16:納品
辺りをウロウロしていたウルフをもう一匹狩ると、レベルが上がりました。最初のタイミングさえ掴んでしまえばまったく問題ないですね。
デスルーラをしても良かったのですが、満腹度を維持するために食べていた野苺がなくなったので、採取しながら戻る事にします。
合わせて【腰翼】を【展開】し、スキルレベルを稼ぐために動かしておくと、レベルが2になりました。とはいえまだまだ動かせるようになった訳ではなく、何か“落ち着いた”という感じです。先は長そうですが地道に進めましょう。
【看破】で辺りの物を調べたり、他のスキルを使ったりしていると、【看破】がレベル2になり、他のスキルはだいたいレベル1の半分程度まで熟練度がたまりました。【魔力操作】は特に使った記憶がないのですが、何故か同じくらいたまっているのですよね、不思議です。
とにかく、そうやってスキルを鍛えながら、木の実や野苺を採取しながら工房に戻ると、ナタリアさんが早速作業をしていました。我謝さんは……暗がりを探し歩いているのか、もういっその事落ちたのかはわかりませんが、いないようですね。
「おーおかえり~って、羽がある!?そういう姿を見ていると、ユリエルちゃんも人外に見えるわ……人外なんだろうけど」
そういえばナタリアさんと出会った時は【収納】していましたね。
「ええ、森の中では邪魔だったので畳んでいました。ですが使わないとスキルレベルが上がりませんし、余裕のある時に動かしておこうと」
微かに羽先をパタパタさせてみると、ナタリアさんは興味深そうに腰翼を見て手をワキワキさせました。
「…すみません、感覚があるので触るのはやめておいてもらっていいですか?」
ナタリアさんが腰翼に手を伸ばしてきていたので、制止しておきます。
「あ、やっぱり感じちゃったりするの?」
「…そういう訳ではありませんが」
また変な勘違いをしていませんか?まあ良いですけど。
「それより、もうお昼ごはん食べられたのですか?」
「うーん、最初は落ちようかなーって思ったんだけど、骨君のウルフの下ごしらえだけ先にしようかなーって触ってたら時間たってて、もうユリエルちゃんを待とうかなって。まあもう少しして、何の連絡も無いようだったら落ちていたわ」
「それは……すみません、お待たせしたようです」
道草を食べていていました。
「いいのいいの、私が勝手に待っていたんだから。それより、ソロでもウルフが狩れるのね、凄いじゃない、ウルフをこの短時間で狩れる子って中々いないわよ?」
ナタリアさんは興奮気味にそう褒めてくださるのですが、ウルフはこちらが攻撃の意思を見せれば襲ってきてくれますし、出会えればそれほど狩るのに苦労はしません。
「ありがとうございます」
お世辞なのでしょうが、そのあたりは素直に受け取っておきましょう。
「さて、それじゃあここからは商談ね。まずユリエルちゃんの狩ってきたウルフを受け取って、骨君から預かっていたお肉と爪と牙はユリエルちゃんに。ユリエルちゃんは角を隠す物…だっけ?手数料分を差し引いても結構毛皮とかが余るけど、残りはどうしたらいい?やっぱりお肉とか爪とかみたいに素材にして渡そうか?」
「そうしてくれると助かります。あ、できたら大きな皮というか、袋みたいな物もあればとても助かります。流石にこの量を持ち歩くのは…」
手数料分は引かれて減っている筈なのですが、すでに両手では持てない量になっています。これをそのまま渡されてもかなり困ってしまいますね。
「OKOK~じゃあそんな感じで、あ、スキル使って加工するけど、それでも数時間はかかると思うから、適当に時間つぶしておいてもらっていいかしら?」
本格的に加工する場合は早くても数日、長期だと数か月はかかる工程ですからね。ブレイクヒーローズの生産の場合だと、加工の作業工程は現実とあまり変わらず、乾燥や漬け込む時間など時間のかかる工程が加速されるという仕様です。最低でも丸1日はかかるかと覚悟して……考えてみると、他のゲームだとスキルを使って1分2分ですし、数時間かかる仕様の方が異常ですね。この短期間で私も結構ブレイクヒーローズに侵されてきているようです。
「わかりました。では丁度いいですし、私もお昼ご飯にしようと思います」
「ん、OK~こっちも切りのいいところまで進めたら落ちるわ」
*****
という事で、一旦休憩ですね。ログアウトして、現実の方に感覚をなじませます。角や腰翼が無いという事に妙な安心感があるような、奇妙な感覚ですね。あったらあったらで邪魔ですが、なかったらなかったら寂しく感じてしまいます。
「よし」
声に出して、私は気持ちを切り替えます。お昼ご飯を食べたらすぐにログインしても良かったのですが、ナタリアさんの作業を待たないといけませんし、感覚を戻す意味合いもかねて、少し時間をつぶしていきましょう。
私は軽いストレッチで体をほぐして、ゆっくり昼食を食べて、シャワーを浴びてから再度ブレイクヒーローズにログインします。
*****
戻ってきました。人外スタートのセーフティーエリア、工房の1階です。ログインすると感覚が研ぎ澄まされるような感じがしますね。出入りしてやっとわかる程度の感覚の違いですが、もしかしたら完全リアルゲーと思われていたブレイクヒーローズにも、何かしらのアシストが入っているのかもしれません。その辺りは後で調べてみましょう。
1階部分にナタリアさんはおらず、落ちたままなのかとフレンド欄を見てみると、繋いでいるのが確認できますね。1階部分は何故か荒らされたような形跡があり、どうしたのだろうとナタリアさんに連絡を取ろうと手を伸ばしたところで、建物の外から叫び声が聞こえてきました。
「ぐぁあああ!!焼ける、焼けてまう!?やっぱ無理やって!!もうちーっと、もうちーっと何とか!?」
窓から外の様子を眺めてみると、グレーのフード付きのマントを着た男性が、頭を押さえて蹲っています。マントの隙間から見える骨や、カタカタいう音や、声からして我謝さんですね。
「遮光性の問題かしら?それとも手足の方?でもこれ以上布面積を増やすと動きが…もういっその事日傘みたいな物を作るか、自動回復系のスキルか、光耐性をとった方が早いかもしれないわね」
「うぉぉぉおおお、冷静に…言うなちゅー…ねん」
あ、我謝さんが塵になりました。
そして暫くしてから、工房の2階からカタカタと言う音をさせながら我謝さんが降りてきます。
「あー大変な目にあった…って、お?自分、戻ってたんやな」
「はい、ただいま戻りました。そちらの方は……大変みたいですね」
パッと見は、グレーのポンチョ型の雨がっぱという感じでしょうか?狼から取ったなめし革が使われているせいか所々歪な作りですね。その足りてない部分を継ぎ接ぎしているのですが、元が歪なせいでどうしても手足の先がはみ出ているようです。マントの奥に見えるのは骸骨なので、これはこれでホラーな見た目をしていますね。
「ほんまかんにんしてほしーわ。ちょこちょこ調整したけどこれで3回目やで…」
私が戻ってくる間に挑戦していたみたいですね。外でいられる時間は確実に長くなっているとの事ですが、どうしてもリスポーンしてしまうそうです。
「あ、ユリエルちゃんおかえりー、装備できているわよ」
「はい、ただいま戻りました。早いですね」
建物の中に戻ってきたナタリアさんに頭を下げます。
外にいた時間は1時間くらいなので、ゲーム内時間だと4時間進んでいる計算なのですが、ほぼ手作りと考えるとなかなか早い気がします。
「ま、残念ながらそれくらいの質って事ね。本当ならもうちょっとスキルレベルを上げてから商品にしたいのだけど、そのあたりはごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ無理を言ってすみません」
「ほんま、もうちょーっとちゃんとしたの作って欲しいわ。ワイが何度殺された事か…」
我謝さんは文句を言っているのですが、本格的な生産勢でもないナタリアさんに作ってもらっているわけですし、制作用のアイテムもほとんど初期の物か代用品でしょう。品質が低いのは仕方がない事です。
「へー…ふーん、そんな事言うんだぁ?横から「まだかーまだかー」って煩い人がいたからお昼も食べずに頑張ったこの私にそんな事を言うんだぁ…」
「じょ、冗談や冗談、軽い挨拶やないかい…ほんまありがとーな、感謝してるさかい」
ナタリアさんに凄まれると、我謝さんは何時もの勢いをなくして怯みます。
「さっきも言った通り、私の技術だと手袋や靴は無理よ。そのレベルの物になるとちゃんと服飾系のスキルを持っている人に頼みなさい」
「わかったわかった、おーきに。そっちはまあ、何とかするわ。外にちょっとでもおられるよーなったのは大きな前進やしな、ほんまありがとさん」
「よしよし。と、いう事で、次はユリエルちゃんね」
ナタリアさんはリュックの中からいくつかの装備を取り出し、笑いました。
※現在のユリエルのレベルは3。スキルは【看破】【魔人の証明】【腰翼】【魔力操作】【片手剣】【ルドラの火】【収納/展開】で残りSPは1です。後ユリエルは普通にウルフとかをソロで狩ってますけど、このレベル帯で安全に倒す場合の公式の目安は2~3名PT推奨です。何気に強いユリエルちゃんでした。