運営者Side(鈴木主任視点):戦勝会の裏側
追加の設備と人員が入ってからは仕事が一気に回り始めた。
これは単純に疲労していたメンバーが一息付けたという事もあるし、追加の人員が優秀だったという事もあったんだが、一番大きな理由は無理な修正による無駄な作業が無くなった事だろう。
というのも今まで一番労力を割いていたのが本社から送られて来るおかしなデータを書き換える作業で、その修正したデータを更にAIが修正しようとしてと言ういたちごっこが起きていたんだが、マイルドな形でリリースするようになるとスムーズに通り、一気に作業が楽になった。
この辺りはポルトーが主軸となって調整作業をしてくれているんだが、流石助っ人要因として回されてきただけあって、服装に関して奔放なところがあったり、所かまわず高橋とイチャイチャしている事を除けば優秀な人材だったんだが……これは完全に本社の指金だよな。
そもそも派遣されてきたのがほぼ即日というのも怪しすぎるし、まるでオープンβの頃から予定が組まれていたような速さだったんだが……まあもう大炎上した後だし、ちょっとくらいアレな内容でもプレイヤーがついて来てくれているというのが分かったので、俺も方針を変える事にした。
流石に大昔程厳格ではないとはいえ、日本は世界的に見て規制が厳しい地域なんだが、その辺りの事情も多少は汲んでくれているようなので、軽く手綱を締める程度でいいだろう。
そのため第二エリアは当初の予定とはかけ離れた出来になったんだが、それに関しては諦める事にした。
それに余裕が出来たら色々と実装してみたくなるのが技術屋というもので、こちらも色々と無駄な物を追加していったので、お互い様だろう。
「あらーこれは…ねえ主任、ちょっと」
「どうした?」
ゴルオダス戦でのリザルト結果は『C+』、大したもんだとその結果を見ていた俺は、別画面でモニタリングをしていた井上に呼ばれて席を立った。
示されるままにモニターを確認してみると、そこに映っていたのはとあるNPCの姿だった。
「キリアちゃんね、怨念が出てたから動くんじゃないかと思っていたんだけど……このままだと第一エリアにやって来そうなのよ」
「それは…」
今第一エリアに来るとなると、戦勝会の真っただ中だな。
キリアは第二エリアに配置されているNPCで、長距離移動能力は無いので本来第一エリアには来れない筈なんだが……今は第二エリアの拠点造りのための特殊なポータルが開いている。
ポータルには本来魔物除けに近い効果があるんだが、その結界が張られる前のギリギリのタイミングで、キリアが来てしまったようだ。
「移動を強制的にカットできなくもないけど…」
キリアの基本的な行動原理は、プレイヤーの妨害と魔王軍側への勧誘だ。
正直に言うとゲーム的には必要なキャラというわけではなく、協賛企業の特殊電脳の学習試作型を基盤とした特殊AIのテストが目的で、テストサーバーでのテストすら禁止されているという独立性の強いNPCの内の一人だった。
そういうキャラなのでゲーム本編にはあまり絡んでこず、何か怪しげな動きをする賑やかしという意味が強いキャラなんだが、ゴルオダス戦の総合MVPに配られる魔核を持っていれば接触してくるし、怨念を持っていれば積極的に関わり合おうとするようには設定されていた。
一応何かしらゲームのストーリーに絡ませようという意図があったんだが、その特殊性から管理は本社預かりで動作テストもしていないし、そもそも『翠皇竜ゴルオダスの怨念』が出たのが今のところ日本サーバーのみで前例がないとなると、判断材料が難しかった。
因みにこの怨念は殆どお遊び要素が強いアイテムで、条件は『ゴルオダスに一定以上のダメージを与えている事』『ゴルオダスに深く恨まれている事』という二つの条件が必要になるんだが、一個人がエリアボスに深く恨まれるなんていう条件はそうそう達成できないだろうと思われていたんだが……日本サーバーの問題児が達成してしまったんだよな。
一応特殊なスキルを覚える事が出来る有用アイテムではあるんだが、条件を満たすプレイヤーもいないだろうと言われていたので、簡単なテストしかしていない問題のあるアイテムでもあった。
そもそも空を飛ぶワイバーンの王を陸上で溺れ死にさせるってどういう事だよと思ったんだが、窒息死は苦しいだろうとか、その後ボコボコにされた事もあってそりゃ恨まれるだろうという感じなのだが、これはかなり特殊な例だ。
普通にゴルオダスの口の中にアイテムを投げ入れようとしても防がれるし、万が一入ってもすぐに吐き出されるだろう。
噛まれるのに任せて口の中でアイテムを使えば……まあタイミングが合えば出来るかもしれないが、早すぎれば怪しまれるし、遅すぎればアイテムを使う前にリスポーンしてしまう。
テイムモンスターを使う事で安全に行ったのは機転が利いているなと感心してしまうし、そもそもそんなアイテムをガチャで引いておく豪運も恐ろしい。
まあとにかく、そんなアイテムが出てしまった事でキリアの動きがよくわからない事になってしまい、第一エリアまでやって来るという事態になってしまったようだ。
テストAI的には、特殊な例としてのデータ的な価値はあるのかもしれないが、怨念の所有者がユリエルだという事が問題なんだよな。
どう考えても碌な事にならなさそうな組み合わせなんだが、キリアのイベントを進める条件は『キリアに勝つ』事で、それは現時点では達成できない条件のように思えた。
勿論完膚なきまでに勝ってしまうと当然消滅してしまうんだが、実験用NPCがゲーム開始早々瞬殺されましたじゃ問題があるからな、ステータスは色々と盛られており、最低でも第二エリア後半、出来たら第三エリアクラスの実力がないとプレイヤー側が瞬殺されて終わり。ソロ討伐を考えるとゲーム後半に近い力が必要な相手で、この時点のプレイヤーだとどう頑張っても勝てる見込みは無い。
負ければそれまでの一発勝負だし、それでキリアの興味も無くなり接触も無くなる筈だ。
「……いや、このまま進めよう」
下手にここで妨害して、第二エリアで2人が接触するほうが万が一があるかもしれないし、早い段階で接触させた方がマシだろうと俺はGOサインを出した。
それから始まった出来事は……熊、熊だな。
「あら~凄い事になっているわね、何これ?」
一応熊のステータスと謁見の間に居るプレイヤーの総合的な戦力差を計算していた井上は唸っていたのだけど、双方のステータスを見て「まあなんとかなるでしょう」と呟き見守る事にしたようだ。
勿論データを取る事や予想外の事態に備えてはいるんだが、そもそもこの熊達との戦闘自体がこちらからすると予想外の出来事だ。
一応キリアが演技っぽく振る舞ってくれているので何かのイベントっぽく話が進んでいるようなんだが、正直ここから先は俺達にも何が起こるかわからない。
流石におかしい流れになってきたという事で手すきのメンバーが集まり始めたんだが、今の所は他のデータに競合やバグも発生していないようなので、熊のぬいぐるみに襲われプレイヤーが右往左往しているのを眺めていた。
とにかくこのまま問題が起きないようなら「こういうイベントだった事にしよう」という事で話が纏まった頃、全ての元凶であるユリエルはキリアに連れ去らわれていた。
何かもう色々ともっているなと感心しながらその様子を眺めていた俺達の前で、ユリエルを監視するためにつけていたモニターが突然ブラックアウトする。
「え、嘘、データ……ロスト?どういう事!?」
「落ち着け!!トーマス、チェック!ユリエルの捜索、最悪の場合は強制的にゲームを遮断させろ!!中村っ…は休みで、高橋は第二エリアか……緊急コールだ、2人を呼び出せ!」
急にユリエルの動きを追えなくなった事に部屋の中の空気がザワリと揺れたのだが、俺は皆に声をかけながら、管理AIに指示を出した。
「はいは~い、カトリーヌにお任せ!降りた方が良い?」
現在進行中で稼働再構築している第二エリアの処理に出ている高橋に連絡を入れていると、何かしらの軽いポーズをとってやって来たのはポルトーだった。
色々と心配になる軽さではあったんだが、ここは彼女に頼るしかないだろう。というより仕事場で無駄に肌を露出させるな!胸をゆらすな胸を!純情な奴らが多いんだぞ!?他の連中もいちいち雄叫びを上げるな、今はそんな事じゃないだろ鬱陶しい!
「…頼む、まずはユリエルの安全確認を、異常があればサルベージ作業に入ってくれ」
内心ギリギリと歯ぎしりをしながら、最悪の事態まで想定して、胃の痛みに耐えながら指示をだす。
「OKOK~じゃあ、行ってきマす!」
こうなるともうハチの巣をつついたような騒ぎとなり、謁見の間のモニター作業は井上に任せておき、残るメンバー全員でトーマスや電脳に降りたポルトーのフォローに回る。
今のところはポルトー1人で手は足りているようだったんだが、少し遅れて連絡に出た高橋に事情を話してフォローに回らせた。
『わかりました、すぐに取り掛かります』
「ああ、頼む」
俺は各部署に連絡を入れ、辞表も覚悟したんだが……調べて分かった事は意外と単純な事で、原因は日本支社から2人にアクセスする権限がなかっただけとの事だった。
『本社経由ナらわかるかもしれないけど、どうしマす?』
「一応申請はしてみるが…」
理由がわかると安堵感と拍子抜け感が広がったんだが、何かもう嫌な汗で服がぐっしょりしていた。
俺はへなへなと椅子に腰をかけながらポルトーの報告を聞くんだが、なんでも2人が入ったのは所謂亜空間として設定されている場所で、マジックバッグの中側といえばいいのだろうか?とにかくそういう未使用領域らしい。
この空間は色々なスキルや空間系の魔法を使用する時に使われる場所で、プレイヤーがどれだけマジックバッグを作るかとか、どれだけ空間系のスキルを取得するかがわからないので、基本的には使われていない記憶領域が指定されるようになっているらしい。
そんな場所にアクセス権限の無い2人が入り込んだものだから、こちらの観測領域からはロストしたように見えたらしい。
キリアには本来そんな場所に入る力はないんだが、ポルトーの調査ではポータルで長距離移動した時に“そういう空間がある”という事を認識して、スキルとして取り入れたのではないか?との事だった。
そんな事が出来るとは知らなかったんだが、キリアの学習型AIの場合は色々と特殊な仕様のようで、そもそものキリアの能力は付与と召喚、職業的に言うと生物や無生物に力を込めて操る巫女や召喚士といったところだろうか?そういう何かに影響を与える能力の応用で、空間に働きかけて穴をあけたんじゃないかという事だった。
「影響は?」
その力がある事でこの後どうなるのかが問題なんだが、キリアのデータの複製が禁止されている以上、コピーしてテストサーバーに突っ込むという事も出来ない。
そうなるとオリジナルを隔離して突っ込む事になるんだが、そりゃあ数回くらい回すのならちゃんと記憶を消していけば問題ないかもしれないが、テストサーバーの予想演算は兆や京といった回数施行される。
それだけテストを繰り返せば消し忘れも出てくる可能性も増すだろうし、本人も断片的な記憶から何かおかしいと気付くかもしれない。
そうなるとキリアの実験はお終いで、俺達には莫大な違約金の支払い義務が生じてくる。
現場としては「そんな危なっかしい物を実装するなよ」と文句の一つでも言いたいんだが、そういう色々な実験に付き合っているおかげで運営費が賄えていると言う点もあるので何ともしがたい。
結局周囲に流される下っ端の辛さに、胃がシクシクしてきた。
「無いとは言えないけど…」
たぶん俺と同じような事を考えていたのだろう、井上はお手上げという様に手を上げた。
結局これだけ俺達をやきもきさせながら、時間がたてばユリエルは何故か裸でポンッと通常空間に戻って来て皆を慌てさせて、少しの時間を開けて別の場所にキリアも出て来たんだが、こちらは顔を真っ赤にして混乱しているようだった。
その様子はこちらの望んでいたルートとは程遠いもののようで、俺は頭とお腹を抱えたくなる。
この事は本社でもモニタリングされていたのだろう、一段落すると本社からの呼び出しを告げるコールがが鳴り……まだまだ大変な日々が続くんだろうなという予感に、俺は大きくため息を吐いた。
※実は危機的状況だったユリエル。
※運営Sideは必要なのかと悩みますが、どうしてもユリエル目線では仕様や裏側の解説が出来ないので入れていこうと思います。
ただ何かだんだんとこちらも可笑しな流れになりつつありますし、鈴木主任は胃痛持ちにランクアップしたような気がします。




