175:不思議な少女
ドレスに着替え、身支度を整えた私達が次に案内されたのは渡り廊下の先にある本城の方でした。
建物の高さは30メートル弱、赤い屋根の真っ白なお城で、案内してくれたメイドさんの説明では一階部分はダンスホールやその他の施設、二階部分が謁見の間で、三階部分が王様達の居住スペースとなっているようで、私達が向かっているのは謁見の間の横にある控室のようですね。
本城の方へはドレスホールから繋がる渡り廊下から行く事が出来たのですが、大抵の人はまず手近なガーデンパーティーから見て回ろうと中庭に降りているようで、この本城直通の通路を使っている人はあまりおらず、時折他のプレイヤーや城仕えのNPCとすれ違う程度です。
中庭が広いので本城までは少し歩くのですが、渡り廊下から見える色とりどりの花や植物、ガーデンパーティーの様子を遠巻きに眺めているだけでも、お祭りを見て回っているような感じがして楽しいですね。
牡丹もそんな楽げな様子に反応して揺れているのですが、元気になったとはいえ調子が悪いままではあるようで、どこか難しい顔をして周囲に視線を向けていました。
「どうしました?」
「ぷぃ」
その様子が何かを探しているようなのですが……牡丹が言うには誰かに見られているようなソワソワ感があるとの事です。
ガーデンパーティーでは色々な料理が出たり出し物が催されたりしており、翠皇竜戦の打ち上げ感覚で楽しんでいる人や、とりあえず参加してみたけどという人達が入れ替わり立ち代わり出入りしているようなのですが、特におかしなところはありません。
勿論時折私達に気づき手を振ってくれる人もいるのですが、牡丹が言うにはそういう視線とは違うとの事で、よくわかりません。
「何でしょうね?」
「ぷぅぅ…?」
一緒にキョロキョロしてから首を傾げる事になったのですが、とにかく中庭のガーデンパーティーの方は盛況なのですが、案内された本城側にあるダンスホールは人気が少なく疎らです。
単純にダンスが出来る人の数が少ないというのが理由なのでしょうけど、どうしても中庭のガーデンパーティーを見た後だと空きが目立つような気がしますね。
しかも皆が一つの曲に対して踊っているのではなく、めいめい好き勝手に踊っているので統一感もなく、内容も社交ダンスやら、盆踊りやら、悪乗りで体を動かしている人やらで、なんとも名状しがたい雰囲気になっていました。
たぶん踊っているプレイヤーのリクエストなのでしょうけど、あちこちから響く音楽の一つ一つは物凄く洗練されて美しいのですが、踊っている人達がそんな感じなのでごちゃごちゃした感じです。
そんな微妙な感じのダンスホールを尻目に私達は大階段を登り、2階の式典参加者用の控室に案内され、私達は案内してくれたメイドさんに頭を下げられました。
「申し訳ありません、後1人おいでになる筈なのですが……確認いたしますので、こちらでもう暫くお待ちください」
「わかりました、ありがとうございます」
恭しく頭を下げるメイドさんが離れるのを見送った後、私は改めて周囲を見回したのですが……控室に居るプレイヤーの数は3人だけと、予想よりかなり少ないですね。
公式にアナウンスされていたMVPの数は30人だった筈なのですが、どういう事なのでしょう?
勿論この30人の中には参加を辞退した人や、各種納品部門でMVPを取った人も含まれていたのでそもそも今回の戦いに参加していない人もいるとはいえ、流石に参加者が3人だけというのは少なすぎる気がします。
部屋の最大収容人数は50人くらいと、他の部屋に分けられているという感じでもないので不思議に思って近くに立っていた騎士の人に聞いてみると「皆様自由にお過ごしです。集まりましたらお呼び致しますので、ユリエル様もご自由にお過ごしください」との事でした。
言われてみればダンスホールにモモさん達らしき人が居たような気がしますし、最初に案内された人は下手したら時間単位で待たされているのかもしれませんからね、自由行動が許されているのでしょう。
きっとこの控室に残っているのは物凄くマイペースな人か、パーティーに興味が無い人か、律儀に待っている人なのでしょう。
そう思い改めて先に部屋の中に居た3人に視線を向けてみると、最初に目に入ってきたのは腰まで届く黒髪に紫のインナーカラーを入れた小柄な女性で、あまりの暇さに机にうつ伏せになり寝てしまっているようで、小さく寝息が聞こえてきているのですが、ゲーム内で寝ているというのもまた凄いと思います。
そんなマイペースな女性に動じる様子なく壁にもたれかかり目を閉じているのが、パーマのかかったアッシュブラウンの髪をした背の高い男性です。
彼は私達が入って来た時に一度だけ片目を開けたのですが、すぐに興味を失った様子でまた目を閉じてしまいました。
そして最後の1人は、肩にかかるマホガニー色の真っすぐな髪を七三に分けた神経質そうな女性で、残りの2人がのんびり待っているのに対して彼女だけはイライラした様子で、腕組をして指でトントンと自分の腕を叩いています。
彼女は私が入って来た時には一瞬顔を上げたのですが、メイドさんが「お待ちください」と言っているのを聞くと、そのまま椅子に深く座り直し膨れっ面をしていました。
どう考えてもにこやかに会話という空気でもないので私は軽く会釈をするだけにとどめておいたのですが、とりあえず最後の1人が来るまでどうやって時間を潰していましょうと、私が牡丹の頬っぺたをモニモニと触っていると……ひょっこりと現れた、クマのぬいぐるみを抱えた4人目の女の子にいきなり話しかけられました。
「お姉さんは面白いモノを持っているのね」
「面白い、ですか?」
MVP用の控室付近は人通りもあまりありませんので、誰か来たらわかる筈です。その為いつの間にか近づかれていた事に内心驚いていたのですが、何かのスキルでしょうか?
「ええ、とっても、恨まれてそうなところが面白いわ」
よくわからない事を言う女の子の身長は130センチ程度、フリルの付いた白と濃色のセーラー服のような衣装を身に纏い、肩より少し伸びた若紫色の髪を紐で結び、頭の上で大きなリボンにしているという現実ではちょっと出来ない格好をしていました。
なかなか堂に入ったR P勢のようで、アバターの修正範囲から考えると小学校高学年か中学生くらいでしょうか?
確かにそんな恰好が似合う美少女ではあるのですが、どこか面倒くさそうに細められた金色の目や、ニヤリという擬音が似合いそうな口元などの表情と合わせると、どこかいたずらっ子のような印象を受けてしまいます。
「でもキリアの熊もそのスライムに負けてないわ」
「ぷ…!?」
女の子……キリアちゃんというのでしょうか?牡丹の事を見ながら小悪魔のように笑うキリアちゃんが「キリアの熊も」と言う通り、その手には50センチ程のデフォルメされた黒い熊のぬいぐるみを持っていたのですが、いきなりその熊ぬいぐるみが手足をバタバタとさせたので、牡丹が驚いたようにビクリと体を震わせます。
その人形は某リラックスしている熊を少し精悍にしたような人型の熊のぬいぐるみなのですが、こんなスキルもあるのですね。
「凄いですね」
私が動く熊のぬいぐるみに対してそんな感想を口にすると、キリアちゃんはまるで初めて人から褒められたというように「そうでしょ?」と目を輝かせて笑うのですが、何か独特な空気感を纏った子ですね。
いくらブレイクヒーローズは海外版とは違い年齢制限がないとはいえ、子供がプレイするには厳しいゲームだと思うのですが、どこか芝居がかった口調といい、このゲームをしている事といい、少し変わった感性をもっているのかもしれません。
「物の価値がわかる事は良い事だわ、こういう場合だと特に、ね。命を救うわ」
楽しそうな様子で笑うキリアちゃんは、まるで人懐っこい猫のように鼻先を摺り寄せてくるのですが、ちょっとパーソナルスペースの詰め方が凄いですね。
自分が美少女だからという事がわかっていないとなかなか出来ない動きなのですが、私が反射的に一歩離れると、キリアちゃんはからかうようにクスクスと笑います。
「良い事を思いついたわ!折角だからお姉ちゃんも一緒に遊びましょう?そうね、まずはその子をキリアに頂戴?」
「え、嫌です」
「ぷっ!」
いきなり牡丹が欲しいというとんでもない事を言ってくるキリアちゃんなのですが、私と牡丹が即答で「NO」と返事をすると、その返事を聞いたキリアちゃんは目を細め、剣呑な空気を漂わせながら首を傾げます。
「あら、キリアにそんな事を言っていいのかしら?どうせあなたに魂喰いを利用する事なんて……」
「あら、ユリちーじゃない、遅かったわねー」
キリアちゃんは何か言いかけたのですが、私達の間にある剣呑な空気に一切気付いていない様子のスコルさんがヒョコヒョコとやって来て、言葉は途切れます。
勿論スコルさんはその辺りの事はわかっていて仲裁しに来てくれたのでしょうけど、そんな様子はみじんも感じさせないまま、どこかまぜっかえすようにヘラリと笑います。
「色々とありまして…」
私は「遅かった」という事への返事と、キリアちゃんとの間に流れる空気の事を「色々あって」と一言で纏めたのですが、スコルさんは訳知り顔でウンウンと頷きます。
「女性は色々と準備が大変よねーおっさんなんてほら、これだけで済むから」
スコルさんはどこかズレた事を言いながら、首に巻いた真っ赤な蝶ネクタイが見えるように頭を上げるのですが、そんなとぼけた態度をとるスコルさんにキリアちゃんの機嫌がみるみるうちに悪くなっていきます。
「……今はキリアがお姉ちゃんと話しているんだけど?」
「ごめんなさいねーおっさんユリちーのボディーガードだから、それよりちびっこはこんな所で油を売っていても良いのかしら?やる事があるんじゃない?」
いつの間にそんな職業についたのか、スコルさんは意味深な事を言いながらキリアちゃんから守るような位置に移動して来るのですが、その様子を見てキリアちゃんは目を細めました。
「そうね、まあいいわ……あーあ、こんなに面白い子達がいるんだったらもう少し早く来るべきだったわ」
キリアちゃんは私と牡丹、そして最後にスコルさんを少しだけ見た後、残念そうに息を吐きました。
「それじゃあお姉ちゃん、魂喰いも、また後で」
キリアちゃんはスコルさんを無視して私と牡丹に向けて優雅にスカートの端を持ち上げ一礼し、この場を離れるのですが……それを見届けてから、スコルさんは大きくため息を吐きます。
「ほんと、ユリちーってちょーっと目を離した隙に変な子引っ掛けるんだから、おっさん心配で心配で」
そう言うスコルさんはどこか呆れたように肩をすくめてみせるのですが、私の知り合いの中で一番変なのがスコルさんなんですが、その辺りはどうなのでしょう?
「すみません、ありがとうございます」
まあそれでも一応仲裁しようとしてくれたようですし、助けてくれたのは事実ですしとお礼を言っておく事にしたのですが、それよりスコルさんの言っていたキリアちゃんの「やる事」って何でしょう?
「そ……」
「お待たせしました、式典の準備が整いましたので皆様謁見の間にお越しください」
私がその疑問を口にする前に最後の一人が到着したようで、案内の騎士がそう告げるとやっとかというように室内にいた2人が動き出し、寝ていた女性も騎士の人に揺り起こされてと移動が開始したので、質問する機会を逃してしまいました。
まあこのタイミングでこの控室まで来るくらいなら式典にも参列するのでしょうし、「また後で」と言っていたのでキリアちゃんに直接聞けばいいですねとこの時は考えていたのですが……何故か謁見の間に集まって来たプレイヤーの中に、キリアちゃんの姿はありませんでした。




