162:ワイバーンがいっぱいです
騎士達の号令で祭壇が起動し結界が発動すると、文字の羅列のような多層構造的な魔法陣が展開され、ボンヤリ光る薄い膜のような物が広がり通り抜けていったのですが……その不思議な感覚にどよめきが起こり、中にはテンションが上がりすぎたのか叫んでいる人もいるみたいですね。
広がった結界の範囲は外周部のトーチカを越えて2~3キロ、これなら大規模な戦闘が起きてもはみ出る心配はなさそうです。
まあ西側の人数が少ないのだけは少し気になりますが、私が周囲の人に声をかけながら駆けつけても各個撃破されるだけかもしれませんからね、始まってしまったものは仕方がないと気持ちを切り替えていきましょう。
まずはバフが入るという事だったので軽く体を動かしてみる事にしたのですが、ステータスや感覚は大きく変わっていないようですね。
ただ試しに魔光剣で地面に転がっている小石を斬ってみると、思ったよりスパッと斬れましたので、何かしらの効果は入っているようです。
たぶんこの結界は身体能力が上がるというより、攻撃力自体が増しているという感じで、もしかしたら防御力も多少上がっているのかもしれません。
まあ急激に筋力が増したり感覚が変わったりすると逆に戦闘に支障が出る場合がありますからね、こういう強化の仕方の方が無難なのでしょう。
「がが、頑張ろうね!」
「…?ええ、そうですね」
そんなバフの様子を確かめていると、隣にいたプレイヤーにいきなり話しかけられて私は頷いたのですが……その人は緊張した様子で「天使ちゃんと話せた!」と更に隣の人、たぶんPTメンバーだと思うのですがと盛り上がっていて、その様子を見ながらエルゼさんがニヨニヨとした笑みを浮かべていたり、ティータさんが「流石だな」とか意味深に頷いていたりしました。
2人にどういう事か聞こうと思ったのですが……その挨拶が切っ掛けになったようで、周囲から「よろしく!」とか「動画見たよ!」とか「握手してください!」とか堰をきったように人が押しかけてきて、応対に追われる事になりました。
まるで話しかける隙を伺っていたというような感じでいっきにワッときたのですが、応対している内に外周部では動きがあったようで、再度どよめきが起きて何とか皆の意識も外側に向いたようですね。
「う~ん、盛り上がっているのはいいんすけど、見えないのが困りものっすね」
「そうなんですよね…」
周囲が盛り上がっているのは分かるのですが、私達のいる場所は祭壇の東側の防衛陣地で、真ん中より少し前列側という何とも言えない場所でした。
勿論最初は最前列に居たのですが、いつの間にか周囲に人が集まって来て埋もれてしまったという感じで、何とも動きづらい配置になってしまっています。
こうなると周囲には人垣が出来てしまっており、身長155センチの私だとちょっと厳しいものがあるのですよね。
一応人と人の間から様子は伺えますし、かなりの数のワイバーンが飛び交っているのは見えるのですが……全体像がつかめません。
ピョンピョンと跳びあがってみると胸が揺れて、周囲から「お~」という何とも言えない感嘆の声が漏れ、頬が熱くなります。
鼻の下を伸ばす人に下心はあるのかもしれませんが悪意があるという訳ではないので無害なのですが、変な注目のされ方をしても気まずいだけなので飛び跳ねるのはやめておきましょう。
それでも何とか様子を窺えないかとウロウロしてみたのですが、周囲に居る人も完全に立ち止まっている訳ではないですし、あちこちから声をかけられますし、動く人の間から覗ける視界には限界がありました。
「やっぱり見えないすね」
足元でウロウロしていると危ないからか、エルゼさんは私の頭の上に乗ってきたのですが、それでも高さは165センチと、男性プレイヤーの中に混ざると埋もれてしまう高さしかありません。
「仕方がない……流石にワイバーンが押し寄せてきたら降りるが、実況しよう」
そういう訳で、飛べるティータさんが空に上がってPT通話で実況してくれる事となったのですが、飛ぶのにも体力を使いますし、大丈夫でしょうか?
少し心配になったのですが、ティータさんはどうやら順調に飛行系のスキルを伸ばしているようで、スライムイベントの時とは比べ物にならないくらい安定した飛行をみせてくれました。
ただ相変わらず履いているのがスカートなので、上空に上がると下から覗けてしまうので周囲からちょっとしたどよめきが起きたのですが……流石に前回と違い、見られてもいいようなドロワーズを履いているようですね。
ただそれでもティータさんは周囲のどよめきに赤くなり、恥ずかしそうにモジモジしているのでスカート以外の物を履けばいいような気がするのですが……私達の前以外では可愛い妖精を演じている事もあるようですし、もしかしたら妖精っぽい姿への拘りや、R Pの一環なのかもしれません。
その辺りのプレイスタイルは自由ですしと思う事にして、私達はティータさんの報告を聞きながら状況を纏めます。
『それにしても、改めて見てみると凄い数だな…』
まずティータさんから報告があったのはワイバーンの数なのですが、祭壇が起動した事により塒の方から飛来して来たワイバーンの数は約500匹。500匹?流石に多すぎませんか?幾らこちらの数が6000~7000人くらい居て対空用のギミックやバフがあるとはいえ、スキルや装備の整っていない第一エリアの戦いにしては厳しすぎるような気がしたのですが、運営も容赦のない数をぶつけてきましたね。
しかもティータさんが言うには続々とその数を増やしていっているようなので、もう少し数は増えそうだという事です。
そのワイバーン達は今のところ私達の様子を窺うようにして遠く離れた場所をゆっくり旋回しているのですが、何時襲って来てもおかしくない状況だそうで、その数に怖気づいたプレイヤー達の足並みが乱れ、前線に動揺が広がっているようです。
因みに日の出までまだもう少し時間があるのですが、上空は日の光に照らされ始めてワイバーン達はよく見えますし、地上は結界が薄く光っているので薄らボンヤリ見えています。
戦うのに支障がないフィールドが用意されているという事なのですが、祭壇が破壊されると結界が無くなりますので、そうなると地上部の明かりが消えるという性格の悪さがにじみ出ているようなギミックも仕込まれているようですね。
とにかく私達はそういう状態でワイバーンの群れから祭壇を守りつつ、翠皇竜ゴルオダスの討伐を目指さないといけないのですが……。
『翠皇竜は出てきていますか?』
『いや、まだそれっぽいのはいないな……普通のばかりだ』
『ある程度倒したらっすかね?』
『かもしれませんね』
翠皇竜が先陣を切り、真っ先に対空用の弩のまぐれ当たりで撃墜となったら拍子抜けどころの騒ぎではないですからね、ある程度通常種のワイバーンを倒したら増援として出てくるというパターンなのでしょう。
そうこうしている内に、再度祭壇の4隅の柱に嵌められた水晶が光り輝き、その力を強めたところでワイバーン達が動きました。
「「「「「GYUUOOOOOUUUUUUxxxxtttt!!!!!」」」」」
大気そのものを震わせるような複数の咆哮と、響き渡る飛翔音。
その数の暴力でいきなり西側を狙われたら不味かったのですが、最初は正面衝突的に南側からの襲撃があるようですね。
数十匹ずつの梯団に別れた数百匹のワイバーンが、まずはお手並み拝見という様に低空に降りてくるのですが、そこに外周部からのギミック攻撃が飛びました。
バラバラと発射される大型の攻撃ギミックのうち、まともに命中しているのは数パーセントで、大半は空振りのようですね。
中には狙いを定めている内に暴発でもしたのか、水平射撃しているような危なっかしい人もいるのでなかなかカオスな様相を呈しています。
まあ使っているのが構造を熟知している制作者という訳ではなく、簡単な説明を受けただけの素人ですからね、大型兵器の運用は難しかったのかもしれません。
それでも事前に練習していた人が上手く当てたのか、作った本人が参加しているのか、第一射で数十匹のワイバーンが落とされ、1匹が投網に絡み取られ墜落していきました。
全体としては無駄撃ちが多いとはいえ、大掛かりな攻撃という事であちこちから歓声が沸くのですが、投網にからまったワイバーンが外周部の陣地内に落ちると対処する人が全くいないという事態になり、ちょっとした騒ぎがおきています。
咄嗟に西側の陣地からスコルさんが飛び出してきて対処に走ったようなのですが、それに釣られるように何割かの近接攻撃組が殺到して一気に陣形が崩れ、開戦早々滅茶苦茶になりつつあるのですが……そんな混乱している最中に、ワイバーン達が突っ込んできました。
ただプレイヤー側もやられてばかりではないですし、通常の遠距離攻撃が届くようになると流石に皆さん手慣れたもので、バタバタとワイバーンが落とされていきます。
どうやら結界内の攻撃力UPの効果はかなりのもののようで、巨大なワイバーンに矢が当たれば大きく怯ませられますし、当たり所が良ければ一撃で倒せるようですね。
予想以上の成果が出ているのですが、ワイバーン達からも反撃のブレス攻撃が開始され、トーチカから不用意に顔を出していたプレイヤー達が焼かれていき……普通に消し炭にされていきました。
あれ、結界のブレス軽減効果は?と一瞬思ったのですが、ブレスの威力が軽減されると言っても射程が短くなるくらいで、火力に関してはこんがり芯まで焼けるか、表面が焼かれて中身が生焼けになるかくらいの違いでしかないようで、直撃すると即死するのは変わらないようですね。
まあブレスの飛距離がかなり短くなっているようですし、流れブレスが飛んでこないようになっただけマシだと考える事にしましょう。
『そろそろ降りるぞ…』
戦場は徐々に祭壇付近に近づいてきていますし、上にあがっていたティータさんがスカートを押さえながら降りてきたところで、数百匹のワイバーンが祭壇周辺に布陣する近接攻撃組に襲い掛かり、戦闘は次の局面に移行したようです。
※ブレイクヒーローズには変な人が多いのかもしれません。
※誤字報告ありがとうございます、修正しました(8/21)。




