178:小熊達とルート選択
増え続ける色とりどりな子熊のぬいぐるみ達。本体を倒さないといけないという事はわかっているのですが、数の暴力に押され、私達3人は徐々に壁際まで追いつめられていきました。
「牡丹、あまり無理をしないでくださいね」
「ぷぃ…」
私は本調子でない牡丹を守りながら、数体纏めて跳びかかって来る小熊のぬいぐるみをナイフで薙ぎ払い、トコトコと走り寄る小熊の側頭部に蹴りを入れます。
流石に打撃攻撃だけだと厳しいのですが、小熊のぬいぐるみは布と綿で出来ているので刃物に対する耐性が無く、ナイフで切り裂けば一撃で倒す事ができました。
とはいえ謁見の間に溢れる小熊のぬいぐるみの数は数千体と尋常でない事と、激しく動けばスカートが大きく捲れ上がり、チューブトップドレスの胸元から胸が零れ落ちそうになるのが困りものですね。
ズレ落ちかけるたびに胸元を引き上げリボンを締め直すのですが、質量的に揺れるとどうしても収まりきらず、ギュッと締まった胸元を上げ下げしていると先っぽが擦れて息が上がります。
見えてしまうかもしれない状態への倒錯と、先端への刺激、戦闘の興奮と周囲の視線に【高揚】が入って感覚が鋭くなっていくのですが、胸チラを期待するような周囲から視線にのぼせてきて、甘い刺激が胸の中に溜まり息が詰まりそうでした。
戦闘中だというのにちょっと変な気持ちになりかけているのですが、平常心ですね平常心、呼吸を整えましょう。
「ねえ、何かおっさん集中狙いされてない!?おっさんの気のせい!!?」
何時もならニヤニヤと鼻の下を伸ばすスコルさんなのですが、式典が始まる前にキリアちゃんに嫌われていた事が響いているのか、小熊達に執拗に狙われそれどころではないようですね。
「…何ででしょうね」
「いやーん、ユリちー冷た~いっぅおっぼぅっ!?」
「ぷっ!」
私は現状を悟られないように出来るだけ素っ気なく返事を返したのですが、100体近い小熊と追いかけっこをするスコルさんに無駄口を叩く余裕はなさそうです。
何かふざけた事を言おうとした瞬間、スコルさんは小熊達にフルボッコにされて飛んで行ったのですが、壁に叩きつけられる前に受け身を取り、三角跳びの要領で押し寄せる小熊達の攻撃を躱していました。
この小熊達の攻撃なのですが、他のプレイヤーには2~3体で、私には数十体、スコルさんへは100体前後という感じで、どう考えても物凄い偏りがあるのですが、その偏りのおかげで他の人達は徐々に持ち直してきているようですね。
「戦えない人は退避を、戦える人は固まらずに応戦をしてください!」
「この数を倒すとなるとちょっと骨が折れそうですね…」
「ぐちぐち言わないでください、手がお留守ですわよ!」
モモさんやレミカさんなどの中核プレイヤーを中心に抵抗が開始され、王様と一緒に退避していった騎士達から武器を借りたシグルドさんが黒熊に斬り込むのですが、近づけはするものの溢れ出る小熊達に押し返されており、決定打を与えられていないようですね。
「すまないけど、合わせてもらっていいかな?」
吹き飛ばされて戻って来たシグルドさんは、近くにいたダンさん達に声をかけて再突撃をしかけるようなのですが、無言でそのフォローに動いたのは納品でMVPを取っていたジョンさんでした。
どうやらジョンさんはアイテム採集特化という訳ではなく普通に戦える人だったようで、調達した装飾過多の短剣を片手にシグルドさん達の動きに合わせます。
「……うっす」
ダンさんは一瞬「行っていいのだろうか?」というようにモモさん達の方を見たのですが、モモさんはそもそもダンさんの方を見ていなかったのでスルーされ、レミカさんに「行ってください」というように手を振られると、頷いていました。
即席の突撃チームの周りには斬り込むためのプレイヤーが集まりつつあり、プレイヤー側の連携も回復しているようですね。
そしてこういう大本を叩かなければいけない時に活躍する遠距離攻撃や範囲攻撃組についてなのですが、式典に弓矢なんていう物を持ち込んでいる人が少数だった事もあり、疎らに放たれる攻撃では焼け石に水です。
では範囲攻撃で小熊を一掃をとなると、それもまたここまで乱戦になると無差別に攻撃をする訳にもいかず、アイテムでは一定の効果が確保されている分範囲指定が難しく、魔法についてはそもそも唱えている余裕がありません。
唯一の例外として、シノさんだけは手に持った短剣で小熊達を斬り払いつつ、小規模な魔法を唱えて攻撃をしているのですが、そんな事が出来るのはこの中では本当に限られた人だけのようですね。
因みにティータさんやエルゼさん、あとカナエさんのような非戦闘員や生産職の一部は早々にNPCと共に離脱してしまったのですが、ナタリアさんとヨーコさんなどの武器を持たない後衛職や生産職の一部は残っており、普通に戦いに参加しているようでした。
「あーもう、ヨーコはあんまり動かないで!?」
「わかっているけど、これは、ちょっとぉ~?」
「おおぉぉおお…」
「ってあなた達は見てないで戦って!!」
豊満なボディーを揺らすヨーコさんの周りには色々なプレイヤーが集まってきているのですが、短剣片手に必死に戦っているナタリアさんはプンプン怒っていました。
まあヨーコさんの場合は逃げ遅れただけなのかもしれませんが、プレイヤー総出で小熊達を徐々に削り、戦況をひっくり返しにかかります。
中にはふざけているような人も多数居るのですが、ここに居るのは現時点でのトッププレイヤー達である事は間違いないですし、参列していたプレイヤーの数も多いので初動を凌げばなんとかなりそうですね。
そう判断して、私は無理をしなくても大丈夫そうだと壁を背にして一息つきました。
「うふふ、そんなゆっくりしていてもいいのかしら?」
「っ!?」
私が一息入れていると、いきなり背後からキリアちゃんの声が聞こえてきて、慌ててその場を離れようとしたのですが……間に合いません。
「ユリちー…っとぅうあッ!?」
「ぷっ!?」
異変に気付いたスコルさんと牡丹が助けに入ろうとしてくれたのですが、急に動きの良くなった小熊達が一瞬の隙をつくようにして2人に殺到して、大量のぬいぐるみに埋もれてギューギューに押しつぶされてしまいました。
「キリア、ちゃん…?」
「なに、お姉ちゃん?」
私は壁を背にして小熊を捌いていたのですが、キリアちゃんが現れたのはその背後、壁の中からいきなり伸びて来た小さな手が私を後ろからギュッと抱きしめている状態なのですが、ただそれだけの細腕を振りほどく事が出来ません。
理由は単純な筋力差。力を込めて少しでも動くのなら何とかしようもあるのですが、根本的なレベルやステータスが違うのでしょう、空間に固定されたようにキリアちゃんの腕はピクリとも動かず、どうする事も出来ません。
本気で振りほどきにかかるのなら【ルドラの火】を発動してキリアちゃんの腕に攻撃を仕掛け、その隙に藻掻けば脱出出来るのかもしれませんが……キリアちゃんは私の動きを止めているだけで、攻撃してきている訳ではないのですよね。
スコルさんもキリアちゃんを【鑑定】したくないと言っていましたし、敵対行動をとらない方が良いのでしょうか?
状況証拠的にこの騒動の黒幕はキリアちゃんで確定でしょうし、他の皆さんは激しい戦闘の真っ最中です。
そういう状況でスコルさんの勘に頼るというのはどこか釈然としないのですが、これだけステータスに差があるのにもかかわらずキリアちゃんが何もしてきていないのは事実ですし、掴まってからは小熊達の攻撃も止んでいます。
「魂喰いの方が強いけど、やっぱりお姉ちゃんもゴルオダスの匂いだ…」
説得するのが正解ルートなのかと力を抜くと、キリアちゃんは壁から抜け出てきて、まるで「お利口さんね」というように私のお腹を撫で、首筋に唇を這わせ、匂いを嗅いできます。
背中におぶさるように摺り寄せられたキリアちゃんの小さな体の感触と、戦闘で少し汗ばむ身体を撫でる冷たい唇。
「ん、キリアちゃん、擽ったい…」
匂いを嗅がれるのはまあ……いえ、それもどうかと思うのですが、スキンシップが激しいですねという感じなのですが、それより今の私からは翠皇竜の臭いがしているんですか?
「フフフ、ごめんなさい、でもやっと見つけた仲間ですもの、少しくらいはしゃいでも良いでしょう?」
キリアちゃんが楽しそうに笑っているのは良いのですが、私を仲間扱いしているのはどういう事なのでしょう?
確かに人外種ですし、翠皇竜のドロップアイテムを所持しているので匂っているのかもしれませんが、そういうのが関係しているのでしょうか?
「天使ちゃん!?くそ、よくわからいけど天使ちゃんを離せ!!」
わからない事だらけだったのですが、壁際の私達の異変に気付いた他のプレイヤーが駆けつけてきて、キリアちゃんは思いっきり眉を顰めます。
「ここだとゆっくりとお話しをする事も出来ないのね」
それは甘えるようにすり寄って来たキリアちゃんが出しているとは思えない程、ゾッとする冷え切った声でした。
「皆、そいつらの相手はお願いね……遠慮はしなくていいわ」
キリアちゃんが死刑宣告を下すように言い放つと、近場に待機させていた数百体の小熊達の瞳が赤く輝き、駆け寄って来たプレイヤーに襲い掛かります。
「落ち着け、数は多くても吹き飛ばしにさえ注意すれば対処はらぐっ…ぎゃぁぁあっ!?」
駆け寄るプレイヤー達に群がった赤目の小熊達は、数体を犠牲にして数十体がプレイヤーに跳びかかるとその体を引き倒し、ブチブチと体を引き千切り始めました。
「な、こいつら、なんで!?」
「ひぎぃーっ!??」
絶妙にHPが残るように調整されているのか、その攻撃で即死する人はいなかったのですが、丁寧に丁寧に内臓が引きずり出されていく様子はまるで生きたまま熊が人間を捕食しているような光景ですね。
流石にレーティング的に本物の内臓が出てくる訳ではないのですが、ホログラムに混じった肉っぽい塊が引きずり出され、辺りに数人分の断末魔が響き渡ると、こちらに駆け寄ろうとしていたプレイヤーの足も止まりました。
とはいえ全員の足が止まった訳ではなく、シグルドさんやジョンさん、シノさん辺りはキリアちゃんがこの騒動の本当の黒幕だと気づいた様で、武器を手に駆け寄り、呪文の詠唱を開始します。
「このまま殲滅してあげても良いけど……しかたがないわ、まずはゆっくりお話しが出来る場所に行きましょう」
キリアちゃんは一瞬向かってくるプレイヤーを迎撃するような様子を見せたのですが、襲い来る精鋭ブレイカー達と私の顔を見比べると、息を吐きました。
それは本当に不承不承と言った様子だったのですが、キリアちゃんは私を抱いたまま壁の中に引き返し……私達は、水面のように揺らぐ壁の中にトプンと飲み込まれてしまいました。




