、私はあまり関係ないのでは?後それは普通…」
まふかさんの動画の再生数がまだ伸びているようなのですが、それは別に私の人気がどうのという訳ではないと思います。
「他にも……」
「ストーップ!!そんな事より蜘蛛がきているから、そういうのは後回しにしよ、ね?」
まだまだ言い足りないというようなシノさんなのですが、流石にそれどころではないとナタリアさんが間に入り止めてくれました。
「そうですね、まずはこの場を切り抜け……」
私は少しの間意識が外れてしまったフォレストスパイダーの動きを改めて確認してみるのですが、特殊個体が木々の死角に入ったのか見当たりません。
「SYAAAAA!!!」
「っ!?」
「っと…」
「わっ…」
流石にこれは不味いのでは?と思っていると、大樹の死角を利用して意外と近くまで忍び寄っていた巨大なフォレストスパイダーが勢いよく糸を吹きかけてきました。
(回避を…)
私は投網のように広がる蜘蛛の糸を、木の裏に隠れるような形で間一髪回避しました。
ナタリアさんは持ち前の身軽さを活かして大きく範囲外に逃れ、シノさんは回避に関してはP Sで何とかするタイプの人のようで、小回り気味の体捌きで糸を回避していました。
その動きを見ている限りでは、シノさんは火力に関するスキル以外にスキルを振っていないようで……というよりも、意外とそれ以外のスキルを取得する余裕のない低レベル帯の人なのかもしれません。
「来たれ煉獄の焔よ…」
それでも襲い掛かる複数のフォレストスパイダーの攻撃を回避しながら、魔法攻撃の準備に入れるのが凄いですね。
まあ糸に絡めとられても呪文詠唱が出来たら何とかなるという割り切った考えなのか、口元を両腕で隠しながら立ち回っているのですが……ただその立ち位置が私の後ろになるように移動しているのが少し気になりました。
勿論その事に私が気づいている事をシノさんも気付いているようで、ヘラリとしたとぼけた笑みを返してきたのですが、まあ色々と言いたい事はあるのですが仕方がないので盾役は承りましょう。
(とはいえ、どこまでやれるかですが)
レッサーリリム化していない状態では機動力に難がありますし、今から【展開】してドレスに魔力を分け与えてなんてやっている余裕はありません。
足場の悪い森林戦に慣れているとは決して言えず、弾む胸とドレスに動きが阻害されながら、木の上に跳びあがったフォレストスパイダーからの立体的な撃ち下ろしや緩急ある素早い動きに翻弄され、牽制に投げた程度の投げナイフは簡単に回避されてしまいます。
しかも特殊個体である一際大きなフォレストスパイダーが指示を出しているのか「KITIKITI!!」と歯を鳴らすと、それに合わせて死角に回り込んだ別のフォレストスパイダーが糸を吹きかけてきてと、なかなか厄介な連携をみせてくれますね。
(牡丹、まだですか?)
(ぷぃ…)
私は牡丹に進捗を訪ねるのですが、まだ3割程度という事でもう少し時間を稼ぐ必要がありそうですね……というより単純に私とシノさんの機動力だと完璧に見つかっている状態から逃げ切るのは難しそうですし、ナタリアさんはナタリアさんでここまで近づかれたら逃げる方が危ないと判断したようで、本格的に迎撃をする事を選択したようです。
「【アロー……って、ああもう!糸が邪魔っ!!」
こうして私達は特殊個体を含めた4匹のフォレストスパイダーとの戦闘が始まったのですが、一番まずい状況になっているのは最初の一撃で離れる形になってしまったナタリアさんで、向こうは向こうで完全に個別に戦っているような状況ですね。
射撃しようと構えたところに消化液や糸が飛び、横合いから別のフォレストスパイダーが襲い掛かって来てとなると回避に専念しなければならず、徐々に追い詰められていっているようでした。
「ッ…ぐっ!?」
そんなナタリアさんを何とかして援護したいと思うのですが、こちらも防戦で手一杯で、急速に距離を詰めて来た特殊個体の右第一脚の斜め上からの振り落としを、上半身を左に傾けて何とか回避します。
「【ダブルアタック】!」
「PYUGUUU!!?」
そのまま薙ぎ払うように右第二脚を斬り飛ばすのですが、その程度のダメージでは動きは止まらず、押さえ込みにかかるような体当たりを何とか剣を立てて防ぎます。
(これは…)
硬質な蔦のように見える体毛に覆われた第一脚との鍔迫り合いは分が悪く、意外な力強さに鋼の剣の耐久度がジリジリと削られていきます。
触肢の向こう側ではキチキチと上顎と下顎がかみ合わされ、涎のように吐き出された糸が尾を引いて垂れていたのですが、こうなると武器の耐久度がどうのと言っている余裕はありませんね、鋼の剣を使い潰すつもりで【ルドラの火】を使う事を決めたのですが……私は何か嫌な予感がして無理やり剣を外す形でその場から横に跳びます。
【跳躍】と【キック】の乗ったサイドステップと緩い足場にバランスを崩しかけたのですが、そのタイミングで超至近距離から放たれた蜘蛛の糸が私の居た場所を通過していきました。
「灰燼とぉっ!?がぜ…」
そして私は何とか回避に成功したのですが、私の真後ろに隠れていたシノさんからはその攻撃が全く見えていなかったようで、糸が直撃して押し込まれ、近くの木に磔にされてしまいます。
両腕で口元をしっかりと隠し、ある程度身構えていたので呪文詠唱は途切れなかったようなのですが、無防備なお腹に糸の塊が叩きつけられ、シノさんの口からは息が詰まったような空気が漏れました。
「其の敵はッぅ…ん、めっ…ん、すぅるぅぅ…ッ」
糸に絡めとられると寄ってくるのはマンイーター達で、磔になったシノさんに向けて消化液を垂らしながら嫌らしくくねらせた蔦を伸ばしてきます。
「ひィの…まにょ…」
糸に絡まれたシノさんは身動きが取れず、その蔦の妨害を甘んじて受けるしかないのですが、ピッチリしたスーツの上から先端をコシコシと擦られ続けるとだんだんとその声に甘いものが混じって来てしまい、声が震えます。
上気した顔にはうっすらと汗が滲み、蒸れたスーツの隙間に入り込んだ蔦がクリクリと大事な所を弄り始めると、その動きに合わせてシノさんの身体がビクンビクンと小さく跳ねました。
どうやらマンイーターの蔦は蜘蛛の糸を無効化する何かがあるようで、一緒にくっつくという事はありません。
むしろ丁度いい潤滑剤であるという様にネチョネチョとシノさんの身体に塗りつけるように蔦が動き、その責めを何倍もキツイものにしているようです。
「いっ…いっ…おっ…あ、ああ…んごんふッ!!?」
シノさんの逆転の目は呪文を完成させる事で、必死に呪文を唱えようとしていたのですが……そんな頑張りをあざ笑うかのようにシノさんの口の中に無数の蔦が突っ込まれ、強引に舌を絡めとりしゃぶりつくしにかかります。
こうなるともうシノさんは呪文を唱えるどころの話ではないようで、ナタリアさんの方も追い詰められてとうとう糸に絡めとられてしまったようですし、私の目の前に居るのは特殊個体を含めたフォレストスパイダーが4体と、マンイーターの大軍です。
もうどうしたら良いのかよくわからない状況に、私ははてさてどうしましょうと目を細めて周囲を見回しました。
※逆恨み気味ではあるのですが、配信中のガチプレイヤーの前に現れた何となくだけで自分の上を行く自称エンジョイ勢に対してシノさんは色々な葛藤がありました。
しかもそのプレイヤーは美少女であるという噂もあったりなかったりと、地味なメガネっ娘である自分と比べてもうそりゃあ色々とモヤモヤしてという間柄です。
※シノさんは魔法TOP勢ですが、ベースとなるレベルは低いです。というよりまふまふチャンネルを見て、ライバルと目するユリエルが参加しているのを見てからゲームをプレイしているので本当にブレヒロを始めてから日が浅く、立ち回りはリアルPSで何とかしています。
ユリエルが関係していなければ結構のんびりとした面倒くさがりな性格なのですが、ユリエルの前だと感情豊かになるタイプの人です。
※ABOはスターウォーズ(レジェンズ)みたいな世界観のゲームで、各陣営に分かれて戦略目標の達成を競うゲームです。
ゲームバランスが悪いと言われているのは種族間のパラメーターがピーキーで、この種族でこの状態に陥ったら確実に負けるという状況が発生するからなのですが、それを読み切って戦う事が推奨されている玄人向けのゲームとして一部の界隈では人気でした。
これは昨今の宇宙ブーム(火星開拓団関連)に合わせて作られたゲームで、宇宙開拓公社などが主催する公式の全国大会なんかもあり、ユリエルも数年前に参加して日本決勝まで行った事があるのですが、流石にサイバネティックには勝てませんでした。
因みに大会は数千人単位での選抜、100人による本選、30人による準決勝、12人による決勝と徐々に絞られて行き、ユリエルが参加した時の優勝者はアンドロイドのマー君で、マー君は世界大会で17位でした。




