174:戦勝会の準備中です
見えて来たのは水堀に囲まれたゴシック様式をした巨大なお城で、リアルにあるお城で例えると、中庭部分に建物が在るウィンザー城といった外観ですね。
城壁部分は真っ白な石造りで、中央の本丸ともいえる建物も同じ材質で造られているのですが、屋根だけはセントラルライドの国旗にも使われる落ち着いた赤色をしていました。
そして現実にあるお城の場合はどうしても年月と共に色褪せ変色していくので、3D投影されたフィルターを通さなければ当時の色合というのは再現できないのですが、こちらのお城は建てられて間もない事もあり、多種多様な魔法陣の淡い光に照らされ真新しく光り輝いているようでした。
因みに【看破】を使って調べてみようとしたのですが、【看破】や【鑑定】を妨害する魔法がかけられているのか、魔法陣や構造材については不明ですね。
そしてそんなスキルをお城に使っていると巡回をしている騎士達に睨まれたので、程ほどのところで自重した方が良いのかもしれません。
とにかく、正門に近づくとセントラルライド城の様子も詳しく見えてくるのですが、角ばった建物と外壁が一体になったような城壁部分には、一階から二階辺りの高さにかけて魔法的な装飾が施されており、淡く光る幾何学模様の魔法陣が展開されていました。
これは貴族街に張っている結界などを維持するための物なのか、第二城壁の魔法陣と連動するようにゆっくりと回転しており、この場所自体が何か大きな魔法的な場所の内側という感じですね。
そして城壁の3階部分から上には窓がついており、内部は長大な通路になっているようなのですが、騎士達の詰め所か見張り所にもなっているようで、時折巡回の兵士が窓から外を睨みつけているのが見えました。
こういうゲームのお城というと、大抵の場合は生活感がなかったり整いすぎていたりするものなのですが、HCP社はちゃんと配慮しているようで、NPCの動いた痕跡をあえて残す事によって生活感というか、人が使っている感を作り出しているようでした。
その非現実的な美しさと生活感のバランスの良さがHCP社のグラフィックの良さともいえるのですが、今は見惚れている時間がないですからね、まずは正門に向かう事にしましょう。
大きな門をくぐると城壁内部は吹き抜けのホールとなっており、内部はバロック様式のような立体的な装飾に埋め尽くされ、自然光を取り入れるための天窓と人工的な灯りでキラキラしていました。
効率を重視しすぎてどこか平面的な現代建築物を見慣れた目からすると、柱が柱として立っているだけで驚きなのですが、剥き出しの壁や柱、果ては天井にまで彫刻やら絵画やらが飾られている様は圧巻の一言ですね。
このまま芸術品のようなセントラルライド城の中を散策するのも楽しいのかもしれませんが、今は受付を済まさないといけないですね。
ホールにはまだ数百人単位でプレイヤーが受付待ちをしていたのですが、臨時で増設された数十という受付の内の一つに並んでいると、すぐに私の番になりました。
「式典に参加されるブレイカーの方ですね、ヘアメイクなどはどういたしますか?」
「簡単にお願いします」
着飾るという事に関しては、何時も母にいいように玩具にされているのであまり良い思い出は無いのですが、パーティーに参加する最低限の礼儀として軽く整えてもらいましょう。
「承りました」
流石にあれだけの人を捌いた後だからか、受け答えはかなりシステマチックな感じで、ギルドカードを提示し、2、3質問されるとそれで終了です。
受付の人が目配せをすると、どこからともなくメイク道具などが入った箱を持ったメイドさんがやって来たのですが、この人が準備の手伝いや案内をしてくれるようですね。
「それではこちらにどうぞ」
白と黒の可愛らしいメイド服を着た女性に案内されて、私は受付ホールの左側にあるウォークインクローゼットに案内されるのですが、これがまた広いですね。
ドレスだけでホールを一つ、貴金属コーナーはまた別にあり、フィッティングルームやメイクルームもまた別の部屋となかなかの広さがあるのですが、室内は時間ギリギリまで粘って吟味している人や、この際だからと色々と試している人でごったがえしていました。
ネットの情報でこうなっている事は知っていましたが、日頃服を買うと言えばデジタルデータのやり取りと認識しているので、こうしてちょっとしたダンスホール一面に並ぶ多種多様なドレスと、その間を犇めく沢山の人と言うのはやはり圧倒されてしまいます。
因みに城壁内にある正面玄関のホールから見て左側が女性用のウォークインクローゼットで、男性用が右側です。
そこから別々に中庭に降りる形で合流した所で立食タイプのガーデンパーティーが開催されていて、ダンスホールやMVPプレイヤーの式典は王城の方でという感じのようですね。
そんな説明を付き添いのメイドさんから聞きながら、まずは私もドレスを選ばないといけないのですが、流石にこれは多すぎます。
一応系統別やブランド別には分けられているのですが、一通り見て回るだけで時間が溶けてしまいそうですし、そもそも今の私には【ランジェリー】制限というものがありますからね、世界観に合ったアンティークなゴテゴテしたドレスというのも少し惹かれますが、布面積的に今回は諦めましょう。
逆に布面積だけで考えると、それこそもう帯だとか紐だとかで作られているような服なのか首を傾げたくなるようなデザインの物や、どう考えても世界観に合わないような第一礼装まで揃えられているのですが、そんな多種多様なドレスの中から一着を選んでいる時間はないですし、もう何時も着ているブランドのドレスの中から選ぶ事にしましょう。
このブランドは胸周りに余裕があるデザインが多く、それでいて可愛い物が多いので愛用させてもらっているのですが、中には露出の多いデザインの物もあり、可愛い一辺倒でないところが気に入っています。
中にはちょっと頬が熱くなってしまうような露出の多い物もあるのですが、制限のある今回のような場合は助かりますね。
とにかく私はある程度絞られたドレスの中からデザイン性と露出の兼ね合いを考え、フォーマルに耐えられそうなチューブトップのモダンなAラインのドレスを選びました。
このエアロ素材の入ったドレスはシースルー気味のピンクと白の二重構造の布地で構成されており、透ける様な複雑なグラデーションが立体的な奥行きを作り出しています。
体のラインが薄っすらと見えてしまっているのはちょっとどうかと思うのですが、これ以上布を分厚くすると服装制限に引っかかってくるかもしれませんし、我慢しましょう。
というよりこれでもまだ着ているとムズムズする感じがしますと言いますか、制限に引っかかってきているような気がするのですが、二重になっている布の一枚目を外したり、足元を露出させたりスリットを入れたりと手直しをしてなんとか落ち着かせます。
ズレないように固めに止められた胸元は大きさが強調されるように寄せられ、チューブトップからこぼれ落ちそうな胸の上半球が丸見えなのですが、スカートの長さを考えたらこれ以上上に布を増やす訳にはいかないのですよね。
Aラインが崩れないよう、バランスを考え段々と薄くなるように整えられたスカートの裾は地面に触れるか触れないかの長さがあり、端は風に浮くように軽やかに揺れていました。
いつも着ているドレスより露出が多く、そして胸元や腰に大き目の白いリボンがあしらわれているのは少し可愛すぎるような気がするのですが、やや童顔気味の私が大人っぽいだけの服装をするとアンバランスになってしまいますので、これくらいの子供っぽさが残っていた方が丁度良いのですよね。
そういう訳でドレスは決定、靴はドレスに合わせたワンポイントのリボンが付いたローヒールで、アクセサリーも貴金属から宝石まで色々と選べるようなのですが、あまりごちゃごちゃしているのは好きではありませんし、同系色のリボンで髪を纏めておく程度にしておきましょう。
サイドを垂らしたポニーテールにナチュラルメイク、簡単に整えてもらい、仕上げにギルドカードを首から下げたら身支度は完了です。
胸元のワンポイントにギルドカードをそのままというのは色気がないような気がしますが、ギルドカードを外してトラブルになる方が面倒なので、これで良しとしておきましょう。
脱いだ服装や装備はそのまま預かってくれるようなのですが、私の場合は牡丹が居ますからね、全部牡丹に預けて手ぶらになっておきます。
「牡丹」
「ぷ~ー……ぷっ!?」
そして私が着替えたりメイクをされたりしている間、牡丹がずっとお腹が痛いのを我慢しているような仏頂面をしていたのですが、私のテイムモンスターだという事がわかるようにお揃いのリボンでつけてあげると、目をパチクリさせていました。
「お揃いですね」
「…ぷい!」
私とお揃いのリボンが思いのほか嬉しかったのか、牡丹がポヨンポヨンと飛び跳ねていたのですが、これで本当に戦勝会への準備が完了ですね。
※3D投影されたフィルター → 現実の建物の上にデジタル的な映像を重ねる技術です。
※柱が柱として立っているだけで → ユリエル達の時代の建造物は効率を突き詰めていったせいか、飛び出ている所の無いデザインが多く、見える範囲に柱とか梁とかの構造物が出ている事はあまりありません。どこかのっぺりとした感じの建物が多いので、ゴツゴツとした立体的な建造物に少し驚いていました。
※エアロ素材 → 特殊粒子を添付された布で、ユリエルは単純に軽いと言っていますが、品質によっては軽いというより浮きます。
スカートの広がりに言及していますが、物質的にフンワリと浮いて軽やかなスカートのラインを作り出しています。
また遮断効果と空気循環性が高く、着用者と布地の間の温度が一定に保たれたりと、地味に多様な効果のある布です。
※牡丹にどうやってリボンをつけたの? → 最初は水風船の端を止めるように絞ったのですが、少しして外れた後は牡丹がリボンを掴む感じにくっついています。盾を持つ時と一緒ですね。




