148:出発準備と筏と出港
なし崩し的にまふかさんと海嘯蝕洞に行く事になったのですが、行くと決まったからにはしっかりと準備を整えないといけませんね。
最低限の装備は整えていましたので、そこから更にいくつかの場所を回り、買い足したのはウィークスラグ対策ともいえる1.5メートル四方の厚手のビニールシートを三枚と、濡れた岩場でも問題なく動けるような磯用の長靴です。
ビニールシートは私と牡丹がそれぞれ一枚ずつ使用する事を予定していて、更に予備を一枚用意する事にしたので三枚ですね。
靴の方はサンダルや排水性の高いシューズタイプではなく、靴底にピンスパイクのついた長靴という完全防水タイプの物を選びました。これはレディース用の比較的可愛らしいデザインの物で、色は『サルースのドレス』に寄せた淡い緑色です。
構造上、固定する場所が履き口の所にしかないので多少ブカブカした履き心地ですし、石畳の上などの特定の足場では靴底が硬く歩きづらくカチカチと金属が当たる音が鳴ってしまうのですが、デバフ液を吐きかけてくるウィークスラグや、毒持ちのスワンプラビットを蹴る事があるかもしれませんからね、液体が肌に触れない事の方が重要です。
シューズバンドを使えば何とか戦闘できる程度には固定出来ますし、何か問題がありそうなら今まで履いていた靴に履き替えればいいだけですからね、とりあえずこれで行ってみましょう。
「GOOUBU!?」
試しにウェスト港付近でウロウロしていたゴブリンをピンスパイクで蹴ってみたのですが、良い感じに攻撃力が増しているような気がします。
まあその分細かな動きがしづらくなっているのですが、その辺りは要訓練でしょう。
「GOBU!」
「ぷぅーい!!」
いきなり試し蹴られたゴブリンAの片割れのゴブリンBがリンクして、短剣を振るい襲ってくるのですが、その大振りの一撃を、イビルストラ形態の牡丹が武装ゴブリンから奪っていたボロボロのウッドシールドで防ぎました。
振っていなかったS Pで牡丹に覚えさせたスキルは、【大盾】。
使っている物自体は武装ゴブリンが使っていた40センチのウッドシールドなので、普通の人なら【小盾】の分類に入るのですが、ブレイクヒーローズでは色々な種族がいますからね、【大盾】と【小盾】の区分は盾の大きさではなく使う本人が隠れられるかという事に関係してきますので、身長30センチの牡丹からすると大抵の盾は【大盾】で扱う事が出来ます。
「ぷっい!ぷっい!」
「GOB!GOB!」
ちゃんとした盾を買ってあげる事も出来たのですが、鉄の盾だと重量があって扱いきれないようでしたので、お試しのウッドシールドのままです。
特にイビルストラ形態の場合だと前垂れの部分で盾を持ち構えるので【鞭】スキルの影響で重さに負けて前垂れが伸びてバランスが悪いのですよね。
ゴムひもの先端に錘をつけて振り回しているような状態といいますか、ビヨンビヨンとした反動が着用者の私の方まで伝わってきて、気を付けないと私まで振り回されそうになってしまいます。
動かす時の体力消費も激しいようで、全体的に費用対効果が悪いような気がしますが、牡丹にも戦って貰わないと経験値が入らないですからね、頑張ってもらう事にしましょう。
「牡丹」
とはいえずっとゴブリン1匹に手間取っている訳にもいきませんし、私は牡丹に合図を送り、ゴブリンのナイフを上に弾き上げてもらいます。
「ぷ!」
「GOB!?」
牡丹の盾によりナイフを持った右腕が弾かれ、バランスを崩したゴブリンの無防備な顔面に、私はツルハシを叩き込みました。
これも海嘯蝕洞に鉱石を採掘しに行くために買っておいた道具なのですが、振った感触としては武器として使うには少し癖が強いと言いますか、該当するスキルをちゃんと取得しておかないとすぐに耐久度が無くなってしまいそうですね。
ゴブリン程度ならまだいいのかもしれませんが、ちゃんと戦うとしたらやはり魔光剣と投げナイフを主体に戦った方が良いでしょう。
そんな風に新しく買った装備を確かめていると、丁度まふかさんがウェスト港の方から歩いて来るのが見えました。
周囲には勿論沢山のプレイヤーさんがいるのですが、これがある意味有名人とそうでない人の違いというものなのか、まふかさんは人目を惹くオーラみたいなものを発しているのですぐに見つける事が出来ます。
と言っても特別まふかさんの見た目が良いという訳ではなく、そもそもゲーム内でのルックスなんていうものは大体皆弄っているので美男美女になるのですが、まふかさんの場合は説明がしづらいのですが、そういうのとも少し違う感じなのですよね。
そんなまふかさんの装備はメタリックな黒い水着というスライムイベントの時に買った防具で、その上に着ているジャケットが耐水性を考慮した新しい物になっていました。
種族が狼女の影響で手足の先が獣のようになっているので武器らしい武器は持っておらず、相変わらず素手のままなのですが、流石に火力的にそろそろきつくないでしょうか?
私がそんな事を考えながら見ていると、たぶん出発前の場面を撮っているのでしょう、傍にカメラが浮いているのが見え、まふかさんはそのカメラに向かって何か喋っているようでした。
「それでこれが今回のゲストのユリエル……って何?別に遅れた訳じゃないでしょ?」
「いえ、時間は大丈夫なのですが……かなり軽装ですが、大丈夫ですか?」
まふかさんはバックパックらしき物も身に着けていませんし、ジャケットのポケットがマジックバッグ化しているとしても、それほどアイテムを持っているようには見えません。
これから隔離MAPに行く割には軽装なのが気になったので聞いてみたのですが、まふかさんは「大丈夫よ」と軽く手を振ります。
「死んだらリスポーンするだけなんだし、それにでっかいリュックなんて背負っていったら画面映えしないのよ」
「そうですか」
まあ本人が「大丈夫」というのならそれを信じる事にして、早速PTを組んでから出発しましょう。
「それで、海に出ればいいんだっけ?」
「はい、沖に向かって泳いでいっても行けるようですが、今回は筏で行こうと思います」
私がそう説明すると、まふかさんは辺りを見回し怪訝そうな顔をしました。
「今から作るの?」
筏を作る道具すら用意していない私に対して、まふかさんはあからさまに「面倒くさい」と言いたげに眉をしかめるのですが、その辺りは本職の人にお任せする事にしているのですよね。
「筏を作るところから始めてもよかったのですが……今回は船を制作している人達が提供してくれる事になりました」
海嘯蝕洞に行く人が急にいなくなり、制作した筏がダブついていたようなので買い取ろうと思ったのですが、まふかさんの配信で使うと説明すると紹介する事と引き換えにタダで良いという事になりました。
「そう、筏と言えば船、船と言えば我がフィッチ造船にお任せあれ!!」
「うぉぉぉおおおおお!!!!」
近くの木陰からタイミングを窺っていたのでしょう、万を辞してという感じで筏を担いで現れるフィッチさん達……って、多いですね、話をしたのはフィッチさんだけだったのですが、いつの間にか造船所の人達も参加しているようで、30人くらいの人達が筏を担いで現れます。
「すげー本物のまふまふだ!!ユリエルちゃんも大きくなって一段と揺れが!!」
「ひゃっほー!!錨を上げろー!!帆を張れぇぇ!!!
相変わらずテンションの高い人達なのですが、そんな奇妙な人達に囲まれて、まふかさんは若干引いていました。
「え、ちょ、何こいつら!?」
「今回船を提供してくださる人達です」
私はもう色々と面倒だったので説明を端折り、まふかさんは周囲を囲む奇妙な人達を見ていたのですが……代表してフィッチさんが筏の説明をしてくれました。
「まふまふが乗る筏だという事なので色々用意してみたんだが、まずはこのライオンを模した……」
「あ、普通のでお願いします」
よく見ればフィッチさん達が担いできた筏の中には奇妙な形の物が複数個あったので、私は一番無難な平たい形で、真ん中に棒が立っている物を選びました。
「流石分かっているな、船に一番必要な物が機能美だという事が!」
フィッチさんは私が一番シンプルな筏を選んだ事が嬉しいようなのですが、たぶん奇妙な筏を作った制作者さん達だと思うのですが、後ろで何人かがおもいっきり泣き崩れているのですが、それはいいのでしょうか?
「では……あ、どうも、いつも配信見させてもらっています、握手してください」
「え、ああ、そう」
急にテンションを変えたフィッチさんがサッと手を差し出すと、ある程度反射的にでしょう、戸惑ったようにまふかさんが握手を返すと、周囲から「ずるい!」とか「俺も俺も!」と次々手が伸びてきて、結局まふかさんは全員と握手する事になっていました。
「なんていうか、あんたって変な知り合い多いわよね」
「そういう事もないと思うのですが……」
改めて言われるとそんな気もしてくるのですが、まあ気にしてもしょうがないですね。
私はポータルで海嘯蝕洞に移動できるのですが、まふかさん1人をフィッチさん達の中に置き去りにするのも何ですし、今から町の中まで移動するのも何ですからね、2度目でも普通に漂着できるようなので一緒に乗っていく事にしましょう。
「よーし、それじゃあそろそろ出港だー2人とも乗った乗った!」
わちゃわちゃしていたのですが、全員と握手が終わり、一通り皆がまふかさんと一緒に写真を撮ると、フィッチさんが皆に号令をかけて筏を海に浮かべました。
※たぶん誰も気にしていないフィッチさん達の筏商売の補足なのですが、作ろうと思えば素人でも筏は作れますし、筏特需は本当にあったのかという話ですが、まあゲームをしているプレイヤーの大半はモンスターを倒したりクエストをこなしたりはしたくても、筏を作る為に樵をしたい人は少ないので、買えるのなら買いたいという人が一定数いました。
フィッチさん達はそういう人達に対して商売をしていて、一瞬だけ儲けていました。
※長靴の色を『サルースのドレス』に合わせた淡い緑色にしました(2/13)。




