156:奇妙な像と召喚言語
ポータルを目指す途中で何度も戦闘があったのですが、このPTなら定期的に襲ってくるモンスターの襲撃を蹴散らすくらいなら問題はありませんね。
ただ大きく苦戦はしないのですが、スタミナ回復ポーションが切れた事でまふかさんのスタミナ切れが目立つようになりD P Sが下がってきていますし、投げナイフの本数が少なくなってくると援護が難しくなり、細かな被弾が増えてアイテムの消費が嵩んでいきます。
今回は初心者用のポーションを大量に持ち込んでいたので何とかなっていますが、今後の事を考えると少しアイテムの分量を考えた方がいいのかもしれませんね。
そういう訳で、個々の戦闘結果の割にはそれほど楽勝という訳ではなかったのですが、私達は無事に海嘯蝕洞の上層部にある沼森林地帯に到着しました。
「この先にあるポータルで脱出すればいいのよね?」
もう少しでゴールという安堵感と、やっと開けた場所に出た解放感でまふかさんは大きく深呼吸をして、辺りを見回します。
「はい、そうです、あとここにいる兎は毒持ちなので気を付けてください」
ネットの情報を見た限りではスワンプラビットの額の蕾には毒がある事が確定しており、私は一応耐性装備を身に着けているので大丈夫だと思いますが、まふかさんはノーガードですからね、念のための毒消しはありますが個数は有限です。温存できるのなら温存できるように戦っていきましょう。
「OK、大丈夫よ、さっさと行きましょう」
気軽に手をパタパタと振るまふかさんの顔には疲労の色があり、その肌には玉のような汗が浮かんでいるのですが……気合だけは十分ですね。
まあこれなら何とかなるでしょうと、私達は襲ってくるモンスターと戦いながらポータルになっている像の所に向かうのですが……その像が見えて来た辺りで、私はこの像に【召喚言語】が反応していた事を思い出します。
「すみません、少しこの像を調べたいのですが、いいですか?」
「いいけど…こいつらどうするの?」
「ぷ!」
場所はわかっていましたので必要最低限の戦闘で上半身の壊れた像のもとに到着していたのですが、蹴散らしたとはいえ寄って来るモンスターがいますからね、後ろからはボーンフィッシュが2匹、スワンプラビットが4匹迫って来ています。
「最悪の場合、まふかさんは先に脱出してください」
まふかさんはすでにポータルを解放しているようなので何時でも脱出できますし、私だけならやられてもリスポーンするだけです。
「あのね、あたしがそんな情けない事出来ると思う?」
「そんなの恰好悪いでしょ!」と言い切るまふかさんはなかなか格好いいですね、それでは今はその好意に甘えておきましょう。
「では、よろしくお願いします」
私がニッコリと笑うとまふかさんは言葉を詰まらせたようなのですが、言ってもウサギ4匹にボーンフィッシュ2匹ですからね、まふかさんと牡丹なら何とかなるでしょう。
そういう訳で防衛に関してはまふかさん達を信じる事にして、私は調べ物をさせてもらう事にしたのですが……まずポータルとなっている像なのですが、これについてはよくわかりません。
ルドラの像のように【看破】が弾かれるタイプなので、材質は不明。元の色は白色だと思うのですが、今はグレーのような色合で、表面はツルリとした感じです。
各部の造形から考えるとどうやら女性を象った像のようで、残っている部分の大きさは1メートル50センチ程度、上3分の1くらいが削られているようなので、もとの大きさは2メートルくらいだと思います。
海風を浴びる場所で、しかも周囲にモンスターが徘徊しているといういつボロボロになってもおかしくない場所に放置されているのですが、上半身が削られている以外に目立った損傷がないというのも考えてみると謎ですね。
まあポータル用の像なので、ただの仕様と言われてしまえばそうなのかもしれませんが、この像だけ【召喚言語】が反応するのも謎でした。
とにかく色々と調べてみた結果、一番強く【召喚言語】が反応するのは像の周辺、半径五メートルの地肌が見えている部分で、よく見てみると薄っすらと文字が浮かんでいるようですね。
その文字列はどうやら魔法陣になっているようで、ルーン文字のような簡易な記号の中に混じって『あ』『か』『さ』『た』『な』『は』『ま』『や』『ら』『わ』という横繋がりの10文字が浮かんでいたのですが、これは何かの謎かけでしょうか?
私はその奇妙な簡易記号と平仮名を纏めてスクショして、外部ネット経由で画像翻訳にかけてみたのですが……翻訳は出来ませんでした。
まあAIを利用した独自言語を作りやすくなっている昨今、この手の手法が通じるゲームの方が少ないのですが、リアル知識が云々という物ではないようですね。
(スキルで自動翻訳だと助かるのですが、そういう訳でもないのですよね)
翻訳スキルを持っていたら時間経過で自動翻訳されるというゲームもあるにはあるのですが、文字を見ていてもそういうタイマーは出てきませんし……と思ったら【召喚言語】に経験値が1ポイントだけ入っていますね。見ている内に2ポイント目も入りましたし、これはもしかして、スキルレベル1だと判別できるのが平仮名横一列だけで、スキルレベルが上がるたびに読める文字が増えていくタイプなのでしょうか?
(この増え方だと、かなり時間がかかりそうですね)
スキルレベル1で1行なら、レベル5辺りで一通り読めるようになり、そこからはカタカタや漢字が増えていき、同音異義語による解釈間違いが無くなっていく感じなのでしょう。
せめてもう少し読める文字があれば穴埋めの要領で翻訳出来るのですが、この経験値の入り方では必要なレベルまで上がるのに数十時間はかかりそうですし、流石にまふかさんと牡丹に防衛を任せっきりにしている状態では、そんなに時間をかける訳にもいきません。
その辺りで一度まふかさん達の様子を確認すると、2人はスワンプラビット達相手に奮戦してくれているようで、戦闘を有利に進めているようでした。ただ遠くからスワンプラビットの鳴き声も聞こえてきていますし、増援が続いたら押し切られる可能性がありますね。
(時間がある時にまた来ましょう)
そもそも読める文字数が増えるというのはただの予想であり、確実に増えるという訳ではありません。今調べてもこれ以上の事はわからなさそうですし、後は時間がある時に時々来て、スキルレベルを上げていく事にしましょう。
そんな事を考えながら、地面に描かれている文字から目を離して顔を上げると……像の表面に文字が浮かびあがっている事に気がつきました。
時間差で浮かび上がるのか、翻訳を始めたら浮かび上がるのか、何かキーとなる行動があるのか、とにかくこちらは地面に書かれているものより難易度が低いようで、今のスキルレベルでもある程度読めるようですね。
(**を転換し、スライムを召喚する…?)
【召喚言語】のスキルで解読できる事から、この文字列も何かしらのモノを召喚するための呪文か魔法陣なのでしょう。
メタ的に考えると運営がスライムイベントのために用意したもので、ブレイクヒーローズの物語的には魔王軍がアルバボッシュ侵略のためにキングスライムを召喚したという事だと思うのですが、詳細はわかりません。
もしかしたら何かしらの文献を漁ったり、翻訳が完了したりすればわかるようになるのかもしれませんが、現状ではこれ以上の事はわかりませんし、時間をかける訳にもいきませんので、そろそろ切り上げるべきでしょう。
「まふかさん、こちらは終わりました…まふかさん?」
そうしてチラチラと確認していたまふかさん達の方に向き直ると……そこには地面に倒れたまふかさんが5匹のスワンプラビットに容赦なくゲシゲシと蹴られ続け、いつの間にか這い寄ってきていたウィークスラグ達にデバフ液をビシャビシャかけられているという惨状が広がっていました。
どうやらボーンフィッシュは倒したようなのですが、スワンプラビットやウィークスラグの方は増援があったようで、しかも襲っているスワンプラビットのうちの1体はまふかさんのお尻側からへこへこしている子がいて、何匹かは蹴りながら額の蕾をまふかさんの敏感な所にゴシゴシと擦りつけているようで、牡丹が必死に毒消しをグイグイと口の中に押し込んでいました。
「まふかさん!?」
何かものの十数秒で酷い事になってしまっているのですが、何はともあれまずはまふかさんを助けないとですね。
私は急いで駆け寄り、まずはお尻の辺りで腰を振るスワンプラビットを蹴り飛ばし、近くにいた2匹目の首を刎ねます。
この辺りで一度周囲のウィークスラグからデバフ液が飛んできたので距離をとったのですが、それにしてもこんな事になる前にポータルを使って脱出してくれれば良いのにと思ったのですが、どうやら像まで距離があったために使用できなかったようですね。
「ぷーい!ぷーい!」
「や、やめ…ぼ、っぉ…」
そして毒に倒れるまふかさんに毒消しと初心者用のHP回復ポーションを必至に飲ませようとしている牡丹なのですが、硬い棒状の瓶をグイグイと口の中に押し込もうとしているせいで、まふかさんが凄い事になっています。
再度踏み込み3匹目、耐久度という点ではスワンプラビットはそれ程でも無いようで、魔光剣であれば一撃で倒す事ができますね。
「BUx!!」
そして流石に3匹も倒されると私の方にヘイトが向いたようで、まふかさんに集っていた1匹がこちらに飛び掛かると、残り1匹も私の方に向き直り飛び掛かってきました。
その行動を見る限り、もしかしたらスワンプラビットには敵1体を集中攻撃するというAIが積まれているのかもしれませんね。
まあ個体差というものもあるのかもしれませんが、毒を考慮しなければそれほど強くないモンスターのようですし、味方を集めて集団で1人を狙い撃ち、毒にしたところを囲んでボコボコにするというのがスワンプラビットの基本戦術なのかもしれません。
「BUUU!?」
「BUXU!!」
跳びかかって来た1匹目はサイドステップで回避すると、2匹目のスワンプラビットは私の動きに合わせて歩幅を調整したようで、急角度に曲がり飛び掛かってきました。
額を押し付けるように体当たりを仕掛けてくるスワンプラビット達、幾ら耐性装備を身に着けているとはいえ進んで毒になりたい訳ではありませんので、私は軸足を捻り、ピンスパイクのついた長靴の底面を擦りつけるようにしてスワンプラビットの鼻面を削ります。
「Bx!?」
スワンプラビットを蹴った瞬間、蕾から緑色の液体が飛び散り長靴に少しだけかかるのですが、完全防水の長靴を貫通する程強力な毒ではないようですね。
怯んだスワンプラビットを踏み抜き止めを刺した後、私は【腰翼】でバランスをとりながら身体を捻り、後ろに抜けていったスワンプラビットの首を魔光剣で刈り取ります。
ちゃんと準備していれば何とかなる相手ではあるのですが、まともな防具すら付けていない肉弾戦重視のまふかさんとは相性の悪い相手かもしれません。たぶんですが、蹴り足を狙われ毒にされた後、囲んでボコボコにされたという感じなのでしょう。
「まふかさん、大丈夫ですか?」
牡丹が必死に毒消しとポーションを飲ませていたので大丈夫だとは思うのですが、私はスワンプラビット達を倒しきってから、まふかさんの様子を見ようとしゃがみ込みます。
「うっ…ごほっ…がっ…っぅ~~……あ゙のねぇ、あんたらあたしを殺す気!?」
「ぷっい」
元気になったまふかさんは、ずっと口の中に瓶を突っ込もうとしていた牡丹を締めあげようと手を伸ばすのですが……牡丹はその伸びてきた手をひょいっと躱して、ポヨンポヨンと跳ねます。
「っぁああ~おちょくっているの!!?あんたもアレの飼い主でしょ!?しっかりと言い聞かせておきなさいよ!!」
怒るまふかさんなのですが、とにかくそれだけの元気があれば大丈夫そうですね。
「牡丹、飲ませるのならもうちょっと優しく…」
「ぷっ!」
私が優しく言い聞かせると、牡丹は「そうだった!」とわかってくれたようなのですが……。
「あんた達ね~ぇ!!!」
まふかさんはとてもイライラしていたのですが、とにかくまだデバフ液が飛んできていますし、これ以上敵の増援が来る前に撤退する事にしましょう。
「細かな事は後で話します」
私は急いで倒れたままのまふかさんを抱き上げると、像の近くまで移動しながら近くを飛んでいるカメラを横目で確認しました。
これだけ攻撃を受けていたので少し心配したのですが、どうやらまふかさんのカメラワークはしっかりしたもののようで、カメラに損傷はありません。
流石にここまで頑張っているまふかさんの帰還時の映像が取れていなかったなんてなると悲しいですからね、ちゃんと撮れているかを確認した後、私はまふかさんに視線を戻しました。
「っ…!!?」
デバフ液まみれのまふかさんを抱き寄せたので私まで『弱体化』が入り、サルースのドレスが発動したのですが……後はもう脱出するだけなのでいいですよね。
私は力が抜けて落としかけたまふかさんを持ち直し、改めてその体に尻尾を絡めて固定すると、まふかさんは体を震わせ睨んできました。
「覚えておきなさいよ…」
自力で動けないのが恥ずかしいのか、肌の上をなぞる私の尻尾がくすぐったいのか、まふかさんは顔を真っ赤にしながらそんな事を言ってきたのですが……この状態では何を言っても怒られそうなので、私は笑って誤魔化しておく事にします。
「はい、わかりました」
その顔が可愛くて、つい尻尾で悪戯してしまったのですが……カメラが回っていますし、まふかさんがプルプルと震えながら物凄く睨んでくるのでやめておきましょう。
それから私達はポータルを起動し、辺りが光に包まれます。
無事に町に戻った私達はまずデバフ液を洗い流し、像周辺の魔法陣の事を話したり、まふかさんが私の悪戯に怒っていたりしたのですが……何はともあれ、海嘯蝕洞での撮影は終わったようですね。
※修正しました(2/10)。




