158:ウミル砦の喧騒と胡散臭い人
休憩を挟みながら新しいスキルのチェックやレベル上げをしていると【ドレイン】のレベルが一つ上がり、【スタミナドレイン】が使えるようになりました。
このスキルはその名前の通り相手のスタミナを吸い取るものなのですが、単純に倒すのなら【ライフドレイン】を使った方が早くて確実ですし、ちょっと使い方に悩むタイプのスキルですね。
変換効率がもう少し高ければ戦闘時の疲労回復に使えるのかもしれませんが、回復量は気休め程度ですし、そもそも【ドレイン】スキルを使用する際には対象に触れていないといけないので、格下相手か動かない対象くらいにしか危なくて使えません。
まあ一応何かしらの事情で相手を無力化しなければならないという状況では使えるのかもしれませんし、【ドレイン】の経験値は吸った量に比例するのでスタミナから先に吸うと経験値効率が最大になるのですが、強い敵だと触れ続ける事が難しいのが難点ですね。
そのまま夕ご飯までウロウロと丁度良い敵を探しているうちに【ドレイン】のレベルが一つ上がり【スタミナドレイン】の効果が上がりました。
因みに新スキルの【精神対抗(微)】に関してなのですが、これには実感できるような効果はありませんでした。
もしかしたら海嘯蝕洞のタコ足まで行けばわかるのかもしれませんが、流石にちょっとしたレベル上げで海嘯蝕洞をソロでというのは難しいですからね、何かしらのスキルを使ってくるモンスターが出てくる事を待つ事にしましょう。
もう一つの新スキルである【目利き】はだいたい素材の品質に『+』がつく感じで、スキルレベルが上がっていけばワンランク、更に上がればツーランクと品質が上がっていくのでしょう。
こちらは暇つぶしの【錬金術】用とか、狩ったモンスターの【解体】時の品質アップ用なのでのんびり上げていくとして……後は牡丹の覚えさせたスキルなのですが、こちらは絶好調でした。
牡丹の場合は移動や攻撃のほとんどすべてが跳ねる事に繋がっているので、筋力が上がった事でその踏み込みが強くなり、攻撃力と速度が上がったようですね。
強化された牡丹はウルフやゴブリンくらいなら1人で楽々と倒せますし、この様子ならもう少し敵のランクを上げても大丈夫そうです。
そういう感じでスキルの効果も一通り試せたところで、私は休憩と夕ご飯のために一度ログアウトする事にしました。
今回のワールドクエストはエリアボスとの戦闘がありますからね、どうなるのかわからないので英気を養うためにゆっくりと休憩を取り、改めてワールドクエストの内容を確認したり、公式からの新情報がないかネットを確認したりしていると、まふかさんの海嘯蝕洞の動画が上がっている事に気付いたのですが……改めてまふかさんの動画を見てみると、編集自体は凝っていますし、演出やアングルも考えられているのですが、本当にまふかさんが格好良く映るように編集されている動画なのだという事がわかりました。
何て言いますか、実際の動きを知っている私からすると演出過多ですし、動画に映る私なんてスーパーヒーローか何かのように映し出されており、まるでアクション映画か何かのように格好良く海嘯蝕洞から脱出していたのですが、流石にファンの人はまふかさんがどういう人なのか知っているようで『盛りすぎ!』とか『声を消しているけど、絶対にここで愚痴ってる』とか言いたい放題で、その指摘がことごとく当たっているのがまた凄いですね。
そういうまふかさんの事をわかっているファンの反応を見ていると、本当にまふかさんは色んな人に愛されているのだと思いますし、そういうわかっているコメントを省けば胸や容姿についてのものも多く、悪口もチラホラあるのですが、全体的にはユーモアを含んでいたりと比較的良いリスナーさんが多いようです。
そして私としてはこっちの方が重要なのかもしれませんが、勿論コメントの中には一緒に映っている私への反応も結構あるのですが……こちらは容姿に関する事やまふかさんとの絡みについてが多いので、精神衛生上あまり見ない方がよさそうです。
内容としては私用の掲示板なんていう恥ずかしい物があるので今更かもしれませんが、改めて確認しようとも思わないですね。
動画を見終わる頃には少し頬が熱くなっていたのですが、いい時間だったので私はブレイクヒーロズにログインし、こちらでも空腹度を回復させるために食事をとりました。
勿論この時に牡丹の食事も済ませておいたのですが、スキルの効果か吸う力が強くなっていてドキドキしてしまい、この時に初めて【精神対抗(微)】の経験値が入ってしまったのですが、結局気持ち良い事には変わりないですし、こういった事に関してはあまり効果がなさそうな感じでした。
確かに少し抵抗できる感じがするのですが、吸われると気持ちいいですし、弄られると体が跳ねて……結局抵抗する時間が少し伸びるだけで、苦しみが増すだけのような気がします。
結局自分の精神力次第のような所ではありましたので、【精神対抗(微)】は何かしらのスキルを使われた時用のスキルだと割り切った方が良いのかもしれませんね。
そういう訳で、何時もより激しい食事が終わると満足そうな牡丹の横で私は声も出せなくなっていたのですが……少しゆっくりしてから身支度を整えて、私達はウミル砦に移動する事にしました。
このウミル砦は生産組の待機する場所になるようで、特定のアイテムを納品したら前線組にバフがかかり、作った物によってはNPCも強化される仕様のようですね。そのため最後の追い込みともいえる生産作業があちこちで行われていて、色々な人でごったがえしています。
まだワールドクエストまで少し時間があるのですが、モモさん達やウィルチェさん、他にもチラホラと知った人がログインしていたのですが、皆さん忙しそうなので話しかけるのはやめておきました。
とにかく簡単な『魅了』対策としてイビルストラのフードを目深に被り、コソコソとやって来たウミル砦はそんなお祭り前のような喧騒で賑わっており、ごった返していました。
それだけ人が居ると時折視線を感じて肌がゾワゾワしたのですが、この感覚にも慣れたものですね。
少し周囲を見て回ろうかと思っていると、そんな人混みの中を縫うように黒い狼がひょこひょことやってきている事に気づきます。
「あらーユリちーじゃない、相変わらず目の保養になるお姿、おっさんそれだけで元気になりそう、牡丹もやっほー」
「ぷい!!」
「どういう挨拶ですか…」
相変わらずヘラヘラとしているスコルさんと、そんなスコルさんを警戒するように前垂れを上げて威嚇している牡丹なのですが、今はスコルさんの方からやって来てくれたのは丁度良いですね。
忘れないうちにドゥリンさんと海嘯石の件を伝えておこうと思ったのですが、そこでふと前々から思っていた事を聞いてみる事にしました。
「そういえば前から聞こうと思っていたのですが、スコルさんってどうやって私を見つけているのですか?」
スコルさんがやってくる時は何かしら用事がある時が多いような気がするのですが、なにかしらの探知スキルを使っているのでしょうか?
そういうコツのようなものがあるのかと思って聞いてみたのですが、スコルさんは目をパチクリさせました。
「いやーユリちーの場合は色々と目立つから?それ以外は……匂い?」
「ぷ!?」
身支度ついでに色々と綺麗にしているのですが、鼻をスンスンさせて匂いを嗅ごうと擦り寄るスコルさんからつい一歩分離れてしまい、そんな私の動きを見てスコルさんは胡散臭い笑みを浮かべます。
本当にどこまで気づいているのかわからないのが質が悪いですし、頬が熱くなってしまいます。
「冗談よ冗談、それより何?そういう事を聞くからには人探し中?」
相変わらず人を食った感じなのですが、妙に勘が鋭いといいますか、こちらが考えている事を言い当ててきますね。
「急ぎではないのですが、ドゥリンさんに鉱石を見せに行こうと」
私は軽く呼吸を整えてから、魔光剣のパワーアップに必要な鉱石の話をすると、スコルさんはフレンド画面を操作しているような動作をみせた後、首を傾げてみせます。
「いやー…残念ながらおやっさんは今繋いでいないみたいねーというよりちょくちょく用事があるみたいだけど、おやっさんとフレンド登録しといたら?その方が早……はっ、まさか、おっさんに話しかける切っ掛けが欲しくて!?」
「それはないですから」
何て言いますか、単純にドゥリンさんとフレンド登録しておくと厄介ごとに巻き込まれそうな気がするのですよね。なのでスコルさんを間に挟むくらいが丁度良いような気がします。
「いやーん、ユリちーのいけずーいたいけなおっさんの純情をもて遊ぶなんてー」
「そういうのも良いですから」
ワフワフと転がり悶えるスコルさんは鬱陶しいですね。しかも駄々をこねているのか、寝そべって近くの女性プレイヤーのスカートの中を覗こうとしているのかはわかりませんが、不必要に目立つ行動をとらないで欲しいものです。
「まーでもわかるわーフレンド登録したら絶対口うるさく注文つけてきたり頼み事されたりするからさーユリちーも絶対あれ取って来いこれ取って来いって頼まれると思うから、おやっさんとフレンド登録するのは考えた方が良いわよ」
寝そべったままのスコルさんなのですが、流石にこれ以上ふざけていると収拾がつかなくなると思ったのか、お腹を見せながらヘラヘラと話を続けます。
「頼まれますか?」
急に話が戻った事に何か腑に落ちない所はあるのですが、頼みごとをする以上は下手に出ようと思い適当に話を合わせたのですが……そもそもスコルさんとドゥリンさんはリアルでも親しいようなので頼まれるのはわかるのですが、それほど接点の無い私にもドゥリンさんは頼みごとをするのでしょうか?
「頼まれる頼まれる、だってユリちー頼まれたら断らなさそうな顔してるし」
「そんな事はないと思うのですが…」
口では否定しておいたのですが、色々と流される事が多いような気はしていますし、思い当たる節は多いのですよね。
「駄目よ~ちょっとだけだからとか、先っちょだけだからとか、記念だからとか言われても脱いじゃあ、身体は大事にしないとー」
「脱ぎませんよ…そもそも何の話をしているんですか?」
何かいつの間にか私の体を眺めながらニヤニヤしているスコルさんなのですが、駄目ですね、このまま話していてもスコルさんのペースに飲まれそうです。
「まーおやっさんが繋いだ時にまた連絡してあげるから……それよりユリちーは前線組よね?」
「…そうですね、普通にボスワイバーンに挑もうと思います」
スコルさんは私の様子から話題を変える事を選んだようで、移動の提案してきました。こういう妙に人のヘイト管理が上手いところもモヤっとする原因なのですが、多分こういうのも相手の反応を見ながらギリギリを見極めているのでしょうね。
「じゃあそろそろ移動した方がいいんじゃない?餌場まではちょっと距離があるし、おっさん案内するわよ」
片目をパチンとウィンクするスコルさんに何か乗せられている気がするのですが、スコルさんも前線組で目的地は同じでしょうし、断ってもついてきそうだったので、そのまま一緒に所定の戦闘フィールドに移動する事になりました。
※この中にユリエル痛恨のミスが含まれています。




