19:ユニークモンスター『ゴールドホーンラビット』
金角兎は威嚇音を鳴らしながら、耳をピクピクと忙しなく動かしていました。その耳は走り寄る他のプレイヤーの方を向いたりしているので、距離を測ったりしているのでしょう。
苛立たし気にストンプを繰り返す金角兎を観察しながら、私は右手で剣を持ち構えます。
通常種と比べると大きさは3倍程度、角は綺麗な金色をしています。耳や足も少し大きいような気がしますが、それが個体差なのかどうなのかはわかりません。
観察を続けながらも、少しでも有利なポジションをとれるよう、位置を調整していきます。
金角兎との距離は8メートル。もう少し距離を詰めようとしたところで、いきなりドンッ!と大きな音がしたかと思うと、金角兎の姿がブレました。ジグザグに上がる砂煙。高速で迫りくる金角兎の姿を何とかとらえたところで、構えていた剣に強い衝撃が走り、弾かれます。
「はっ!?」
速い。反射的に振った剣がたまたま相手の左側に当たり外側に逸れていってくれましたが、右側に当たり内側に逸れていたら今の一撃でやられていました。
ザッザッザッと滑るようにバランスをとる音が右側から聞こえてきます。確認している余裕はありません。反射的に前方に転がるように受け身を取ると、今までいた空間を何かがもの凄い勢いで通過していきました。
「ぐっ…」
受け身を取った際、ナップサックの中に入っている素材が背中に当たります。強度のある革製だったので貫通する事は無く負傷は免れましたが、1回転後の起き上がるタイミングでナップサックを急いで下ろします。
流石に色々と素材を集めすぎましたね、重量物を背負ったままではコレとは戦えません。金角兎の方を見ると、飛びのいた私を一時的に見失ったのか、大きな耳を立てて辺りの音を拾っているところでした。
私はその隙に、周囲の状況とアルバボッシュの精霊樹を確認します。正直ここまで来て、リスポーンはしたくありません。周囲に他のプレイヤーもいる事ですし、無理はしないでおきましょう……そう判断できるのですが、どういう条件で出現したのかわからないユニークモンスターと1対1で向かい合っているという好条件に、少し心が揺れます。
「【看破】」
ですが、今はギルドカードを入手する事が第1目標です。危険度がわかっているのに無茶をするのは無謀です。残念ですが、ここは撤退してもらいましょう。角兎系統への【看破】。撤退しなくても怯んでくれさえすれば、他のプレイヤーが駆けつけてくる程度の時間が稼げるかもしれません。協力プレーなら安全にこの金角兎も仕留められるでしょう。その辺りの撤退に関する効果が出なかったとしても、相手の耐久度がわかれば戦術的に役だちます。そう考えての行動だったのですが……【看破】が弾かれました。もしかしてレベル差で弾かれているのでしょうか?ルドラ関連の像や井戸も私より強かっただけという可能性がありますね。と、そんな余計な事を考えている暇はありません。【看破】で見られるのはよほど不快なのでしょう、ダンダンダン!と強く地面をストンプすると、金角兎は「BUUT!」と一際大きく鳴きました。
どうやら怒らせてしまったようですね。この速度相手に時間稼ぎは無駄でしょう。私は気持ちを切り替えて、帽子も外しておきます。逃げてくれないのなら、やるしかないですね。感覚が研ぎ澄まされていくのがわかります。
私はナップサックの中から、一番最初に拾ってそのまま放り込んでいた錆びた短剣を取り出します。他の物はドロップしてすぐに消費していたのですが、これは入れたままだったので残っていました。
それを左手、逆手に持って構えます。変則的な2刀流。相手の一撃を受け止めるために、左を前にした構えです。
距離は十分あるのですが、あの踏み込みがあるから油断はできません。フェイントをかけてくるのか、直線的にくるのか……直線ですね。
ドンッ!という爆発するような踏み込み音と共に、全速力で私の胸元辺りを目掛けて突っ込んできています。
角の認識能力のおかげか、今度は金角兎の動きが見えているのですが、見えている事と対応できる事はまた別の問題です。相手の動きに対して、私の動きは焦るように遅いですね。滑り込むように突っ込んでくる角と私の体の間に、何とか短剣を滑り込ませます。
「くぅ…っ」
角と短剣がぶつかり合い、硬質な音をたてて短剣が中ほどから砕けました。もとから耐久度が低かった物ですから、一撃を受けきってくれただけで僥倖でしょう。
地面から私の胸元近くまでジャンプしてきていた金角兎を上に弾きながら、その勢いを利用して体を無理やり捻り、後ろに抜けるように飛んで行った金角兎に右手の剣を合わせます。
とりあえず攻撃してHPを削らない事には話が始まりません。後ろ足に引っ掛けるような斬撃が間に合ったのですが……キシンというか、ブヨンというか、これ、毛皮やその下の筋肉に弾かれていますね。HPも殆ど削れていなさそうな感触に、持久戦からのじり貧になる未来しか見えません。
こうなったら、賭けに出ましょう。
正面から普通に使っても、警戒されて距離を取られたらお終いです。カウンターとして使うのなら私の反射神経が足りません。バランスを崩しながら飛んでいった今なら、まだ当たるかもしれません。
「【ルドラの火】」
それでも金角兎のバランスを崩しているという事が前提です。着地後すぐに動かれたら、簡単に回避されるでしょう。そんなタイミングで、私は青白い炎を纏わせた短剣を……投げました。
金角兎はつんのめるように地面に着地すると、その大きな耳を1度ピクリと動かしました。両足に力がこめられ、ジャンプ……しようとしたところに、ルドラの火を纏った短剣が命中します。
ドンッ!!という破裂音と共に、青白い炎が舞います。弾かれるようにバウンドして、金角兎が再度宙を舞います。その様子を見ながら、私は右手に持っていたスコルさんの剣を左手に持ち換えて、右手にはナップサックを盾のように持って構えます。毛皮とか色々と入っていますからね、金角兎の攻撃の前では気休め程度にしかならないでしょうが、ないよりかはマシです。
私が祈るように見守る中、金角兎は2度バウンドして、1度ピクリと動きかけてから……完全に動きを止めました。大丈夫?本当に倒しました?
恐る恐る近づき、剣先でつついてみるのですが、動きませんね。
「はぁー-……」
やりました、何とか無事に終わりました。無傷……とはいかず、よくよく見てみると、服やスカートのあちこちに穴が開いていたのですが、その程度の怪我は誤差の範囲でしょう。
集まりつつある人達の間から、「凄げぇ」とか「誰あの子?」といった声が聞こえてきています。私もやっと周囲の人に意識を向ける余裕が生まれました。何人かの人の横に赤色のAIが出ていますね。録画していますよね?そういうのは本人の許可を取ってからだと思うのですが、イベントのようなものに出会ってはしゃぐ気持ちはわかります。私の機嫌もいいので、良しとしましょう。と、そこで、アナウンスが流れました。
『アルバボッシュ周辺に出現していたユニークモンスター、ゴールドホーンラビットが退治されました。これが初めての討伐のため、ワールド全体にアナウンスが流れています。初討伐者にはSP3ポイントが進呈され、『ゴールドホーンラビットの討伐者』の称号が授与されます。ゴールドホーンラビットについての情報は最寄りのブレイカーズギルドにてご確認ください』
※無事討伐出来ました。ちなみに金角兎の出現条件は『一定数の通常角兎を倒すと1日1匹限定で出現する』です。討伐されたユニークモンスターの情報はギルドにて閲覧可能になり、出現条件も開示されます。
※誤字報告ありがとうございます(10/16)訂正しました。




