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192:南の森

「んっ…ッぅ……」

 私はスカートに引っかかる小枝を払い、引っ張られた胸元を直しながら息を吐きました。


 セントラルキャンプの南側、単純に“南の森”と呼ばれている場所に広がっているのは鬱蒼とした森で、辺りは見上げる程大きな木から伸びた根で迷路のようになっており、苔むした岩場が私達の行く手を遮っています。


 木々の間を縫うような細い山道には落ち葉が積もりフワフワと歩きづらいですし、場所によっては木の根を渡り歩くような所まであったりとまるで自分達が小人にでもなったかのような錯覚を覚える風景は幻想的なのですが、移動するだけで徐々に体力が奪われていくのが難点です。


「ぷーい、ぷーい」

 スライム状態だとその高低差に対応しづらそうだったのと、未知のエリアの強敵の不意打ちで即死という最悪の事態を考えて念のためにイビルストラ化させておく事にしたのですが、久しぶりの身に着けた牡丹は上機嫌で、ワサワサと私の上半身を撫でてきて擽ったいですね。


 そして移動する必要のない牡丹が周囲を警戒してくれているのは良いのですが、右前垂れには投げナイフ、左前垂れには盾を持っているので重心が左にズレているので少し歩きづらく、「頑張れ頑張れ」とへばる私を応援しようとしてくれるのもあまり揺らさないで欲しいというのが本音です。


 これで私の両手が開いていればまた別なのかもしれませんが、奇襲に備えて常に右手で鋼の剣を持っている状態なので、なかなか煩わしいものがありました。


 とにかく私達はそんな森の中から『ピリリ草』を十本採取してくるというクエストを受けていたのですが、流石にキャンプ地の近くは他のプレイヤーに取りつくされているようで見当たりません。


(本当に…これは…)

 探し歩く事三十分、何匹かモンスターを倒しながら何とか三本目の『ピリリ草』を見つけた私はぜーはーと息を吐きながら、汗を拭いました。


 MAPに印をつけながら歩いているので迷う事は無さそうなのですが、奇妙な鳥の鳴き声や木々の騒めき、場合によっては他のプレイヤーが出す物音や魔物の気配に対して常に気を張っているので、予想以上に精神が摩耗していきます。


 そして何よりプレイヤーの密度が高い事も結構な問題で、モンスターの回転率(リポップ率)が良いので常に横湧きに注意しなければならず、生い茂る植物によって視界が悪い事も手伝いたびたびモンスターの奇襲を受けました。


「ぷ!」

 奇襲を受けやすいというのはわかっているのですが、急に強くなった甘い花の匂いに気をとられた瞬間、いきなり木の幹を這うように垂れ下がって来た蔦に私の体は絡めとられます。


「っ…んぅッ…」

 牡丹が警告を発した時にはすでに遅く、伸びて来た蔦が私の右手と首に巻き付き、息が詰まります。


 木の上から静かに蔦を伸ばしてきたのはマンイーター(巨大食人植物)で、レベルは19。いかにもファンタジー世界といえる植物系のモンスターはその長い蔦で私の体を絡めとると、そのまま樹上にある(本体)へ運ぼうと引き上げにかかるのですが……牡丹が即座に首に絡みつく蔦を斬ってくれました。


(こ…のっ!)

 何がしたいのかわかりませんが、巻き付いてくるチクチクした毛茸(もうじ)の生えた蔦は胸の先端を擦りほんのひと摘み分の集中力を奪っていくのですが、私は牡丹と協力して体に巻き付いた残りの蔦を斬り払います。


 絡みついていた蔦が無くなった事で数十センチ落下し、受け身を取った際に地面から飛び出していた木の根が背中に食い込み少し涙目になります。


 その痛みに耐えながらイビルストラの前垂れから投げナイフを取り出し、私は転がる流れでマンイーターの本体に向けてナイフを投擲しました。


「GYOUXOHII!?」

 咄嗟だった事や、疲労や痛みで手元が狂った事もあり投げたナイフは蔦の根元のギザギザした口のような部分から数センチずれて命中したのですが、それでマンイーターは何とも言えない叫び声を上げて逃げて行ってしまったのですが、口から洩れた消化液が飛び散り甘い香りが辺りに漂います。


(本当に…)

 撒き散らされた消化液は牡丹が盾で防いでくれたのですが、守り切れなかったスカートの端に小さな穴が開きました。


「ふー…はー…」

 少しずつ少しずつ繰り返される嫌らしい攻撃に集中力が削られ、撒き散らされる消化液から漂う甘い香りに身体が火照ります。

 森の中に入ってからの戦闘は大体こういう感じなのですが、厄介な事に第二エリアはこういうモンスターが多いようで、こちらの隙をつくような形での奇襲が増えました。


 第一エリアだと中ボス以上でなければほとんど物理攻撃一辺倒だったのですが、第二エリアだと何かしらの特殊行動(消化液等)をしてくるモンスターも多く、勝手が違いなかなか大変そうですね。


 因みにマンイーターと言われていますがその種類は多種多様で、何かしらの植物に本体ともいえる口がついていたらだいたいマンイーターという大雑把な括りでした。


 その適当さや他のモンスターより一段低く設定されているレベルから考えると、これでもどちらかというとプレイヤーの邪魔をするための賑やかし(森の背景)のような存在なのでしょう。


 事実マンイーターに殺されたプレイヤーはあまりいないようで、絡めとられて身動きが出来ないところを他のモンスターにやられたり、消化液で装備を失って撤退したという話の方が多いくらいです。


 執拗に変な所を狙ってくる以外は大した実害はなく、私はマンイーターにクニクニと弄られ大きくなってしまった場所を強く意識しながら、軽く頬を押さえます。


 とにかく息も上がっているので一旦休憩しようとスタミナポーションを取り出そうとしたのですが、まるでプレイヤーに休む暇は与えないというように左後方の木と木の間の茂みから苔の生えた緑色の蛇が飛び出して来ました。


 大きさは直径十センチ足らずの全長が三メートル前後のフォレストスネークですね。


 レベルは23で、ヌラついた暗緑色の肌はゴツゴツした立体感の強いうろこに覆われているのですが、樹木の生い茂る森の中で動きやすいように進化しているからか意外と体は柔らかく、その長い体をバネのようにして木から木に飛ぶ姿も目撃されているというモンスターです。


 普通の蛇と違う所はその体に苔が生えている事なのですが、その苔は保護色になっているともジっと獲物を待っている間に生えてきたとも言われているのですが、とにかく苔が多く大きな個体ほど長生きしているので強力だと言われているようで、大きく成長しきったものの中には草が生えているのも居るという話でした。


 因みにその鋭い牙には麻痺と遅延性の毒があり、噛まれると死ぬまで細く長い舌でチロチロされたり太くゴツゴツした体でズボズボされたりするらしいのですが、それはどちらも遠慮したいですね。


 レッサーリリム状態であれば多少探知の様な事が出来たのですが、流石に人間状態だとそんな事は出来ません。

 集中力が散漫になっていた事もあり不意打ち気味の連戦となったのですが、私はその跳びかかってくるフォレストスネークをサイドステップで躱……そうとしたのですが、【跳躍】で無駄に勢いがつきすぎてしまった事や、足場が悪かった(木の根が出っ張り)事もあり、おもいっきりつんのめります。


「っ…ひぃッ!?」

 何とか直撃コースからは外れようと体を捻るのですが、ブルンと揺れた胸に引っ張られる形で股のラインが食い込み、身体が跳ねました。


「ぷっ…い!!」


(っぁ…これ、くらいッ!)

 それで完全にバランスを崩してしまったのですが、跳びかかってきたフォレストスネークは牡丹が盾で受け流し、私もとにかく精神を集中させて、結構無理な体勢から胴体部分を薙ぎ払います。


「SYAGYUUOO!!?」

 ギチッという硬い感触と石が砕けるような手ごたえ、流石に手打ちだとその硬い鱗に弾かれ致命傷を与える事は出来ませんでしたが、弾く事には成功したようですね。


 そしてフォレストスネークが体勢を立て直す前に私は【ルドラの火】を込めた投げナイフを投擲しようと身構え……。


「きゃぁあああああああっっっ!!!?」

 そんなタイミングで、結構近くから女性の悲鳴が聞こえてきました。


 少し遅れて聞こえてくる複数の悲鳴と、戦闘音。どうやら近場で他のPTも戦っているようなのですが、その音に気を取られて攻撃のタイミングを逃しました。


(それでも!)

 先程の斬り払いで多少のダメージは与えていたのか、「SYAAA!!」と虚勢を張るように威嚇してきているフォレストスネークの動きは鈍く、よく見るとその胴体の中程に引き千切れそうな場所がありました。

 きっとそこが剣の当たった場所だと思うのですが、私はその千切れそうな場所に【ルドラの火】を込めた投げナイフを投げて……止めを刺します。


「ふーー……」

 激しく動いた事で固定している部分が刺激されて、心臓がドキドキしています。


 戦闘時の興奮もあり落ち着かない気持ちになるのですが、今はそれどころではないのでヨロヨロと立ち上がると、改めて周囲の安全を確かめるために周囲を見回しました。


「なにコ・・!?」


「い・・ら、すぐ・むか・・って!!」

 言っている言葉はよくわからないのですが、戦闘音はますます激しくなっているようですし、大物でも出たのでしょうか?


「ぷーい?」

 牡丹も気になるのか首を傾げるような気配が伝わって来たのですが、とにかくまずはスタミナポーションを飲みましょう。

 そして飲んでいる間に私達は短く相談をした後、何が起きているのか一度確かめてみようと、その戦闘音が聞こえてくる方向に向かう事にしました。

※アイテムのリポップは時間経過で、モンスターのリポップは該当フィールドに即時です。現在麻痺治しクエストを受けた第二エリア攻略組によってキャンプ地近くの『ピリリ草』は採取しつくされており、中層から深層に向けて他のプレイヤーが動いています。


※クランが開放された事もあり第二エリアはPTプレイ推奨で、複数人で周囲を警戒している事が前提となるフィールドです。

 もしくは翠皇竜化したレッサーリリムユリエルのようにバフマシマシのソロプレイヤーを想定しており、バフが無い状態でえっちらおっちらと攻略する事はあまり想定していません。

 ユリエルのPSならギリギリちょっと厳しいくらいなのですが、ここからまたレベルを上げて頑張っていこうと思います。


※ちょっと修正しました(4/20)。

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