149:リベンジ・海嘯蝕洞
二度目の漂着です。波の音、砂の感触、気絶判定が解除されて動けるようになると、私は砂を払いながら立ち上がり、ゆっくりと辺りを眺めました。
小さな砂浜と、周囲を取り囲む岩。その岩の隙間から続く大きな1枚岩で出来た登り坂という地形をネットの情報とすり合わせてみると、比較的真ん中寄りの漂着地点だという事がわかりますね。
私の方に筏は漂着していませんし、初回であるまふかさんの方がメインになっているのでしょう。
(ここからだとだいたい10分から20分くらいというところでしょうか?)
筏の漂着地点はいくつかあるのですが、どれも最下層ともいえる場所からのスタートなので、今私のいる場所からは結構距離があり、合流までは結構時間がかかりそうですね。
しかもモンスターを避けたり蹴散らしたりしながらの移動となりますので、時間は参考程度に考えていた方が良いかもしれません。
それにしても、1人で突破するとなるとまふかさんが軽装備なのが少し気にはなるのですが……まふかさんの動き自体は問題ないですし、漂着時にカメラが壊れないように収納していましたので、ちゃんと情報収集もしているようなので大丈夫でしょう。
(それより、まともに喋れませんでしたね…)
出発時、フィッチさん達がワチャワチャとはしゃぎながらいきなり海に流された状態だったのですが、そんな中しっかりと実況しながら流されていたのは流石配信者という事なのでしょう。
勿論同行者の私にも話が振られていたのですが……全然うまく返せませんでした。まあまふかさんも別に私に上手いトークを求めている訳ではなかったようなのですが、動画配信の足を引っ張っていないといいのですが……。
「牡丹」
いつまでも気に病んでいても仕方がないですし、気持ちを切り替えていきましょう。
「ぷっい」
今回はイビルストラとして身につけていたので牡丹もちゃんといるようで、左の前垂れにはウッドシールドを、右の前垂れには厚手のビニールシートを持ち完全武装状態です。
「そうですね、この辺りは大丈夫だと思いますが、油断しないでいきましょう」
こんなタイミングで海嘯蝕洞に来ているプレイヤーはいないのか、人の気配はありません。
モンスターがいきなり横湧きしないのは助かりますが、掃討されている事もないので移動は少し面倒かもしれませんね。
後は……どうやら手“荷物”判定を受けてしまったのか、肩から掛けていたショルダーバッグが見当たりません。こちらに漂着していないという事は、まふかさん側に流れ着いているのでしょう。
幾ら紛失を前提にしていると言っても一度も使わないうちに無くなるのは何ですし、まずは合流と回収を目指して……と思っていると、まふかさんからPT経由での連絡がきました。
『で、到着した訳だけど、後は坂を登って行けばいいのよね?』
『はい、基本的にはそうですが……周囲に何か目印になりそうな物はありますか?』
場所が特定できれば合流地点が割り出せると思い、私はまふかさんにそう聞いてみたのですが……。
『そうね……筏があるわ』
まふかさんからの言葉はかなりザックリしたもので、ちょっと場所が特定できません。
『えーっと…他に何かありますか?』
『砂浜で……岩があるわ、って、何?何か馬鹿にしてない?』
特定は無理そうですねと私が思っていると、何かを察したようにまふかさんは声を低めます。
『いえ、わかりました、ではそのまま坂を登ってきてもらい、立体的な5差路の所で合流しましょう。他のプレイヤーさんが目印に鉄のナイフを壁に刺している場所です』
出来れば早めに合流したいのですが、まふかさんの漂着した位置がわからないので、どの漂着地点から昇って来ても大丈夫な場所であり、一番わかりやすい所を合流地点にしておきましょう。
『了解…って、もしかしてあんた、ここのMAP全部憶えているの?それとも今検索しているだけ?』
『ネットに出ている範囲のMAPなら憶えていますが…』
「それが何か?」という感じで聞き返すと、何故かまふかさんには呆れたように息を吐かれました。
『あっそう、まあいいわ、とにかくこっちは移動を開始するから、また後でね』
『わかり……ああ、すみません、そちらに私のショルダーバッグ流れ着いていませんか?』
『ん…ああ、あるわよ』
通信の向こうで、まふかさんが何かを持ち上げたような気配があります。
『お手数ですが、持ってきてもらっていいですか?』
『……あんた、あたしに荷物持ちさせる気?』
『その場合は私がそこまで取りに行くだけですが…?』
「引き返すだけですよ?」と言うと、まふかさんは言葉を詰まらせます。
『っーーわかったわよ、持っていけばいいんでしょ?この借しは大きいから憶えておきなさい!』
そしてまふかさんからの連絡は切れたのですが、貸し借りで言うと助っ人をしている私の貸しの方が大きい様な気がするのですが……まあその辺りを指摘してもしょうがないので、私は私で合流地点に移動を開始しましょう。
「ぷぅぃ~ーー」
ただ通信を聞いていたらしい牡丹が若干苛立っているような気がするのですが、もしかしたらこういうところでも若干の性格的な不一致があるのかもしれませんね。
「まあそういう人だと」
何だかんだ言いながらわざわざ鞄を持ってきてくれる人ですし、悪い人ではないような気がします。
「ぷ!」
「そんな事はないと思いますが…」
牡丹は「変な人に引っかかるなよ!」とよくわからない忠告をしてきたのですが、こうみえて人を見る目はあると思うのですよね。
「まあそれより、合流地点に行きましょう」
すでに牡丹は準備万端ですし、私も魔光剣を右手に持ち、坂を登り始めます。
急な坂を登り、海嘯蝕洞の中に一歩足を踏み込めば、片側が開けて海の見える洞窟といった感じの場所でした。
イソギンチャクや海草が辺りに生えており、湿度が溜まりヌメヌメしているのですが、新しく買った長靴の調子は良く、滑るような感覚もなくグリップしてくれています。ただ靴底のピンスパイクのせいで足音が響き、その音に敵が反応したようですね。
見える範囲にいるのはボーンフィッシュ2、アンギーフロッグ1、サンゴトータス1、岩陰にウィークスラグが4匹ですね。
ウィークスラグからのデバフ液を防ぎながら走り抜ける事も出来ましたが、折角なので戦ってみる事にしましょう。
まずは先制で、空中を滑るように突っ込んできたボーンフィッシュAに投げナイフを叩き込み、別の角度から突っ込んできたボーンフィッシュBの体当たりを微かに身をよじりながら、牡丹のウッドシールドでガードします。
見た目は60~70センチの骨の魚と軽そうな見た目なのですが、ぶつかって来た衝撃は意外とあり、ウッドシールドの表面がギリギリと削られます。
(これは…)
ちょっとだけ踏ん張らないといけなかったのですが、逸らした威力をそのまま踏み込みの力に変えて、まずは連携不足のアンギーフロッグに向かって踏み出します。
体当たりがメインのボーンフィッシュ、デバフ液を吐きかけてくるウィークスラグ、こちらから攻撃しないと動かないサンゴトータス、単純な脅威度と言う意味では手に持った銛で攻撃してくるアンギーフロッグが一番の問題ですね。
普通のゲームならHPが減るだけですが、ブレイクヒーローズでは普通に銛で突かれたくらいの痛さがありますからね、どう考えてもオワタ式です。
「GYO…GYO!?」
手足の生えたオタマジャクシと鰻を掛け合わせたようなアンギーフロッグはいきなり突撃して来た私に戸惑う様に銛を突き出してきたのですが、その攻撃を上体を屈ませ回避し、そのままカウンター気味の袈裟斬りを叩き込みます。
微かに刃先が滑るような感触と、カエルか何かを斬ったような手ごたえ。それなりにダメージを与えているのですが、耐久度があるので倒れませんね。
私はそのまま他のモンスターから射線を逸らす目的でアンギーフロッグの横を通り抜け、後ろに回り込みます。
その際に胴を斬り払い、これが致命傷となったのですが、どうやら生き生きしたアンギーフロッグはしぶとくまだ動けるようで、振り返るような仕草を見せていたのでピンスパイクの足裏でアンギーフロッグの膝の後ろを叩き潰しておきます。
「GYOU!!?」
足を潰され崩れ落ちるアンギーフロッグは流石にもう動けないようで、ほうっておいても出血ダメージで倒す事が出来るでしょう。
アンギーフロッグという壁が崩れ落ちた事で、あちこちの岩陰や段差の陰に潜んでいたウィークスラッグ達からデバフ液が飛んでくるのですが、流石に距離があるので出鱈目ですね。
ウィークスラッグの大きさは20~30センチなので投げナイフで狙う事も出来たかもしれませんが、流石に距離があり、半身が岩陰に隠れている状態では当てるのが少し難しいですね。
それでも左から見て2番目のウィークスラッグBが私達との距離を詰めるために段差の陰から出てきていたので、投げナイフを投げつけて黙らせておきます。
「ぷーい」
投げた投げナイフと交差するように飛来するデバフ液は牡丹のビニールシートで防いだのですが、私達が足を止めた事でボーンフィッシュが再度攻撃する姿勢を見せていますね。
ナイフが突き刺さったAは流石に少し遅れているようなのですが、ボーンフィッシュBはデバフ液の隙間を縫うように突撃してきました。
防御手段がなければボーンフィッシュに対応している内にデバフ液を受けるか、デバフ液を嫌って避ければボーンフィッシュがという連携攻撃になるのかもしれませんが、デバフ液の方は完全に牡丹に任せる事にして、私は突っ込んでくるボーンフィッシュBに対応します。
このボーンフィッシュは鳴き声を発さず、微かに骨の擦れる音がするだけなので乱戦になると少々厄介そうなのですが、動き自体は単調ですし、それ程素早い訳でもありません。
なので突撃してきたボーンフィッシュBには簡単に魔光剣でのカウンターを叩き込む事が出来たのですが……このボーンフィッシュというモンスターは見た目の軽さの割には重量があったり、斬った手ごたえも身の詰まった骨という何とも言えない硬質な感触だったり、剣で斬れば刃がかみ合うようなギッという手ごたえがあったりと色々と不思議な敵ですね。
まあ骨の魚が空中を飛んでいること自体が不思議な事なのかもしれませんが、とにかくそのまま返す刀でナイフが刺さったボーンフィッシュAの胴体も斬り払っておき、これで残りはウィークスラグ3匹と、サンゴトータスが1匹です。
※生き生きしたアンギーフロッグ = スライムイベント後半で倒した、ウェスト港付近にいた死にかけのアンギーフロッグとは違うと言う意味です。
※合流地点の説明がおかしかった事を修正しました(10/21)。




