150:サンゴトータス
視界内に居る敵はウィークスラグ3匹に、サンゴトータスが1匹。ウィークスラグの方は距離があり、バラバラの位置に点在しているので1匹ずつ倒していくのは少し厄介な状況ですね。
手早く倒せたとしても経験値や剥ぎ取りが美味しい訳ではありませんし、遠くからの盲目撃ちに近いデバフ液は牡丹に任せて、増援が来る前にサンゴトータスに挑んでみる事にしましょう。
このサンゴトータスは岩でできた亀が色褪せた珊瑚の山を背負ったような姿をしたモンスターで、全長は頭と尻尾を足せば2.5メートル、体高は珊瑚の天辺まで2メートルあるという巨大な亀ですね。
動き自体はゆっくりで、攻撃を受ければ甲羅の中に引っ込んでしまうところは普通の亀のような特性を持っているのですが、一番の違いは魔法を使う事で、その背中の珊瑚から周囲に向かって拳大の石の礫を断続的に放ってくる事でした。
直撃すれば一発で行動不能、ガードしてもそこそこ痛く、撒き散らされる攻撃に苦戦したという人は多く、攻撃方法や特性はそれなりに知れ渡っているのですが、なかなか討伐したという報告がない難敵です。
まあ基本その辺りで海草を食べているだけですので、わざわざ戦わなかったPTが多かっただけなのかもしれませんが、その討伐数の少なさから素材はなかなかの高値で取引されているようですね。
まだ検証段階ではあるのですが、背中の珊瑚は土属性の魔力を秘めた素材のようで、甲羅自体も防具に使えるのではと生産界隈では盛り上がっているようでした。
そういう訳で、是非狩っておきたい敵ではあるのですが……。
(とにかく、先手必勝です)
私は魔光剣を構え、ウィークスラグのデバフ液を警戒しながら【腰翼】を使い素早く踏み込み、サンゴトータスの頭目掛けて突きを放つのですが……流石に簡単には一撃を入れさせてはくれませんね。
サンゴトータスは素早く頭を引っ込めたかと思うと背中の甲羅が下がり、まるでそれがシャッターか何かのように引っ込んだ場所を覆います。
そうなるともう突き刺す隙間がなく、突き出した魔光剣はギッン!という金属でも突いたような甲高い音を立てて弾かれました。
「ぷい!?」
「くっ」
それからサンゴトータスの礫攻撃が開始されたのですが、目の前に生成された石が緩やかに回転してからランダムな時間差で周囲にばら撒かれ……何とか第一射は牡丹のウッドシールドで弾いたのですが、その一発だけでスキルが乗った盾が粉砕され、牡丹の左前垂れの先端何センチかが引き千切れました。
「っ!?」
受け流した衝撃だけで上半身がもっていかれるかと思いましたが、何とか【腰翼】でバランスを整え転倒だけは免れます。
もう少し牡丹が削られていれば内ポケットの中身がばら撒かれる所でしたが、とにかく私は第二射が来る前に踏み込み、ピンスパイクを地面に突き立て踏ん張ります。
「【ダブルアタック】!!」
目の前で生成される第二射が飛んで来たら終わりなのですが、その礫が発射されるより速く、私はスキルを乗せておもいっきり下から掬い上げるようにサンゴトータスを蹴り上げます。
サンゴトータスの弱点は亀系モンスターにありがちなお腹側、たまたま魔法を使おうとして暴発した人に巻き込まれる形でひっくり返った事例があって、そうなると背中の珊瑚から放たれる厄介な礫攻撃を無効化し、脆弱なお腹側を晒す事も出来ると一石二鳥になるようですね。
まあそうは言っても言うは易しで、2.5メートル×2メートルの巨体をひっくり返す必要がありますので……種族的な筋力強化と【キック】スキル、そしてそれに攻撃スキルを上乗せした蹴りでもその巨体を少しだけ浮かせるのが精一杯です。
「KYURURURU」
サンゴトータスは奇妙な鳴き声を上げながら第二射を撃ち始めようとしているのですが、ここでひっくり返せずまごまごしていると、こちらが致命傷を受けてしまいます。
私は【腰翼】を使い強制的に態勢を整えると、浮きかけたサンゴトータスの下部の隙間に魔光剣を滑り込ませ、てこの原理を使いひっくり返しにかかります。
「んぐっ…」
グッと魔光剣にかかる重さに呻き声が漏れそうになりながら、全身の筋力とスキル補助で珊瑚トータスの巨体を……横倒しにします。
綺麗にひっくり返せればよかったのですが、背中側に大きな珊瑚があるのでそううまくはいきませんね。私の筋力では横倒しにするのが精一杯で、ともかくサンゴトータスからの反撃が来る前に露出した脆弱なお腹に最大火力を叩き込みましょう。
「【ルドラの火】!」
お腹側は流石に柔らかく、深々と突き刺さった【ルドラの火】のナイフは硬質な殻を突き破り、その内側を焼き尽くします。
「KYUUUXxx…!?」
少しの間ビクンビクンと痙攣するように動いていたサンゴトータスも流石に弱点を攻撃されてはたまったものではなかったのでしょう、ほどなくしてHPを削り切ったようで、辺りには生焼けのような濃い磯の香りが漂いました。
「…牡丹、大丈夫ですか?」
私は疲労と戦闘での興奮を抑えるように呼吸を整え、牡丹の傷を確かめます。
「ぷっい」
少しだけとは言え千切れていたので声をかけたのですが、牡丹は「大丈夫」というようにビニールシートを持った右前垂れを振りました。
どうやら牡丹は無事のようですね。私の方は戦闘で出たアドレナリンでスキルが発動しているのでしょう、フワフワした感覚でテンションが上がってきているような感じなのですが、深呼吸を繰り返して呼吸を整えます。
「ッ…」
そんな状態でMPを支払いイビルストラを修復したものですから、急に敏感な所を撫でられたような刺激に一瞬気が遠くなりかけ……私は別の意味でドキドキした心臓と、乱れた呼吸を整える必要性に迫られました。
これ以上【高揚】が入りオートスペルが入るとMPが枯渇してしまいますからね、こんな所で動けなくなったら終わりですし、まずは落ち着きましょう。
「ぷ!ぷ!ぷーい!」
その間にも牡丹がウィークスラグのデバフ液を弾いていてくれているので、防御は任せて深呼吸をしていると……少しフワフワしますね。
「ひぅッ!?」
そう思った瞬間、大事な所を守る『サルースのドレス』がキュっと収縮し、【高揚】で感覚の鋭くなった場所をいきなり摘み上げられたものですから、変な声が漏れてしまいました。
(これ、なんで?あ、もしかしてビニールシートで弾いたデバフ液を吸ったから!?)
飛んできたデバフ液を弾いた時に液体がエアゾル化でもしたのでしょう、そんな物が舞っている中深呼吸したので軽度の『弱体化』が入り、ドレスの耐性が反応したのかもしれません。
久々に蠢く蔦の感触に顔が赤くなり肌が汗ばむのですが、そうこうしている内に地形を気にせず移動してくるボーンフィッシュの増援が3体、いつの間にか這い寄ってきているウィークスラグが追加で5匹、更に遠くからはアンギーフロッグの姿も見えますね。幾ら海嘯蝕洞はダンジョン判定とはいえ、敵の数が多すぎです。
こうなったらサンゴトータスの解体は諦めて、まずはその巨体を回収する事にしましょう。それだけで私の収納限界に近くなってしまうのですが、折角倒した獲物ですからね、持ち帰れそうなら持ち帰りたいです。
そんな事を考えている間にもあちこちから飛んでくるデバフ液。ピリピリした刺激や覚束ない手足と戦いながら、まずは牡丹と協力してサンゴトータスをフードの中に入れ、続いて狙えるウィークスラグ目掛けて投げナイフを投げ、近くにいるスラグについては長靴が防水なのを良い事に踏み抜きます。
「このまま…」
私は突っ込んできたボーンフィッシュを斬り払いながら、周囲のモンスターの群れを確認したのですが……足を止めているとあちこちからモンスターが寄って来るようですね。
これ以上戦うのは無謀ですし、サンゴトータスというお土産も出来ました、ここからは適度に戦いながら合流地点まで一気に突破してしまいましょう。
「行きます」
「ぷい!」
元気よく返事を返す牡丹と共に、私はまふかさんとの合流地点を目指して走り始めました。




