177:クランの実装と熊
「ユリエル、前へ」
シグルドさんが戻って来たのに合わせて名前が呼ばれ、私は指示されるままに進み出ました。
集まる好奇の視線が体に刺さるような気がするのですが、私は軽く呼吸を整えるようにして流します。
「其方はゴルオダスに致命的な一撃を叩き込み見事その討伐に貢献した、その功績を持って、この聖光章勲八級を授与しよう」
「ありがとうございます」
一歩前に出て王様から勲章を受け取ると、『翠皇竜ゴルオダスの討伐者』と『セントラルライドの勇士』という二つの称号が手に入ります。
記念品的な称号なので特に効果は無いのですが、ともかく私は周囲の声援なのか野次なのかわからない声を聞きながらもとの場所に戻り、それを見届けてから王様は改めて私達を見回し、続けました。
「このように数多くの勇士が生まれた事を嬉しく思う、しかし諸君らがこれから向かう先は魔王アスモダイオスの手勢が蔓延る苦難の土地である、我々は一層の努力と団結力をみせる必要が出てくる事だろう、そこで手始めに、優秀なブレイカーの諸君にはクランを作って貰い、率いてもらいたい」
そうして発表されたのはクランの創設の話で、その内容には参列席からも「おおおおお」と声が上がりました。
そろそろ実装されるのではという話があったのですが、どうやら『上級ブレイカー』になるとクランを作る事が出来るようですね。
設定的には実力者にチームを率いらせて攻略を簡単にするといった話のようで、今のところは大規模戦闘を想定したグループ通話やメンバーのHPやMPを表示する機能、ハウジング要素のあるホームの実装などが盛り込まれているようで、追々色々な機能が追加されて行く予定との事でした。
勿論ソロ攻略も可能で、私にとってはクランの結成よりもホームの実装の方が重要で、これでやっとW Mにアイテムを置いておく必要がなくなるのが嬉しいですね。
そして大抵の場合、クランの成立には何かしらのアイテムが必要になったりお金がかかったりするものなのですが、ブレイクヒーローズでもその辺りはご多分に漏れず条件があり、結成時にはホームの指定が必要だとの事でした。
まるで駐車場が必要な車庫証明みたいな感じなのですが、このホームの大きさがクランメンバーの人数とかに影響するようで、アパートの一部屋程度なら5~10人前後、小屋や一軒家なら20~30人といったように、拠点の大きさがそのままクランの最大人数に直結しているようで、お城のような場所をホームにすれば数百人単位のクランを作る事も可能と、かなり大規模なグループを作り上げる事が可能なようですね。
まあそこまで行くと莫大な維持費がかかってくるようなのですが、2~3人程度のクランであれば大した拠点が必要な訳でもなく、その辺りにテントを建ててホーム指定すれば結成できるとの事でした。
とはいえ自由度が無駄に高いHCP社のゲームらしく空き巣に入る事は可能なようで、そういう被害にあいたくなければ最低限の防犯が整った部屋を借りる事が推奨されています。
後は第二エリアに向かうための大規模ポータルが置かれた転送の間の話や、現在騎士達を先発させて拠点を作っているという事が発表され、プレイヤー達は大盛り上がりです。
「ゴルオダスとの戦いでまだ傷の癒えていない者もいよう、しかし他の大陸に住む人々は魔物に怯える生活をしいられている、準備が整い次第、次の大陸に旅立ち魔王を倒して……」
締めくくるように王様が「魔王を倒してくれ」と言いかけた所で、不意に聞き覚えのある声が降ってきました。
『それは無理だと思うわ、だって皆、少し遊んだだけで壊れちゃうくらい弱いんだから』
それは静かならがら辺りに響くような子供の声で、今まで王様の演説を聞いていた皆がザワつき始めます。
「何だ何だ?」と「イベントか?」と首を傾げるプレイヤーが多い中、私はいきなり聞こえてきたキリアちゃんの声に、反射的にスコルさんの顔を見てしまいました。
そのスコルさんの表情はまるで最初からこうなる事が分かっていたようなニヤニヤした表情だったのですが、私がどういう事かと問い詰める前に天井から黒い熊のぬいぐるみが降ってきたかと思うと、みるみるうちに巨大化していきます。
「くまー!!!」
巨大化したのはどこかで見た事のある黒い熊のぬいぐるみで、その口から発せられたのはどこか気の抜ける合成音声だったのですが……というより、六メートル程度の大きさまで巨大化したキリアちゃんが抱えていた熊のぬいぐるみは、変身終わりの決めポーズのように、ダブルバイセップス・フロントのポーズをとりました。
「え、何、熊……?っつぶぁああ!!!」
「くまー!!」
そしてたまたまその巨大化した熊のぬいぐるみの近くにいた不運なプレイヤーは、丸太のような腕の一振りで吹き飛ばされていきました。
「落ち着いて、落ち着いて対処を!」
「野郎ッ!!」
ワタワタとするプレイヤーと、腕まくりをしながら熊のぬいぐるみに襲い掛かるプレイヤー、王様はお付きの従者や騎士達に囲まれ避難を始め、謁見の間は一瞬にして興奮の坩堝と化しました。
いきなり襲って来た熊のぬいぐるみを即断で迎撃するノリの良さがいかにもブレイクヒーローズのプレイヤーという感じがしますが、戦況自体は悪いですね。
クマのぬいぐるみの繰り出すのはボフっという擬音がつくような柔らかいパンチなのですが、ノックバック性能が異様に高く、殴られたプレイヤーは他の人を巻き込みながら数メートル吹き飛ばされていき、あちこちから悲鳴があがります。
そして殴りかかられている熊のぬいぐるみを見る限りでは、どうやら防御力はちょっと頑丈なぬいぐるみ程度のようなのですが、今は式典参加のために武装解除している人ばかりですからね、素手で殴った程度では大したダメージを与えられていません。
「牡丹!」
「ぷっ」
私は正面に居たMVPプレイヤー達や、左右から殺到した他のプレイヤー達の作り出す人混みから抜け出すように横に動き射線を確保すると、牡丹に投げナイフを出してもらい【ルドラの火】を込めました。
『お姉ちゃんのその攻撃はちょっと当たってあげられないかな?』
相変わらずどこからか聞こえるキリアちゃんの声。
パチンと指を鳴らしたかと思うと、暴れていた熊のぬいぐるみのお腹かがポン!と破裂して、そこから数千体の色とりどりの小さな熊のぬいぐるみが湧いて出てきました。
「な、ぬぉぉおおお!!?」
殺到していたプレイヤー達はそのぬいぐるみの波に埋もれていくのですが、私は気にせずまずは一投、青白い炎を纏ったナイフは大量に溢れ出て来たクマのぬいぐるみに当たると、そのぬいぐるみはナイフを抱きかかえるようにして爆発の威力を一身に受けると、燃え尽きていきました。
一応素早く2投目を投げてみたのですが、やはり1体が抱え込み相殺されてしまいます。
一発で一体、これだと物凄く効率が悪いですし、溢れ出たぬいぐるみは数を増やし続けており焼け石に水ですね。
「スコルさんはこうなる事がわかっていたんですか?」
何故か溢れ出た小さな熊のぬいぐるみ達に集中狙いを受けているスコルさんに話しかけながら、私は襲い掛かって来る熊のぬいぐるみを投げナイフで斬りつけ迎撃します。
相手が布と綿で出来ているので簡単に斬れるのですが、『レッサーリリム』になっていない状態で戦うと胸がブルンブルンと揺れて体勢が崩れます。
じゃあ【展開】すれば良いだけなのですが、先の戦いでは沢山のプレイヤーがいる場所で『レッサーリリム』になって面倒な事になりましたからね、人間形態で戦えるのなら戦いたいのですが……厳しいですね。
「いやー流石に知らなかったわよ?でもあのちびっこ、NPCだったでしょ?こういう時に接触してくるんだったら何かしらのイベントの前振りなんじゃないかなーって、っとう!?」
つまり何か起こる事はわかっていたけど、熊の襲撃とは思わなかったという事なのでしょう。
キリアちゃんがNPCだという事を黙っていたのは、これからイベントがある事を事前に教えていたらつまらないでしょ?というスコルさんなりの配慮だったようなのですが、キリアちゃんが完全に人間の姿であった事や、服装がちょっと独特……言い換えてしまうとゲームの中の住人というよりプレイヤー寄りの服装をしていたので、NPCだと気付けませんでした。
たぶんそれはキリアちゃんのAIが優秀で、受け答えや仕草、表情といったものにNPCっぽさがなかった事が関係しているのかもしれませんが、どれだけ自分をフォローしたとしても、スコルさんが気付いていた事に気づけなかった事がちょっと悔しいですね。
「落ち込みなさんなって、このゲームのNPCとプレイヤーってパッと見て判断付かないし、おっさんだって何度魔物に間違われて襲われた事か…」
嘆くスコルさんは殺到するぬいぐるみを捌きながら徐々に後退し、私の足元までやってきました。
「あのちびっこを【鑑定】でもしたら分かったかもしれないけど、そんな事していたら速攻戦闘になっていたと思うからねー少なくともおっさんは怖くて出来ないわ」
「何か見極めるコツでもあるんですか?」
是非参考にさせて貰おうと思うのですが、スコルさんは少し考え込んでから口を開きます。
「酸いも甘いも噛み分けた、いぶし銀のような人生経験かな?」
そんな事を言いながらスコルさんはペロリと舌を出しパチンとウィンクをしたので、私は投げナイフを持つ手に力を込め、目を細めました。
※称号についてですが、『翠皇竜ゴルオダスの討伐者』は戦闘参加者全員に、『セントラルライドの勇士』の方はMVP受賞者が貰えます。
これは『上級ブレイカー』更新時に付与される記念称号という事になっていますが、内部的には国への貢献というポイントが加算されていっているので、ちょっとだけ意味があったりします。




