155:消化試合
「遅いわよ、ユリエル」
合流地点である立体的な5差路、そこには2人で倒した大量のウィークスラグ、ボーンフィッシュ、アンギーフロッグ、1体だけですがサンゴトータスの死体が転がっていました。
その中央にはまるで「こんなザコ達問題じゃないわ」というような傲然とした様子のまふかさんが立っており、今まさに坂の下から来たような様子の私を見下ろしていました。
「わーまふかさんはやいですねーまけましたー」
そんなまふかさんに、私は言われた通り「流石まふかさんですねー」という表情で駆け寄るのですが……おもいっきり眉をしかめ、イライラとした様子で怒鳴られます。
「カット、カットカーット!!何よその棒読み、やる気あんの?動きは良いのにセリフが棒読みってどういうわけ!?ここまで酷い大根だともうワザとやっているでしょ!!?」
まふかさんに色々と駄目だしをくらったのですが、あまりにも作り物作り物した演技ってどうにも落ち着かないのですよね。
「すみません、何か照れるといいますか……というよりこれって、ヤラせですよね?」
とりあえず私達はしっかりと海水で水浴びをした後、まふかさんの頼みで色々と無かった事にして合流するところから動画を撮り始めていたのですが……まふかさんが1人で倒したっぽい演出になっているモンスター達に斬りつけられた痕があったり、指定されたセリフがそもそも嘘くさかったりと色々と突っ込みたいところが多々あります。
「いいのよ別に、こういうのはあたしが格好良く映っていれば良いんだから」
自信満々に言い切るまふかさんなのですが、リスナーさんの求めるのはまふかさんがワタワタ慌てるリアクションのような気がするのですよね。
「でもこのサンゴトータスとか、どう見ても私の剣で斬られた痕がありますし…」
「そういうのは編集で何とかするから良いの!」
見る人が見たら丸わかりだと思うのですが、まふかさん的にはOKのようでした。
「もうこれでいいわ、あんたに演技を頼んだあたしが馬鹿だった……で、あんたは鉱石掘りに行きたいんだっけ?」
まふかさん的にはもう少しちゃんとした映像が欲しいようなのですが、2人で戦うと楽には楽なのですが敵が弱くなる訳ではないですからね、じり貧になりかねませんし、下手に粘ろうとするとまたタコ足の時間になってしまいます。
撮り直したら映像が良くなる可能性やこちらの余力、映像の質とのバランスを考えてまふかさんは適度なところで切り上げる事にしたようで、「仕方ないわね」という様子でカメラから手を離しました。
「はい、『海嘯石』が欲しくて」
『海嘯石』に関しては完全に私の都合なのですが、まふかさんはちゃんと憶えてくれていたようですね。
因みにこの『海嘯石』の鉱床については他のプレイヤーさんの努力により『C』~『B』、稀に『A』品質の物が採れる鉱床が幾つか発見されており、私の目指している場所は今の所一番高品質な『海嘯石』が産出されると言われている場所でした。
たぶんこれ以上の場所となるとタコ足を掻い潜り中央下部の奥に進まないといけないのではと言われているので、今のレベルではその場所で妥協ですね。
「あ、そう、それじゃあさっさと行くわよ……で、どこに行けばいいの?」
「…こっちです」
意気揚々と行き先の分かっていなかったまふかさんに苦笑いを浮かべたのですが、まふかさんがムっとした表情をしたので苦笑いは引っ込めておきます。
私が目指す鉱床はここからそう遠い訳でもありませんので、さっさと採掘しに行く事にしましょう。
とはいってもネットの情報に従い鉱床に向かい、時折襲ってくるモンスターは牡丹とまふかさんに任せて私はツルハシを振るうだけなのですが……【採掘】スキルなしだと『D』~『C』品質の物しか見つかりませんね。
本当に小さな欠片でしたが『B』品質の物が一個だけ出たので、もうそれで妥協しておきましょう。
そこまで長時間滞在している訳ではないのですが、ここまでのトータル消費アイテムが初心者用のHPポーション4本、スタミナポーション3本、HPポーション2本、スタミナポーション2本、MP回復ポーション1本、投げナイフ11本、リリス緑ポーション1本、リリス黄色ポーション1本、ビニールシート2枚と、消耗品の半数近く使ってしまっていますので長居は無用です。
「すみません、『B』が出たのでこれで切り上げようと思います」
「そう、じゃあこいつらさっさと倒して上に行くわよ」
「ぷっ!」
採掘ポイントのある場所は海嘯蝕洞のアリの巣のような通路の先と鉱床のある空間とが繋がっているような不思議な横道の先にあるのですが、もと来た通路と採掘ポイントを繋ぐ横道にはウィークスラグ6、ボーンフィッシュ4、アンギーフロッグ3が道を塞いでおり、中々の大所帯ですね。
牡丹もスライム形態にしてまふかさんの防衛に回って貰っていたのですが、確かにそろそろ本格的に倒していかないと逃げる場所が無くなりかねません。
「わかりました」
ここからは私も戦闘に参加していく事にしましょう。
「行くわよ!」
私という加勢を得て勢いよく突っ込むまふかさんの戦闘スタイルはパッシブスキルを重ねた肉弾戦といいますか、アクティブスキルを多用しない戦闘スタイルですね。
というよりまふかさんはアクティブスキルの事があまり好きでは無いようで、「アクティブスキルって発音しないといけないでしょ、何か必殺技叫んでいるみたいでダサくない?」との事ですね。
その辺りは割り切ったほうがスキルの選択の幅が広がると思うのですが、どうなのでしょうね?
まあ美学的な物は必要なのかもしれませんし、まったくアクティブスキルを取っていないという訳ではないようなのですが、それでも基本的には身体スペック強化からの格闘が基本スタイルですね。
「あ~もう、邪魔よ、どきなさい!!」
真っ先に突撃してくるボーンフィッシュAに踏み込みショートアッパー気味のカウンターを叩き込み、そこから左ジャブからのワンツー、連携して動いたボーンフィッシュBには空手寄りの大股でのハイキックで蹴り弾いてと動きは躍動的で、伸びやかな四肢は魅力的なのですが、剣や魔法のあるファンタジー世界のモンスターを相手にするには少々火力不足ですね。
ラッシュをかければ倒せるのですが、基礎となっているのがスポーツ寄りといいますか、魅せるための戦い方なのでどうしても時間がかかってしまうようです。
「ぷっい!」
それに死角から飛来するボーンフィッシュに牡丹が体当たりをしたりと牽制して何とか防いでいる状態ですし、防御の甘いところがあるのがまふかさんの欠点ですね。
戦闘技術だけを評価するのならそんなところなのですが、ただその戦う姿は美しく、生き生きとした躍動感が伝わってくるのがまふかさんの良いところです。
(あまり見惚れる訳にもいきませんね…)
私はまふかさんと牡丹の手の回らないところをフォローしていく事にして、まずは牡丹がいない側のウィークスラグに投げナイフを3発、その攻撃で道を作った後、ボーンフィッシュに遅れる事数秒、やっと攻撃動作に入りかけたアンギーフロッグ達の背後に駆け寄り、まずは手前の1匹目を遠心力を利用した回転斬りの2連で胴体と足を斬り払い転倒させておきます。
「GYO!?」
やっと私の接近に気付いたアンギーフロッグBにその低姿勢のまま近づき足払いをかけ、軸足を弾いて転倒したところに魔光剣を突き刺し止めを刺しておきます。
アンギーフロッグCがまふかさんと私のどちらを攻撃しようか悩んでいたようなのですが……。
「隙だらけよ!」
「GYOHOUU!!?」
2匹目のボーンフィッシュに止めを刺したまふかさんが距離をつめ、勢いと脚力をフルに活用した大ジャンプからの踵落としを叩き込み、アンギーフロッグCの頭蓋骨をへこませます。
ただしぶといアンギーフロッグはその踵落とし一発では倒れず、手にした銛でまふかさんを狙い……それが突き出される前に、私が【ルドラの火】を込めた投げナイフで確実に止めを刺しておきます。
「ま、まあ何とかなったわね」
着地したまふかさんはドキドキした様子で冷や汗を流していたのですが、とにかくそういう事らしいですね。
「ぷぅぅい!!」
牡丹が「余所見をするな」と怒りながらまふかさんを狙うボーンフィッシュCに体当たりを入れて牽制しているのですが、そちらにも止めをさしておきましょう。
「スラ公もありがとう」
ただポヨンポヨンと抗議する牡丹の気持ちはまふかさんに伝わっていないようで、それに対して牡丹が暴言を吐いているのですが……まあわざわざ翻訳する必要もないので、その辺りはほっておく事にしましょう。
最後のボーンフィッシュDも斬り払っておき、細かなウィークスラグを潰し、回収できる投げナイフを回収してから、私達は脱出のためにポータルのある上層部を目指す事にしました。
※まふかさんの戦闘技術はダイエットとか筋トレの延長線上のものなので、色々なものがごちゃまぜです。
ユリエルの表現ではボクシング的なものや空手的なもので表現されていましたが、本格的に習ったわけでもないので「なんちゃって」感が強く「あえて言うとそういう攻撃」という感じで、種族特性とセンスで誤魔化していますが中遠距離攻撃は皆無、単純火力もそれ程でもないのでぶっちゃけるとトッププレイヤーと比べると劣り、常人としては十分強いというレベルです。
とはいえ武器すら持たない状態でここまで来れているので、装備が揃えばトップ勢とも余裕で渡り合えるようになりますが、今のところはまだまだ先の話です。
※誤字修正しました(3/27)。




