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193:乱戦のフォレストスパイダー

 断片的に聞こえてくる人の声と戦闘音、距離はそれ程離れていないようなのですが、道を塞ぐような巨木や掘のような窪地と、こちら側とあちら側の間には障害物があるので何が起こっているのかはわかりません。


 急ぐのなら【跳躍】で越えて行くか【腰翼】を解禁するという手もあったのですが、まだそれ程切羽詰まった状況ではないと言いますか、そもそもそんなに飛んだり跳ねたりしたらドレスが食い込んで大変な事になってしまいます。

 下手に身動きのとれない地形(窪地)に入り込んでも危険ですし、その音に気を取られすぎて別の方向から奇襲を受けないよう周囲を確認しながら、私達は大回り気味で慎重に近づいて行きました。


「あーも・!・・・・」


(…ナタリアさん?)

 何か聞き覚えのある声が聞こえたような気がしたのですが、どうなのでしょう?


 聞こえてくる声は5人分、結構移動に時間がかかってしまっているのですが、まだ戦っているという事は現れたのはよほどの大物なのかもしれません。


 まあ確認したからと言って勝手に乱入するのはマナー違反なので何もできないのですが、そんな大物の近くでのんびり採取というのは不味いでしょう。


 とにかく私達はどんな状況になっているのか確かめようと、何とか様子が見える距離まで近づいた後、木々の隙間から戦闘を覗き見ました。


「なんでこんな面倒なの連れて来たのよ!!」


「いや~何でって言われても困るんだけど、ごめんね?」

 話しているのはナタリアさんと……戦勝会で魔法TOPだったシノさんですね。


 2人ともソロ寄りの人だったので意外な組み合わせだと思ったのですが、動きを見ている限りではどうやら別々のPTのようで、モンスターに追われて下がって来たシノさんがナタリアさん達のPTと鉢合わせしてしまったようです。


 あるあると言えばあるあるなのですが、ナタリアさんのPTはそのトレイン行為で崩壊し、シノさんもシノさんでそのまま撤退を続けたら通報案件なので渋々足を止めて迎撃に参加しているという感じのようですね。


 因みに2人の見た目は第二エリア用に新調したのか前回見かけた時から大きく変わっており、ナタリアさんはその鮮やかな金髪をポニーテールにしていて、着ている服は首を覆ったくすんだ濃緑色(のうりょくしょく)のハイグレスーツというような、何か特殊工作員めいた物に変わっていました。


 腰の辺りから切れ込んだ食い込みはなかなか際どいデザインだったのですが、とにかく足元は良く(なめ)された革製のハイソックスとアーミーブーツという森林行動に適した装備になっています。

 至る所に革のベルトで装備品を固定する動きやすさ重視のスタイルのようで、肩や肘といった要所要所にサポーターをつけて防御力を上げているようですね。


 メイン武器は変わらず『サルースの弓』を使っているようなのですが、腰の後ろに()いたナイフは何かしらの魔法装備のようで、細かく見ると色々と効果のありそうなアイテムを装備していました。


 そしてそんな露出の大きなナタリアさんと対照的に、シノさんは露出の少ない暗い色の薄手の全身スーツを着ており、たぶん生地が薄すぎて乳首が浮いているのを誤魔化すためだと思いますが、その上には臙脂(えんじ)色の肩出しのチュニックを着ています。


 手に持っているのは二メートル近い捻じれた太い木の杖で、小柄な(154cmのツルペタ)シノさんが持つとかなり巨大に見えますね。

 背中に背負った平たいバックパックや腰のベルトで止めたポーチにも色々と入っていそうですし、その特徴的な紫のインナーカラーの入った長い黒髪を一房止めている紫の宝石など、所々に魔法力を高めるような装飾品を身に着けていました。


「SYAXAAA!!!」

 そんな彼女達が戦っているのはフォレストスパイダーという体高1メートルちょっとの巨大蜘蛛で、見た目でいうとハエトリグモを獰猛にしたような感じで、足の長くないタイプの蜘蛛ですね。


 描写がリアルなので生理的な嫌悪感が湧かなくもないのですが、その体は硬質な長い蔦が絡まり蔦の蜘蛛というような見た目で、ファンタジーさが強調されているおかげで何とかギリギリ許容範囲内ともいえますね。


 まあそれでも気持ち悪いモンスターには変わりないのですが、私の感性だと何とかモンスター(ゲームに出てくる敵)の範疇に収まってくれそうです。


(虫嫌いの人には厳しそうですが)

 第二エリアは動物系や虫系が多いという話は聞いていたのですが、予想以上に虫々した見た目に眉をひそめてしまったのですが、とにかくそんな巨大蜘蛛の死体が3体、動いているのが4体で、そのうちの1体は2メートル以上の特殊個体のようですね。

 2人はそんなピョンピョンと跳ねまわり、あらゆる角度から攻撃してくる蜘蛛達に苦戦しているようでした。


 というのも足場の悪い森の中を動き回りながらだと回避もままならず、口から吐き出される粘度の高い糸を投網のように吹きかけられれば射線が塞がれますし、なかなか反撃のチャンスを掴めずにいるようですね。


 まあそれでも最初に不意打ち気味の奇襲を受けたと思われる犠牲者(最初の悲鳴の人)や、糸を避けきれずに絡め取られた他のメンバーよりかはマシなのかもしれませんが、とにかくナタリアさんのPTメンバーと思わしき3人の女性達は糸でグルグル巻きにされて、身動きが取れない状態で藻掻いていました。


「ひぐっ!?んふ~~、ふ~…んンッッ!!?」

 糸に巻き取られた彼女達の防具は戦闘音に引き寄せられて来たマンイーターの消化液で溶かされており、その破れた隙間に刺し込まれた毛茸(もうじ)の生えた蔦が服の下で蠢いていました。


 3人は何とか糸やマンイーターの蔦からの脱出を試みようと頑張っているのですが、それが無駄であるというように絡まる蔦が彼女達の身体を撫でると、その儚い抵抗が止まります。


 嫌な共生関係といいますか、基本同種族でしか協力していなかった第一エリアと違い、第二エリアのモンスターは種類によって協力関係にあるようで、糸で捕まえるフォレストスパイダーとその装備を溶かすマンイーターというように、役割分担を決めているモンスターもいるようですね。


 事実身動きの取れない女性達にマンイーターが蔦を伸ばしているのですが、フォレストスパイダーは獲物を横取りされるかもしれない事態を尻目に、まだ動いているナタリアさんやシノさんを狙って糸を吐いていました。


 これはマンイーターが装備を溶かして捕食しやすくしてくれるという事を知っているからかもしれませんが、襲われている方からしたらたまったものではありませんね。


「まっ、まって…つよッ…!?中、何本もくちゅくちゅ…イッ…んん゙ッッ!!」

 掴まった戦士風の軽鎧を着た赤毛の女性は目に涙を浮かべながら必至に藻掻いていたのですが、全身にべったりと絡みついた蜘蛛の糸は藻掻けば藻掻くほど絡みついてしまいます。


 グチュグチュと奥を突かれるたびにその身体は跳ね、絡みつく糸にも変な効果があるのか時折不自然なタイミングで短い悲鳴のような嬌声があがります。


 人前なので必至に声をあげまいと我慢しているようなのですが、容赦ないマンイーターの攻撃や糸の効果に身体が反応してしまい、大粒の涙をこらえながら顔を真っ赤にして震えていました。


 辺りには彼女達の押し殺したような声と卑猥な水音が響き渡っていたのですが、ナタリアさんの様子を見ている限りだとどうやらそれほど仲の良い関係という訳ではないようですね。

 

 立ち回りから考えてソロだと思われるシノさんはともかく、同じPTであるはずのナタリアさんは絡めとられた彼女達の事を気にしている様子ではあるのですが、無理をしてでも助けようという気概は無く、糸の回避やマンイーターの消化液の回避を優先させていました。


 もしかしたらPTはPTといっても臨時PTを組んでいるだけなのかもしれませんが、そういえば第二エリア攻略のための臨時PT募集の板が立っていたような気がしますね。


 正直に言うとブレイクヒーローズの仕様上(エッチな事もある)臨時PTは色々と地雷の気配がするのですが、実際のところはどうなのでしょう?


 ナタリアさん達のPTが男女混合でなく女性で統一しているのはそういう最悪の事態を想定しているのかもしれませんが、よほど気心のしれた間柄でなければかなり気まずい事になるのは目に見えています。


 まあ単純に人手が増えるのはメリットですし、それが(見られながらが)良いという被虐体質の人もいるのかもしれませんが、とにかく目の前に広がるのはそんな感じの大惨事で、私は嬌声を上げる彼女達から視線を逸らして、ちょっとモジモジしながら改めて戦場を俯瞰するように見渡しました。


 戦いの場になっている場所は私達の潜んでいる場所から見てやや下り坂になった細いY字路で、曲がりくねった道の丁度交差点といった場所のようですね。


 そしてその交差点には横に広がったシダの葉の中心に雷のようなギザギザした種子のついた『ピリリ草』の群生地がありました。


 どうやらナタリアさん達は『ピリリ草』を探してここまで来たようなのですが、群生地を見つけて意気揚々と採取しているところに、シノさんが奥地から逃げてきてモンスターをぶつけてしまったという感じなのでしょう。


(ぷい!)


(そうですね…)

 そんな分析していると牡丹からちょっと危険な提案が出て来たのですが、確かに勝手に乱入する事も出来ないですし、本人もやる気なのでその提案に乗る事にしました。


(お願いします)


(ぷ!)

 私がGOサインを出すと牡丹はスライム形態になり、キリッとした顔でそのままピョンピョンと跳ねて茂みの中に消えていきます。


 これで私の使える武器は鋼の剣と、右太ももに付けたポーチの中に入っている投げナイフが5本で、アイテムはポーションが各一本ずつと心もとなくなってしまったのですが、もとから戦う気はないので別に良いでしょう。


 私は牡丹が見つからない事を祈りながら視線を戦場に戻したのですが、端の方には頭に黄色い花をつけたような深藍(ふかあい)色の体毛をもったフラワーラビットが3匹、デフォルメされた三十センチ程度の大きさの巨大ミツバチともいえるキラービーが4匹倒れているのに気がつきました。


 両方とも第二エリアだとよく見かけるモンスターで、たぶんこれがナタリアさん達のPTが倒した敵なのでしょう。


 キラービーの中にはフォレストスパイダーの餌食になった個体も居るようで、糸まみれの塊が時々ブブブッと震えていたのですが、抵抗を諦めたのか窒息判定で気絶でもしたのか、暫くして動きを止めました。


 他に目視できる範囲の敵と言えばマンイーターが7体で、私の位置から見えない場所に居る個体も合わせると10体以上いるのかもしれません。

 トータルするとかなりの数のモンスターが(ひし)めいているようで、乱入云々より単純に参戦するのが危険ですね。


「【チェイスショット】!!っとぅおあっ!?」

 とにかく牡丹の成果を待とうとそのまま息を潜めていると、ナタリアさんが糸を避けながら反撃の一撃(スキル)を放ちます。


 ナタリアさんはすぐさま応射された糸を間一髪で避けていたのですが、撃ち込んだ光の矢は途中で直角に曲がり、フォレストスパイダーが足場にしていた木の後ろを回り込むようにして斜め後方から命中するのですが、ガッと突き刺した表皮は硬く、一撃で致命傷とはいかないようですね。


 ナタリアさんとしてはそのまま第二射といきたいところなのですが、そうこうしている内に吹きかけられた糸に射線が塞がれ消化液を吐きかけられてと、その猛攻に押されるように後退してきて……丁度下がって来た方向に居た私と目が合いました。


「ユリエルちゃん!?良いところに!手伝って欲しいんだけど、いいかな!!?」


「手伝いたいのはやまやまなのですが…」

 ナタリアさんはパッと表情を輝かせたのですが、今は同じPTでもありませんし、一身上の都合(ドレスの呪い)によりあまり戦いたくないのですよね。


 そもそもこの状態で私に求められるのは臨時の前衛だと思うのですが、機動力の無い今の私だと糸を回避する事すらままならず、絡めとられて弄ばれる未来しかありません。


 それにナタリアさん達が仲のいい知り合い同士というのなら後々説得してもらうという事も出来るのですが、どう見ても攻略目的の臨時PTのようですし、途中参加は揉め事の気配がしますね。


 一応万全の状態であれば糸に絡まっている人を助けるだけ助けるとか、攪乱するだけ攪乱して手は出さないという事も出来たのかもしれませんが、今はちょっと難しそうなので、頼られる前に先制して釘を刺しておきましょう。


「うっ、そうか…ならちょっと皆と相談……は、ちょっと厳しいか」

 その辺りの暗黙のルール(別PTが乱入しない)というのはナタリアさんも十分承知しているようで、PTメンバーに確認しようとフォレストスパイダーの糸に絡めとられ人達の方を見たのですが……今まさにヌチョヌチョとされているところなので相談どころではないですね。


 気持ちよさそうに涎を垂らして何本も蔦を咥え込んで出し入れされている状態では相談も何も無いでしょうし、そもそも私達の声が届くのかすらわかりません。


「うわぁ…凄……うぇっほん!あーもうどうしよう、流石に私1人だと火力不足だし」

 ナタリアさんはその様子をまじまじと見てから、ワザとらしく咳ばらいをして誤魔化したのですが、その顔が赤いですね。


「ねえ、もういっそ逃げない?というより私はそろそろ逃げていーよね?義理人情は果たしたと思うんだけど……?」

 私とナタリアさんが話し込んでいると、そこに後退して来たシノさんが合流して来たのですが、私の顔を見た瞬間一度目を見開いて「うわぁユリエルだ」なんて失礼な事を小さく呟かれました。


「そうしたいのはやまやまだけど……『ピリリ草』が…」

 ナタリアさんはその呟きに気づかなかったようで、『ピリリ草』の群生地を名残惜しそうに見ています。


「やっぱり皆で協力して倒さない?3人なら何とか…」

 それでもナタリアさんは諦めきれないという様に提案してきたのですが、私は糸を吐きながら迫りくるフォレストスパイダーを見ながら、牡丹の進捗具合を確かめたのですが……もう少し時間を稼がないといけなさそうですね。


「わかり……」


「私は協力しないよ、だって私…ユリエルの事嫌いだから」

 時間稼ぎのためにも私はナタリアさんの提案に乗ろうとしたのですが、ヘラリと人畜無害そうに笑ったシノさんは、私の顔を見ながらそんな事を言ってきました。

※シノさんは完璧にソロでそろりと侵入する形で中層までいったのですが、モンスターハウス化している未踏破地域に足を踏み入れてしまい、物量に押される形で撤退しました。

 何とか数を削りながら這う這うの体で逃げているところにナタリアさんのPTとかち合ってしまってという流れです。


 ナタリアさんのPTは完璧に「麻痺治しクエストを皆でクリアしようPT」で、リーダーである戦士1名、槍1名、弓と剣の偵察が1名、あと荷物持ち兼生産の1名とナタリアさんの計5名PTだったのですが、そのうち荷物持ちの人は最初の奇襲でモグモグされていてユリエルが到着した時には4名に減っています。

 撤退しようにも目の前に『ピリリ草』の群生地帯があって、どうしようと意思統一できない内に皆掴まってしまいどうしようもなくなっていました。


 因みにナタリアさんがPTに参加した理由はこういうフィールドが苦手なヨーコさんの為に『ピリリ草』を集めておこうと思ったのですが、流石に奇襲の多い森の中で弓メインと言うのは厳しいと思ってPT募集に応募した感じです。


 後どうでもいい事ですが、ナタリアさんがちょっと際どい恰好をしているのはヨーコさんの趣味です。

 シノさんがユリエルの事を嫌っている理由は次話でちゃんと説明される予定です。

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