18:アルバボッシュに向かいます
では早速、チュートリアルを進めていきましょう。内容は『最寄りのブレイカーズギルドでギルドカードを発行してもらおう!』というもので、プレイヤーの身分証明書にも使える物なので、早めにクリアしておくべきでしょう。アルバボッシュまでは結構な距離があったのですが、道なりに進めばいいだけなので、迷うことは無いでしょう。
私は森の小道を歩きながら、時折襲ってくるゴブリンやウルフを倒しながら進みます。経験値は結構美味しく、数匹倒せばまたレベルが上がったのですが、【解体】をもっていないので、ドロップに関しては少し効率が悪いですね。
ゴブリンが持つ装備の類は確定でドロップするのですが、魔石やウルフの爪や牙といった物は5%とか10%とかいう低確率でドロップします。確実に手に入れようと思えば剥ぎ取りを行わないといけないのですが、剣でむりやり剥ぎとろうとすると、素材部分に少しでも刃が当たると壊れて使えなくなってしまう仕様のようです。
慣れればほぼ確実に剥ぎ取れそうなのですが、場所や大きさには個体差があり、100%成功する訳ではありません。これが一般的なMOBなら何度も挑戦して練習すればいいだけなのですが、何度も挑戦できないボスの剥ぎ取りを行う際には少し怖いですね。【解体】をとる事も視野にいれてもいいのかもしれませんが、その辺りは素材アイテムが高値で売れるかを見てから考えてみましょう。
後、スキルといえば、【看破】のレベルが2になった事で対象のレベルがわかるようになりました。それによるとゴブリンのレベルが2~5で、ウルフが4~7と言ったところです。ゴブリンの方がレベルは低いのですが、大体の場合グループで出てきますので、難易度と言う点ではゴブリンが上ですね。戦っていても楽しいです。
出てくる比率としては、ゴブリンが4でウルフが1という確率です。それから更にゴブリンの武器比率を見ると、短剣が3に、弓が1、そして槍を持ったゴブリンが1という感じですね。弓の方は身体的特徴があるため使えませんが、ゴブリンが落とす錆びた短剣や槍は集めておき、【ルドラの火】の実験に使いました。
このスキルは結構耐久度が削られますからね、流石にメイン武器であるスコルさんの剣では試せません。それに比べて錆びたシリーズは売っても二束三文でしょうし、心置きなく使えます。持ち運ぶと嵩張りもしますし、手に入れたそばから消費していきましょう。
まず威力ですが、この辺りの敵だと一撃必殺ですね。相手のHPが低すぎて検証がし辛いまであります。
ただどうやら、手に持った短剣に纏わせても、纏わせた短剣を投げても威力は変わらないようですね。武器の攻撃力が上がるというよりも、炎自体に攻撃力があるという感じです。命中した場所にダメージが入り、燃え上がった後は継続ダメージが入るようです。この燃えている時間は込めたMPによって変わり、武器が手から離れても【ルドラの火】がまとわりついている間はダメージが発生し続けるようで、その間は武器の耐久度も減り続けているようです。どこにも命中しなかった場合でも、程なくすれば燃え尽きていました。
威力的にはそのような感じで申し分ないのですが、問題点をあげるとすれば、まず武器を消耗品として扱わなければならないという点があります。これは最悪の場合その辺りに落ちている石を投げれば解決するのですが、単純に当たった場合よりも刺さったほうが燃え移りやすく、トータルダメージでは延焼させた方がダメージが入りそうですね。
続いての問題として、燃費の悪さがあげられます。今の私のMPだと、スキル発動後即投擲するとしても、2~3回投げるのが限界です。その後はMPの自然回復を待つことになりますね。この辺りを補強できるスキルを取得しない限り、切り札的な使い方しかできません。
と、そのように、出てきたモンスターで検証をしていると、またレベルが上がりました。初日でレベル一桁ですからね、中々上りが早いです。
そんな風にレベルが上がったり、スキルを上げたりしながら1時間ほど歩くと……森を抜けました。
視界いっぱいに広がるのは、緩やかな丘が波間のように広がる草原です。
地平線の向こうには、壁のような山脈が周囲一帯をぐるりと囲んでいます。この山脈はムドエスベル山脈と言い、天然の要害になっているようです。この防壁と精霊樹の力によってこの一帯の平和が守られ、魔王の支配から逃れられたという謂れがあるそうです。
そしてそんな山脈より高く聳え立つ、樹齢数万年とも言われている古代樹、アルバボッシュが見えてきました。
話には聞いていましたが、本当に大きいですね。町自体はまだ地平線の向こう側にあり、ムドエスベル山脈も這うような高さなのですが、精霊樹はそれらから頭一つ抜けている感じです。
空に流れる光帯も、精霊樹に集まるようにうねり流れていっています。いかにもゲームらしい世界観に、私は息を止めました。ワクワクしますね。頬が少し赤いような気がして、私は深呼吸を繰り返して、はやる気持ちを落ちつかせます。
草原のあちこちにはプレイヤーらしき人達が何かを追いかけまわしており、やっと人のいる場所に来れたのだという感慨もわいてきました。
では一応、ここからは偽装しておきましょう。
アルバボッシュはまだ地平線の向こう側なのですが、どこにNPCがいるのかわかりませんし、ギルドカードを手に入れるまでは安全第一でいきましょう。
「【収納】」
腰翼を収納し、帽子も目深に被っておきました。認識範囲が狭まってしまうのですが、この際その点は妥協しましょう。ギルドカードを手に入れるまでの辛抱です。私は帽子から出る髪を少し整えてから、歩きだしました。
どうやらこの辺りになるとモンスターの種類も変わるようで、他のプレイヤーが追いかけているのはこの手のゲームによくいる角兎と呼ばれているものですね。
角兎はその名前の通り角の生えたウサギで、その見た目の可愛らしさとは裏腹に、意外と機敏な動きで急加速と急停止を繰り返し、隙を見てその大きな角で突き刺してくるというやっかいな魔物です。
そんな角兎を2~3名のPTで囲んで追いかけまわしていたり、逆に数匹の角兎に追いかけまわされたりしているプレイヤーの姿が遠目に見えますね。
どこか牧歌的ともいえる風景を眺めながら歩いていると、私の前にも角兎が現れました。毛足が長くフワフワで、殆ど毛玉と言っていいような見た目です。つぶらな瞳も併せて結構可愛らしいのですが、モンスターですし早く処理しましょう。私が剣を抜き戦闘態勢に入ると、角兎は警戒するように耳を立て「BUUBUU」と威嚇音を発します。
「【看破】」
まずは調べてみようと【看破】を使ってみると、角兎はビクリと体を震わせたかと思うと、逃げ出しました。あ、そういうAIもあるのですね。私が走って追いかけるのはちょっと現実的ではないので見送りましたが、逃げに徹されると少々厄介かもしれません。
単純に逃げやすい個体だったのか、レベル差や何かしらの要因で逃げたのかはわかりませんが、そのあたりの検証は次の個体で試してみましょう。
ちなみに出てきた情報は『ホーンラビット(LV3)』という物で、HPを示すバーはゴブリンより少し短い程度なので、一撃を入れる事が出来たら問題なく倒せそうですね。角の攻撃に気を付けて、油断せずいきましょう。
とはいえ、流石にこの辺りは他のプレイヤーがいるからか、道沿いを歩いている限りはあまりエンカウントしないようです。道から離れた場所で戦っている人が多いので、そういう場所にリスポーンしているのかもしれません。角兎を探してみるか、ギルドカードの入手を急ぐか少し考えていると……叫び声が聞こえてきました。
声のもとを視線で辿ると、必死の形相で男性が走って来るところでした。どうやら後ろから迫って来ている大きな毛玉から逃げているようですね。立派なトレイン行為ですが、逃げている男性は周囲を気にする余裕がなく、そもそも見えていないようですね。それにしても後ろの大きな毛玉は何でしょう?別の方向に走っているのなら関係ないと言えるのですが、どうやら逃走ルートはこちら側のようですし、大人しく擦り付けられる事にしましょう。
他のプレイヤーも叫び声に気づいたらしく、「何事だ?」という顔でこちらを見てきています。中には助けようというのかお祭り根性なのかわかりませんが、周囲のプレイヤーに声をかけながら駆け寄ろうとしている人もいるみたいですね。その興奮する気持ち、私も良くわかります。
私は頬が赤くなっていないか手で触って確認してから、一度深呼吸をします。
「大丈夫ですか?」
「た、たすけッぐぅっ!?」
逃げている男性は逃げるのに必死になりすぎていて、周囲のプレイヤーが視界に入っていなかったのでしょう。私が声をかけると、初めてここに別のプレイヤーがいた事を思い出したというような顔をしてから……背後の大きな角兎に一突きされて、ポリゴンの血しぶきをあげて倒れました。
「BUTBUT!!」
両耳をピンと立て、不機嫌そうに地面を足で叩いている、金色の角を持つ大きな角兎。白い角のものと比べると大きさは3倍程度ありますね。
これはもしかして、今度こそユニークモンスターと言う奴なのかもしれません。どうやら倒れた男性のPTメンバーらしき人も周囲にはいないようですし、駆け寄ってきているプレイヤーもまだ遠く、このまま倒しても問題ないでしょう。
私は口の端を少し緩めると、剣を構えました。
※残念ながら無事に到着する事は出来ないようです。
※誤字報告ありがとうございます 10/16訂正しました。